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第60話 後ろから殴れば大抵のやつはやれる

「手持ちは銀貨2枚と大銅貨6枚か。」


 朝起きるなりユリカは自分の所持金を確認していた。これは別に手元にお金があるのを見て安心したいわけではなく旅程を立てるためである。


(パスクールまでは後3日くらい。それから黄金の夜明けの本部がある首都までは1週間。合計で10日、1日あたりは銅貨26枚・・・予定通りに行けばどうにでもなるけれど、まあ無理か。)


「よし。」


 ベッドから立ち上がり、支度を調えるユリカ。どうやら今日の予定が決まったようである。

 そうして宿を出たユリカが向かったのはハンター組合の支部であった。


ギィ


 道中で買ったパサパサのパンをくわえながら彼女が組合の扉をくぐると、そこには既に大勢のハンターが待機していた。

 その様子を観察しつつユリカは思考を巡らせていた。


(人数は多いけれど話から察するにパスクールへの疎開民が多そうね。昨日の依頼の惨状はやっぱりこれが原因か・・・)


 周囲の話の内容を聞き取りつつそんな分析をするユリカ。

 しかし、彼女とてここでお金を稼いでおくに越したことはない。ハンター達の依頼争奪戦に一列になって順番を待つなどと言うお行儀の良いルールは存在しないので、彼女もそれに則って小さい体を活かしてするすると最前列まで進む。


 そして彼女が息を潜めて待機すること数分間、運命の時が訪れた。


カタリ


 時間ぴったりにボードが裏返り、今日の分の依頼が張り出される。この手の込んだ仕掛けはハンター達の群れにもみくちゃにされたくないという職員達の意思の表れだ。そしてそれと同時に依頼の争奪に際し職員の介入を避けることで、仕事が得られなかったハンター達のクレームもそれは自己責任だからで済ませられるという一石二鳥の策でもあるわけである。もっとも組合がそんなだからハンター達の民度は悪いし、職業としてのイメージも一切改善しないわけだが。

 何がともあれそんな管理体制の中では依頼の紙をつかみ取ったものこそが正義である。


「うおおおおっ!」

「これはおれのだ」


 争奪戦は元々の依頼の少なさとハンターの人数の多さが相まって普段ではあり得ない激戦となっていた。依頼が公開される前から小競り合いは始まってはいたが、今はそれどころの騒ぎではなかった。つかみ合いは当たり前、その他殴る蹴るの大乱戦であり、そしてそんな状況を見ても組合の職員は誰1人として止めに来ないというまさに地獄の無法地帯であった。


「ふぬぬぬぬ」


 そしてそんな中ユリカは大人達にもみくちゃにされながらも1枚の紙に手を伸ばしていた。さすがにユリカに暴力を振るうものはいなかったようである。そんな少し幸運な彼女の目線の先にあったのは割とどこの街でも出ている一般的な依頼であった。


『デカヘビの討伐』


 デカヘビ、このあたりの地域に広く分布している大型のヘビである。町の近くによく出没して人や家畜を襲うという嫌われ者だが、動きが遅いため攻撃力さえあれば討伐は簡単というハンター達にとってはやりやすい相手である。

 何ヶ月かハンター生活をしてきたユリカもこのあたりの情報は頭に入っているので真っ先に狙ったというわけだ。


パシッ!

「よし!」


 体の小ささと瞬発力という自分のアドバンテージを最大限に活かし目的の依頼をつかみ取ると、うまいこと人の隙間を縫って横から脱出するユリカ。同業者との争いにももうすっかり慣れたようである。

 そしてそのまま流れるように彼女は受付へと進む。


「こちら街の西側に出没しているデカヘビの討伐となります。討伐報酬が出るのは10匹までですのであまり森の奥の個体を狙わずに街に近いものから討伐していってくださいね。」


