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【完結】境界を行くもの 箱庭の街  作者: Thera
Ep.02 学院都市チチェリット
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チチェリット博物院

 

 博物院の原型は、お貴族様が美術品を見せびらかすための獲得品(トロフィー)置き場だったそうだ。


 だが学院の博物院に並ぶ展示品は、実用的なものが大半を占める。

 水晶に閉じ込められた植物標本や、獣が生きている時の姿を再現した剥製がぽつぽつ。それ以外には岩塩、鉱石、何らかの紋様が掘られた石板やら岩がずらりと陳列。

 それらを掘るための採石具や作業服など、薄汚れた道具も展示中だ。


「うわ、石だらけだ」


 博物院に踏み入ったイリスは、ずらりと並ぶ石の山に思わず声を上げた。観光時期(シーズン)を外れているためか、客はイリス以外にいないようだった。

 イリスは無骨な説明プレートを見つけると、その表面に書かれた文字を追い始めた。


「えーと。〈この街は、大昔は鉱山の街として賑わっていました〉……?」


 鉱夫やその家族も多く、今よりも街としては栄えていた。だが、大規模な落盤事故があり、労働者の大勢が亡くなってしまった。鉱山主も事故に巻き込まれ、大勢の人が消えてしまった。

 鉱石が採れなくなり、人も消え。あとは寂れた山間の廃墟だけが残ってしまった。開発途中だった街道も放置され、この場所は忘れられた地になろうとしていた。


「そこに現れたのが、学者たち」


 ──説明プレートを読み進めながら、イリスは博物院の奥へと進んでいった。


「教会から追われて、身を落ち着ける場所として選んだのが、廃坑になったこの街だった」


 学者たちには金が必要だったのだろう。寂れた酒場に拠点を置き、地元の若者に学問を教えながら、資金源を探すために廃坑の調査を行う。


「そして彼らは……見つけた」


 イリスは壁にかけられた絵画を見上げ、首を傾げた。


「〈崩れた廃坑のその奥に、白く美しいその森を〉? 森……まぁいいや、先読もう」


 学者たちは高度な技術者集団として、『白き森』から得られた財を元に、この街を復興していった。


「学徒が集まり、賑わいを取り戻した湖畔の街は、景勝地としても名を馳せた」


 美しい景色を求める芸術家、その支援者(スポンサー)、彼らに需要を見出した人々。

 あらゆる人が湖畔に集まり、かつての廃坑は賑わいを取り戻した。


「そうしてできたのが、この学院都市チチェリット……かぁ」


 呟き、石だらけの区画を抜けたイリスは瞬きした。


 歴史の展示がある区画を抜けると、急に視界が明るくなったのだ。壁に白亜の森が描かれ、白い塗料が多いせいだろうか。

 明かり取りのガラスから差し込む光が、その絵画にちょうど差し込んでいるためだろうか。


 静謐(せいひつ)で、寒々しくて。そしてどこか、懐かしい。


 展示室に入ったイリスは、呆けたように絵画に魅入っていたのだが。


「──この絵が気になるのかね」


 背後から声をかけられて、咄嗟に地面を蹴り跳ねた。


「っ⁈ 」


 イリスの背後にいたのは、三十代くらいの男だった。茶髪に緑眼、ボロボロのコートを羽織っているが、育ちは悪くなさそうに見える。


(知らないやつだ)


 そう思うのに、イリスは無意識に身が引き締まるのを感じていた。


「驚かせてすまない。久しぶりに客を見たもので、つい声をかけてしまった。いや、この博物院は見ての通り地味だからね。湖畔の美景を求めて来る観光客には、あまりウケが良くないんだ」


 男女連れに対する人気スポットは、圧倒的に美術館。併設レストランのザリガニ料理がとても美味い、と。どうでもいいチチェリット豆知識を披露する男に、イリスは片眉をつり上げた。


「あなた、学院の人?」


「そうだとも。といっても、この施設の管理者ではないがね」


 男は、イリスに手を差し出しながら言った。


「私の名はエリック・オードラン。この学院で教鞭を取る者の一人だ。専門は──」


 男が続けようとした、その時だった。


「術式……文化学」


 イリスの口から、勝手に言葉がまろび出た。


「おや、私の事は知っていたのか」


「え、ちが」


 イリスは、優しげに瞬きする男を前に、一歩後退した。


「知らない。私、あなたの事は知らない」


 なのに、どうして言葉が出たのだろう。自らの鼓動が早くなっていくのを感じ、イリスは眉をひそめた。


「ただ、知っていた分野が……思いついた分野が、それだったってだけ。だと思う」


 そうだ。そうに違いない。初めて会う人間の事を、知っているはずがないのだから。自らに言い聞かせていくうちに、胸の奥で揺れていた『何か』はゆっくりと沈んでいった。


(今の感覚は、一体──)


 暗がりに潜む者と、目が合ってしまったような。鼻の奥から全身にかけて、冷たいものが這いまわるような感覚だった。一体何が起きたのだろう。這い上がる恐怖に支配されかけた、イリスの思考は。


「あぁ、なるほど。紫苑くんから、私の所属を聞いていたのだな」


 エリックの朗らかな声によって遮られた。


「えっ?」


 顔を上げたイリスに対して、エリックは続けた。


「君が先日、良くしてくれた少女がいただろう。夜明けのような蒼紫の髪に、翡翠色の瞳をした子だ」


「あぁ。あの、首から変な形の鈴を下げてた」


「そうだ。彼女は、私の養い子なのだよ」


 君にお礼がしたくてね、と。エリックは少女に微笑みかけると、言葉を続けた。


「この後、少し時間を貰っても良いかね? 代わりと言っては何だが、君が興味を持った事柄については、私が答えてあげよう」


 イリスは逡巡(しゅんじゅん)し、目を伏せた。紐で無理やり縛った革靴の、つま先だけが差し込む光に照らされている。一歩踏み出した向こう側、照らされる壁画に視線を移して、イリスは問うた。


「この……『白き森』って、何の事なの?」


 

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