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幼女剣王KUSARI アイドルオタクの俺が殺伐最強美幼女に転生して異世界でアイドルグループを立ち上がるまで  作者: 王子ざくり


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旅立ち

「クサリ様の、いま現在の学力を測らせて頂けたらと――いかがですかな?」


 爺ぃ――ウィルバーの取り出した、紙の束。


 厚さでいえば、2センチはあった。

 思えば、この紙の厚さも、ウィルバーのかまし(・・・)だったのかもしれない。


 この世界では、紙は貴重品だ。

 それを分厚い束にして、無造作に取り出してみせる。そうすることで少なからず俺を驚かそうとしたのかもしれなかった。だが前世の記憶と価値観を取り戻した俺は、その点について無頓着というか不注意だった。もっとも、取り戻す以前でも変わらなかったかもしれないが。


 ウィルバーが紙を出したのを見て『紙だ』と思い、それから少し遅れて『驚くべきだったか?』と、俺は考え始めたのだった。


 そんな俺を覗き込み、だがウィルバーは何の反応も顕さない。

 構わず俺は、紙束に視線を落とし訊ねた。


「試験はこれから、ということで宜しいですか?」

「左様で。科目は学園の入学試験と同じ、読み書きと歴史に計算。筆記具はこちらに用意してございます。問題はこちら。解答用紙はこちら。それとこちらは、計算にお使い下さい」


 すっかりギルマスが置いてけぼりだが、フォローはしない。


「では、どうぞ」

「はい」


 試験が始まった。


「ところで、制限時間は?」

「ございません」


 どれだけかかるかも、試験のうちということか。

 俺に、文句はない。


 問題を見てみると、半年前にギルド(ここ)で受けた試験と、レベルは大差なかった。ある部分では上である部分では下。全体的に見ると同じくらいって感じだ。


 最初に読み書き。次は歴史と進める。ギルマスが胸を撫で下ろすのが分かった。龍皇のところでは、話し方と並行して俺が苦手な歴史の授業も行っていた。最後の計算も淀み無く回答――していたのが、ここで初めて、ペンが止まった。


 それは、こんな問題だった――


『牛と猿が合わせて6頭いる。

 足の数は全部で16本。

 牛と猿がそれぞれ何頭いるか答えよ。

 足の数は、牛が4本、猿が2本とする』


――うん。鶴亀算だ。


 連立方程式を使えば簡単だが、しかし、それで良いのか?


「うん……うん?」


 唸りながら、計算用紙に文字を連ね始める俺。それを見て、ギルマスが緊張した面持ちに。伝わってくる気配では、僅かだがウィルバーも身を乗り出している。結果として、この問題を解くのに、俺は10分以上かけることになった。


 解答用紙に、俺はこう書いた。



『別紙を参照のこと』


 別紙とは、計算用紙だ。

 そこに書かれたのは、一種の論文だった。


 まずは牛と猿が一頭ずつの場合の足の合計で足の総数を割って、更にその余りを残りの頭数で割って……という方法での回答。この過程を、俺は数式と文章で説明したのだった。


「………くっ」


 向かいから漏れた声に、俺は、内心でほくそ笑んだ。俺の勝ちだ。ウィルバーのやつ、軽くだが吹き出しやがったのである。奴の嫌味な鉄面皮にヒビを入れたのは、おそらく回答の最初にある、この一文だろう。


『この問に対しては、以下の数式により回答を導き出すことが出来る。


 4X+2Y=16

 X+Y=6


 しかし本稿では、数学的知識を必要としないという条件で、可能な限り簡便な方法により回答を導き出すことを目指す』


 ウィルバーの性格で、教育を生業にしている。

 となれば、こんな冗談に反応しないわけがない。


 さて――この挑発に、ウィルバーは?

 試験が終わると、一通り解答用紙に目を通して、やつは立ち上がった。


「では、今日のところはこれで失礼させていただきます。王都への出発はそちらの準備が出来次第――と言いたいところですが、あまり長居するのもご迷惑でしょうから、明後日の朝とさせて頂きます。こちらの建物に迎えに上がりますので、それまでに支度を済ませて頂きますよう。ああ、そうそう。ギルドマスター殿の見送りは不要。目立つ旅立ちに、したくはございませんので」


 言って、部屋を出てこうとするウィルバーに、ギルマスが訊ねた。


「試験の結果は?」

「完璧です」


 ドアが開いて、閉まって、ウィルバーはいなくなった。

 俺とギルマスは、しばらく黙り込んだまま、ソファーに身を沈めていた。

 まるで、いわゆる『事後』みたいに。


 先に口を開いたのは、ギルマスだ。


「クサリ、なんというか……おめでとう」

「ありがとうございます。それより、遅くなって――約束を違えてしまって申し訳ありませんでした。3ヶ月で帰る約束だったのに……歴史と話し方の勉強に手間取ってしまって」

「それは、もしかして冗談か?」

「ええ、そのつもりですけど……こういう喋り方、ギルマスはお嫌いなんでしたっけ?」


 今日のウィルバーや『お嬢さま』の執事のアラミスへの反応を見る限り、ギルマスが、勿体つけたり着飾ってたりと、要するに俗っぽく洗練された人間を嫌ってるのは明らかだった。


「いや、嫌いというか……君の場合は、なんというか……以前の君も良かったが、いまの、そんな話し方をする君も、おしゃまというか、キラキラしてるというか、なんというか……『可愛い』」


 頬を赤らめながら口元を押さえ、顔を背けるギルマスだった。


 ●


 そして翌々日。


 俺も軽装だが、ウィルバーも大概なものだった。

 とりあえず体裁を整えるためとしか思えない小さな鞄。

 それ以外は、何も持っていない。


「では、行きますか」

「行きましょう」


 顔を会わせて、2秒でそういうことになった。


「クサリ~。がんばれよ~」

「人はゴブリンと違うからな~。殺したら捕まるからな~」

「辛かったら、いつでも戻って来るんだよ~」


 ギルドのみんなが見送る中、俺は空を振り仰ぐ。

 ギルドの二階の窓。

 そこに、ギルマスの姿が見えた。


 彼女は、こちらに背を向けている。


 一昨日、ウィルバーが彼女に言った。『見送りは不要』と。あれは『この件は、既にあなたの職分から離れている。だから距離を置くように』という通告だったに違いない。


 とうとう彼女とは、爺さんのことを話せずに終わってしまった。

 お互い、話題にするタイミングが見つけられなかったのだ。


 目を眇めると――


 後ろ姿の、お尻の辺りで手のひらが揺れていた。

 俺も、小さく手を振って歩き出す。


 ウィルバーが言った。


「王都へは、徒歩と乗合馬車で向かいます――ご不満は?」

「ありません」


 旅が始まった。


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