第7話 義務教育って必要ですかね?私が思うに(以下略)
「くそ、おせえな・・・」
結局組合には戻らず森の外でユリカを待っていたフーウンジは独り言をつぶやく。
すでに日が傾き約束の5時などとっくに過ぎていることは明確であった。
「もう日が暮れるぞ・・・くそ、迷ってんのか、それとも、まさか・・。もう待つ意味ないか。そもそもと言えばあいつが森の奥まで入っちまったせいだしな。ちょろっと中に入ってすぐに引き返してくると思ってたし、うん、俺は悪くないな・・・」
「そうですね、性格は最悪と言っても差し支えないようですが。」
「どわあ!?」
森に背を向け帰路につこうとする男を驚かした声の主はもちろんユリカだ。
そしてその両腕には大量のクリスタルロータスが抱えられている。
「お、おまえ生きてって、なんだそれどこでそんな見つけたんだよ?」
「あなたの嫌いな森の奥ですよ。」
「まじか・・・いやあよくやった。おまえならやってくれるって信じてたぜ。さあ町に戻って宴会だ。」
「・・・」
「な、なんだよ、その目は。まあまあ良いじゃねえか。結果オーライってやつだろ。」
調子の良いことを言う男にうんざりするユリカではあるが、世の中そんなものであると自分を納得させる。
「それで風雲児さんは見つけられたのですか?」
「ん、ああいや、まあ、こればかりは運がなかったっていうか・・・まあその、無い袖は振れないってやつだ」
どうやら男の成果は0のようだ。
「そうですか。それでは今からでも私の見つけた場所に行きますか?1人では持ちきれなかったのでまだまだありますよ。私は外で待っていますから。」
「いや、今日はもう遅いし帰るべきだろう。ベテランとしての俺の勘がそう言ってるしな。」
「怖がりなんですね。」
「な、なんだよ。言っとくがなあ、ただでさえ森は何が出るかわからんのにこんな時間から入るやつは馬鹿だぜ。」
「いえ、正解ですよ。ただあなたがなぜずっとこんな仕事をしているのか理解できた気がするだけですから気にしないでください。」
「なんだよ、底辺ハンターの俺を馬鹿にしてんのかよ。危険は避けるのが当たり前だろ。俺は今までこうやって生きてきたんだよ。」
「馬鹿にしている訳ではありません。むしろあなたの生き方はとても賢明だと思いますよ。ただ私にはまねできないというだけです。」
「?」
ユリカの言いたいことがいまいちわかっていないフーウンジと少しだけ大人になったユリカであった。
組合に戻ったユリカとフーウンジは大勢のハンターたちの注目の的となっていた。
「クリスタルロータスを10個も見つけるなんてすごいですね。それにしてもこんなにたくさんどこで見つけたんですか。」
「森の中で出会った4人組に教えてもらったのですよ。」
「?」
ユリカが受付と話している間フーウンジはハンターたちに取り囲まれていた。
「おま、フーウンジてめえ、あんな小さい子1人で森の中に行かせたんかよ。最低だな。」
「さすがはフーウンジね。その上報酬はしっかり半分取っていったと。私だったら良心が痛んで死にたくなるでしょうね。」
「ち、ちげえよ。俺もいっしょに森の中を探したんだって。」
「てめえが行くわけがねえだろ。わかってんだよ。」
四方八方から責め立てられるフーウンジ。どうやら普段から臆病者ということで名が通っているらしかった。
「それにしてもあの子もすげえよな。フーウンジじゃなくても普通森の奥って怖いだろ。」
「そうなんだよ。あいつは将来大物になるぜ。ベテランの俺の感がそう言ってる。」
1人のハンターが助け船?を出すとすかさずのっかるフーウンジ。おまえは小物だろというヤジも飛ぶがそんなものは気にしない。そんなこんなで騒いでいると受付との話を終えたユリカがやってきた。
「これが報酬の半分です。それでは。」
フーウンジに銀貨を渡し足早にその場を去ろうとするユリカを引き留めたのは他のハンターたちであった。
「あー、ユリカちゃんっていうんだよな。これからフーウンジの金で宴会をするんだけどあんたも食ってかないか?」
「それは良いですね。風雲児さんもこのままでは心苦しいでしょうし、是非同席させていただきます。」
「ちょっとまて、俺は嫌だぞ。そもそもおまえらは関係ねえだろ、おごるとしてユリカだけだー。」
騒がしい室内が静かになったのは12時をまわったあたりだった。
「はっ、朝か・・・あうっ。」
ユリカは鈍い頭痛とともに椅子の上で目を覚ました。
(あれ?なんか組合に戻ってからのことがよく思い出せない・・んん?)
起きて早々ユリカの目に飛び込んできたのはユリカと同じようにテーブルに突っ伏して寝ているハンターたちと
(空の瓶が何本も・・・え?私飲んだの?)
