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第65話 勢いとその場の流れでなんとかなるやつ

「ぴいいっ、いやっ、酷いことしないでえ!」


「しないわ、だからちょっと落ち着きなさい。」


「ぴいい、離してえ!」


「離すから落ち着いて。」


 あれからおよそ10分ほど経っただろうか、ユリカは少女をなだめるのに悪戦苦闘していた。逃げ出しそうな彼女を取りあえず捕獲し、何とか説得を試みた彼女だったがむしろそれは逆効果であったようにすら見える。普通であればすぐに誤解も解けそうなものだが少女のおびえ方は尋常ではなかった。


(こんなところにいる時点で薄々察してはいたけれど何か訳ありね。取りあえず捕まえたのはまずかったか。)


「ごめんね。怖がらせてしまったわ。」


 そう判断しユリカはなるべく優しく声を掛けてから手を離す。しかし少女はそれを好機とばかりに一目散に掛け出してしまった。


「あっ!ちょ、逃げないで。」


「ぴいいいい!」


「あーもう。はあ・・・」


 泣きながら逃げていく少女を見て思わずため息をつくユリカ。彼女とて別に暇なわけではない。これからやるべき事もある。しかしながら彼女は逃げていく少女を放り出すことが出来なかった。


(でもどうしたものかしら?デカヘビよりもむしろ私の方が怖いみたいだし・・・そんなに怖かったのかしら、一応助けたのに・・・ん?)


 ユリカはここで一つの違和感を感じとった。単にデカヘビよりも恐れられているというのが納得いかなかったのだけなのだがそれを逆から考えていく内に彼女の頭に1つの可能性がよぎる。


(あの子が異常に恐れているのは本当に私自身なのかしら?もしかすると人に捕まえられるという事象そのものが恐怖の対象なのでは?怖い人に捕まえられたと感じたからこれだけおびえているのだとしたら。)


「待って!私はあなたを捕まえに来た訳ではないわ!」


 確固たる自信があったわけでは無い。ただここに来てユリカは何となく、少女は手を握られることにかなりのストレスを感じていたような気がしたのだ。

 そしてそれは正解であった。


「ほ、本当?」


 今まで死に物狂いで走っていた少女が立ち止まり、恐る恐る振り返ったのだ。しかしこれで勝った気になるユリカではない。なにせ彼女がかなりナーバスになっているのは誰の目に見ても明らかなのだ。


(さて、次の一言を間違えたら振り出し、いや、最悪詰みね。相手は混乱している、誤解を与えるような表現はNG。それと長ったらしい話もだめね。恐怖の対象はおそらく人に捕らえられること、そしてこんな場所にいる理由も加味して考えると・・・もしかしてさらわれて連れてこられたのかしら?)


 少女の事情に関して色々と考えを巡らせるユリカ。少女の信頼を勝ち取り保護するためには言葉を間違えるわけにはいかないのだ。

 そして彼女は自らの考え抜いた結論を元に言葉を選ぶ。


「ええ、あなたを助けに来たのよ。」


 ユリカの推理が正しければ目の前の少女は、恐ろしい目にあって精神的に衰弱しているはずだ。そんな弱ったところに一番欲しいものは何か。それは自分のことをここから救い出してくれる圧倒的な存在だ。後は寝ていれば家に帰れるくらいの安心が欲しいはずだと彼女は考えたのだ。


「え・・・」


 しかし、そんなユリカの予想とは裏腹に彼女は不審そうな目を向ける。


(あれ?間違えたか?もしかして「私も迷子なの、一緒に外を目指そう」が正解だったとでも言うの?)


 切り捨てたもう一つの選択肢を思い浮かべながら内心冷や汗をかくユリカ。もっともそんな不安げな様子はおくびにも出していないが。

 しかしそんな彼女に追い打ちを掛けるように、少女はさらにユリカを困らせる一言を放つ。


「なんで?どうして助けに来たの?」


 「ぐわっ」っと思わずユリカは声をあげそうになる。むしろこらえられたのは幸運だったかもしれない。なにせその一言はユリカが先ほどの選択肢を間違えたことを如実に語っていた。


(それが気になるの?この状況で?つまり自分に助けが来ることをとても不審に思っているということよね?)


