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第9話 武術<飛び道具

トライデントベアー、350センチ、1.6トン。対する商人は165センチ、65キロ。


 傍目から見ると勝負になるわけがない体格差だが商人が止まることはなかった。

 それはなぜか、武である。いくら大きくても初戦獣は獣、結局は力任せに暴れることしか出来ない。

 対する人間には長い時を経て洗練されてきた武術がある。力で勝てなくても工夫で補う。古来より連綿と受け継がれてきた、人間という種の最大の武器である。


「キエエエエェェェッッ!!」


 年齢に見合わず素早い動きで熊のリーチをかいくぐり先制の一撃を繰り出す商人。


ドガッ!!


 商人の手に伝わるずしりとした感触、文句なしのクリーンヒットであると言えた。

 しかし圧倒的な体重差から、熊にそれほど堪えた様子はない。すぐさま商人に狙いを定め、反撃の一手を繰り出した。


 ゴウと音を立てて振り下ろされる必殺の一撃、人間どころか自動車くらいなら粉砕しそうな一撃だがそれが商人に触れることはない。


「やはり、動きは単調ですね。フーウンジさんっ!」


「おうよ、顔面ががらあきだぜっ!」


 熊の背中側に回り込むようにして攻撃を回避した商人、そして熊が腕を空振った瞬間商人がいた位置と入れ替わるように熊の眼前に立つフーウンジ。初めてともに戦うとは思えない阿吽の呼吸である。


「くらえやあ!」


チクチクチクチクッ!!


 腕を振り下ろすと同時にフーウンジにも届く高さまで降りてきた熊の顔面をつつく。

 一見しょっぱい攻撃に見えるがフーウンジの持つ剣では例え頭を狙ったとしてもこの一瞬で熊を仕留めることは出来ない。そこでフーウンジは目や鼻といった感覚器官を狙い相手の行動を鈍らせることに専念したのだ。


「ガアアッ」


 さすがの熊も顔面に剣を突き立てられたのは効いたらしく大きく後ろにのけぞる。ただしそれは悪手であった。


「予想通りですよおおおおっ!!」


ドオッ!!


 無防備な熊の後頭部に渾身の正拳突きを放つ商人。熊の背筋力も上乗せしたその一撃は熊の脳に少なからずダメージを与える。

 しかしながら熊はこの程度では倒れない。2本の豪腕をめちゃくちゃに振り回す。目が見えなくとも当たれば必殺であることに変わりはない、熊の状況を考えるとこれが最善手であるように思えた。


 しかし相対しているのは熊をこの状況まで追い込んだ2人、当然これも手の内である。



「へえ、そんなことしてていいんかよ!」


 そう言ったフーウンジの手に握られていたのはロープであった。ハンターや旅人にとってロープは必需品だ。寝床の設営や荷物の運搬、簡易的な服の補修をしたり果ては命綱としてまでとにかく用途が多くあまり旅をしないハンターであっても頑丈なロープを1個は持っている。


 そんな頑丈なロープを投げ縄の形にして熊の腕めがけて投げつける。


「私も行きますよおっ」


 そして商人もそれに続いてロープを投げる。2人ともこの世界で生き抜いてきただけはあってロープの扱いには慣れているようであった。


ゴアアッ!!


