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第63話 気がついたら目の前には美少女が

 縦横無尽に床を巡る赤い線。それらは一定の法則を持って描かれているようだが、ユリカはその全貌をいまだ把握していない。


(化け物を構成している魔法があの魔法陣によって発動されていて、なおかつ魔法陣の構成要素が私の知っているのもだったら生き残れるかもしれないわね。当てが外れたら・・・)


「ふう。」


 当然ながらユリカは全ての魔法陣を解読できるというわけではない。今までに見てきた数々の魔法陣の知識を持ってしても余に出回る全てを把握したなんて事はあり得ないだろう。よしんば読めたとしても魔法陣の中身と化け物が一切関係ないなんて事があればアウト。

 しかしユリカはそんな考えをなかったことにしてしまい込む。


「ぐうっ」


 覚悟を決めて立ち上がるユリカ。途端、体のあちこちがきしみを上げ、鋭い痛みが彼女を襲う。

 彼女の体は頭からつま先まで全身あざだらけで、右腕に至ってはピクリとも動かない。もはや痛くない場所を探す方が難しいというような惨憺たる有様であったが、彼女はそれでも一歩踏み出す。

 魔法陣の全容さえ把握できれば活路が見えてくる。その一抹の希望だけを胸に抱いて。


 とはいえ、立ち上がるということは当然リスクもあるわけだが。

 彼女の背筋を凍てつくような視線が捕らえた。


「おや?」


「はあ。」

(頼むから来ないでね。)


 ため息を一つついた後、足を引きずりながらユリカは移動を開始する。

 最早彼女に自力で攻撃を防ぐ力は残っていないので防御はアザラシ任せではあるが、そんなことは百も承知であった。


(わからないのは右端と左端。ここだけは部屋が広すぎてよく見えなかった。取りあえず全体を把握できさえすれば・・・)


 そんなことを考えながらゆっくりと進んでいくユリカ。

 そしてそんな彼女の様子を見ても化け物は彼女の狙いを理解出来ないようだ。一瞬不思議がるそぶりを見せたもののユリカに攻撃を仕掛けることはなく、目の前のアザラシを倒すことに躍起になっている。


「はあ、はあ。」


 そうして彼らが闘っている間にどうにか左端の魔法陣が見えるところまで移動したユリカ。メモ用紙などはないので頭の中に形を焼き付け、今度は反対側を目指す。

 しかしながら今の均衡は紙一重で保たれているものである。彼女にはほとんど時間は残されていなかった。


「ニュッ!」


ゴッ!


 際限なく増えていった腕の一本がアザラシの体を掠める。

 ボスアザラシの身体能力は常軌を逸しているが、それでも体力には限りがある。それにも関わらず相手の手数はどんどん増えていくのだからいつかはやられるのは必然であった。

 しかし彼は引かなかった。

 ユリカの事を信じているのか、はたまたいつかは倒せると思っているのか、彼が考えていることは謎だがそれでもユリカに取ってはまさに地獄に垂れ下がった一本の蜘蛛の糸であった。


 そして彼の決死の時間稼ぎもありユリカが右端の魔法陣が見えるところまでたどり着く。しかしそれとほぼ同時についに化け物が彼女の方を向いてしまった。


(まずっ!ばれた?)


 もしかするとユリカの狙いがばれたわけではなかったのかもしれない。

 しかし化け物の直感か、はたまたただの気まぐれか天秤が一気に傾いた。


「なにが、狙いです?」


ドウッ!


「ニュッ?」


 次の瞬間、化け物がアザラシに背を向けユリカの方へと一気に加速した。

 アザラシは突然のことに困惑しつつも、無防備な背面に一太刀浴びせるがやはりひるみすらしない。ユリカと化け物の間にあった間合いは一瞬のうちに消え去っていた。

 しかし幸か不幸か、ユリカもそれとほぼ同時に魔方陣の真実に到達することが出来ていた。


(あ、だめなやつだ・・・)


 しかしながらそれは彼女の期待していたものとは違うものであった。

 記されていたその魔法はあの化け物を終わらせるものでも、彼女の命を救うものでもなかったのだ。言うならば彼女は賭けに負けたというところだろうか。


(魔法は一言、間に合う。でも間に合ったところで私が死ぬのには変わらない・・・でも)


 どうやら彼女の人生がここで終わるのは決定してしまったようである。しかしながらついさっき死を覚悟したばかりの彼女は、人生の振り返りをとうに終えていた。

 故に一瞬、ほんの一瞬だけ彼女には猶予が訪れる。もはややるべき事はもうなにも残ってはいない。だからその言葉が口をついて出たのは、ほんの些細な気まぐれだ。


「レコード」


 ユリカが呟いたその言葉と共に、魔法陣が光を放つ。それは部屋一面を染め上げる純白の輝きであった。


(まあ、それなりの・・・)


ドッ!