「あ、あの、それはね。」


(普通は親しい人が捜索依頼を出したって思うはず。それがないということは・・・まずい、多分この子孤児だ。この世界じゃ別に珍しくもないでしょうし、そんな子を助けに来る理由かあ・・・)


 一瞬の間にいろいろな言い訳を考えるユリカ。しかし最終的に彼女は正直に話すことにした。


「実は私ハンターなの。本当は別の仕事で来ていたのだけれど、さっき叫んでいた声が聞こえたからここに来たという訳。」


 上がりまくった警戒心を解きほぐすにはこの理由は弱い。普段ならともかく警戒している相手はこんなふわふわした理由では信用しないだろう。しかしユリカは下手に「誰かに依頼されて来た」などと嘘をついても墓穴を掘るような気がしたのだ。

 

 その判断が正解だったのかはわからないが、目の前の少女はいまだ怪しむような様子でユリカを見ている。


「・・・本当?」


「ええ、そうよ。」


「本当に?何か企んでない?」


「企んでないわ。」


 なかなか近づいてこない少女を見て、長期戦を覚悟するユリカ。ここまでこじれるとなると強引に連れて行くという選択肢も少し前まではあったのだが、それも彼女が孤児である可能性が高いとなれば話は別である。


(この子の受け入れ先が見つかるまでは一緒にいるようだものね。関係性が良い状態で連れて帰らないと後々の苦労が計り知れないわ。)


 1度始めた以上は最後まで責任を持とうというのがユリカの考えだが、そうなってくると連れ帰った後のことも考えて動かなければいけないのは辛いところだ。


 

 しかしここに来てようやく、ここまで災難続きだった彼女にもようやくツキが回ってきた。


「見つけたぞガキィ!」

「あれ?逃げたのって2人だっけか?」


 静かな問答が続いていた空間内に突然野太い声がこだました。2人が目線を向けるとその先には、柄の悪そうな男達が立っている。立ち位置を見るにどうやらユリカたちが来た方角とは反対の道から来たようであった。

 

 そしてその声の主を確認した少女の顔に一気におびえの表情が戻る。

 しかし


(あ、多分この子をさらった奴らね。やったあ!)


 対照的にユリカの表情は一気に明るさを取り戻した。まさに天啓の如く、ユリカの頭にはこの状況をまとめて解決する方策が浮かんできたのだ。

 次の瞬間彼女は目にもとまらない速度で少女の元に駆け寄っていた。


「大変ね。一旦逃げましょう。」


「ふえ?あ、うん。」


 少女は男達が突然現れたことと、ユリカが一瞬のうちに自分のすぐ近くまで近寄ってきていたことが合わさりすっかり驚いて目を白黒させている。

 故にユリカが先ほどまでよりハイテンションなことには気がついていないようで、彼女にされるがままに背中におぶられた。


「しっかり掴まっているのよ。」


 そう声を掛けると、ユリカは地面を蹴る。


「ふえ?ふええええええ!!」


 男達が声をあげる間もなくユリカはその場をかけ去っていく。

 少女にとってこの瞬間の経験は未知の領域だったことだろう。肌は風を切り、目に映る景色はみるみるうちに後方へと流れて行く。

 恐怖の象徴も瞬きをするまに消え失せてしまった。


「ごめんなさいね。でも取りあえず洞窟を出るわよ。」


「え?うん。」


 一瞬のうちに移り変わる状況の変化に全く追いつけず、ただユリカの背に掴まって目を白黒させることしか出来ない少女。しかしユリカはそれを良いことにさっさと了承を取り付けた。やっていることは勢いに任せて契約を迫る詐欺師みたいなものである。


(まあ善意だし問題ないわよね。ここから先は道も広いからもう止まることはないはずだから、このままいけるはず。)

 

 ユリカにとって幸運だったのはここから出口付近まであまり細い道はないということだ。アザラシから聞いた情報からそれを知っているユリカはしばらくは止まる気はなかった。


 そして彼女たちは広い道を突き進み、やがて広い空間にたどり着いた。

 彼女たちが到着した巨大な空間は上方向に伸びており、その遙か先には宝石のように輝く光が見える。


「上に行くわよ。」


「へ?どうやって?あんなの登れないよ。」


 少女がそう言うのも当たり前であった。地上の光が届いているとは言え、周りを取り囲む壁は断崖絶壁である。

 しかし、ユリカには秘策があった。縦穴があることを知っていた彼女は走っている最中に既にプランを完成させていたのだ。彼女はおもむろに少女を背中から落ろし靴を脱ぎ始める。