「はい。」


 受付を済ませるとユリカは早速組合を出て西へと向かう。今回の仕事は森の外縁をうろつき見つけやすい大きいヘビがいたら片っ端から狩っていくという単純なものである。

見通しの良い場所にユリカに取っては弱い討伐対象、危険な橋を渡らないですむ彼女の顔は晴れ晴れとしていた。


 そうしてウッキウキで街を出て森の外縁に到着したユリカ。しかしそんな彼女を待っていたのはでかいヘビではなかった。

 今回は見晴らしが良いので彼女の目線はいつもよりも遠くを捉えていた。普通はそれで正しいのである。近くばかり気にしていてもここまで開けた場所では大して意味はないのだから。まあそれも、足下に何かが巧妙に隠れていなければの話、だが。


「うん?」


 ヘビを探し始めて数分も経たない内に彼女は踏み出した足下に奇妙な違和感を覚えた。

 踏みしめた地面から返ってくるはずの反発。それがどういうわけかやってこないのだ。そして一瞬の間を置いて彼女はその原因に気がつく。


(あ、落とし穴!)


 しかし、まさに後の祭りと言うべきだろう。その一瞬の間に彼女の体は自動的に重心を移動させてしまっていた。そう、全体重を踏み出した左足へと。


「あっ!」


 慌てて体を引き戻そうとするも最早意味などは無かった。次の瞬間には彼女の体は地面へと吸い込まれていく。


「わあああっ!なんでいつm」


 瞬きの内にユリカの姿は地上から消え去り、最後に地上に残ったのはそんな彼女の嘆きであった。






「何でこんなことに・・・」


 上も下もわからずに狭い穴の中を転がり続けることおよそ5分、ユリカは巨大な空洞の中に放り込まれていた。

 不幸中の幸いは落ちた穴の斜面が垂直に伸びていたわけではなく大怪我を負わなかったことだろうか。

 しかし彼女はその穴を見て思わずため息をつく。


「これじゃのぼれないわね。キツネの魔法で上へ・・・どこかで頭をぶつけて死ぬか・・・はあ。」


 ツルツルとした感触の横穴を触りながら、どうあがいても無理だと判断するユリカ。そして早々に元来た道からの帰還を諦めた彼女は周囲の状況を把握しにかかる。


(まずはじめに今いる場所はかなり広くて洞窟と言うよりもトンネルっぽい。さっきの横穴は他にもありそうだけれど、鍾乳石であろうとあんなにツルツルしているなんてあり得ないから地球には存在しなかったものが絡んでいる可能性が高いわね。手出しは無用か。それと・・・)


「おかしいわね・・・」


 周囲をぐるりと見渡したユリカがそう呟く。


(100メートルは落ちてきたのになんでこんなに周りが明るいのかしら?ヒカリゴケ?そもそも光源がないでしょうに・・・気味が悪いわね。)


 ユリカの周りは確かに薄暗くはあったが一切の光がない暗闇というわけではなかった。幅20メートルはありそうな洞窟の両側の岩壁を同時に見ることが出来るくらいには彼女の視界は開けているのである。


(両側の岩壁は普通にゴツゴツしてるわね。やっぱり横穴とは生成の要因が違うのか。現時点でわかることはこれくらい。天井壊してもどうにもならないし、とりあえず広いところを進んでいくしかないわね。)


「・・・はあ。」


 結局のところ色々考えても彼女に出来るのは先の見えない暗い道を進んでいくことだけだった。しかし彼女の気の進まない洞窟大冒険が始まるかに思われたその時、不意に奇妙な音が洞窟内に響いた。


ニュー


「はっ?魔物?」


 音はユリカの後ろの方から聞こえたようである。いつもより脅威に対して敏感になっている彼女が慌てて振り返るとそこにいたのは予想とはかけ離れたシルエットだった。


「へ?あ、あざらし?でも・・・」


「ニュッニュッニュー!」


 ふっくらとした丸っこいからだ、ふさふさの毛並み、一対の前ひれに一つの尾びれ。それは間違いなくユリカの知るアザラシに近しい生物である。

 しかし彼女が動転しているのはそれが尾びれをうまいこと使って直立して移動しているからに他ならなかった。


(こんなところにアザラシがいるのはまあいいわ。水場が近いのかもしれないし・・・でもあれ?アザラシって立つの?そんな阿呆な・・・)


「ニューニュニュー!」


(鳴き声もなんかおかしいような・・・手には貝殻持っているし、それはラッコじゃないの?)


