14.追憶と約束のカフ【アルト視点】 (2)
2話連続投稿二つ目です。
時系列が戻ります。
次の日。
おれは、結局フィンとは会わないまま朝食を摂り、自室へと戻って王都に出る支度を整えた。
マジックバックに必要な物を放り込み、目立つ髪や瞳をありふれた色に変身魔法で変え、リストバンドで腕輪を誤魔化す。
「よし」
最後に確認をして、おれは部屋から出た。
通り過ぎる際、おれはフィンに声を掛けるか迷ったが、結局素通りし、一階に降りた。
玄関で待っていれば、ラピスと合流できるかな......。
おれはそう考え、壁にもたれた。
しかしこれは、計算違いを引き起こしてしまうこととなる。
「げっ」
おれは近寄ってくる影を認め、呻きを漏らした。
「はあっ、はあっ、見つけた......」
「おれは探して欲しくなかった......」
おれの前で息を切らせているのは、『学園』のときの同級生で、王宮においては同期にあたる、ザシャ、である。
所属班は、最近編成されたばかりのキース班で、少し前までは、エピドート班所属だった。
エピドート班長は、あまりユリウス先生、並びにユリウス班を快く思っておらず、流石にユリウス先生本人には直接なにかはしないが、班員には風当たりがキツいので、おれは苦手に思っている。
......前、ラピスに絡んだようだし。
「ちょっと来い」
ザシャはそう言って、顎でくいっと外を指した。
おれは、おおきくため息を吐いた。
ここでごねた方が面倒なことになるか......。
そう考えたおれは、仕方なく寮の外へ出た。
「......で、なんだよ」
「いや、俺の依頼品に協力して欲しいんだって」
「イヤだ」
おれとこいつは、仲がいいという訳ではない。
では、どうしてこいつはおれに頼みに来たのか。
それは......。
「闇属性のテスターが必要なんだって!」
「断る」
「なんでだよ!」
「誰が好き好んで、魔封じのテスターにならなきゃいけないんだ。
それにおれは今、おれ宛ての指名依頼しか受け付けていないって言って拒否しただろうが」
魔封じ。
色々なタイプがあるが、効果は一つ、魔力を封じて使えなくすることである。
主な使い道は、魔力持ちの犯罪者に対してで、逃亡されないように、厳重な管理の元使われている。
あと、非合法な使い方としては、魔力持ちの人質に犯人が付けるケースがあり、無茶な使い方が死亡に繋がるケースが多々ある。
つまり、割と扱いが難しい代物なのだ。
「それにしても、熱心に頼みに来るのな。
そんなに重要な依頼なのか?」
「ああ、エピドート先生が、移動する前に回してくれたものなんだ」
「エピドート先生が?」
そういえば、こいつはエピドート班長に気に入られてたな......。
まあ、自分の先生の依頼に全力で答えたいのはわかるが、それとこれとでは話が別だ。
「ちっ」
「悪いが、イヤなものはイヤだからな」
「あっそ」
どうすっかなあ、とザシャは頭を抱えた。
まあ、せいぜい頑張ってくれ。
そう心の中で呟きつつ戻ろうとしたおれを、ザシャは声で引き止めてきた。
「あと、ちょっと訊きたいんだけどさ......」
「なんだよ、今度は?」
おれは半身だけ振り返り、ザシャを睨んだ。
「おれ、待ち合わせあるんだけど?」
「いや......、お前ってさ、キース班長のこと、どう思う?」
「? いや、いい先輩だとは思うけど......」
そう言いつつ、おれは完全に、奴の方向へと向き直った。
その声音が、そして表情が、真剣さを帯びていたからだ。
「どうしてだ?」
「いや......、じゃあ、キース班長の過去について、聞いたことあるか?」
「孤児で、困窮していたところをユリウス先生に助けられたって、聞いたけど......?」
「孤児......、困窮......」
「あと、それがきっかけでユリウス先生を師として仰ぐようになったって。
......それが、どうかしたのか?」
「いや、俺がキース班に移動する時、エピドート先生がこんなこと言ってたの思い出して......」
目を空に向け記憶を辿った奴が、その言葉を述べる。
「『小さい頃は、可愛げがあったのに......』だって」
「は? それ本当か?」
「俺が、そんなしょうもない嘘つくはずないだろ」
そりゃそうか。
でも、その言葉が本当だとすると......、それじゃあまるで......。
エピドート班長が、キース先輩の過去に、何らかの形で関わっているということではないか。
実は、エピドート班長が特にきつい対応を取っていたのは、キース先輩へ対してだ。
背中が、ぞくっと泡立った。
なにか、やばいことが起きる予感がする。
おれが口を開こうとした時、寮の玄関ドアが勢いよく開けられ、誰かが飛び出してきた。
ラピスだ。
おれは咄嗟に引き寄せつつ、ザシャとアイコンタクトをとる。
ユリウス班とはいえ、未成年がいるのに、これ以上話は続けられない。
なので、強引に話を締めにかかる。
「じゃあ、おれはもう行く。
他に言いたいことあんなら、闇の日に言いに来い。
じゃあな」
「おいっ、ちょ......」
話の続きは、闇の日に。
仲が悪かろうと、このくらいの無言の打ち合わせは出来る。
そして、おれはラピスを連れて王都へ向かったのだった。
* * *
それから、数十分後。
おれは、古本屋『月の船』がある近くの壁に凭れ、ラピスを待っていた。
まあ、すぐには帰ってこれないだろうけど、いつ帰って来るかも分からないし、一人にさせるのは不安だからなあ......。
エピドート班長と遭遇してしまったことといい、ラピスはなにか持っているタイプだ。
......おれも他人のこと言えないけど。