 彼女が何かを思うと同時に、太い爪が彼女を貫いた。









「・・・」


 気がつくとユリカの体の周りを青い空間が広がっていた。それをキャンパスに光の線を描いているのは白く輝く彗星だ。

 もし天の川の上に立ってみたら、こんな光景が目に映るのだろうか。彼女の頭にはそんな益体のない考えがぼんやりと浮かんでいる。

 

 そこは星の降る地であった。




「・・・」



青と白で埋め尽くされた世界にて、そうして彼女が立ち尽くしていると声を掛ける者がいた。


「初めまして、余の城へようこそ。」


「え・・・」


 声のした方を振り返ったユリカは思わず息をのむ。

 絶世。そこにある女性を表すのにこれほど適した言葉はないだろう。最早人外の魅力と言っても良いかもしれない。同性であるはずのユリカが思わず見とれるほどの美がそこにはあった。

 しかし当の本人はそんなユリカの状態など気にも留めていないようで言葉を続ける。


「むう、確かに余の城、と言うにはいささか語弊があるか。では言い直すとしよう。ようこそ。余の牢獄へ。」


 ユリカに話しかけてきたのは椅子に腰掛けた少女であった。年はおそらく17歳前後だろうか。彼女の顔立ちは非常に整っており、宝石のような深紅の瞳には幻想的な星空の青とのコントラストも相まって果てしない魅力が宿っている。

 そしてそれに負けず劣らず目を引くのは彼女の体の至る所を戒める鎖の存在だ。

 絶世の美少女と無骨な鎖の組み合わせはどこか見る者を不安にするようなアンバランスさを秘めていた。


挿絵(By みてみん)


 そしてその少女はユリカが返事をしないことに気を悪くするでもなく語り続ける。


「まあ、知っての通りただの精神領域な訳だが、それは良いだろう。ん?もしかして知らずに入ってきたのか?それは哀れなことだ。同情には値しないがな。」


「精神領域・・まあそうなるのかしら。」


「む?ようやくしゃべったか。いやはや地蔵かと思ったわ。では名乗って良いぞ。」


「・・・ユリカよ。」


 情報がいくらか整理出来てきたユリカはそんな簡単な返事を返す。そんな彼女の返事を聞いて少女は面白そうに頷いた。


「むう、ユリカと来たか、これは面白い。余の名はステラ。プログレシアの魔王、一天を見通す心眼とは余の事よ。」


「?」


 彼女の名乗った自己紹介はユリカにとってはあまり意味のないものであった。しかしユリカの困惑した表情とは対照的にステラは楽しそうに語りかける。


「ふむ、わからぬか。まあよい、それよりもどうだ?死人となった感想は?」


「・・・実感はないわね。そもそも死んだのは“私”ではないし。」


「む、やはり理解しているか。」


 どうやらステラはユリカの言葉の意味を理解したようである。それはつまり彼女もユリカが使った魔法について心当たりがある、もっと言えばその魔法を使ったことがあるという事に他ならなかった。


「記録の魔法。ついぞ実用化に至ることはなかったが、こうしてまた誰かと話せるというのだから捨てたものではないな。」


 記録の魔法。それの効果は口で言ってしまえば至ってシンプルなものだ。単に術者の情報をコピーする、言うなれば自分の代わりを作成するための魔法である。

しかしながらこの魔法は単体では意味をなさない。


「まあ無貌の獣の腹の中でというのには気に食わぬが。だがまさかビーストモジュールにこのような機能が隠されていたとはな。やはり理事長の作ったものはどうにもうさんくさい。」