 怒濤の違和感に突っ込みが追いつかなくなるユリカ。しかしそんな彼女のことなどお構いなしにアザラシは鳴き声を上げ続けている。


「ニュー!」


(威嚇してる?可愛くてよくわからないわね。少なくとも危険はなさそう。ちょっとだけ・・・)


 好奇心から少しだけユリカが近づくと、それに合わせてアザラシは手に持っていた貝殻をさっと体の後ろに隠した。そして彼女を威嚇するようにひれをパタパタと振り始める。

 体長1メートルほどのアザラシがひれをぶんぶん振り回して鳴き声を上げている様子はどこか滑稽なものである。


(あー、貝をとられると思って威嚇してたのね。)

「なにもしないわよ。」


 そんな可愛らしいアザラシの抵抗を見てすっかり警戒を解いたユリカ。どう考えても危険な魔物ではなかった。


「元気でね。」


 いつまでも怖がらせるのも悪いと思ったユリカがくるりと後ろを向く。それに安心したのかアザラシも騒ぐことをやめ、両者の思いがけない遭遇は何事もなく終わった、ように見えた。



ペタペタ


(あら?ついてきたのかしら?さっきまで怖がってたのになぜ・・・)


 後ろからかすかに聞こえた足音に疑問を感じたユリカ。例えばこれがホラー映画であれば後ろから聞こえた足音に思わず振り返ってしまうと言うのはバッドエンド一直線の行動であろう。もっとも振り返らずとも暗闇で背後から足音がするシチュエーションと言うだけで、ある種の死亡フラグが立った状態であるわけだが。

 

 まあ結局のところ自分の目の届かないところに自分を害するなにかがいるかもしれない、という具体的な危険こそが恐怖の対象でありそれがフィクションに利用されてきただけにすぎないわけだが、故にここはユリカにとっては警戒すべき場面であったと言えよう。

 何せ、よく知らないものが自分の後ろにいるというのは人間が警戒すべきと本能にまですり込まれたこの上なく危険なシチュエーションなのだから。

 

 もっとも今回に限って言えば相手はユリカの警戒を一切合切取り払ってから背後に立ったわけであるが。


 結果としてユリカが恐怖心からでなく疑問からゆっくりと振り返るよりも早く、彼女の頭を鈍痛が襲った。


ゴスッ!

「がっ!なにっ・・・」


 頭部に衝撃を感じながら彼女が何とか振り返ると、そこには先ほどのアザラシの姿があった。

 そして、


(貝殻、両手持ち?血が付いて・・・まさか。隠した理由って)


 ここにきて先ほどのアザラシの行動理由に気がついたユリカ。しかし何もかもが遅かった。


「鈍器っ?」

「ニュー!」


ゴッガッガ!


 最初の一撃のダメージで思うように動けないユリカに意外と重い攻撃を叩き付けるアザラシ。しかしユリカも何回も修羅場を乗り越えてきただけのことはあった。


「らあっ!」

「ニュッ!」


 何度か頭に直撃をもらったもののどうにかアザラシに蹴りを入れるユリカ。

 彼女の蹴りの威力は大したことはないが、相手はそれ以上に体格の小さなアザラシである。踏ん張れず地面を転がり両者の間に距離が出来る。


(今!)

千撃千殺サウザンド・エクスティンクション!」


 最早相手に対しての一切の容赦を捨て去ったユリカ。可愛らしいシルエットを真っ二つにせんと必殺の魔法を放とうとする。しかしまたしてもここで予想外が彼女を襲った。


「あれ?でない・・・」

(と言うかこの魔法ってどうやって使っていたのかしら?)


 最近は安全な仕事ばかりやっていたせいで王都を出て以来、一度も使っていなかった必殺の魔法。それがこの大一番に来て、使用できなくなっていた。

 感覚で言えばど忘れに近いだろうか。彼女はかつて認識していたはずのその魔法を見失っていた。


(使っていなかったから?それとも頭を殴られたせい?)