 咆哮を上げて暴れ回る熊。

 しかし投げられたロープは標的を違えることなくその腕に巻き付いた。

 状況がつかめず必死に腕を振り回す熊だがそれによりかえって縄が絡まっていく。


「へっ、暴れるだけ暴れてくれや。」


 それはさながら蜘蛛の巣のように熊の自由を奪っていく。

 熊の動きが完全に止まるのにそう時間はかからなかった。


「よっしゃあ、これでこいつはもう動けねえ。」


「そうですな、ではユリカさんの加勢に参りましょうぞ。」


「しゃあねえ、行ってやるか。」



 強敵に勝ってノリノリの2人。このまま残りの2匹も倒さんとする勢いである。

 しかし小さな声がそんな2人に水を差した。



「あの・・・」


「なんだよって、うおおおっ!!」


 声のした方を振り向いてひっくり返るフーウンジ。


「フーウンジどの一体何がって、ほおあっ!」


 フーウンジと同じく驚いて転ぶ商人。


 2人の後ろには頭の先からつま先まで全身が血で染まったユリカが立っていた。




「すみません、しくじりました。」


「お、おまえ無事なんかよ?」


「はい、私の血ではありませんから。返り血を浴びただけです。」


 しれっと恐ろしいことを口走るユリカ。尋常じゃない量の血を浴びても特に思うところはないらしい。


「だけといっても、一体どうしたらそんな返り血を・・・」


「それよりもおまえこの短時間で2匹ともやったの?」


「その点はご心配なく。2匹とも仕留めましたよ。」


 さも当然といった様子で答えるユリカだが熊の暴威を身近で感じたフーウンジと商人はユリカの所業が信じられないようだった。


「え?どうやって?」


「いや、どうもなにも・・・先ほど見せた魔法で首をスパンと・・・何で逃げるのですか。」


 ユリカの話を聞いて思わず後ずさる2人だが仕方ないことではあった。

 自分の背丈の2倍以上はある熊の首を刈る血まみれの少女、都市伝説に出てくる類いの化け物でもこんなオーバーな設定はついてないだろう。


「いやだってよ。丸太くらいあったろあの首・・・薪を割ったり、紙を切ったり出来るだけじゃなかったんかよ。」


「あのお、つかぬ事をお聞きしますがその魔法はどんなことに使おうと思って身につけたのですか?」


「いえ、まあ特にそういったのは・・・。ナイフなしでものが切れたら便利程度に・・」


 信じられないようなものを見る目でユリカを見つめる2人。


「いや、どう考えても火力が高すぎるだろ。誰が見ても甲冑を着た人間とか、大型の魔物に対しての魔法だよ。」


「・・・熊を倒して来いって言ったのは風雲児さんじゃないですか。何でいざ倒したら化け物を見るような目で私を見るのですか。」


「だって、ほんとに2匹とも倒して戻ってくるとは思えないだろ!・・・あっ」


 発言してからとんでもない失言であったと気がつくフーウンジ。


「やっぱり、おとりだったのですね・・・」


 半眼でフーウンジを見つめるユリカ。元々0に等しかった信用はついにマイナスという限界を突破したようであった。




 その後、ユリカの服を洗ったり、トライデントベアーのコアの取り分などでもめたりして出発が遅れた3人。彼らが町に着いたのは日が沈み始めたころであった。



「いやはや、いろいろありましたが無事つきましたな。これもお二方のおかげです。報酬はもう組合に振り込んでありますのでこの達成証明書を組合に提出して受け取ってください。」


「こちらこそ、戦わせてしまってすみませんでした。それと手助けありがとうございました。」


「いやいや、私が勝手に戦ったのですからお気になさらず。」


「おうよ、あんたの動きはなかなかのもんだったぜ。」


(あなたもお礼を言うべきでしょうが・・・)


 お礼を言わないフーウンジには釈然としないユリカであったが、彼も頑張ったので見逃しておくことにする。


「それでは、私はこれで。」


 お礼を言いその場を離れていった商人を見送った2人は早速組合に向かう。

 その道中


「にしてもトライデントベアーが出るとはなあ。」


「あの熊はトライデントベアーというのですか。」


「あれ?知んなかったんかよ。」


「ええ、ところで思ったのですがなんでトライデントなのでしょうかね。もしかしていつも3匹1組で行動しているとか?」


「ああ、そうだ。しかもあいつらは基本1人でいるときしか襲ってこねえ。3対1のプロフェッショナルだ。」


「ええ・・・」


 ユリカは冗談交じりに言ったつもりだったがどうやらそれが真実だったようだ。


「それにしてもよ。あの魔法はすごかったな。大体の魔物は一撃だろ。」


「・・・どうも。」


 急な話題転換にこれからの展開が予想できたユリカ。


「いやーそこでこれは明日からの相談なんだけどよ、俺たちでレギオンを結成しないか?」


「はあ、私があなたのことをどう思っているか知らないわけではないですよね?」


「まあまあ、考えてみろって、俺が索敵しておまえが倒す。これが出来たらやっかいな駆除依頼も楽勝だぜ。」


「魅力的な話ではありますね。でも私はハンターを続ける気はないので遠慮しておきます。」


「え、ハンターやめんの?」


「今すぐにというわけではありませんが、なるべく早いうちには。逆にフーウンジさんはいつまでハンターを続けるのですか?」


「え、俺?俺は別にやめる気はねえよ。」


「意外ですね、慎重なあなたのことでしたらハンターなんて危険な仕事は辞めたいと思っていると想像していたのですが。」


「まあ、確かに危ないのは御免だがな・・・」


「?」


 なぜか歯切れの悪いフーウンジだったが腹を決めたようで話し始める。


「まあ、あれだ・・・俺も旅をして見つけたいもんがあんだよ。それにはやっぱり身軽なハンターが一番なんだよ。」


「見つけたいもの?アーティファクトというやつですか?」


「まあ、ざっくり言うとそうだな。まあ正確にはちょっと違うが。」


「?」


「おまえさ、『神へと至る門』って知ってる?」

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