共闘
しかしだ。
『だってここ、うちの国じゃないし』とイゼルダは言うのだが、『うちの国』じゃないから、なおさら問題なのではないだろうか。イゼルダはグイーグ国の公爵夫人だ。それが他国で暴れまわって街を火の海にしている。
これって、普通に外交問題になるんじゃないか?
そんなことを、倫理観とは別の部分で考える俺。しかし、後で聞いたところによると、この襲撃は現地ハジマッタ国の了承を得た上で行われていたのだそうだ。
『スネイル』の市井への浸透はハジマッタ国上層部でも問題視されており、そこに訪れたグイーグ国からの共闘申し入れは、渡りに船だった。
大火事に見えて、実は燃えてるのは『スネイル』構成員と、その協力者の住居のみ。焼け跡は捜査の名目で国が占拠し、最低でも数年間は塩漬けにする予定だそうだ。『スネイル』への協力が割に合わないものだと知らしめるには、これくらいやらなきゃ駄目だということなのだろう。
そして――
「奥さま。こちらの御婦人が」
『スネイル』の幹部も、残り3人となったところで声をかけられた。アドニスだ。隣では、20代前半と思しき女性が口元を抑えている。不安げに、細い肩を震わせて。しかし彼女の目付きと立ち方は、まるで正反対だった。足元は軍人のごとく踵を合わせ、重心は、今すぐどこへでも駆け出せる位置に置かれている――彼女は言った。
「ハジマッタ王国法力軍第4師団『武装僧兵』筆頭、コレア=ベッピダーと申します。イゼルダ夫人。お目にかかれて光栄です!」
コレアの声と表情はいかめしいが、顔立ちは美しかった。
イゼルダが言った。
「私も光栄です。『赤滅のコレア』。いま貴女がここに在るということは――そういうことなのでしょうね」
と、小さく空を指差す。
コレアも、同じく空を指さして。
「はい。ト=ナリの法力殿で、127名の『武装僧兵』が術式を演廻させております。あとは、私がここから加われば……」
「了解です。私は後片付けをしますので、あなたは15分後に――ではクサリ、行きましょう」
つまり、あと15分で残りの幹部を全滅させるということか。
小走りで、その場を離れる。
数ブロック行ったところで、俺は言った。
「どうぞ――何か、あるんですよね」
イゼルダが、何か言いたくてしょうがないという表情だったのだ。
そうなのよ、クサリちゃん!――こちらを向いた顔は、プールで潜水した直後みたいに真っ赤だった。
「ああ、ヤバかった! 緊張した! なんぼなんでも、あの娘を寄越すことはないでしょうに!――絶対、分かってる! 分かってやってる!」
「コレアと、何かあったんですか?」
「彼女っていうか、彼女の父親とね。なんというか……あの娘、私が産んでたかもしれないっていうか。あれだけ種付けファックして孕まなかった自分が不思議っていうか」
それ以上は、訊かないことにした。どうやらハジマッタ王国は、イゼルダにとって縁のあるというか、若き日の黒歴史が詰まった土地だったらしい。
早朝の火事に騒然とする街路を、早足で進んでいく。
「ふん! ふん! ふん! ふん!」
歩く速度は落とさぬまま『肉壁のバンダル』を家ごと微塵切りに。
「しゃっ!」
『鉄骨のボルペン』は、『重圧』のイメージで俺が潰した。
そして最後の1人――
「ん?……ああ、ここだったか」
――『酔歩するドランカ』は、いったん通り過ぎた所を戻って、やはり家ごとイゼルダが叩き切った。
「最後だし、クサリちゃんもやっちゃいなさい」
「はい。奥さま」
じゃあ、あれかな。
『稲妻のベルクト』との戦いで会得した技だ。
「そーいそいそいそいそいそいそい」
割り箸でわた飴を回し取るイメージで、『雷撃』のイメージを木剣に纏わせていく。
そして、球状になった『雷撃』を――
「そいやっ!」
――瓦礫となった家へと、投げつける。炎で焼かれたのとは違った感じで瓦礫は炭化し、崩れて埃となった。
これにて『スネイル』幹部、全滅だ。
「ちょうど、15分?」
「いえ、ちょっと早いです」
「やっぱり、そうよねえ」
体内時計では、アドニスとコレアと別れてから、13分27秒。
『鎖』で調べてみると、コレアはまだ何もやってない。
「これは、コレアではないようです」
「じゃあ、自然に?」
「もしかしたら、この火事のせいかもしれませんね」
コレアが何をやるはずだったのか、俺は聞いてない。
だが、話の流れで分かった。
きっと、これだろう。
雨が降っていた。
きっとコレアは、『武装僧兵』とやらを使って、雨を降らす予定だったのだ。そうして火事を消す予定だったのだろうが、その前に自然の雨が降り出したというわけだ。
『スネイル』も、残るはボスだけとなった。