 今、彼女は普段では考えられないほど動揺していた。ただでさえ今の彼女は友人を失ったショックからもまだ立ち直っておらず、それに加えて洞窟に放り込まれている。そんな精神状態の中、寄る辺としていた力まで消えてしまったというのだから当然と言えば当然なのだが、それにしてもそんなことをしている場合ではなかった。


「ニュー!」

「はっ!」


 いつの間にか起き上がって近づいて来ていたアザラシの一撃を何とかギリギリで躱すユリカ。しかしここで彼女は最悪な現実に気がついた。


(あれ?こいつ最初のアザラシじゃ・・・)

「ちょ、まっ!」

「「ニュー!!」」


 四方をアザラシたちに取り囲まれていることにようやく気がついたユリカ。しかし反撃をするには余裕がなさ過ぎた。


(あ、これ、間に合わ・・・)

ゴッ!


「かは・・・」


ゴッゴッゴッゴッ!


 いくら自分よりは多少小柄とは言え、数十匹のアザラシの猛攻の前にはなすすべがないユリカ。

 そして体中に襲い来る打撃の痛みとともに程なくして彼女の意識は闇へと沈んでいった。










「・・・ここは・・痛っ!」


 ユリカが頭に走る鈍痛とともに目を覚ましたのは先ほどまでいた洞窟よりも開けた空間であった。しかしそれは彼女が洞窟から生還したというわけではない。

その証拠に彼女が両手を動かそうと力を込めても、その両手はピクリとも動かない。


「なにが・・・拘束?十字架かしら?」


 ここでようやく彼女は自分の置かれている状況を理解した。まずは自分の体について。アザラシの力はやはり大したこと無かったようで全身打撲でズキズキと痛むものの五体満足で骨折もしていないようである。

 ただし服をはぎ取られたあげく両手両足、そして首を縄で十字架にくくりつけられているようであったが。


(・・・処刑でもする気かしら?なんか大量のアザラシがこっち見ているし、近くのアザラシは槍をもっているし・・・)


 幸いにも打撃による脳へのダメージはなかったようで寝起きにもかかわらず彼女の思考はさえていた。

 彼女の足下では無数のアザラシが何やら騒いでいるようである。


「ニューニュー」

「ニュニュ」

「ニュッニュニュー」


(あれ?こいつらもしかして会話している?)


 そんな騒ぐアザラシを薄目を開けて見て、そんな説を思いつくユリカ。そしてそれを裏付ける根拠もあった。


(私が裸に剥かれているのも魔法陣を警戒しているからかしら?殺すだけなら別に脱がせる意味ないわけだし・・・家っぽいのもあるし多分普通に知性があるわね。)


 遠くに居住区らしきものも見つけて予想を確信へと変えるユリカ。そしてそれと同時にこれが公開処刑であるということもほぼ確定したわけだが。


(人間に恨みでもあるみたいね。取りあえず処刑される前に脱出を・・・)


千撃千殺サウザンド・エクスティンクション


 試しに小声で必殺の魔法を唱えるユリカ。しかしやはり何も起こらない。と言うより彼女自身が使い方をど忘れしていたわけだが、どちらにせよこれに頼ることが出来ないということには変わらない。そしてそれはなかなかにまずい状況であった。


(やっぱり使えないか。後は炎、水、じゃあどうしようもないか。それと加速するやつ、幻覚・・・拘束を解けないわね・・・あれ?もしかして詰んだ?うん?)


 ここに来て今まで自分がどれだけあの殺傷力に頼っていたかを思い知らされるユリカ。まさに八方塞がりだが、ここで彼女はこの状況を打破する一手とは全く関係ないとあることに気がついた。


「ニュッニュ」

「ニュニュンニュー」


(あのフレーズさっきも聞いたわね。結構単純な言語みたい。にゅの数とタイミングだけで会話を成立させているわけだから・・・)


 たくさんのアザラシの鳴き声を聞いている内に彼らの泣き声に一定の法則性を見出すことに成功したユリカ。

 そうして彼女はこんなことをやっている場合じゃないのは百も承知の上で、出来ることもないと割り切ってアザラシたちの言語解読を始めた。生きるも死ぬも完全にアザラシ任せなので命を握られている彼女の精神も少しおかしくなっていたのかもしれない。

