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第59話 理想と現実それと商業のセンス

『約百年ぶりの大戦勃発』

カートン王国、ハイゼン王国、シュレー皇国の3国が同盟を結び帝国に宣戦布告。

西側の要所であるパスクール民主連合および黄金の夜明けは中立の立場を表明。そのため主戦場は大陸東側の国家連合戦線になると予想。その他・・・・・


『ここ一ヶ月の物価推移。』

大戦に伴う食料高騰・・・・・・


『懸賞金情報』

トッケン侯爵の御息女、外見的特徴は・・・・・




「もうか・・・思ったより早かったわね。」


 カートンとパスクールの国境に位置する宿場町でユリカは銅貨3枚で配られていた号外に目を通していた。


(それにしても文章が少ないわね。内容も薄っぺらいし、SNSのほうがまだ役に立ちそう。)


 活版印刷によって書かれたと思われる整った字体を眺めながら買ったことを後悔するユリカ。記事は字数にして約500文字と言ったところか、ただで配ってくれる分にはいいが金を払ってまで読むかと言われたら微妙なところである。

 もっともこれは21世紀の日本を知るユリカからすればの話ではあるが、ユリカが後悔している理由は他にもあった。


(はあ、なんで買ったのかしら?)

「お金無いのに・・・」


 自分でも気がつかない内についそんな言葉が口に出てしまうユリカ。

 そう、今の彼女には手持ちがなかった。クラゲ討伐で得た所持金も一ヶ月間一切働かなかったことで底をつき、道中では大して稼げる依頼にも出くわさず今の彼女はほとんど無一文であった。

そしてさらには追い打ちを掛けるように食料品の高騰が起こっているのだからたまったものではなかった。


(未だにハンターという職を私は舐めていたみたいね・・・)


 これまでに何度も死の淵をさまよい生還してきたユリカ。そういうわけでここに来るまでの道中は安全な仕事を選んできたわけだが、今度は食料高騰とのコンボでじわじわと追い込まれている訳である。

 ハンターは危険だから底辺とかそう言う次元の話ではなかった。


(どうあがいても底辺は底辺と言うことなのね。空からお金とか降ってこないかしら・・・もしくは労基が入るとか生活保護とか・・・)


「はあ・・・」


 散々ネガティブなことを考えて現実逃避した彼女であったが、結局やらなくてはいけないことはいつもと変わらなかった。

 そうして彼女は重い足取りでハンター組合の扉をくぐるのであった。






 ハンター組合の支部は基本どんな街にも1か所は設置されている。これはハンターたちが人々のインフラに多大な貢献をしているからに他ならず、それらを管理する組織がどこであろうと必要不可欠だからだ。

 そもそもハンター組合というのは基本的には人材派遣業と言える。現代日本でこそ当たり前となったこの業種ではあるが、本来文化レベルがこの世界とほぼ同じ中世には存在しなかったものである。

 ではなぜ二つの世界は別の変化をたどったのか、それはひとえに魔物の存在とそれによって起こる人々の危機意識の違いにあると言えるだろう。


 この世界では人の生活圏から離れることのリスクは、ユリカの元いた世界とは比べものにならないほど高い。言わずもがな人類の生息域とかぶって生息している魔物のせいであるわけだが、それへの対応策として白羽の矢が立ったのがハンター組合というわけである。

 おそらく当時から冒険を通じて得たものを取引する組織としての側面も持っていたのだろう。しかし長い時を経る内にいつからかハンター達から冒険家としての側面は失われていき、人類が発展する上で魔物とぶつかるときの人柱と成り果てたわけだ。


「もっとも人々の発展のためにもっとも危険な最前列を走るという点では、昔も今もそう変わらないのかもしれませんが。」


「なるほどのおー。」


(なにやってんのかしら私・・・)




 あれから3時間、ハンター組合に依頼を受けに行ったはずのユリカは未だに組合の安っぽい椅子に腰掛けていた。

 机をはさんで彼女の目の前にいるのは、もうそろそろ還暦を迎えるところといった具合の老人である。もちろん仕事にも行かずにこんなところで彼女がくっちゃべっているのにはわけがあった。


 まず、ユリカがこの街に着いたのは既に正午を回ったあたりであった。その時点で割の良い仕事は取り尽くされているだろう。その上そもそも小さな宿場町で元々の仕事の量も少ないので本当にまともな仕事がなかったと言うわけだ。

 もちろん依頼にない物品の採集でも金にはなる。しかし仕事自体が命がけである以上、仕事する回数を減らすという意味でも1度に得られるリターンの大きさに彼女は妥協できなかった訳だ。


 そうして彼女は明日の朝に希望を託すことを早々に決めたわけである。


(まだ、まだ大丈夫なはず。手持ちは大銅貨6枚と銅貨3枚、明日、明後日はなんとか・・・)