「ビーストモジュール?」


「情報を入れる器のことよ。万能の肉体はありとあらゆる人格の受け皿として機能する。」


 つまるところ、記録した情報を元に人間の肉体やその他諸々を作り上げる魔法を別口で用意する必要があるのだ。

 それこそが彼女の語るビーストモジュールである。


「ああ、それがあの部屋にいた化け物という訳ね。何故か襲いかかってきたけれども。」


「それは普段は番犬として使っていたからだな。あ、まて、余の責任ではない。実のところ余も外のことはわからぬのだ。何分覚醒したのはついさっきだからな。貴様が起こさなければ、余は有象無象の意識の群れの一部として悠久を過ごしていた事だろうよ。」


 ユリカの表情が変わったのを見て、慌ててそんなことを言うステラ。

 話しぶりからどうやら彼女は魔法の発動に失敗、もっと言うと一応発動はしたもののその効力は彼女の望んでいたものではなかったようだ。

 俗な言い方をすると肉体に逆に意識を乗っ取られたと言ったところだろうか。


「まあ、勝手に入った私が悪いとは思っているわ。それよりも私たちはこれからどうなるのかしら?」


「知らん。お互い模造品の身だしな。気にしても仕方ないであろう。」


「・・・」


 ステラがさらりと言った言葉に多少の嫌悪感を覚えるユリカ。それもそのはずだ。誰であれ自分が模造品と言われるのは気持ちの良いものではないだろう。

 それを事実として確信している者にとってはなおさらだ。


「まあ、このつまらん話はこれくらいにするとしよう。」


 ユリカの表情の変化が少女にも伝わったようで、彼女は話題を変えた。ステラにとってもこの話題は気持ちの良いものではないのだろう。


「それよりどうだ?せっかく貴様は魔王に出会えたのだ。何か話したいこととかはないか?」


 声色を明るいものへと変えてユリカに問うステラ。

 そんな彼女の本心はユリカの気を気遣ってと言うのが半分、もう半分は人と話せるのが楽しいと言った風だ。


「魔王か・・・魔法使いなのよね?」


「魔王と言っておるだろう・・・まあ良い。では余の話をするとしよう。」


 こうして急にステラの過去語りが始まった。別にユリカが望んでいたというわけではなかったのだが、そんな事は関係なく彼女はもともと自分のことを語りたかったようである。


 そして彼女の話にユリカが聞き入ること十数分、ユリカにはステラという人物についての人となりが伝わってきていた。


 結論から言うと彼女は大人物であった。

 かつては多くの魔法使い達を束ねた指導者であり、1つの国家さえ作り上げた王。彼女の目は全てを見通し、その判断には一点の曇りもない。言うならば理想の為政者であったようであり、周囲の人間たちはそんな彼女に対して畏敬の念を抱き魔王と呼んだ。まあもっとも、このあたりは自己申告な訳だが・・・


「そんな人がこんな地下に住んでいたのね。なんか理由があったのかしら?」


 彼女が自慢げに語るそんな話が一段落付いた時、かねてから疑問に思っていたことを尋ねるユリカ。彼女が迷い込んだ洞窟はどう考えても人類の生活圏とは重なっていなさそうだった。


「・・・そうだな。」


 てっきり地上には危険な魔物がいたとか、寒かったとかそんな回答が聞けるのかと思っていたユリカに返ってきたのは少しの沈黙であった。


(言いにくいみたいね。)


「いや、何でも無いわ。それ・・」

「いや、よい。隠す理由もないわ。」


 話題を変えようとしたユリカの胸中を一瞬にして察したステラが彼女の言葉を遮る。どうやら気遣いは不要だったようで、彼女は先ほどまでとは打って変わって静かに語り出した。

 彼女が語ったのはかつて思い残したこと。何となく昔を懐かしむような、そんな穏やかな語り口である。


「晩年になって夢が出来てな。いや本当は幼少より心の内に秘めていただけだったのだろうが。」


「夢?」


「古来より魔法とは自らの価値観や願望、その一端が形を持って現れたものとされておる。ようするに魔法は夢を叶えるために人々に与えられた道具なのだ。」


「?」


「願いや価値観が変われば自身の魔法もまた変化していく。故に魔法が使えなくなったり、反対に魔法が使えるようになったりというのは珍しくはない。」


「ああ。」


 一瞬話が逸れたように感じたユリカだったがここまで聞いて彼女はステラの言いたいことを理解した。

 人々の価値観が魔法を規定する。ならば魔法とは鏡だ。自らの心をあるいは自分以上に映し出す鏡で彼女は自分を見つめ直したのだ。


「王国を打ち立てても満たされなかったのだろうな、余は。王になるのは手段であった訳だ。それを裏付けるように余の魔法もそこで最後の変容を果たした。ふざけたことにその時になってようやく余は本当の願いを悟ったのだよ。」