「え?何してるの?」


「壁を登る準備よ。」


 少女を背負ったため、今までずっと片手で掴んでいたリュックに靴を入れながらユリカは答える。そして今度はリュックを背中に背負い、そして少女を抱きかかえた。

 それが終わるとユリカは壁の方に近寄り、それに裸足の足を押し当てる。


「何して・・・ふええっ?」


 次の瞬間いぶかしげな目を向けていた少女が思わず声を出した。

 しかしそれも無理のないことだろう。なにせ彼女は壁に立っていた。


 いや、壁に立つというのは正しい表現ではない。正確に言えば、彼女は壁に対して垂直にくっついているユリカに抱きかかえられていた。


「ええ?なんで?」


 少女が心底驚いた表情を見せるが、実はそのタネはシンプルなものだ。ビーストモジュールの持つ身体を変形させる機能、それを使って足の裏に棘を生やしてそれを壁に突き立てているだけにすぎない。


「このまま行くわよ。」


 少女をしっかりと抱きしめながらユリカは壁を歩き始める。彼女が一歩を刻むことに壁からはピシリという音が鳴る。

 しかし少女がその音に疑問を抱く間もなく、ユリカはさっさと壁を登っていく。


 普通であれば、ここは岩肌の突起に指を掛け慎重に登っていかなくてはいけないような難所だろう。しかし、ユリカはまるで平らな地面を歩くかのように悠々と壁を踏破した。




「うっ・・・」


 それはユリカに取っては久しぶりの、あるいは初めての外であった。

 太陽の光で照らし出される世界を見て思わずユリカは目を細める。周囲は木々が生い茂ってはいたが、それでも洞窟内の薄暗さに慣れたユリカの目にはそこはたいそう明るく映ったことだろう。

 そしてそれは少女にとっても同じであった。


「まぶしい。」


 地面に下ろされた少女がまぶしそうに辺りを見回す。その表情からはいつの間にか不安やおびえといったものは消えていた。


「そうね。」


「これからはどこに行くの?」


 少女はユリカに多少なりと心を許したのか、そんな事を尋ねた。ここに至るまでの驚きの連続、そして温かい日の光に包まれたこともあるのだろうか、どうやらユリカのもくろみ通りになったようである。


「・・・そうね、街に行きましょう。ちょっと離れていてくれるかしら?」


「?うん。」


 いぶかしがる少女からユリカは少し距離を取り、そして膝を折りたたむ。

 次の瞬間ユリカはためていた力を一気に解放して上空へと飛び立った。


「せいっ!」


ドンッ!


 強烈な力を受け、音と共に地面に亀裂が入る。その衝撃の反作用を受けたユリカの体は一瞬にして木々の上空へと到達した。


(あった。街だ。)


 滞空中にあたりをぐるりと見渡したユリカは、目線の先にちっぽけに映る街を発見した。ビーストモジュールによって反応速度等が強化されているおかげか、一瞬の滞空時間でも彼女にとっては十分だった。

 なんならついでに辺りの地形を把握しつつ、帰りのルートを考える余裕すら今の彼女にはある。


(遠回りにはなるけれど一旦右に進んで森を抜けようかしら。その後は見通しの良い平原が続くから楽だし。)


