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第61話 アザラシ以下の女

 四面楚歌という言葉がある。

 中国の故事から生まれた敵に囲まれて孤立した状態を指す言葉ではあるが、実のところ楚というのは取り囲まれていた側の国である。楚の大将は周りから自国の歌が聞こえてきたことによって、味方が全て降伏してしまったと思い絶望したという訳だ。


 ではユリカの場合はどうだろう。


 四面から聞こえてくるのは敵の歌、と言うか鳴き声。こっちにいたっては思い込みとかそんな生やさしい可能性すら一切残さない純度100%の絶望である。

 そんな楚以上に四面楚歌な状況で彼女に出来ることは一体どんなことなのか。




「にゅっにゅにゅー。(私は敵じゃないわ。)」


 そう、命乞いである。勝てない相手にはむやみな抵抗はせず降伏する。彼女が取ったのは楚軍の大将項羽と同じ手段であった。結局彼はその後すぐに死んでしまうのだが、ユリカが彼と同じ末路をたどるのかどうかはアザラシに託されたのであった。


 そして、一瞬の静寂があたりを支配した後にアザラシたちが声を上げる。


「ニュ?ニュニュー?(なに?しゃべっただと?)」

「ニュニュニュー?(もしかして仲間?)」

「ニュニュニューニュー!(人間じゃなかったー!)」


 アザラシたちは純粋であった。

 ユリカが天に祈りを捧げる中、いっそ拍子抜けなほどあっさりとアザラシたちは彼女の言葉を信じたのだ。


(あれ?疑われない?どう考えても外見は人間なのに・・・)


 ユリカが一周回って警戒心を強めていると、何匹かのアザラシが彼女の側に駆け寄ってきて拘束を外す。


(本当に助かったみたい・・よね?)

「にゅにゅう(ありがとう)」


 取りあえず彼女がお礼を言うとまたしても何匹かのアザラシが彼女の持ち物を持って現れた。どうやら本格的に命の危機は去ったようである。そのことを確信した彼女は返却された服に袖を通しながらほっと一息をついた。


「ニュッニュッニュウ。」


 しかしここでまたしても何を言っているかよくわからないボスアザラシが彼女に話しかけてきた。


(うーん。たぶん謝罪してる気がするわね)

「にゅにゅっ(気にしてませんので)」


「ニュニュウ(それはありがたい)」


(よかった、合ってた。)


 いちいち反応を聞いて心を落ち着けるユリカ。しかしボスアザラシの方はそんなこと気がついているはずもなくユリカにどんどん話しかける。


「ニュニュウウ、ニュニュッニュウ?(それでお前はやはり???のアザラシなのか?)」


(???のアザラシ・・・肯定しておいた方が良いかしら?ある程度あっち側も自信がありそうだし。断ったら自分で正体を考えないといけないし・・・)

「にゅう(うん)」


 相手に疑念を抱かれない程度の時間考えを巡らせた後、そう答えるユリカ。

 しかし彼女が自信を持って出したこの答えを聞いて、アザラシたちが突然騒がしくなる。


「ニュッ!(ええー!)」

「ニュニュウニュッ(やっぱり普通じゃなかったもんね。)」

「ニュニュウニュッニュウ(これで謎が解けるかも。)」


(あれ?そんなに重要なことだったのかしら?「てっきり北から来たアザラシ」みたいにちょっとした情報だと思っていたのだけれど・・・)


 一気に騒がしくなったアザラシたちの様子を見て何となくいやな予感を覚えるユリカ。しかし吐いたつばを飲み込むことなど出来ない。

 またしても彼女に出来るのはこの場の流れに身を任せることだけだった。


ニュッニュッニュー


 ユリカの焦りなど全く気がつかずに騒ぎ立てるアザラシたち。

 しかし彼らの声を聞き続けていると、ユリカにもだいたいの事情が把握出来てきた。


(多い単語はおとぎ話、伝承、民話といったところかしら。要するにアザラシたちには私は伝説のアザラシにでも見えている訳か。うーわ、面倒なことになったわね。)


 色々と状況を理解してこれからのことを想像したユリカがげんなりとした表情を浮かべる。

 これから面倒なことに巻き込まれるのは周りから聞こえてくる会話の内容から考えてみても必然だからだ。

 そしてユリカの仮説を裏付けるようにボスアザラシが彼女に話しかけてくる。


「ニュッニュウニュウ、ニュニュウニュッ。(それでは謎に包まれた伝説の扉を開いてはもらえないだろうか。)」


(謎解きか・・・)


 ボスアザラシの口から出た彼らの目的を確認し、少々考え込むユリカ。今彼女にとって大切なのは謎解きなどではなくこの洞窟から脱出することである。

 しかし彼女の目的を達成するにあたりここでボスの言うことを断るのはあまり得策とは言えなかった。


(いかにもやってくれて当たり前って感じね。じゃあ断るのはリスキーか。だとすると・・・)

「にゅう。にゅにゅっにゅー(いいわ。ただし私も忙しいから終わったら地上に帰るわ。)」


 ユリカの出したこと答えは交換条件であった。こうすれば相手の反感を買うこともなく自然に外に出る方法も聞けるというわけである。


(しかも謎解きだけなら危険は無いし、なんとかなりそうね。)


「ニュウ(良いだろう)」


 ユリカの返事を聞いてボスアザラシが首を縦に振る。

 こうしてユリカは伝説のアザラシとなったのであった。






アザラシの民間伝説


アザラシたちがなんか困っているとき伝説の旅アザラシが来て助けてくれるでしょう。




「にゅにゅう?(それでおしまい?)」


「ニュウ(おしまい)」


(伝説でも何でもなくないかしら?)


