第8話 ○○くんってすごいねえ、いやー友達で良かったなあ
「それではユリカさんは記憶が無いと。」
「はい、それでやむを得ずハンターをしているのです。」
「なるほど、言葉遣いが丁寧なことを考えるともしかしたらどこかの良い家のお嬢様だったのかもしれませんなあ。」
「かー、ユリカが記憶喪失だったとはなあ。それで子供時代のピュアな心を失っちまった訳か。」
「何ですか。文句でもあるんですか?」
町を出てから約2時間。すっかり打ち解けた3人は楽しそうに話しながら山道を進んでいた。
最初こそ何かあるのではないかと警戒していたユリカとフーウンジであったが、冴え渡る快晴の中何も起こらないのどかな街道を歩いて行くうちにそんなことはどうでも良くなってしまった。
「結局、風雲児さんが商会の名前を勘違いしていただけだったですしね。」
「しょうがねえだろ。ピエール商会とピーター商会だぞ?」
「はっはっは、よく間違えられるんですよ。」
「やっぱりなあ、ほらユリカ、俺だけじゃねえだろ。」
「・・・そうですね。」
(はあ、話を合わせられてるってことがわからないのかしら?まあでも、こういうのも悪くはないわね。地球にいたころの私にはこんな感じに話せる人っていたのかしら?)
今は遠い故郷に思いをはせるユリカ。しかしユリカが思い浮かべる風景に自身が入り込むことはない。
(そもそも、私って本当に地球で生きていたの?地球に関する知識はあるのにそこで何をしたという記憶は思い出せない、なんだかおかしな話よね。)
ユリカがそんなことを考えていると不意に商人が声を上げた。
「半分ほど来ましたしそろそろ休憩にしましょう。」
その一声で3人は街道から少し外れた開けた場所に移動する。
その場につくなりちょうど良い形の岩を見つけてそれにちょこんと座るユリカ。
「あ、俺もそれに座ろうと思ってたのに。」
「先に座った者勝ちですよ。それに私は風雲児さんに比べて疲れているのですから良いではないですか。」
文句を垂れるフーウンジを適当にあしらうユリカ。
ユリカの歩幅は小さいので、馬車の速度について行くのは結構大変だったりするのだ。
そしてユリカはポッケからおもむろにコップを取り出した。
「おまえ、水筒じゃないんかよ。コップだけ持ってきてもしょうがねえだろ。俺の水はやらんからな。」
「はあ、いりませんよ。」
「もしやユリカさんは魔法使いなのですかな?」
「え、そうなの?」
相変わらずなフーウンジと以外に鋭い商人。
「まあそんなところです。・・・雫は器の中に宿る。」
適当に返事をした後ユリカが魔法を唱えるとコップの中は水で満たされていた。
「ええっ?魔法陣もなしに魔法を?」
やたらと大げさな反応をする商人。
「? そんなに珍しいことなのですか?」
(そういえば受付の人もそんなことを言っていたわね。)
「ええ、今まで魔法使いに会ったのは1度や2度ではありませんが、魔法陣を使わずに魔法を使っているのは見たことがありませんね。」
「おまえって本当は名の知れた魔法使いだったんじゃねえの?」
ユリカにとっては何がすごいのかよくわからないが、魔法陣を使わないというのは誰にでも出来ることではないらしい。
「ただ魔法陣を使わなくても出来るというだけですし、そんなことはないと思いますよ。」
「もしかして他の魔法も使えたりするんか?」
さっきの魔法をみたことでフーウンジは興味津々といった様子である。そしてその横で商人も知りたそうにユリカを見ている。
「今のところは火をつけたり、ものを切ったり出来ますね。」
「そ、そんなに魔法を使えるのですか。それはさぞかし便利でしょうなあ。」
「ちょっとやってみてくれよ。」
「かまいませんが。」
異形の魔法の全体像を把握したユリカはその魔法を使い勝手の良いように少しアレンジしていた。異形の魔法はユリカのせいでそのまま使えば4つの工程を順に踏んだ上に最後には全て元通りになるという何をしたいのかわからない魔法になっていたためだ。
ユリカは第一の手順だけを切り離して再現することで不可視の超高速で飛ぶ刃で対象を切断するという簡潔な効果だけを実現している。
「一刃にて其を断つ。」
ザキッ!
