14.追憶と約束のカフ【アルト視点】 (1)
2話連続投稿1話目です。
前回より少し時が戻って、アルト視点。
このお話には、“ボーイズラブ表現”が含まれています。
苦手な方は、ブラウザバックをお願いいたします。
ラピスへの授業と、指名依頼だけとはいえかなりの量の仕事に追われた、最高に忙しい一週間。
それも、とうとう今日で一区切りだ。
「んん~、終わった~!」
指名依頼を終わらせ、おれはぐっと背伸びをした。
さっさと身支度をし、寮へと帰る。
明日は、王都へラピスを連れて行かなければならない。
その為に、出来るだけ早く寝たかった。
――それにしても、『月の船』にそんな役割があったなんてな。
今朝、気づけば枕元に置いてあった、彼女の家族からの手紙を思い出す。
指示に従いもう灰になってしまったあれには、明日、『砦』が救出作戦を行うこと、それに伴いラピスを呼び出すこと、その為『砦』と繋ぐ扉のある『月の船』に行かなければならないこと、なにかあれば手伝って欲しいことなどが、丁寧に記されていた。
そして、手紙をくれた理由には、「あの子は貴方に本当のことを言わないでしょうから」とも書いてあった。
薄々思ってはいた。
ラピスは、いや、セリナは、おれを、本心から信頼していない。
『ラピス』としてはおれのことを、『兄』として慕ってくれている。
だけど。
『セリナ』としては、恩は感じているものの、しっかりと線を引かれている。
そう、感じていたし、実感してしまった。
「はあぁ......」
どうしたら、『セリナ』は心を開いてくれるのだろう。
つい、ため息が出てしまった。
「おっ、どうしたんだ、ため息なんか吐いて」
気が付けば、おれは自室の前に来ていて、たまたま部屋から出てきていたフィンに、そう訊かれてしまった。
どうやら、ため息を聞かれてしまったらしい。
「いやぁ、まあ」
おれはなんと言って良いか分からず、そう誤魔化してしまった。
フィンはそんなおれの様子をじっと見た後、自分の部屋のドアを大きく開けた。
「まあ、入るか?」
せっかくの光の日なんだし呑もうや、という誘いは、普段のおれなら断っていたものだった。しかしおれは、今夜ばかりは少しだけなら、と頷いてしまった。
勧められるがままベッドに腰かけ、フィンから紅い酒を受け取った。
「これは?」
「ああ、王都で、偶然手に入ったんだ。
科学界産の、赤ワインだって」
「科学界......」
おれは、じっとワイングラスに注がれたそれを、見つめた。
これは、彼女と故郷が同じなんだな......。
おれは一口、口に含んだ。
アルコールが鼻に抜ける、独特の感覚。
やっぱりおれには、酒の良さが、分からない。
「科学界って、どんなところなんだろうな」
同じように注いだそれを、フィンは机をはさんで向かいに置かれた椅子に座って呑みつつ、ぽつりと言った。
おれとは違い、その様子は様になっている。
「そうだな......」
魔法界と科学界は繋がっている。
だからこそ、ここにこのワインがある訳で。
他にも、科学界から持ち込まれたものは、たくさんある。
映画、ラジオ、テレビ。
ボールペン、シャーペン、その他もろもろ。
魔法界が発展したのは科学界のおかげと言っても、過言ではないだろう。
「案外、こことそんなに変わらないだろうなぁ」
そう言って、おれはワインを呑み干した。
そっとそれを、テーブルに戻す。
「その心は?」
「確かに、世界を支配する法則は違うし、それが違ってしまうことで、世界の成り立ちも、仕組みも、文化も、全然違う。
だけど、こうして、仕事したり、遊んだり、駄弁ったり。
そういうのは、変わらないんじゃないかな、と」
ここまで言って、なんだか急に恥ずかしい気持ちが湧いてきた。
「あ、ははは、アルコールのせいかな。
なんか語っちゃって、恥ずかしいな」
そう、笑ってごまかすと、奴は真剣な表情でグラスを置いた。
「そんなことねぇよ。
......俺は、お前の、そんなところ、......好きだ」
「えっ?」
聞き間違いか、と思っておれは、思わず聞き返した。
すると奴は立ち上がり、真っ直ぐおれに向かってくる。
そしておれの両肩を押し、おれは、フィンに押し倒される形となった。
......ベッドの上に。
「ひっ」
「俺は、ずっと、お前のこと、好きなんだ。
......こういう意味で」
ここ、リースリア王国は、友好国かつ別名『冒険者の国』と呼ばれるあそこまでとはいかないが、かなり同性婚は珍しくない。
だけど、おれは、ずっと友人、いや、親友と思ってきた奴に押し倒される事態となるのは、一切、想像していなかった。
「......違う。
お前は、おれのこと、そんな風に思ってない。
負い目か、勘違いだろ」
「違う!」
即答した奴の目に灯った炎を見て、おれは恐怖した。
こいつはザルだ、酔っぱらった末の戯言でもない。
奴は、本気なんだ。
おれは暴れて、身体をフィンから引き剥がし、部屋の外へと逃げ出した。
「アルト!」
制止の声も振り払い、安全な自室に駆け込む。
しっかりとロックし、その場にずるずると座り込んだ。
怖かった。
おれは、あいつに、同じ気持ちを返せない。
おれは......。
ふと、彼女の顔が思い浮かび、おれは頭を振ってそれを追い出した。
「......シャワー浴びて、寝よう」
そうだ、おれには、明日の決して動かせない予定がある。
ローブを脱いだ後、シャワールームに入り、上半身の服も脱いでしまう。
そこで手を止めると、室内に設置された鏡には、おれの身体が映っていた。
背中には、うっすらと、でも目を引くくらい、背中全体に斬られたような跡が残っている。
これは幼い頃に事件に巻き込まれた際、犯人を怒らせてしまい殺されそうになったフィンを、かばってできたものだ。
思えば、ただの貴族の子弟同士の付き合い程度だった関係が変わったのは、あのころだった。
......あいつは、いつから、あんな炎を抱いていたんだろう。おれには、一切感じることが出来なかった、あんな炎を。
おれは鏡から顔を背け、残りも脱いでシャワールームに入った。
熱い湯を頭から被り、身体を温めて、清める。
そして、シャワールームから出た後は適当に身体を拭い、寝間着やローブを着て、眠った。
眠れないことも覚悟していたが、アルコールのせいか、すぐに寝入ってしまっていた。
アルトとフィンは、幼なじみや親友同士という言葉だけでは言い切れない、あえて表現するとしたら、“相棒”のような関係です。
フィンがアルトに向ける感情も、ただの“恋愛感情”ではありません。しかし、“ボーイズラブ表現”に該当すると考えた為、タグをつけ警告もしています。ご了承ください。
それでは、紺海碧でした。同時投稿されている次話に続きます。