 扉に着くまでの間、暇だったユリカはアザラシたちにおとぎ話について教えてもらっていた。もっともそれは一瞬で終わってしまったわけだが。

 それにしてもこのままでは伝説の旅アザラシが無制限に増えていきそうである。


(例えばアザラシが転んで痛がっているところをアザラシ語の話せる人が治療したらそれだけでも伝説のアザラシよね・・・まあいいか)


 アザラシたちの伝承に関して深く考えることをやめたユリカ。彼女も年頃なので一時は裏にある意思などを疑ったものだが、それは墓まで持って行くことにしたようだ。

 そんなこんなで歩くこと約1時間、アザラシたちとの会話にも話題が尽きてきた頃その扉は現れた。


「うわ、これは・・・」


 その威容を見にして思わず声が漏れるユリカ。

 彼女の目の前に広がっていたのはまるで巨人のためにあつらえられたかのような大扉であった。扉に刻まれている彫刻や飾りの数はまさに数え切れないほどであり、職人の技量が感じられる。しかし惜しむべきはそのどれもが長い年月の間に風化してくすんだ色となってしまっている事だろうか。


(すごいわね・・・でも、それにしても似合わない。洞窟よここ・・・)


 ユリカがそういう感想を持ったのもしょうが無いことである。

 門は洞窟の通路を遮るように作られている。すなわち殺風景な岩肌の間にひょっこりと壮大な門がはえているわけである。すがすがしいほどの場違い感がそこにはあった。


 そしてユリカが色々考えていると、不意にボスアザラシが声を上げた。


「ニュウニュッ(それでは頼む。)」


(ああ、そう言えばこれを開かなくてはいけないのよね。)


 ユリカがあたりに目をやるとアザラシたちの視線は全て自分に注がれていることがわかった。

 そして気を取り直した彼女は返事と共に仕事に取りかかる。


「にゅう(わかったわ)」


 しかしながら彼女は早速大きな壁にぶち当たっていた。


(さて、ノーヒントか・・・どうしよう?何すれば良いのかしら?)


 解錠に当たってのヒントがまるで無いことに気がついたユリカ。試しに近づいて観察してみるも、この門が凄まじく精巧に作られているということがわかるだけであった。


(どこかの飾りを押し込んだら開くとか・・・だめね、同時に2個押し込まないといけないとかだったらここにいるアザラシたちを動員して人海戦術したとしても無理か。じゃあどこかにヒントがあるかだけど・・・)


 もう一度さらっと不自然なところがないかを確認するユリカ。しかしその表情は思わしくないものであった。


(まあ、ぱっと見でわかるわけ無いわよね。そもそもパスワードを誰にでも見える外側に隠しておくっていうのもおかしな話だし、ヒントはないとみた方が良いわね。)


「よし。これは解けない!」


 ここに着いて約5分。ユリカは一つの結論にたどり着いた。

 そしておもむろに扉から距離を取る。


「ニュニュ?(どうだ?)」


 ユリカが扉から離れたことで何らかの進展があったと勘違いしたボスが声を掛ける。そしてユリカは彼にとっては意外な返事を返した。


「にゅにゅ、にゅうにゅっにゅ(ああ、みんなを連れて少し扉から離れてくれるかしら?)」


「?にゅう(?まあ良いけど)」


 ボスアザラシが仲間を連れて十分に距離を取ったとき、ユリカが静かに呟き始める。


(扉が洞窟の天井の重さを支えているとは考えにくい。そもそもこの扉が出来る前にこの洞窟はあった訳だし。そして見たところこの扉はずいぶん長く放置されている。よし、壊して良いわね。)


「その道程を光が導く」


 古びてなお圧倒的な威容を誇る、開かずの扉。長き時を耐え抜き、今なおその芸術性を失わない稀代の建造物に対してユリカが取った手は容赦の無い破壊であった。

 そしてそんな彼女の意図に気がついたボスが声を上げる。


「ニュッニュー?(壊してしまうのか?)」


「にゅにゅうにゅっにゅー(壁や天井に負荷はかけないわ。)」


「ニュニュン(いやそうじゃなく・・・)」


(うん?何か・・・)


 ボスの最後の一言は小さすぎてユリカには聞こえなかったようである。しかし彼女はボスの呆れた視線を何となく感じたのであった。


 そして光の帯が浮かび上がる。

 それと同時に荘厳な扉がきしみを上げる。


メキッバキッ!


 そうして扉は見えない力に引き裂かれていく。中心の一点から奥側に引っ張られ数秒と経たずに扉には人の通れるサイズの穴が開いた。どうやら強度自体は大したことが無かったようである。

 そうして彼女が魔法を止めるとアザラシたちが周りに集まってきた。


「ニュニュウニュッニュー(あ、ありがとう。それでは中に入ろうか。)」


(あ、アザラシにも壊すのためらう感性はあったのね・・・まあ仕方ないか。)


 促されるままに穴をくぐりながら、ボスの話し方から何となく心情を察したユリカ。

 しかし約束は果たしたのだから文句を言われる筋合いはないというのが彼女の考えであった。


 しかし彼女は扉をくぐったその先で思い知ることになる。

 世の中そんなに甘くはないのだと。







お久しぶりです。カニカマです。

書いた原稿が二回ほど没になったり、正月にかけて忙しかったりで大分投稿期間が開いてしまいました。しかしようやく自分の中でも完結への道が見えてきたのでこれからはペースアップしていけるように努める所存ですので、どうかこれからも温かい目で見ていただければ幸いです。

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