 川や丘など帰る際に目印となるものの位置も確認し、ユリカが考えをまとめた頃ようやく彼女の体が落下を始める。

 体感ではゆっくりと加速していく辺りの景色を見ながら、ユリカは空中で体を振り反動をつけた。


「ふっ!」


 地面にぶつかる直前で上手いことくるりと回転するユリカ。そして行きとは真逆にトンと静かな音を立てて着地した。


「帰り道がわかったわ。それじゃあおぶっていってあげるわね。」


「・・・あ、ありがとう。」


 ユリカの特大ジャンプにあっけにとられていた少女が我に返り返事をする。彼女は言われるがままにユリカの背中に乗った。

 そして少女を乗せたユリカは立ち上がると彼女に向けて問を投げる。


「さっきの怖くなかったかしら?」


「さっきの?」


「走った時、速くて怖くなかったかしら?」


「ええと、うん。なんか怖くなかったよ。」


「そう。それならよかったわ。」


 そう言うとユリカは先ほど確かめた街の方角を向く。そしてトンッと軽快な音を立てて彼女は駆け出した。

 整地されたグラウンドとは違って森の中は障害だらけだが、それでも彼女にとっては大した問題ではない。木々の間を抜け時には段差を飛び越えながら力強く森を駆け抜ける。


「わっ。」


 そんなユリカの背中で少女は少し楽しそうに声をあげた。洞窟の代わり映えしない岩肌と違って、今回の景色は見ていて飽きないものだ。

 彼女の目には、鮮やかな木々の緑やそれを彩るように咲く花が次々に飛び込んできた。


「すごいっ。」


「ふふっ、まだまだよ。」


 自分の背ではしゃぐ少女に引っ張られるようにユリカの表情にも笑顔がやどる。

 そして彼女たちはそのまま大きな川の前に飛び出した。


「わあっ!」


 川の流れに沿うようにユリカは砂利の上を走って行く。うっそうとした木々が生い茂る先ほどまでとはまた違った景観が少女の目を楽しませていた。

 水面はキラキラと輝き、川辺には見る者に清涼感を与えるような景色が広がっている。


 そしてしばらくして川に併走していた少女たちはあるものを見つけた。


「わ、滝だよ。」


 そこには落差10メートルほどはありそうな滝が流れ落ちていた。縁に立ってみると眼前には広大な平原が広がっている。


「跳ぶわよ。怖くない?」


「うん!」


 景色を見渡し着地点を見定めたユリカが少女に声を掛ける。それに対し彼女は満面の笑みで返事を返した。

 そしてそれを確認したユリカは遙か下方に見える中州めがけて飛び降りる。


「せいっ!」


 驚異的な跳躍で彼女は正確に中州に降り立った彼女は背中の少女を傷つけないようにふわりと着地する。そして一呼吸の内にまたしても跳躍し対岸へ飛び移った。

 そんな彼女の背中では少女がすっかり大はしゃぎしていた。


 こうして彼女たちは瞬く間に森を抜け、広い平原に飛び出した。

 目の前に広がる広大な風景を前にして、すっかり上機嫌になった少女がユリカに話しかける。


「ねえ、もっと速く走れないの?」


「ふふ、そうね。ここは広いし、ちょっと本気を見せてあげるわ。」


 そう言うと珍しく調子づいたユリカは踏み込む足に朝に力を込める。そして今度は先ほどよりも本気で大地を蹴った。


ドッ!


 強烈な脚力でユリカの体は一気に加速し、まるで弾丸の如く平原を突っ切っていく。


「すっごーい!」


 一瞬のうちに後方へと吹っ飛んでいく景色を見て、興奮が最高潮に達する少女。おそらく大多数の人間には一生経験することの出来ない速度だろう。


 2人の少女は平原を駆け抜け、街に到着するまでにあまり時間はかからなかった。 

 こうしてユリカの長い仕事はようやく幕を閉じたのであった。


本当にお久しぶりです。カニカマです。

約2ヶ月ぶりの投稿というところで本当にお待たせいたしました。


投稿が遅れてしまった原因なのですが、実生活の忙しさと原稿の書き直しが重なってえらいことになったというのが大きな理由です。

原稿の書き直しがどういうことかと言いますと、自分は書き終わった小説を1日くらい寝かせてから改めて推敲するという手法をとっているのですが、今回そのせいで6話分くらいの分量を書き直すという馬鹿みたいなことをやっていました。


まあ、正直なところそこまでこだわらなくてもおそらく小説の面白さはさほど変わらないと思うのですが、実際見直していると「ここの台詞はこうした方がよくない?」みたいのが誇張抜きで無限にでてくるんですよね・・・


さてここまで私の言い訳に付き合ってくださりありがとうございました。

さすがに四月中にはあと1回は投稿する予定です。

ではまた次の話で会いましょう。

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