この世界にはお酒は20歳になってからなどというルールはなかった。
「そ、そういえば昨日変な味のジュースを勧められて飲んだような、飲んでないような・・・はっ!!」
慌てて自分の胸ポケットを確認するユリカ。
「良かった、ちゃんとある。」
「さすがにおまえから取るような鬼畜は、ここにはいねえよ。」
独り言に返ってきたのはフーウンジの声である。
「朝、早いんですね。」
「おう、取られるからな。」
「・・・」
治安の悪さと自らのうかつさを噛みしめるユリカ。ここは日本ではないのだ。もしかするとこれで銀貨を盗まれなかったのは幸運なことだったのかもしれない。
「で、おまえは今日はどうすんだよ。今日も森か?」
「いえ、適当に安全そうな依頼でも受けるつもりです。リスクを取る必要もなくなったので。」
「そうか、じゃあ今日も俺と組まねえk」
「遠慮します。」
くい気味に返事をするユリカ。フーウンジに対する信用は0であった。
「まてまて、ちょっと話を聞けって。安全だけど2人じゃないと受けられない依頼があるんだって。」
「はあ、あなたと仕事したくはないのですが。」
「いやいや今回は俺もきっちり働くって、なんてったって安全なんだからよ。」
「わかりましたよ、どの依頼ですか?」
依頼を見た後難癖をつけて断ることにしたユリカ。
「ほらこれだよこれ、隣町のボルンまでの荷馬車の護衛2名の募集、報酬銀貨1枚。護衛依頼でこんなに割の良いやつはねえ。」
(はあ?護衛のどこが安全なのよ?)
難癖をつけることも忘れて心の中で叫ぶ。
しかしフーウンジはその心の声を感じ取ったかのようにこう続ける。
「まあ聞けって。ほらここピエール商会からの依頼って書いてあるだろ。ここは泣く子も黙る巨大商会なんだがそこに専属の護衛チームいないなんてありえねえ。ってことはつまり護衛チームに何らかの欠員があって一時的な数あわせとして募集が入ったってことだ。頭数そろえるだけでも山賊とかは襲いにくくなるからな。しかもボルンまでは街道も整備されていて警備隊も巡回してる。ただ街道を歩いて行くだけで銀貨1枚だ。」
(そう言われるとそうよね。いくら治安が日本よりも悪いとはいえ、そんなにほいほい山賊やらが出るのだったら流通なんて麻痺してしまうだろうし。)
「護衛依頼ってのは意外と安全なんだよ。魔物も街道にはほとんど出ないし。このへんじゃ山賊団が出たなんて話も聞かないしな。」
「わかりました、やりましょう。ところで1つお聞きしても良いでしょうか?」
「ん?なんだよ。」
「なぜ私を誘ったのですか?もっと仲の良い方でも誘えばすんなりいったのではないですか?」
ユリカのもっともな質問だがフーウンジは当然のようにこう答える。
「だって俺と仕事したがるやつなんていないし。」
「・・・そうですか。」
「やめろお、哀れみの目で俺を見るんじゃねえ。」
微妙な空気になりながら依頼を受注する2人であった。
それから約10分後、2人は商会が指定した集合場所にたどり着いていた。
「あの、風雲児さんの言っていたこととずいぶん様子が違うような・・・」
「あれえ?」
ユリカの問いに対して間抜けな声を出すフーウンジ。2人の目の前には古びた馬車が1台、そして商人が1人ぽつんと立っていた。
「お、依頼を受けていただいた護衛の方ですな。」
2人を見つけるなり、挨拶をする商人。
「あっ、そうです。本日はよろしくお願いします。」
反射的に挨拶を返すユリカ。そしてフーウンジも
「あ、俺もだ。今日は任せてくれ。」
(ちょっ、話し方、クライアントの前なのよ?)
慌てるユリカをよそに商人は気にしたそぶりを見せず話を進めていく。
「はい、よろしくお願いします。今回はボルンまでなので5時間ほどの護衛依頼となります。見ての通り荷馬車はいっぱいですのでお二人には歩いていただくことになるのですが、予定通り行けば休憩を何度かはさんでも日が落ちる前には到着しますのでご安心を。とはいえ、道も整備されていますし何もないとは思いますがね。」
「ま、そうだよな。あの道に盗賊が出たなんて話も聞かないもんな。」
(言葉遣いぃ!!)
「す、すみません。この人敬語が苦手みたいでして。」
慌ててわびを入れるユリカだが商人はかえってきょとんとしている。
「ん?ああ気にしないでも大丈夫ですよ。ハンターの方で敬語を話せる人間なんて少数派でしょうし。」
(ええ、ってあっそうか。ハンターなんて底辺職、まともに教育受けた人間がなるようなものじゃ無いものね。ちゃんと良い環境に生まれて教育を受けてきた人はもっと良い職場を見つけているはずよね。じゃあ風雲児さんが言っていたことが的外れだったとしてもそれを鵜呑みにした私が悪かったということになる訳か。)
とても失礼なことを考えて勝手に納得をするユリカ。
「ユリカ、なんか失礼なこと考えてねえか?」
「いえ、そんなことは。それよりも出発はいつですか?」
「あ、それでしたらそろそろ出発しましょうか。」
話題を切り替えるために出たユリカの言葉によって出発が決まったのであった。