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第6話 怖いものの正体ってほんとに怖いものですか?自分で調べてみましたか?

 その姿は正常ではなかった。

 遠目からシルエットを眺めればかろうじて人型に見えただろう。しかしながらその不自然な曲がり方をする手足はムカデや蛇などが複雑に絡み合ってできたものであり体中に老若男女様々な人の顔面が浮かび上がっている。そして頭と思われる部分はうって変わって幾何学的な図形で構成されており、それらの全てのパーツがペンキで塗りつぶしたように白い。

 この外見をあえて一言で例えるなら「集合体」だろう。

 ただただ無作為に選び出したものを何も考えずにくっつけていって完成した集合体。

 間違っても森に、いやこの世界に存在していいものではなかった。



「今まで我が蓮を見たもののほとんどは背を向け逃走した。そして残りのものは恐怖を押し殺し、楽観的な思想を持って池に飛び込んだ。もちろん我はすべからく死にやった。」


「しかし貴様は違う。恐れながら、おびえながら、それでも余の蓮を希望と捉える。死の運命から逃れようとせず、明日のことを思い生きる。なぜだ?答えよ。」


 異形からの問いにユリカは答える。


「そうね、確かに危険は避けるべきものだわ。でも私はこれからも何度も危険を通ってゆくしこれまでに何度も危険を通ってきた。それを考えたらただ恐ろしいだけのものなんて逃げる理由にはならないわね。」


「なるほど。確かにこの世は正体のわからないもので溢れている。それを恐怖という直感で線引きすることなく皆一様に正体不明と捉える。恐ろしいと感じつつも合理的にそれを選択の材料から切り捨てる。恐怖と利益を天秤に賭けるどころかそもそも恐怖というおもりがないおまえは、奴らと同じ人間であるとは考えられないな。」


「そうかしら、感情を理屈で押さえ込めるところが人間の美点だと思うけれども。」


「くははは、そうか、確かにその通りだ。キミほど人間らしい人間は見たことがないよ。いいだろう。僕の最大の力でもって殺してやろう。有象無象たちとは違う、最も鮮やかに、美しく、後悔や意志さえ残さずにこの世から消滅させてやる。僕はキミの世界の終わりを死んでも見届けなければいけなくなったんだ。」


 異形がうごめく。


「確かに今あなたに殺されるのは納得のいく方の死に方でしょうね。まあそんなことは関係なく先制攻撃はもらうけれど。」


 異形との長ったらしい会話の間にユリカはすでに攻撃の準備を整えていた。正確に言うと異形がその姿を現す前から攻撃の準備をしていたわけだが。

 ユリカの目に映るのは巨大な火球、キツネたちから学んだ粛清の星。


「あなたは陽に触れ罪を焼かれる。」


 ゴウと音を立てて異形に迫る火球はキツネたちほどの火力はないにしても人間大の大きさの生物を吹き飛ばすには十分な威力を持っている。

 しかし異形は動じない。


「我が一撃は砕かれし現実、開闢の一刀」


(まずい?)


ザガッ!!



 魔法が発動するほんの少し前に異形の見ているものをおぼろ気に感じ取ったユリカが伏せるのと、火球が一瞬で裂断されユリカの後ろにあった木々がなぎ倒されるのはほとんど同時だった。


(ちょっ、速すぎる、見えない。しかも当たったらガード関係なく即死よね?やっぱり逃げようかしら。でも目を離した瞬間真っ二つよね。)


 ユリカが予想以上の威力に目を丸くしている間にも異形は次の一手を放つ。


「余の二撃こそ吹きすさぶ絶望、進化の二刀。」


(少し感じが違う?)


ゾオッ!


 次に迫るのは先ほどよりも遅い斬撃、しかし


(軌道が読めない、よけきれないか。だったら)


 小さな体を最大限傾け、被弾する可能性を少しでも減らすユリカ。

 しかし完全によけきることは叶わなかった。

 片方の斬撃が左腕をなでる。


「痛っったあ」


 しかし激痛にのたうち回っている暇はない。血の止まらない腕を押さえつつ涙目になりながらなんとか立ち上がる。


(でもまずいわね。あと何回か攻撃されたら間違いなく当たる。でもこっちから決めきる手段はない。あの魔法もまだまだよくわからないし、少なくとも今までの魔法のように簡単にはまねできない。八方塞がりね。)


 そもそも放っておいても出血多量で死にかねないような状態であった。

 しかしながら異形が手を緩めることは当然無い。


「己が三撃は万物の死、絶滅の三刀。」


(また違う魔法?なんで?)