 いつの間にか少し寂しそうなものに変わっていた彼女の語り口を、黙って聞き続けるユリカ。


「それからは全てを利用して計画を進めた。しかしさすがに一筋縄ではいかなくてな、余がそれに執心したばかりに国も荒れた。だが今更それにかまっている訳にもいかなくなり余は地下に隠居したと言うわけだ。まあ、結局時間が足りずに余はビーストモジュールを頼ったのだがな。」


「・・・」


 彼女の話に区切りが付いてもしばらくの間ユリカは声を出さなかった。ふと浮かび上がってきた疑問を言葉にしても良いのかと迷ったためである。

 しかしそんなユリカの心情は態度に出ていたようだ。


「ふむ。奥ゆかしいのは美徳かもしれぬが、先ほどから貴様は顔に出ておるぞ?」


「・・・例え成功していても、生き残るのはコピーでしょう?」


 言外に質問を促されているのを感じ取り、ユリカは口を開く。彼女の疑問はステラの最後の選択に対してだ。

 ビーストモジュール、理論的には永久の寿命を獲得することが出来る魔法。しかしそれはあくまでも周りから見たときの話だ。本人はごく普通に消え、残るのは自分のそっくりさんだけ。

 自分のあずかり知らぬ世界で、自分によく似た別人が、自分の思い抱いていた夢を叶える。


「そんな無意味なこと無いと思うけれど?」


「うむ。しかりだ。」


「・・・」


「多分あのときの余は焦っていたのだろうな。本当に無意味なことをしたものだ。」


「・・・」


 寂しそうにそう言うステラを見て、ユリカはしまったと思う。促されるままに尋ねてしまったが下手すると彼女の地雷を踏み抜きかねないような、彼女がしてしまったのはそんな質問だった。相手の気を悪くしてしまったのかと心配になるユリカだったが、その心配は杞憂に終わった。


「まあそんな事今となっては詮無き事よ。さて、次は貴様の番だ。貴様の話を聞かせるが良い。」


「え?」


 急な話題転換に意表を突かれ思わず声が出てしまうユリカ。しかし当の本人は先ほどのことなどけろりと忘れてしまったかのように、いたずらっぽい笑みを浮かべている。


「ふむ、まさか人に話させておいて自分は話さないなどとは言わぬよな?」


「ええ・・・」


 元はといえばステラが勝手に語り出したことだが、それでも今のユリカにそれを指摘することは出来なかった。

 結局ユリカはそれから自分の過去を語ることとなったのであった。




 それから1時間程度の時間が流れただろうか。ユリカの自分語りは生きてきた時間が短かったこともあり、そんなに時間もかからずに終わった。

 実を言うと結果としてはユリカ自身よりもむしろステラが話した時間の方が長かったのだがそれには理由がある。

 ステラはどうやら話したがりのようだった。ユリカが自分の過去を語るに際し、疑問に思ったことなどを口に出すと得意そうに口をはさむのだ。

 もっともそれによって今までモヤモヤとしていた疑問のいくつかに終止符が打たれたわけだが。



「ふむ、なるほど魔道具が取れる地域をダンジョンと呼ぶのか。いやはやどう考えても余の時代の魔法使いの置き土産だろう。」


「ここがあなたの工房だって聞いて私も確信したわ。それにしてもよくもまあ技術が途切れるものね。」


「風の噂で提督が暴れたという情報が入ってきたからそのせいだろう。」


「提督?」


「やたらと喧嘩が強い女だ。」


「文明が断絶するほどなのかしら・・・」


「うむ。あやつであれば文明の1つや2つ滅ぼせるだろう。」


「災害か何かなの・・・」


 例えば彼女が言うにはダンジョンは人工物であった。まあ、アーティファクトが取れるということはそれを作った人間は必ずいるわけで、その情報が伝わっていないのは何かがあって伝えていくはずの人物が消えてしまったというのは少し考えればわかることではある。

