陛下の心を掴む
「こちらは『ざくろ酢』です。それと『蒸し大豆とほうれん草の炒め物』と、赤身肉の塊の炙り焼き」
私は陛下の前に、手ずから調理した料理と飲み物を並べる。
陛下は少々、困惑したお顔をなさっているわ。
「肉は分かるが……」
「こちらの『ざくろ』は、この大陸の南の方では育つのだそうですわ。我が国では、珍しい食べ物です」
陛下は赤い飲み物、ざくろ酢の色に困惑なさっているご様子。それはそうね。ワイン以外に、赤い飲み物などありませんもの。
「このように赤い実で、それが酢の色になってしまうのですわ」
私は無限収納からざくろの実を取り出し、陛下にお見せする。
「変わった実だな」
そう仰ると、陛下は筋張った大きな手にざくろを載せ、ご覧になった事がない果実をまじまじと観察なさい始めたの。
二十八歳とお聞きしているけれど、そのお顔はどこか幼くも感じるかしら。
「砂糖が使われているのか?!」
ざくろを片手に、ざくろ酢を飲まれた陛下が驚嘆の声を上げられたのも無理はない。
「はい。我が一族は、エルフと僅かに交流がございますの。その交流で、手に入れた品になりますわ」
エルフは人族があまり好きではない。だが、年若いエルフは見識を広げ、伴侶を見付ける旅に出る。その旅の最中にあるエルフは、それなりに友好的なのだ。
「慣れぬ味だが、嫌いではないな。
この豆と野菜の炒め物、これもなかなか美味。塩と……」
「この地方のスパイスを使って、味付けをしておりますの。お口に合いませんでした?」
「いや、程よくぴりっとした味で、とても美味い」
片手にざくろを持ったまま、右手で炒め物を口へ運んではゆっくり咀嚼し、次をまた口へと運ばれる。
「うん。このパンも、炒め物の味が染みていて、柔らかくもなっていて美味いな」
後に、食器やカトラリーという物が出来たそうですが。今は料理を載せる板に硬く焼締たパンが、その上に料理を載せて供しますの。料理の下のパンは、食べても食べなくても良いのですけど。
硬くて、食べるのが一苦労というのも大きな理由で、あまり食べませんのに……こうしてパンまで食べて下さるのは、料理をお気に召して頂けたみたいだわ。
「御酒は、暫くお控え下さいましね」
「む……」
お顔の色は、そこまで悪くはないわ。だけど、お体がお辛そうなのは、よく見ていれば分かる。
「肉の炙り焼きには、こちらを付けて召し上がってみて下さいませ。こちらも、この地方特有のソースですの。
血を作り、体を温める効能の木の実を使っております。お味は、肉がさっぱり食べられる辛味のあるソースですわ」
「都とは、随分味付けが違うな。しかし、美味い。皆も良く食べている」
私たちが食事を摂っているこの部屋は、一般の兵はいない。将軍クラスなどの、高位の武官や補佐官といった方々。
贅沢な料理はないが、精一杯豪勢な料理が振る舞われている。それは、どれもこの地方の郷土料理だ。
「そのようですわね。料理人も喜びますわ」
この時代、料理人は女性。男性は厨房へ入るものではないので、女性の使用人の中で一番高い地位になるわ。
そんな彼女は、私が子どもの頃からこの城で料理人として働いてくれている。様々なハーブや木の実を使い、美味しい物や、それまでより食べやすい味の料理を作ってくれるの。食の細かった私は、彼女の料理の腕に随分助けられたものよ。
フィンガーボウルで手を洗っては、様々な料理を食べ……陛下以外の方は僅かなワイン、果実水、白湯で食欲を満たされた。
普段は獣脂蝋燭を使っているが、今日使っているのは高価な蜜蝋キャンドル。そのキャンドルも、なるべく蝋が垂れないように調整された長いもの。それが短くなり、夜も更け…………
◇◇ ◆ ◇◇
翌日からも、陛下は兵たちを率いて戦場を駆けずり回られたわ。
そして、たった3日で戦を終わらせてしまわれたの。戦の終わりは、陛下とのお別れ――――
すっかり陛下が大好きになった私がは、心が張り裂けそうだわ。
「エレーナ嬢、私と共に、私の城へ来てくれまいか?
そなたの魔法の腕を、私の臣下たちは買っているが、私はそうではない」
城の庭、みなさまのお見送りに出ていた私。その私の前へやって来られ、向けられたお言葉。
陛下と共に、陛下の城へ? それは、婚姻という事かしら……?
「貴方の魔法の腕前は、確かに私の軍に有益だろう。だが、私は貴女の料理にすっかり胃袋を掴まれた。
私に料理を作り、共に食べ続ける特権を与えてくれないか」
真っ直ぐ私を見詰める、射抜くような強い眼差し。でも、そこには柔らかな温かさが多分に込められており、頬が赤らむ。
「はい、はい……! 共に参ります。私を、陛下のお傍にお連れ下さいませ……!」
私は弓と魔法で、女ながらそれなりに戦えます。それを好む男性はいなくはなかったけれど、陛下は違う。
私と共に、同じものを食べたいと仰って下さったわ! 天にも登る気持ちよ!
こうして、後に「建国王を掴まえたるは、美しく胃袋を捕まえられる料理上手であった」と語られたの。
もちろん私は生きている限り、毎日陛下にお料理を作ってお心を捕まえ続けたわ。
―終―
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