 しかし思考能力の方は至って正常であった。



 全数探索と言う言葉がある。可能なパターンを片っ端から検証していくというある意味力任せとも言える暗号解読の手法なのだが、彼女が今やっているのはそれに近かった。

 例えば「ニュッニュ」の意味はありがとうで、「ニュニュンニュー」の意味はどういたしましてだと仮定する。そうしていくつか仮定を作っていき他のアザラシの会話にも適用させていく。そうしてそこでつじつまが合わなければその仮定をすぐさま削除し、新しい仮定を試していく。これをひたすら続けていけばいつかどの会話にも完璧に当てはまる完璧な仮定を導き出せるというわけだ。


(はじめに小さいつが付くときは一人称か・・・文構想はなんとなくわかってきた。後はアザラシの経験しそうな概念から単語を特定していけば・・・)


 まさに化け物じみた速度でアザラシたちの言葉を解読していくユリカ。彼女はこういった力任せの解析が得意だった。かつて謎のダンジョンに閉じ込められたときも、似たような方法で魔法陣を解いたものである。


 そうしてユリカが頭から湯気を出しながら解読すること約10分、ユリカはアザラシの言っていることをある程度理解出来るようになっていた。


「ニューニューニュン(処刑はまだかなあ。)」


「ニューニューニュニュ(ボスが来てからだよ。)」


「ニューニュ(美味しそう。)」


(え?食べる気?)


「ニューニュウニュ(人間は根絶やしにしないと)」


「ニュウニューニュニュ(人間社会はゆがんでるよね。能力があるわけでもない一部の層が権力を独占している非合理的な社会構造だよ。)」


 アザラシたちの会話に耳を傾けてみると、だいたいはユリカについて、もしくはそれから派生した人間についての話題が多い。もっともユリカにとっては解読したことを後悔するような内容も多かったわけだが。

 

 そうしてユリカがアザラシたちのもくろみにドン引きしていると、一際大きいアザラシが現れた。どうやらついにタイムリミットがやって来てしまったようである。


「ニュニューニュ、ニュッニュッニュー!」


 一際大きいアザラシが声を上げるとあたりで騒いでいたアザラシたちが静まりかえる。彼は群れのリーダーのようであった。


(目つきが悪いわね・・・可愛くない。)


 ギラリとつり上がった目元と眺めながらそんなことを思うユリカ。しかし彼女もそんな悠長に構えている場合ではなかった。


「ニュ、ニュニューニュウウ」


 目つきの悪いアザラシが何かを呟くと、手に持っているたいまつが炎を上げる。

 アザラシが魔法を使ったというのはユリカでなくても一目瞭然であったが、それ以上にユリカを焦らせたのはそのアザラシの台詞であった。


(火?底?まずい・・・知らない単語が出てきた。ボスは語彙が多いのかしら?)


 ある程度はアザラシの言っていることがわかるようになったユリカだったが、それでも目つきの悪いアザラシの言葉は全くもってわからない。アザラシも身分の違いによって言葉遣いが変わったりするのだろうか。

 しかしそれでも目の前出おきている光景でユリカにもその言葉のニュアンスは伝わってきたようだ。


ゴオオッ


(あ、火あぶりにしてやるとかそういう意味だ・・・)


 自分の足下に積み上がったいかにもよく燃えそうな木の枝も含めてそう確信するユリカ。

 彼女の足下に迫ってくるのは、燃えさかるたいまつを持ちながら器用な二足歩行を見せるアザラシである。最早一刻の猶予もなかった。


(まずいわね。これはもう・・・うん?いや、もしかすると・・・)


 眼前に死を突きつけられユリカの脳はいつも以上に活性化していた。いや最早少しおかしくなっていたとも言えるだろう。

 故に彼女が次に行った一手は常人にはおおよそ理解出来ないものであった。



「にゅっにゅにゅー!(私は敵じゃないわ!)」


 一世一代の異文化コミュニケーションが幕を上げる。













上向きに泳ぐアザラシって立っているみたいに見えますよね。


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