 しかし何故人々が消えたのかに関しての答えはユリカの予想の斜め上を行くものだった。

 その他にもステラはユリカの話を聞いて、いくつかの疑問に答えていく。



「魔法陣か、そう言えばそれも理事長が作ったのであったな。使い勝手は悪くないが、他人の魔法を借り受けるというのはどうにも気持ちが悪い。」


「魔法陣のもとになった人間がいるということ?」


「うむ。何らかの言語で人間の魔法部分の情報を書き込んでいるらしいぞ。ビーストモジュールにも応用されている概念だな。」


「なるほど。でも誰でも使えるというわけではないみたいだけれど。」


「まあ、それでも魔法の半分くらいは術者に依存するらしいからな。それにしても未だに解消されて無いのか、その問題は。」


「あ、誰でも使える魔道具というものはあるわ。」


「ほう、魔法技術の発展はめざましいな。」


 ステラ特に魔法技術全般に関しての知識がずば抜けていた。

 ユリカは今までにも独学である程度は魔法技術に関して調べていたりしていた訳だがそれでもステラの話は初耳のものが多かったのだ。

 例えば彼女が語った魔法陣も世間一般の常識では魔法発動に必須のただのツールだったはずだ。それにユリカが図書館等で調べてもその起源やメカニズムに関しては出てこなかった。しかし彼女はそんな情報まで持ち合わせている。

彼女の話ではその他にも意外なものが魔法と関係を持っていたりしていた。



「地下にアザラシが住み着いていたのよね。」


「余の従者だな。理事長からのもらい物だがあれも魔法だ。まあ何故か人語を解さないように設定されていたのだがな。」


「大変だったわね・・・」


「まあ、抱き心地は良かったから文句はないがな。寂しさも紛れたし・・・あ。」


「え?抱っこしたの?」


「・・・貴様ももふもふしてやろうか。」


 魔法陣の事以外もアザラシの正体がわかったり、彼女の話とは関係ないが大仰な態度に似つかわしくなくステラが意外にも寂しがり屋だったことがわかったり、彼女との会話はユリカにとっては興味深いものであった。

 もっともその代償といってはなんだが、彼女はステラの膝上に捕らえられてしまった訳だが。


「ふふ、もう逃げられんぞ。」


「わっ、ちょ、なにを・・・」


 意外と自由があった手でユリカを捕まえて膝の上へとのせるステラ。彼女にとってはアザラシもユリカもそう変わらないらしい。


「いやはや、なかなか愉快であったぞ。年の割に話がしっかりしていて聞きやすい。褒めてやろう。愛想はないがな。」


「どうも。」


 しばらく経ってもステラはユリカを自分の膝に乗せ、鎖で繋がれたままの手でその頭をポンポン叩いていた。最初は抵抗していたユリカの方も今では大人しく彼女に身を委ねている。どうやらまんざらでもないようである。

 似たもの同士とは言い難いが、それでも同じ境遇の者同士、2人以外誰も存在し得ない空間でお互いに引かれ合っているのかもしれない。いつの間にか2人はお互いの体に自然にふれあえるくらいには打ち解けていた。


 こうしてこのまま時間だけが流れていきいつしか話の種も尽きてきた頃、1つの変化が訪れた。

 ステラの抱き枕になっていたユリカのまぶたがスッと重くなってきたのだ。


「ふわあ・・・」


「む?眠いのか?」


「なんか急に・・・ふわ・・」


「・・・そうか。」


 そう返事をしながら彼女はユリカの手に目をやる。そうして幾ばくかの沈黙を経た後、彼女はユリカの座る向きを変え、その目を至近距離で見つめながら語りかけた。


「ユリカよ。貴様の旅は続いている。だがいつかは立ち止まるときが来る。」


 今までの調子とは打って変わって、ユリカに語りかける彼女には今まで見せなかった威厳が顔をのぞかせていた。もっとも夢うつつのユリカがその事に気がついていたのかまではわからないが。


「うん?なにい?」


「その時が来たら自らの歩みを思い出せ。」


「ふわあ、うん。」


「果たす・・・」


 ステラが何かを言いかけている最中、タイムリミットが訪れる。

 そして最後の言葉を聞き遂げることなく、彼女の意識は闇の中へと消えていった。

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