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幼女剣王KUSARI アイドルオタクの俺が殺伐最強美幼女に転生して異世界でアイドルグループを立ち上がるまで  作者: 王子ざくり


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迫る『手』

『マタド=ナリ』について、俺はこう言った。

 感覚としては、秋葉原の電気街くらいの広さと密度だと。


 その広さがどれくらいかと言うと、南北は神田川から蔵前橋通りまで。東西は昭和通りから昌平橋通りまでの約500メートル四方だ。


 500メートル四方と聞いて『狭い』と感じたかもしれない。俺もヲタ仲間からこの話を聞いた時は、そう思った。しかし試しに地図で測ってみたところ、確かにその通りだった。そして比較として新宿歌舞伎町の面積を調べたところ、こちらも約500メートル四方となっていたのだった。


 何故いまこんな話をしているのか?


 理由は、イゼルダのいる宿の屋根と、俺たちの距離について説明するためだ。直線距離としては、200メートルもない。もちろん、馬車が街路を征く距離は、その何割か増しになるが、イゼルダやその周囲で働く人影を目視するには、十分な近さだ――少なくとも、転生して異世界の無敵殺伐幼女となった、現在の俺にとっては。


『壺』から、こちらに向かって伸ばされてくる『手』。


 自由に形を変えられるナタデココが商品化されたら、きっと、こんな感じになるだろう。夜空の深い群青に無色の輪郭線を残しながら、『手』は揺らめき近付いてくる。


 イゼルダの『前払いでOKアドバンス・ペイメント』程では無いが、俺にも、手順を見ることが出来る。剣術の鍛錬がもたらした、魔術などに頼らない、純粋な技術の習得によって得た能力だ。どうやれば相手を斬れるか手順が頭に浮かび、戦局の遷移や、勝てるかどうかも、相手と対峙した時点である程度予想出来る。


 いま俺に浮かんだ手順によれば、『手』を斬ることは十分可能だ。『容易に』と付け加えてもいい。間近に迫られても、そしていま直線距離にして100メートルを斬るところまで『手』は近付いているわけだが、この距離を挟んだままでも、俺にはそれを両断して退ける手順――すなわち、それを可能とする剣技があった。


 しかしだ。


 いま俺は、群舞の中にいる。

 俺と『手』の間には、共に踊るメンバー達がいた。


 イゼルダのように、結果だけ(・・・・)を取り出せるのならともかくとしてだ。


 離れたままの状態で斬れば、間にいるメンバーまで斬ってしまう恐れがあったし、かといって間近に迫ってくるまで待ってたら、その途中で『手』にメンバーが害されないとも限らない。


 例えば、メンバー達の背丈より高くジャンプして、離れた『手』に斬撃を飛ばす。それなら、メンバー達は無事なまま、『手』を排することが出来る。これなら、問題は無い。


 いや、それでも問題はあった。


 改めて言うが、いま俺は、群舞の中にある。みんなと一緒に踊っている。その中で、一人だけジャンプしてしまったら、踊りが台無しになってしまうではないか。


 ああ……いままた、俺は慚愧する。


 こんなことを考えるのは、欲をかいているからだ。1時間半くらい前、他人(シンダリ)の提案で結成したグループ。そのステージに、疵を付けたくない。そんな想いを、抱いてしまっているのだ。


 こんな即席のグループの即席のステージ。練習なんて1時間しか行っていないというのに、なんたる図々しさ! 浅ましさ! 恥ずかしさ!


 しかしだ。


 赤面しながら、だが俺は、こうも考えていた。同じことを、他のメンバーにも言えるだろうかと。即席のグループであり、仮にこのステージが無惨な失敗に終わったとしても、それを惜しく思うほどの努力(もの)を費やしてないのは、彼女たちも同じだ。


 しかし、俺は言えるだろうか。


 そんなことを、俺は、彼女たちに言えるだろうか? いや。俺に、そんなことを言ってしまえる資格はあるのか? 


 彼女たちは、このステージのために、何も費やしていない。もしかしたら、そんな前提自体が、おかしいんじゃないか?


 そしてそれは、俺自身にも言える――


 そんなことを考えながら、歌い踊る。

 そんなことをしてたからだろうか。


 ほんの一瞬。


 身体中がふわふわして、俺は、まるで空に浮かんでるような気分になってた。馬車の上のステージ、そこで踊るメンバー達、そして俺。馬車を囲む観客。建物の窓からステージを見ている人たち。何もかもを、空から見下ろしてるような気分だ。


 そんな気分で、俺は見てた。

『手』が、弾け飛んだ。

 空を横切った雷球が、命中したのだ。


 イゼルダの、横からだった。

 ルゴシだった。


 宿の屋根にいるイゼルダの、その側にルゴシが立っていた。グイーグ国最強と謳われるA級冒険者にして金線級魔術師は、人差し指と中指を立てた手を前に突き出し、もう片方の手では、古い喩えになるが、iPodの丸い部分を操作するような手付きで、親指を忙しなく動かしている。


 そして飛ぶ――雷球が。


 消し飛ばされるたび、また新たに俺に向かって伸ばされてくる『手』を、そうやってルゴシが、また消し飛ばす。


 それが何度か繰り返される間に、2曲目が終わった。


 1曲めの『大きな愛でもてなして』。そして2曲めの『夢見る15歳』。雨降らす乙女達(おれたち)が人前で披露できるのは、この2曲だけだ。


 だから次は、また『大きな愛でもてなして』を歌うことになる。でもその前に、ちょっと間を空けた方がいいだろう。


 観客に向かって、メンバー全員で手を振る。馬車の上で、お互いに位置を入れ替えながら。


 そんな時だった。

 通信の魔道具が、声を伝えてきた。


『ダハハハハ。凄いね、君。歌、上手いじゃない』


 ルゴシからだった。


『イゼルダ様から、君に指示が出た。馬車が宿の前に着いたら、イゼルダ様の隣に来てくれってさ。『前払いでOKアドバンス・ペイメント』が、それを求めて来たらしい。君が隣にいないと、実行できないステップが現れたんだそうだ』


 こっちの都合は訊かず、言いたいことだけ言って通信は打ち切られた。こちらに伸びてくる『手』が倍増したことを見れば、理由は分かる。話しながらじゃ、流石のルゴシにも対応しきれないってことだ。


『手』が増えた理由は、俺がイゼルダに近付くと不味いと『壺』が認識したからだろう。


 もしかしたら『壺』が『手』を使って吸い上げる情報の中には、俺たちの会話や作戦も含まれているのかもしれないというか、その可能性は高いと言わざるを得なかった。


 とにかく、馬車が宿の前に着いたら、俺はイゼルダのところに行く。

 つまり、ステージを離れざるを得ない。


 『大きな愛でもてなして』も『夢見る15歳』も、俺抜きではパフォーマンスが成り立たない。


 つまり、俺がイゼルダのところへ向かった時点で、ステージが終了するということだ。


 それをメンバーに伝えるのは、気が重かった。


 しかし――


「大丈夫です!」

「ステージは続けられます!」

「私達にはアレがあります!」

「アレが!」


――そう言って、彼女たちは不敵に笑ってみせたのだった。


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