そう考えていると、突然、目の前に人が現れた。
いや、目の前に現れるまで、気づかなかったというべきか。
彼女は、そういうのが、得意だから。
「お久しぶりです、アルト先輩」
「ネリア、久しぶり」
彼女は、おれの『学園』において一学年下の後輩だった、ネリア、である。
おれが最終学年だった春に行われた、全学年合同課外授業において同班で、その時起こったとある事件において、おれの二学年下の後輩と共に解決に挑んだ、言わば戦友だ。
「いやー、そんな風に思われてるって、光栄ですねぇ」
「ネリア、頼むから読心術を使わないでくれ......」
ネリアは、占い師の家系の出身で、こういった人の心や考えを読むのが、とても得意なのだ。
また、彼女は自分の“固有魔法”を、“未来視”――しかも、解析度が高く、『赤きカルセドニー』という二つ名がつくほど――と公言していて、あの事件においてはとても助かったし、なにより彼女らしいと感じていた。
「わたしの紹介、ありがとうございます~」
「だから読心術はやめろって。
そんなことしてると、またルーファスに逃げられるぞ」
「それは困るなあ、あの子にも、お守り渡しに行かないといけないのに......」
ルーファス、というのが、おれの後輩で、ネリアの“恩人”だ。
かつて、おれの後輩で精霊魔法の使い手の子、とラピスとの話で話題にしたのは、彼のことだったりする。
ちなみに、おれも“恩人”の一人に数えられている。
彼女は、あのとき、こう言っていた。
『二人には、すごく助けられちゃった。恩人だね』
『二人は、大切な人、“ソウルメイト”に出会えるよ、そう遠くない未来にね。
だから、その時、わたしは、二人と、そのパートナーに、わたしのお守りを渡しに行くね。
“想い”が護るための“力”になる、特別なお守りを』
「そう」
きゅっと、目を細めて、彼女は言った。
「先輩の方が、早かったなあ......。
約束を、果たしに来ました」
そう言って、彼女は、青い石が嵌め込まれたイヤーカフを、見せてきた。
「左耳に嵌めるんだ。
わたしが嵌めるから、しゃがんでくれますか?」
「えっ、はい......」
有無を言わせぬ圧に、おれは耐えかねてしゃがみ込んだ。
そっと、彼女が、おれの耳に、カフを装着する。
「できた!
もう、いいですよ」
「あ、ああ、ありがとう......」
おれは姿勢を立て直しつつ、耳に触れた。
カフの感触が、確かにする。
いや、青って、まさか......。
「これの片割れって、まさか......」
「ふふふ。
先輩の、予想通りですよ」
そう、彼女は言った。
「たぶん、もうすぐ、答え合わせの時間が来る。
ねえ、先輩。どうか、後悔しない道を、掴んでね」
そう言って、ネリアの姿は、消えた。
まるで、最初からいなかったかのように。
行ってしまったかな......。
おれは、呼び止めるのを諦めて、壁に凭れ直した。
それにしても、気になる。
このカフの片割れの行き先、そして『後悔しないでね』の意味。
それって、まさか......。
そこまで考えた後、じん、とカフが熱を帯びた。
そして、おれの視界に、ここではない、どこかの景色が重なった。
これは......!
突然現れた視界には、ツタによって胴を絡めとられ、『砦』の面々から引き剥がされて拉致される、ラピスの姿だった。
見る限り、ラピスは気を失っているようだった。
『砦』も、ラピスの救出には動けないようだ。
まずい、このままでは......。
でも、おれには、どうすることもできない......。
いや、違う。
“想い”を護るための“力”にできるのだとすれば。
「頼む......、おれを、ラピスのもとへ......、セリナのもとへ。
連れて行ってくれ!」
目の前が、光に覆われた。
足元が、ぐらりと揺らぐ。
そして、視界が晴れたとき。
空中に浮かんだおれの目の前には、ツタと、それに絡めとられたラピスが、いた。
おれは、落下に任せて水の力でツタを叩き切り、ツタから解放されたラピスをキャッチする。
そして、なんとかラピスに負担が行かないよう着地し、辺りを見渡した。
ここは、どこだ......?
なんとなく、リースリア王国のどこかかな、というだけで、詳しい現在地を知らないで来たのだ。
転移する前、あの視界の中でちらっと見えたのは、お世辞にも手入れされているとは言えない館に、周辺の森。
そしてここは、その森の中。
『砦』の人たちの姿も、あのツタを制御していたはずの人物の姿も、確認することができない。
「おやおや、邪魔が、入ったようですねぇ」
と、どこかから、声がした。
丁寧な、しかし、嫌悪を感じさせる声。
おれは、この声の主を、知っている。
「お前......」
前方から現れたのは、ダークグリーンのローブを着て、顔をローブですっぽりと覆い隠した人物だった。
「あのときと、全く変わりませんね、アルト様。
いやいや、お元気そうで何よりです」
「ああ、お陰様でな」
おれの外見が変わらなくなったのは、誰のせいだと思っている。
ああ、まさか、こいつに会うなんて。
最悪だ。
おれは、舌打ちをした。
アルトの学生時代にも、色々とありました。今想定している中でも、事件に巻き込まれたり、留学生と交流したり、仲間と協力して何かを乗り越えたり、などなど。いつか、回想でちょっと出すだけでなく、ちゃんとしたかたちで出したいね、言ったと思うけど。
ちなみに、この作品以外にも、筆者の作品に魔法界が舞台となった作品がありますが、実は舞台となっている国が違います。時代は一緒。これだけは明言しないとな、と思ったので。
それでは、紺海碧でした。次回は、20日に投稿します。