 反射的に真横に飛ぶユリカ。その数ミリ横にユリカの背丈の2倍はある大剣が3本突き刺さる。もし逆の方向に飛んでいたか、反応が0.1秒遅れていたら間違えなくユリカは2つになっていただろう。


(あっぶなあ、というかどこから来たのよこれ・・・気がついたら地面に刺さってた。それにしても急に旗色が変わったわね。何でそれぞれ絶妙に性能が違うのかしら。本数変えるだけだったらこんなのする必要ないんじゃ・・・。そもそも何で一本ずつ増やしていってるのかしら。増やさざるを得ない理由がある?いや詠唱を聴く限り、開闢、進化、絶滅、それにつれて一人称も変わっていく・・・)


「あっ」


 とある可能性に思い至ったユリカ。


(そうだ、1本からだったのは出し惜しみしていた訳じゃない。あの異形は最初に最大の力で殺すって言ってたじゃない。)


「気がついたみたいだね。でも遅かったかな。」


 異形が最後の詠唱を始める。


「僕の四撃は世界の終焉、果ての千刀」


ザアアアア


 それは剣の雨であった。文字通り千の剣が高速の弾丸となって降り注ぐ。回避も防御も許さない、終焉を語るにふさわしい威力である。


(4じゃなくて千か・・・致命傷は避けられないわね。せめて・・・)


 ユリカがそう判断した次の瞬間、千の剣が大地に殺到した。





 池の周りは静まりかえっている。それはつまり戦闘が終わったことを意味していた。


「あれ?思ったより刺さってないな、まあ広範囲にばらまいたからこんなもんか。もしかしてまだ生きてたりするのかな。」


 そこには異形と、そして体中に剣を突き立てられ変わり果てた少女の姿があった。


「・・・ぁ」


「驚いた、頭だけは守ったのか。いや偶然かな。とはいえ意識も失っていないのは驚いたよ。まあこの怪我だと早めに死んじゃった方が良かったと思うけれどね。まったくキミがこんなに苦しんでいるのに何もしてあげられないのが忍びないよ。」


「・・・ぅ」


「なんだい?キミにはこれでも感謝しているんだ。キミほど面白い人間は初めてだからね。遺言があるならきくよ。」


「感謝・・するわ・・・あなたの、魔法に」


 死を待つばかりの少女の言葉はもはや何の要領も得ていないように思えた。しかし異形は律儀に尋ね返す。


「キミを殺した魔法だよ。何で感謝するんだい?」


「私は、第五の・・奇跡を見た。」


 異形の表情が変わる。もっとも異形には表情などないのかもしれないが。


「キミまさか・・・」


「私が・・踏み出す、あなたが・・求めた・・・」


「解いたのか?僕の、己の、余の、我の、魔法を。」


「世界の、果てへ・・・」



 剣たちが光となって崩れてゆく。まるでその存在を形作っていた何かが失われたかのように。元々そのようなものは存在しなかったかのように。


「いつ、わかったんだい?」


「そうね、思い至ったのは本当に刺される直前よ。あなたたちの意識が4つあってそれぞれが魔法の一部として組み込まれていたのでしょう?」


「・・・」


「でも魔法というのは一回発動したらそれで終わりよね。でもあなたたちは存在し続けていた。それは魔法が完結していなかったから。もっというとあなたたちだけでは魔法を完成させられなかった。」


「そうさ、僕たちは魔法に取り込まれた魂だ。それにしても僕たちの魔法を戦いの中で分析して完成させるなんて見た目に似合わずとんでもない魔法使いだね。」


「世界は見るものによって姿を変える。私はただあなたたちに別の視点を提供しただけだわ。」


「それでも、魔法を完成させてくれたことには礼を言うよ。僕たちもこれで晴れて自由の身さ。」


「ええ。」


「気に病むことはないさ。キミが魔法の結末を少しねじ曲げたことなんてみんなわかってるんだからさ。」


「やはりそうよね。」


「だからいいって、キミが剣の魔法を破壊して僕たちの魂もろとも自分の怪我をなかったことなんて誰も気にしてないんだから。ついでに僕たちはこのまま死んで、キミが意地汚く生き残ることに関しても何も思うところなんてないからさ。」


「・・・謝らないわよ。」


「謝罪なんていらないさ。僕たちはこう見えて本気でキミに感謝してるんだ。たとえキミが金のために僕たちを殺したんだとしても全然気にならないくらいにはね。」


「・・・半分はあなたたちのせいでしょう。」


「まあ、あの花は僕らのでも何でもないからね。僕らがいなかったらすんなり取れただろうにキミも災難だったね。」


「それはまあどうでもいいわ。」


「そうかい?そういえばクリスタルロータスは水中に花をつけることもあるんだってね。まあキミみたいなちびっ子はあの底の見えない池に入るのは怖いだろうし言ってもしょうがないことだったかな。」


「ええ怖いわね。まあ、やらない理由にはならないけれど。」


「じゃあ、僕は行くとするよ。またいつか、気が向いたら会いに来るよ。」


 異形が最後に残したのはまるで友達に対してのような軽い、ありふれた言葉であった。


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