「いやはや、若いのにずいぶんと色々と考えておるのう。」


「え?あ、それほどでは・・・」


 働くことをギリギリまで拒否する引きニートのような思考に浸かっていたユリカを現実へと引き戻したのは老人の声であった。丁度話の区切りであった事もあり、彼はユリカが数秒の間上の空になっていたことには気がついていないようである。


「ほほほ、いやいや謙遜なさるな。誰であれハンターになれば情報を得ることは出来る。それを実生活の中で活かすことも。ただこれを的確に言語化し、あまつさえもし魔物が存在しない世界であればなどという考察さえ構築してしまえるのですから相当なものじゃ。」


「いえ、まあ・・・ありがとうございます。」

(本当は知っているだけなのだけれど・・・)


 あまり謙遜しても嫌みのようになると考え、しぶしぶお礼を言っておくユリカ。

 そしてそんなユリカの心の中など知るよしもない老人は続ける。


「いやはや、ただの暇つぶしと思っていたのじゃが、ずいぶんと面白い話が聞けたものじゃ。これならばお代は今日の夕飯だけじゃたらんのう。明日の朝飯代も出そう。」


「え?本当ですか?」


「本当に金がないんじゃのう・・・これだけの教養があればハンター以外でもやっていけそうなものじゃが・・・」


 朝飯をおごると言っただけで目をキラキラと輝かせるユリカを見てそんなことを呟く老人。実際に3時間ほど話してみて彼はユリカが年不相応に、いやそれどころかこの世界の一般人からはかけ離れた論理的思考力を持っていると確信していた。


「常識はすごく抜けてるのにのう。」


「うっ・・・」


「ほほほ、冗談じゃよ。わしの孫にもおぬしくらい賢ければよいのじゃがのう。」


「あなたのお孫さんであれば私などよりもきっと賢いと思いますよ。」


「ほっほっほ、いやはや本当におぬしの爪の垢を煎じて飲ませてやりたくなってきたのう。む?そうじゃ!」


 会話の流れで何かを思いつき顔を上げる老人。そしてユリカが首をかしげる間もなく次の言葉を発する。


「もし、今日わしの家に来て孫の遊び相手になってくれるのであれば、明日1日の食事代銀貨1枚払おうではないか。」

「行きます!」


 いきなり降って湧いた好条件の仕事にくい気味に返事をするユリカ。どうやら彼女の飢え死にまでのタイムリミットがちょっぴり伸びたようである。






組合の建物を出たユリカと老人の2人は身の上話をしながら、人気の多い目抜き通りをあるいていた。


「わしはここの商工組合の会長なんじゃが、孫がハンターになるといって聞かなくてのお。まあおぬしにいうのもなんじゃが。」


「いえ、それは早めに矯正しておいた方が良いですね。」


「本当に苦労しておるのだのう・・・」


 ユリカのきっぱりとした返事に、彼女を見る目が少し哀れむようなものに変わる老人。

 そうして彼女たちが少し歩いて行くと、周囲と比べて一際大きめの一軒家が姿を現した。


(1日の食費で銀貨1枚渡そうとしてくる時点で何となくわかっていたけれど、やっぱり権力者ね。)


 そんなことを思いながら老人の後ろについて門をくぐるユリカ。すると彼女が庭には行ってすぐに元気な声が聞こえてきた。


「じいじおかえりー!あれ?その子は?」


 2人を出迎えたのは丁度ユリカと同じくらいの身長の少女であった。


「ああ、ただいま。さっき会ったハンターの人じゃよ。ハンターの話を聞きたがってたじゃろ?この子に色々聞くといい。」


「ええっ!ほんとお?やったあ!」


「ああ、先に部屋に行って待っていなさい。」


「はーい。」


 元気に走り去っていく少女の後ろ姿を見ながら、老人がユリカに囁く。


「それではなんとかしてあの子の夢を砕いてくれ。出来たら追加報酬も辞さんぞ。」


「やっぱりそれが目的ですよね・・・なるべく頑張ります。」


 道中の話の流れから何となくこうなることを予見していたユリカ。とは言え出来なくても銀貨1枚は確定しているというのだから気楽なものである。

 こうして彼女の過去一気楽な仕事が始まった。




「こんにちは。さっきは挨拶しそびれてしまったけれどユリカよ。」


「メリルだよ。よろしくねユリカ。」


 案内された部屋に入り取りあえず無難な挨拶をするユリカ。その部屋にはベッドが一つと衣装棚があり、そしてたくさんの子供向けと思われる本が散らばっていた。どうやらメリルの自室に通されたようである。

 それを認識したユリカがどこに座るべきか悩んで突っ立っているとフレアが彼女の手を引いてベッドに腰掛けた。そうして促されるままにユリカもベッドに腰掛けると、さっそくメリルが目をキラキラと輝かせて尋ねる。


