5.過去の夢と運命の日 【アルト視点】 (2)
2話連続投稿1話目です。
芹奈が何話か前に出会ったネコチャンの正体。
成年者は、次の仕事に影響が出ないなら、寮の自室で比較的何をしても怒られません。周りに迷惑をかけない限り、ですが。
その夜、おれは寮の隣人でもあり親友であるフィンの部屋を訪れていた。
結局、投げ出すことになったおれの仕事の尻拭いに対して、礼を言うためである。
ドアをノックし、声を掛ける。
「フィン、おれだ。
今、いいか?」
「ああ、どうぞ」
おれは許可が出たのを確かめてからドアを開け、中に入る。
ちなみに、この魔法塔の寮、許可なく他人の部屋に入ろうとすると、手痛い制裁が待ち受けている。そして、不法侵入した際には、部屋から出る分には出れるが、この敷地外からは出られなくなるというおまけ付きだ。
どうして、部屋の中からは出られるのかというと、前は部屋の中からも許可がないと出られない仕組みだったそうだが、それを利用した悪質な監禁事件が起きたため、今の仕様になったそうだ。
......ここのセキュリティシステムは本当に性格が悪いため、事故でもお会いしたくないというのがおれの本心である。
この部屋の主は、自分で持ち込んだ小さめのテーブルの上に酒を置いて、自分は椅子に座っていた。
おれは、かつて彼が、寝る前に一杯呑むと寝つきが良くなるんだ、と言っていたのを思い出した。
どうやら、寝る前の晩酌中にお邪魔してしまったようだ。
「いや、邪魔なんかじゃないぜ。
それよりも、呑むか?」
と、問われた。
「いや、遠慮しとくよ。
おれが、そんなに酒が強くないのを知っているだろう?」
ちなみに、フィンはザルである。
かつて、吞み比べでそれまで最強無敗を誇っていた先輩を打ち負かした姿を見たこともある程だ。
おれはそれをフィン側の監督者として最後までその場にいた為、その恐ろしさを身をもって知っている。
その際、向こうからは、「“ザルじゃなくて『ワク』”っていうの聞いたことあるけど、あいつがまじでそれだな」と言われていた。
本人は知らなさそうだが。
「ああ、そうだったな」
と言って、フィンはグラスを傾ける。
血のように紅い酒が、一口分消えた。
おれは、その様子を壁にもたれて見ていた。
そして、話を切り出した。
「今日は、すまなかった。おれの仕事押し付けてしまって」
「いや、気にすんなよ。
重病人の保護に“王族案件”だろ?
幸い、お前の引き継ぎは完璧だったしな」
「そうか......?」
“王族案件”とは、その名の通り、王族が関わる、最重要にして最速、細心の扱いが必要とされる事案のことである。
また、命惜しくばこの件には必要以上に関わるな、という符号でもある。
こいつはおれに甘いから、本当にそうだったのか、分からないでいると、
「まあ、気にするなら、今度、美味い酒でも奢ってくれよ」
と言ってくれた。
「ああ、分かった」
助かった、という思いでおれは頷いた。
「ところでだが、お前、とうとう“ソウルメイト”、見つけたんだな」
「は?」
突然の話に、おれは驚きすぎて固まった。
ソウルメイトとは、別名、“魂の片割れ”とも呼ばれる存在だ。
心から信頼でき、背中を預け合い、全てを分かち合える、出会えることが奇跡の存在。
まあ、陳腐な言葉で言うと、“運命の人”ということだ。
「何のことだ?」
「ラピスちゃんのことだよ」
にやっと笑いながら言われ、再び絶句する。
つまり奴は、彼女がおれの運命の人だと言っているのだ。
「なんで、そう思ったんだ?」
「キャシー先輩から訊いた。
お前が、塔長室から気を失った彼女を大切そうに抱いてきたって。
お前がそんな態度取るって珍しいじゃないか」
そう言われて、おれは反論できずに三度固まる。
言われてみれば、確かにそうかもしれない。
「なあ、それで......」
フィンのセリフを遮るように、開かれた窓から、子供がはしゃぐような声が聴こえてきた。
「星! こんなに見えるの?!」
ラピスの声だ。
思わず頭を抱えた。
そう言えば、ラピス――セリナの故郷は科学界の島国、日本。
そこでは田舎でもないと、このレベルの星空は見られない、らしい。
彼女は、おそらく都会出身なのだろう。
しかし、あのセリフは、彼女がこの国の田舎出身という設定を矛盾させてしまうものだ。
現に、何も知らないフィンは首を捻っている。
やばい。
こいつは勘が恐ろしく鋭い。
このままでは、彼女の正体に勘づくのも時間の問題だ。
正解は出せないかもしれないが、限りなく正解に近い“答え”を出してくるだろう。
耳を澄ませると、どうやらラピスはテンションが上がったあまり、外に天体観測に行くことにしたようだ。
まずい。
こんな時間に寮の外で行動させるわけにはいかないだろう、彼女は未成年なのだ。
おれは慌ててフィンの部屋の外へと向かった。
「じゃ、また明日な、おやすみ」
「ああ、おやすみ」
少しのタイムラグの後、彼がそう返事したのを聞いてから、おれは自室に戻った。
「さて、と......」
おれは猫一匹通れるような窓の隙間を開けて、深呼吸をした。
そして、目を閉じて、黒猫の姿をはっきりと思い描く。
