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俺は天才  作者: フォース
11/14

11話 99点

 約3週間が過ぎた。


「99点」


 原稿は最終話まで完成し、最後のチェックをしてもらったところだ。この3週間、ただ、ひたすらに小説のことだけを考えて過ごしてきた。明日からは学校も始まる。こうして星川さんと過ごせるのも恐らく今日が最後になるだろう。だが、学校が終わってからまたいつものようにここに来ればいいだけだ、俺はそう思っていた。


「99点って、あと1点は?」

「それは自分で見つけないとね。うん、その1点を付け加えれば、提出しても大丈夫だと思うよ」

「あと1点……」


 俺はうーん、と拳を額に当てて考えた。


「そんな難しいことじゃないと思うよ。そうだ、ヒロ。ちょっと外の空気吸いに行かない?」

「外って、どっか遊びに行くの?」

「う~ん、あんまり遠く行くと疲れちゃうから、ここの辺り歩かない?」

「まぁいいけど」

「じゃあ、いこっ!」


 星川さんは強引に俺の手を引き、玄関の扉を開け放っていく。



「応募締め切り明後日だけど、緊張とかはしてない?」


 俺と星川さんは小屋の周りの山道を、ゆっくりと歩きながら会話をしていた。


「緊張かぁ~。1人だったらしてたかも」

「それって私がいるから大丈夫ってこと?」

「そうだね。正直、俺、星川さんに出会ってなかったら小説家になるのあきらめてたかも」


 目の前に小さな木でできたベンチがあったのでそこに2人で腰掛ける。その場所からは、俺の住んでいる家を含む、町全体が見渡せた。


「私も、ヒロと出会えてなかったら今はこんな風に生きていなかったかな」

「えっ、もしかして星川さん自殺しようとしてたの!?」

「違う違う! そんなことするはずないでしょ。うーんとね、そうだ。ヒロはどうして小説家になろうとしてるの?」

「俺? 俺は、自分の世界を色んな人に見てもらって、それで喜んでもらったり悲しんでもらったりしてほしいんだ」

「要は目立ちたがり屋ってこと?」

「そうなのかなぁ~。そうなのかもしれない。俺って目立ちたがり屋なのか?」


 自問自答している俺を見て、星川さんはクスクスと笑っていた。


「ふふっ、面白いね。そんな真剣に考えてる人初めてみたよ、ヒロ」


 何度目だろうか、星川さんに面白いといわれるのは。


「今日で夏休み終わっちゃうなぁ~。星川さんも明日から学校? ってかどこの高校行ってるの?」

「何、ヒロ。新手のナンパ?」

「ちーがーうー。そういえば星川さんのことあんまり知らなかったなって思って。聞いてなかったけど、もしかして俺より年上だったりする?」

「うんうん、ヒロと同じ高3だよ」

「そうか……。って俺いつ高校3年って言ったっけ!?」

「言ってはいないけど、進路の話とかしてるなら高3だろうなって」

「なるほど。星川さんって鋭いよね」

「ヒロのほうが鈍感なんじゃない?」

「かもしれない」


 そんな他愛もない会話をしていると、どんどん日が傾いてきた。少し肌寒くなってきたのを身をもって体感し、秋の訪れを感じ始めていた。


「ヒロはもう帰っちゃうのよね」


 そんな静寂を打ち破るかのように、星川さんが呟いた。


「そう……だね。流石に明日から学校も始まるから、一旦家に帰ろうと思う。たぶん帰ったら父さんにめちゃくちゃ怒られると思うけど」

「その時はまたここに来ればいいよ。私も毎日ここに来る。ヒロも毎日会いに来ていいよ」


 そういわれた時は素直にうれしかった。家で嫌なことがあればここにまた来ればいい、そんな風に思うことができるようになっていた。


「ねぇ、ヒロ。もし小説家になることができたら、その時はどうする?」

「突然どうしたの? その時はもちろん、嬉しいかな」

「そうじゃなくて。このままこの町に住むの? それとも東京に行く?」

「あー全然考えたことなかった。そうだね……ここで暮らすってのもいいかもしれないけど、やっぱりそろそろ自立したいかな。バイトでお金貯めて、東京に行きたい」

「……いいね。その時は私のことも連れて行ってよ」

「え!? 星川さんも一緒に来るの?」

「何、嫌なの?」

「嫌……とかじゃないけど。星川さんは東京に来て何するの?」

「そうねぇ……。ヒロのアシスタントでもしようかな。ヒロの考えた世界を、私はもっともっと見たいな」


 星川さんは両手を空に掲げ、まるで届かない雲を捕まえようとしているかのような仕草をする。


「俺は星川さんがアシスタントになってくれるなら大歓迎だなぁ。ってか、小説家にアシスタントっているの? 漫画家とかならよく聞いたことあるけど」

「う~ん、基本はいないけど、別に一緒に住んで隣で原稿読めばよくない?」

「……それって」


 俺がそれ以上言葉を発しないようにか、星川さんが勢いをつけてベンチから立ち上がる。


「さっ、ヒロ。そろそろ家に帰って残りの1点を見つけないと。締め切り間に合わなくなっちゃうよ」


 揺れる髪が夕日に反射して眩しい。ただ、眩しいのは夕日のせいだけではないのかもしれない。


「そうだね。家に帰って探そうかな。本当に簡単なんことなんだよね?」

「うん。きっとヒロなら時間はかかっても私と同じ答えを出すと思う」

「同じ答え……?」

「これ以上は自分で考えることー!」

「……分かった。明日は忙しくて来れないけど、明後日……も応募しなきゃいけないから無理か。じゃあ、3日後、応募が終わったら必ずここに来るから」

「うん、分かった。待ってるね」


 俺はゆっくりとベンチから立ち上がる。

 すると、星川さんがこちらに向かって手を差し出してきた。


「約束してね」


 俺はその手を握るのが何故か怖かった。なぜだろう。明確な理由はない。ただ、脳の片隅に何かが渦巻いて離れない。


「うん。また次の作品も一緒に作っていこう」


 ゆっくりとであったが、手を握り返す。ぎゅっと、いつまでも離さないように握っていたかったのだが、星川さんからその手離された。


「じゃあね、ヒロ」


 それだけ呟くと、星川さんは小屋のほうに歩いていった。

 俺はその背中をじっと、最後まで見続けていた。ただ、ただ、ずっと。

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