「じゃあじゃあ、さっそく色々聞かせてよ。ドラゴンとかやっつけたの?」


「ええ、ワイバーンなら一回だけね。」


「ふわあっ!ワイバーン!強かった?」


「ええ、魔法がなければどうしようもなかったわね。」


「魔法?どんなの?見せて見せて!」


ユリカの言葉を疑うこともなく目を輝かせる少女。それを見てユリカは老人の気持ちを何となく察する。


(箱入りってやつなのかしら?ならば・・・)


これまでの情報から方針を決定するユリカ。そしてここから彼女の怒濤のハンター貶しが始まるのであった。




「うええ?そんだけ色々やっても貧乏なの?」


「ええ、結局何をしようと商才なのよ。例えばハンターのランクを上げて常連の顧客を獲得したりとにかく闇雲に依頼を受けていても金なんて貯まらないわ。」


「で、でも伝説のハンターは大金持ちだよ?アーティファクトを見つけたり、戦略級の魔物をやっつけたり・・・」


「戦略級の魔物にはまず勝てないわ。それにアーティファクトなんてほとんど見つからないの。大人数でいろいろなところを探せば見つかるかもしれないけれど、そうなったら今度は取り分で揉めるわ。そのおとぎ話は組合が人柱を増やそうとしてねつ造したくらいに思っていた方が良いわ。」


「あうう、聞きたくなかった。」


「それと朝ご飯はだいたいパン1個と具のないスープよ。」


「ぴいい」


 1時間ほどが経ち、すっかりハンターに対しての印象を逆転させたメリル。これにてユリカの仕事は達成であった。

 しかし、その事にユリカが人知れず満足していると不意にメリルが首をかしげた。


「あれ?でもユリカはなんでそこまでわかってるのに貧乏しているの?ユリカならその気になれば稼げそうだけど・・・」


「そんなことは・・・」


 メリルの言葉を否定しようとして言葉に詰まるユリカ。確かに彼女の言っていることは間違っていないのだ。

 そもそもハンターが仕事をとる方法は2種類ある。一つはユリカがいつもやっている張り出してある依頼を早い者勝ちで取っていくというもの。もう一つは特定のハンターに対して個別に出される依頼をこなすというものである。

 両者の内、どちらが安定的な収入を得られるのかと言えば当然後者だ。要するにお得意様をいくら作れるかがハンターとしての収入に直結するわけである。そしてそれに必要なのが実績、そして一番は知名度である。

 どれだけすごいハンターでもそれを知らない人からは依頼は来ないのだ。


(例えば「炎の牙」は街の領主を顧客にしている。ブランディングがうまくいったわけだ。それでこの世界では情報が全然伝わらないから基本的に実績を積み上げたいのなら一つの場所に腰を据えて活動するべき・・・なんならハンター辞めてもいいし。確かに私のやっている事って非合理以外の何物でも無いわね・・・)



 今は亡き友の遺志を継いで旅を続ける。字面はいいがそれをこれだけ現実主義であれこれ語った自分が言うのかと少し迷うユリカ。

 そうして数瞬悩んだ後、彼女が選んだ返事は少し奇妙にも思えるものであった。


「そうね。なんか貯金しようとかあまり考えなくなったかしら。前はハンターをやめようとかも思っていたけれど・・・」

(もう手紙の問題がどのような形であれ片付くまで生きられればそれでいいし。)


 手紙の件は口に出す気になれず歯切れの悪いユリカ。そして当然ながらメリルは彼女の言葉の意味をよく理解出来なかったようで首をかしげる。


「えっ?どういうこと?」


「・・・そうね。もう人生に悔いはほとんど無いということかしら。」


「ええっ?ユリカはやりたいこととかないの?将来の夢とか?」


「ないわね。だから実を言うとあなたのことが少しうらやましいわ。あなたならきっとハンターにならなくても素敵な人生が送れると思うの。」


 時計の針が5時を指し、そろそろ切り上げ時だと判断したユリカが話を終わらせにかかる。しかしそんな彼女の最後の言葉は決して適当に口から出た社交辞令ではなかった。


(しっかりと自分の夢を持っている。そんな人間が無為な人生を過ごすはずがないわ。だから、逆にもし本当に全てを理解した上でハンターになろうというのなら誰もあなたのことを止めはしない。)


 最後の台詞は言葉に出さずそっと胸の中にしまい込むユリカ。

 こうして彼女の愉快な仕事は完了したのであった。









(いや、やっぱりハンターなんてなるものではないわ・・・)


 次の日、ユリカは嘆いていた。何に対してか。

 決まっている。自分の不幸にである。


「何でこんなことに・・・」


 あたりをぐるりと見回したユリカの口からは自然とそんな言葉が漏れ出ていた。彼女の目に映るのは左右の岩壁、そして前後に延々と続く暗闇のみである。



 つまるところ、彼女は今巨大洞窟で遭難していた。


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