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【完結】境界を行くもの 箱庭の街  作者: Thera
Ep.01 少女たちの邂逅
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異変の兆し

 

「北のイスカリオン教会本部から、学院都市に使者が来るそうだ」


 円形のテーブルを囲む学院の会議室。

 学院長が重々しく告げた言葉に、教師たちは一斉にざわめいた。


「教会の使者ですか。目的は」


「都市内にある教会の監査だと聞いている」


「それは、仮の目的である可能性が高いですね」


 教師の一人が、吐き捨てるように言った。


「ここ数年、教会が異教徒狩りの動きを激化させているという噂を耳にします。世論に流されている学徒も少なくない。学徒の中に、教会の手の者が紛れ込んでいる事は確実です」


「学院に再び、大掛かりな干渉を仕掛けてくるつもりでしょうか」


 ひとりの女教師が、教会の名を口にするのもおぞましいとばかりに身を震わせる。

 学院はかつて教会から離反し、逃げ延びた学者たちが築いた自治都市だ。今でこそ自治権を取得しているが、かつては教会の言いなりだった皇室を介しての干渉を多く受け、学問の目を摘まれて来た苦い歴史が残っている。


「学院の領域で異教徒狩りは行わない。教会と交わしたかつての契約は、今でも有効だ」


 男性教師の一人が、静かな熱のこもった声で指摘した。


「星沁術式という概念を確立した事によって、我々が怪しげな機関として(いと)われ、教会に迫害されていた時代は終わったのだ。

 学院は、帝国での地位を確立しつつある。教会がかつてのような横暴な真似をしようとした時に、我々には奴らを裁く権利がある」


「しかし彼らには、手段を選ぶ余裕が残されていないかもしれません」


「どういう事だ、エリック」


 緊張した面持ちで訊ねられたエリックは、その場で静かに説明した。


「かつての帝国にとって、星沁術式とは異教徒の使う怪しげな『魔術』であり、また女神アラディルに選ばれた者のみしか使えない『奇跡』でした。

 無知で無垢な民は教会の『奇跡』を信仰し、異教徒の怪しげな『魔術』を恐れ忌避する──帝国確立時から続いてきたその構図は、今や成り立たなくなってきています。他でもない、我々が確立した星沁術式の確立と技術革新によって」


 しんと静まり返った会議室に、エリックの声が淡々と響く。


「教会が今現在できる事と言えば、教会の教義に異を唱える者や、星沁操作の才能を示した者を『狩り』で民衆から隔離して、知識の伝播を阻害する事くらいです。

 教会は、信者をこれ以上失うまいと躍起(やっき)になっています。しかし同時に、星沁機巧の存在も広がりつつある。ならば、知の根源である我々に……」


「捨て身で決定打を与えに来るという可能性もゼロではない。そういう事だな、エリック」


 学院長の言葉に、エリックは頷いた。


「教会が勢力を増すに連れて、属州化や改宗に反発する異教徒・宗教改革を望む新宗派も増えてきました。

 帝国皇室も、教会を政治の場から切り離せる機会を伺っていると聞きます。教会に残された時間と手段は、そう多くないでしょう」


「うむ。各自、十分な警戒態勢を引くように。混血・異教徒出身の学徒を担当している教師は特にだ」


 学院長の言葉に頷く教師たち。会議が終わり、室内が静寂に包まれた頃。エリックは、学院長に歩み寄った。


「学院長。早急にお伝えしたい話が」


「部屋を変える必要は」


「できれば、ええ。学徒に覗き見されると、少々居心地が悪いので」


「では学長室へ」


 淡々と言葉を交わし、会議室から移動する。石材の白亜、木材の温かい茶色を基調とした学院本棟とは異なり、学長室のある鐘楼はやや薄暗く、透かし彫りのガラス灯が規則正しく吊り下げられている。


「いつ来ても慣れませんな、この雰囲気には」


「お前が教師になって、何年経過したと思っている。いい加減慣れろ」


 学長が最奥部の扉に手を触れると、扉は複数回の鍵音を響かせながら内側に開いた。

 中に広がるのは、それ自体が機巧であるかのような世界だ。

 天井には紺青のガラスで星空が再現され、壁面ではさまざまな機巧が歯車を回している。街で起こる、様々な事象を観測しているのだ。


「それで? 要件は何だ。学徒の頃よりものぐさ(・・・・)なお前が、わざわざ星見の塔までついてくる程の案件と来た。私は身構えに身構えている」


 学長の物言いに、エリックは苦笑した。


「学徒の頃の話は忘れてください。今回の案件は、これです」


 エリックが机に置いたのは、夜空色の刀身を持つ短刀杖。星座を描くように細い金色の紋様が走り、柄に飛び出た歯車は、引き金(トリガー)の役割を為している。

 そう。先刻紫苑が出会った少女の持ち物と、同じ機巧がそこにあった。


「機巧短刀杖──星夜術刀(シュテルン)八〇式か」


 学長は眉をひそめた。


「お前が依頼に合わせて基盤式を組んだ、特注品だったな。よく覚えている。これがどうした」


「これによく似た短刀杖を持った少女が、都市で目撃されたそうです」


 エリックの言葉に、学長が顔を上げた。


「私の養い子が、少女が術式を構築する様子を目撃しました。であれば、本物である可能性が非常に」


「待て」


 学長は手を上げエリックを制した。その深緑の瞳は、動揺を映しわずかに揺れている。


「その機巧を発注したのは──現皇太子妃だろう」


 学院都市にとって敵でも味方でもない、高貴な『皇室』に連なる者。その名を出すのが(はばか)られるとでも言うように、学長は続ける。


「皇室の義務として帝国軍に所属されていた時期の護身用として、お買い求めになられたと聞いているが?」


「私も混乱しています。最も、件の少女を私自身が直接目にしたわけではないので、確信を持って話せる事は少ないですが」


「早急にその娘と接触し、事実関係を確かめろ」


 学長は、強い口調で命令した。


星夜術刀(それ)の依頼主を知るのは私とお前のみだが、万が一という事もある。他の教師に知られぬよう、慎重に事を運べ」


 言いながら、学長は窓の外に視線を移した。つられてエリックも、外の景色に意識を向ける。

 窓の外は快晴。天を貫く山脈は、甘いはちみつ色の夕焼けに染まりつつあった。


「皇室と教会は、未だ密接な関係にある」


 夕焼けに沈む夜の街。街灯に照らされる湖を挟んだ街の対岸には、巨大な遺跡が見えている。

 遺跡の門から出てくる男たちを遠目に眺めながら、エリックは言った。


「皇室の持ち物であるはずの機巧を持つ、少女の来訪。敵地であるはずの学院都市(チチェリット)に、唐突な使者を派遣して来た教会の動き……無関係ではないかもしれませんね」


 エリックの言葉に、学長は淡々と言った。


「我々は、この街の自由を守るだけだ」


 日が沈む。外から差し込む光が徐々に失われ、学院の中枢を担う部屋に、模造の星空が輝き出した。

 

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