5.過去の夢と運命の日 【アルト視点】 (1)
なんとか間に合いました。
2話連続投稿二つ目です。
サブタイトルにあるように、視点が変わっています。
夢を、見ていた。
空想の、出来事ではない。
実際に昔、あったことだ。
おれが、本当に体験し、トラウマを植え付けられた、おぞましい記憶。
眠りが特別浅いときにやってくる、真っ黒い夢。
おれはまだ小さくて、魔法が使えなくて。
イヤだと言っているのに、おれを掴む感覚が気持ち悪くて泣き叫んでいた。
――ごめんなさい、おねがい、ゆるして、やめてよ......。
がらんがらんがらん、と特徴的なアラーム音。
はっと目が覚めた。
「ここは......」
薄目を開けて、様子を伺う。
ここは、王宮の、魔法塔の寮。その一般室の一つ。
間違いなく、おれの自室だ。
ただ、ベッドではなく、窓に面するよう設置された机に突っ伏すように寝ていた為、体のあちこちが軋んで痛い。
おれ、アルト・シュバルト――一応、この国、リースリア王国の貴族で、伯爵家の一人だ――は、二十歳にして、トシを感じていた。
「おれ、なんでここで寝てたんだっけ......?」
そうぼやきつつ、大半が眠っている脳に活を入れ、記憶を探る。
ああ、そうだ。
昨日は、厄介な依頼があり、それの対応に追われていたのだ。友人の助けを断って一人で頑張って進めたものの、結局残業になり、徹夜の覚悟をするような状況だった。
なんとか一通り終わらせたのは、真夜中過ぎ。
フラフラになったおれはなんとか自室に戻ったものの、このままベッドで寝ると朝に起きられなくなると思い、机に突っ伏したのだ。
......でも、遅刻覚悟でベッドで寝れば良かった、疲れが取れた気がしないし。
そう思いつつ、目覚まし時計を見て、思わず変な声を上げつつ二度見した。
現在時刻、午前八時過ぎ。
「やばい、遅れるっ」
始業前に最終確認しなきゃいけないのに!
残念だが、朝食は抜こう。
大変不本意だが。
着たままだった制服とローブを自分ごと≪洗浄≫し、部屋を飛び出す。
ホールで、朝食を取ってきたらしいフィンとすれ違った。
「おはよ。
なあ、朝食は?」
早く行きたいが、がしっと肩を掴まれては立ち止まるしかない。
「ああ、おはよう。
今朝は、残念ながら中止だ」
「ああ、そういうことか......。
じゃあ、差入れしてやるよ」
面倒見の良い友人で助かった。
ちなみに彼は、昨日助けを申し出てくれた友人であり、おれが忙殺されている姿を見ている。
何かつまめるものがあれば、かなり違うだろう。
「助かるよ」
「なんかあったら手伝うから言えよ~」
と食堂に戻る友人と別れ、おれは寮を今度こそ飛び出した。
小走りに移動して、四分の三くらいまで行った頃、今度は「おーい」と呼び止められた。
足を止めて声がした方を見ると、おれの姉であるアリアが手を振っていた。
服装が私服とカバンなので、どうやら自邸から出勤してきたところのようだ。
「おはよう。
あんたもそろそろ帰ったらいいのに。
あんたの家でもあるのよ?」
「おはよう、姉さん。
また、休日にでも」
おれは、そうぼかした。
「あんたがそう言うときに、帰ってきたためしがないじゃあない......」
と、姉さんはため息をついた。
でも、おれは、必要以上に帰るつもりはない。
......今の、シュバルト家の当主は、姉さんだから。
これは、おれなりのけじめでもあるのだ。
それに、おれにとってあそこはもう、帰りづらい場所だ。
「まあ、いいわ」
と、姉さんが言ったその時だった。
空から、悲鳴のような声が、聞こえた。
構えつつ空を見ると、空から何かが落ちてくるのが目視できた。
「「なっ」」
落ちてくるそれが、人間――少女であることを確認したおれは、考えるよりも早く落下地点へ向けて走り出していた。
空中から人が落ちてくるなんて、学生が≪転移≫の練習に失敗したか、あるいは......。
この世界の人間ではないか。
とにかく、受け止めないと。
おれは、足元に≪そり≫を出し、空中へと飛び出した。
その際、精霊たちが騒めいているのを、察知した。
しかし、気にする暇がない。
「よいしょっと」
おれは、なんとか落下地点に潜り込み、彼女をキャッチした。
彼女は、首元にリボンをつけたシャツとスカートに、見慣れない上着を羽織っていて、肩に届かないくらいの艶のある髪と瞳は黒色だった。
それを見て、おれは悟った。
――この娘、科学界の娘だ......!
思わず、息を呑んだ。
「大丈夫かって......、おい!」
とりあえず声をかけたものの、彼女は目を閉じてしまった。
気絶してしまったのだろう。
それにしても、精霊とは相性が良くないおれでも感じ取ることが出来るほどの、尋常じゃない精霊たちの気配......。
精霊術師ではなく相性も良くないおれは存在を感知できても、感情や会話を、相手が人化しない限り読み解くことが出来ない。
それなのに、心配、驚き、怒り......、などの感情の気配がかなりする。
精霊たちの力が、強まっているか、あるいは漏れてしまうほど動揺しているか。
一体、彼女は何者なのか?
疑問を感じつつ、おれは姉さんの元へ向かった。
「その娘は?!」
「たぶん、気を失ってる。
......、姉さん、この娘、只者じゃあないよ」
まあ、おれと違って、精霊術師ではないものの、精霊と相性の良い姉さんなら、この事態をより重く見ているだろう。
「......、ええ、そうね」
それだけで通じてくれたのか、姉さんがどこからかおおきな布を取り出し、彼女の姿を隠すように被せた。
彼女に対する配慮だろう。
「私が、ニコたちに、報告に行くわ。
貴方が、その間その娘を看ていて。
まあ、まずは特別室へ連れて行くわよ」
ニコというのは、姉さんの同級生かつ悪友であり、また、この国の王弟である人のことだ。
そして、おれの命の恩人の一人。
「うん」
おれたちは頷き合い、治癒の塔へと移動したのだった。
そして、この出会いがおれの人生を大きく変えることを、この時のおれは知らない。
この時にわかっていたのは、ただ、彼女を護らなければいけない、ということだった。
タグに『女主人公』『男主人公』両方入れた理由が、このように視点が変わるシステムがあるからです。
これからは、芹奈とアルト、二人の視点を織り交ぜて進んでいきます。
ちなみに、この第一章は芹奈がメインなので【アルト視点】と入れていますが、アルトメインもある予定です。今後、アルトが発端となる話もあるので。
それでは、紺海碧でした。次は、12日に投稿します!