ゆっくりと目を開ける。
「≪変化≫」
と、おれは唱えた。
黒い靄がまるで繭のようにおれを包み、晴れたときには、おれの姿は黒猫になっていた。
ラピスの前ではごまかしたが、おれの“固有魔法”は、変身魔法。
自分や他者の姿を変えることが出来る魔法である。
願わくば、ラピスが猫嫌いではありませんように。
そう祈りつつ、おれは猫の振りをして、彼女の傍に向かったのだった。
外のベンチで彼女を見つけたとき、ラピスは聴きなれない歌を口ずさんでいた。
おそらく、向こうの歌だろう。
不思議な曲だ。
しかし、彼女はかなり歌うのが上手い、と感じた。
それは、思わず隣に座って、しっぽを揺らしてしまうくらいには。
ラピスは途中でおれの存在に気付いたようだが、特にリアクションを起こすようすもなく、最後まで歌い上げた。
沈黙が場に落ちる。
先に口を開いたのは、彼女の方だった。
「ねえ、君はどこから来たの?」
この反応を見ると、彼女は幸いながら、猫嫌いではないらしい。
むしろ、返事も期待できないのに話しかけるへんじ......、ごほん、猫好きなのかもしれない。
「君、ここの子?」
と続けざまに問われたので、とりあえず、猫語で返事をしておいた。
その後、突然某日本のアニメ映画のキャラ名で呼ばれて焦ったりしたが、なんとか寮へ誘導することに成功した。
というのも、ずっとおれたちのことを伺う気配を感じていたからだ。
今のおれは猫だ。これは、おれの視力や聴力、体力などが本物の猫並みに上がっていることを意味する。
一体、誰が......?
しかし、寮室へ入れてしまえば大丈夫だ。
そう楽観視していたら。
「何階の角部屋だったっけ?」
......嘘だろ。
なんで覚えてないんだよ!
ちなみに、おれは入居の際に立ち会っていたので、何階かというのは知っている。
その間に、例の人物はおれたちの背後まで近づいてきていた。
おれは、夜目の利く猫ならではの力でその人物の正体を探り......、絶句した。
――なんで、貴方が......!
魔法塔怪談の一つに数えられる、すすり泣くローブの亡霊。
その正体は、おれのかつての同じ班の先輩であり、今は独立して班長になった人物だった。
しかも、はっきりとわかるくらいに消耗している。
一体、何があったんだ?
考えがまとまらないまま、おれは“お化け”に怯えるラピスによって抱っこされ、部屋に連行される羽目になった。
おれね、一応、成人男性な訳ですよ。童顔過ぎてラピスと同い年ぐらいにしか見られないのは自覚してるけど。
そんな奴が、いくら猫の姿をしてるとはいえ、未成年の部屋で、しかも夜に、ぴったりと密着してるとなったら大問題ですよ。
どーしよー。バレたら殺される。
流石に猫の姿で窓の外から自室に戻るのは命が危ないし、かといって来た道を戻ればおれの人生が危なくなる。
とりあえず、おれは机に上って、彼女から距離を取った。
ラピスはどうするのだろう、と思って見ていたら、彼女はローブのポケットから見覚えのある手帳とペンを取り出した。
あれ、おれがあげたやつ。
見ていると、彼女は、机に手帳を広げて、何やら綴り始めた。
日記のようだ。
日本語で書いているのでおれは読めないと思っているようだが、実は、おれは日本語は読める。
この二つ、いや、四つの世界の間では、話し言葉は通じるようになっていて、おれたちはそのことを、世界の奇跡、と呼んでいる。
そして、魔法界の人間は、科学界の読み書きは、単語と文法をきっちりマスターすることにより、理解できるようになっているのだ。
ちなみに、これは逆、科学界の人間にも同じことが言える。
おれは日本好きな一面を持つニコラウス様によって半強制的に仕込まれていたが、この時ほど彼にこのことを感謝したことはない。
......あのとき、習っておいて、本当に良かった......。
おれは、じっとラピスが物語風に今日の出来事を書いていくのを眺めていた。
そして、その日本語が苦も無く自分の中で翻訳されていくのが面白くてガン見していると、
「わかるの?」
と恐る恐るというように訊かれた。
おれが思わず頷くと、「気のせいだよね......、うん、気のせいにしとこう」と、ぼそぼそと言っていた。
まあ、魔法界でも普通の猫はこんなんじゃあないけど、あいにくおれ、人間だから。
他人の日記を読むのは人としてどうか、というのは、この時のおれの頭から完全に抜け落ちていたわけだが、この報いは早くやってきた。
日記を書き終わった彼女は、おれに手を伸ばし、そっと撫ぜてくる。
それが気持ちよくて思わず本物の猫のように喉を鳴らしていると、
「えへへ、君、誰かに似てるって思ったら、アルトさんの声にそっくりだ。
なんか、安心する」
と言われた。
くぁwせdrftgyふじこlp。
ここでおれの人生はおしまいなのか。
それに、安心するってどういうことだよ。
頭が真っ白になってしまい、固まっていると、彼女は何を思ったのか、おれをベッドの上まで運び、眠ってしまった。
......おれを抱き枕よろしく抱きかかえて。
あ、終わった。
おれにとって、猫の姿のまま一晩超すことは余裕である。
だけど、このシチュエーションだめだよね?