地面に転がっていた木の枝が両断される。
(コントロールをしやすくしたらオリジナルより射程と威力は大分落ちたわね。気になるほどでもないけれど。)
ユリカ的にはオリジナルは威力が凶悪すぎて使える場面がかなり限られるのでこのくらいが良い塩梅であった。
「うおぉ、まじかよ。一瞬で真っ二つだぞ・・・」
「いやはや、便利な魔法ですな。」
「そうですか?」
常識が現代日本人のユリカにはあまり実感のない話だったが大体何でも切れる手入れのいらない刃物というのは行商人などの旅人なら垂涎の品である。
何しろ切断用の道具と言っても、薪を作るには鉈が欲しいし、狩猟した獲物を解体したり料理をするにはナイフが必要だ。もちろんいつも今回のようにほんの何時間かで目的地に到着するのであればあまり関係がないが、何週間も野宿をしなければ目的地につかないなどということがままあるこの世界ではそういったアイテムは必要不可欠となる。
しかもユリカは刃物を持ち歩く必要すらなく手入れや買い換えも必要ない。、商人がうらやましがるのももっともな話だった。
商人の目にはユリカはまるで未来から来た某何でも出してくれるロボットのように映っていただろう。
「水も出せて火も簡単につけられて、何でも切れるっておまえ便利すぎじゃね?」
そんな商人の言葉を代弁するかのようにフーウンジが口を開く。
「人を十徳ナイフみたいに言わないでもらえますかね。切れると言っても堅いものは切ったことはないですし。」
「いや、十分だと思いますよ・・・」
「この依頼が終わっても俺たちずっと親友だよな。」
「はあ、大分休憩したしそろそろ出発しませんか?」
調子の良いフーウンジにうんざりしたユリカが出発を促し商人もそれに賛成しようとした次の瞬間、フーウンジが2人を制止した。
「まった。」
「なんですか、親友については今度にでも・・・」
「囲まれてる。」
「えっ、まさか。そんな姿はどこにも・・・」
突然不穏なことを言い出したフーウンジに、疑念の目を向ける商人。
ユリカもあたりを見回すが特に不審な感じはしない。
「風雲児さん、何に囲まれているのですか?」
「わからん。だがでかい、間違えなく熊以上だ。」
「はあ・・・」
要領を得ないフーウンジの回答に困惑する2人だがフーウンジはさらに続ける。
「ベテランの俺にはわかるんだよ、今まで何度もこの感覚で危険をやり過ごしてきたんだ。前に2匹、後ろに1匹いやがる。」
「わかりましたよ、では逃げますか?」
「そ、そうですな。戦わずにすむならそれに越したことはない。」
「いや、馬車もあるし無理そうだ。距離は50メートルくらいか。安心しろ俺に作戦がある。」
いつになく頼りになりそうなフーウンジ。いかにもこの作戦に自信がありそうな様子だ。
「なるほど、して作戦とは?」
少し落ち着いた様子で尋ね返す商人、ユリカもいつになく真剣な表情で聞いている。
「おう、作戦はこうだ。まずこちらとの距離がある状況を活かして先制攻撃をする。大丈夫だ、相手はこちらがまだ気づいていないと思っている。それでユリカ突っ込んでいって前方の2体を倒したら残りの1体は逃げてくって寸法だ。」
「「はあ?」」
商人とユリカの声が綺麗にハモる。
「焦るなって、確かに残りの1匹が逃げるかどうかはわからんが襲ってきた場合は俺が砂を投げつけて足止めするからユリカは急いで戻ってきてくれ。」
「そうじゃないですよ!何で戦うのが私1人なのですか?どう考えても腰に下げている剣の使い時ですよ!」
「いやいや、こんな剣じゃ普通の熊だって怪しいのに、こっちを囲んで襲いかかってくるような魔物なんてどうにか出来るわけないだろ。ちょっとは考えろよ。」
(な、なんて情けない・・・まあそう言われるとそうだけれども。)
「わ、わかりましたよ。せめてピエールさんだけは守ってくださいよ。」
「いえ、私も戦います。」
「「へえ?」」
思いがけない商人の横やりに今度はユリカとフーウンジの声がハモった。
「私も男としてユリカさんのような女の子が戦っている中ただ震えてみている訳には参りません。ふふ、久しぶりの戦闘で若いころを思い出しますぞ。」
「ちょ、大丈夫ですから。何かあったら風雲児さんがどうにかしますから。」
「しかしながら私とフーウンジどのでは同時に相手できるのは1体でしょう。恥ずかしながら決着がつくまで前方の2体はなんとか足止めしてくだされ。」
「だから私が2体を倒してすぐ戻ってきますから・・・」
「フーウンジどの、行きますぞおっ!」
ユリカの訴えが届くことはなく後方に駆け出す商人。
「えっ、俺は待機?」
「馬鹿なこと言ってないでピエールさんを追ってください。2匹を倒したら合流しますから。」
「嘘だろ、戦いたくねえよー。」
そんなことを言いながら渋々商人に続くフーウンジを見て前方の森に突っ込むユリカ。
それと同時に木々がざわめく。
森の中から現れたのは黒い巨体。
「ちっ、やっぱりこいつかよ。」
「トライデントベアー、3人でいる私たちを襲うとはずいぶんと訳ありのようですな。」
「よし、ユリカが来るまでは安全第一だ。もしあいつが負けたら馬車は捨てて逃げるぞ。わかったな?後ろに引きつつ・・・」
「ではいきますよお! ヒイィィアッッ!!」
「だから何で突っ込むんだよおー!!」
相変わらずの屑っぷりを見せるフーウンジだがその声が商人の耳に入ることはなかった。
「ゴアアアァァァッ!!」
トライデントベアーが咆哮を上げる。
相対するは異色のタッグ、人間対獣、知恵対力の勝負が幕を開けた。