そう思っていると、頭上から誰かが笑う声が聞こえてきた。
見ると、予想通り、彼女につく、宝石の精霊だった。
「......笑ってないで助けろ」
「ほぉ、そんな態度で良いのか?
別に我は、『ここに不届き者がいる!』と叫んでも良いのだぞ?」
「おれが悪かったですお願いだからそれだけはやめて下さい」
おれはぺたりと耳を伏せ、ナイトに懇願した。
あ、ちなみにおれは動物の姿を取ってても人語は喋れるよ、念のため。
「ほお、便利な体だな」
「そりゃあどうも」
そんなやり取りをしつつ、彼はラピスを起こさないよう、そっとおれをラピスから救出し、床に降ろしてくれた。
「助かった、ありがとう」
「いや、気づかず迷惑をかけたのは主の方だ。
礼には及ばぬ」
と、彼は腕を組んで言った。
そして、おれにこう質問してきた。
「ところで、兄上よ」
「なんでおれ君に兄呼びされてるの?」
「兄上よ、どうしてお主は主が外出したと知っていたのか?」
「あー」
そりゃあ気になるか。
「窓から聞こえてきてたよ、普通に」
「......そうか」
気づいてなかったんだなー。
さもありなん。
おれも、フィンの部屋の窓が開いてなかったら、たぶん気づいてなかったと思う。
「して、兄上よ。
どうここから帰室するつもりなのか?」
「うん、それなんだよなー」
ちなみに、寮内の≪転移≫はキャンセルされてしまうので使えない。
自分の部屋に他人が入られてはトラブルの元、だからね。
ついでに、この姿で派手な魔法を使うと討伐対象になるので、自力で飛んで帰るのもNGである。
おれが変身魔法を使えるのは、『学園』の同級生か身近な人くらいなので、怪しい何か扱いされるのは仕方ないけど、痛いのは嫌だし、戦闘音で誰かを起こしてしまって制裁されるのも避けたい。
「なら、我が抱えて飛ぼう」
「飛べるのか?」
「精霊だからな」
すげぇパワーワードだな!
精霊って、こんな何でもできるような存在だったっけ......?
あ、こいつが特殊なのか、きっとそうだ、うん。
「では、行くぞ」
と、やはりおれは本物の猫のように抱きかかえられ、しばしの空中散歩の後、自室に戻されたのだった。
「ありがとう」
おれは部屋の中に入って、空中に浮かんだままの精霊に向かって言う。
「礼には及ばぬ、と言っているだろう」
そう返し、すぐさま立ち去ろうとする彼に、おれは問わずにはいられなかった。
「......なんで、おれを助けようとしたんだ?」
と。
何度も言っているが、精霊は基本、主と認めた者の言うことしか聞かない。特におれは精霊と相性が悪いので、もっと彼の力を借りるのは厳しいはずなのに。
彼は、ゆっくりと振り向き、こう言った。
「それは、お前が我が主にとって、特別な存在だからだ」
「はい?」
その意味を呑み込めず首を捻っている間に、彼は去っていった。
「はぁ~」
おれはようやく人間に戻ってため息をつく。
今日は、いろんな事が起こり過ぎたなぁ......。
ラピスのこと、フィンのこと、そして......。
そうだ、あれは、おれだけで留めるわけにはいかない。
おれは、あのことを書き留めるため、机に向かいつつ、ため息をついた。
今夜も、昨夜に比べたら、時間的には長めに眠れそうだけど、精神的な疲れはとれなさそうだな......。
おれに安眠できる日が来るかは、神のみぞ知る。
芹奈の天体観測の裏話回。
うちの魔術師に変身魔法、扱わせてみたかったんですよね。特に猫になってもらいたかった。ここだから言います。筆者の趣味です。つき合わせてごめんね、アルト。
ちなみに、アルトが得意なのは犬や狼への変身です。けど、周りからは猫が一番イメージに合っていると言われがち、といういつか本編で出したい裏話。
それでは、紺海碧でした。同時投稿されているはずの次回に続きます!