第57話 汝何ぞ死人をおもふ
「これで3匹目ね。ふふ、今日はいつになく順調じゃない。」
「本当にですね。」
アガトーム大渓谷に入ってから一時間ほど、ユリカとフレデリカはいつになくスムーズに仕事をこなしていた。
しかしそれもそのはずである。
「弱いですね。ハリネズミ。」
「熱くても所詮は手のひらサイズだしねえ。それに・・・」
ハリネズミのコアをしまいながら、フレデリカが辺りを見回す。
彼女達がいるのは見晴らしの良い開けた場所。魔物の影の1つぐらいはあってもおかしくはないものだったが、彼女の目に入ってくるのは人間の姿ばかりであった。
「なんか危険な魔物が少ないって話は本当ね。王都でほとんどやられちゃったから当然なのかもしれないけど。」
「まあ、実際にはどれくらいの割合が王都に来たのかはわかりませんが影響はあったでしょうね。」
フレデリカの話に相づちを打つユリカ。
アガトーム大渓谷は広大ではあるが、王都に攻め込んできた魔物がそもそも王都に近い場所に生息していたものが多いと考えると、この状況も不自然なものではなかった。
周りにいる同業者たちもそれがわかっているからここが稼ぎ時と言わんばかりに出てきているのだろう。
そしてそんなどこかのどかな光景を眺めながらユリカが呟いた。
「本当に」
「え?」
「なぜ誘ったのですか?」
「・・・」
ユリカの言葉を聞いて一瞬黙るフレデリカ。ユリカの質問の意図を察して慎重に言葉を選んでいるようであった。
「そうねえ。」
ユリカの顔から視線を外し、フレデリカが前髪を指でくるくるともてあそぶ。その様子はどこか寂しそうなものであった。
やがて言葉を選び終えたのか、彼女は数秒の沈黙の後に口を開く。
「なんとなく、あんたは悪くないって言いたかったのよ。世の中くよくよしてても意味なんてないわよ?」
「責任はあるはずですよ。それに別にくよくよしている訳では・・ないです。」
「そうなの・・・いいわ。じゃあ少し昔話をしましょう。」
「昔話?」
フレデリカの口から出た意外な言葉にユリカが首をかしげる。しかしそんな彼女の疑問の表情など一顧だにせずフレデリカが話を始める。
それは今からおよそ5年前のとある村での話であった。
「ねえ、お姉ちゃん?」
「なに?マリー。」
「おなかすいた。」
「あたしもよ。」
「・・・」
刈り取りを終えた麦畑の隅で2人の少女が寝転がっていた。2人とも燃えるような赤毛の少女であるが、1人はキリッとした鋭い目つき、もう1人は大人しそうなたれ目が印象的である。
2人は秋の涼しい風にその身をさらしながら、暇そうに空を見上げていた。
「暇ねえ。」
「鬼ごっこでもする?」
「おなかがすいてなければね。」
少女達は痩せこけていた。麦の収穫が終わったばかりの時期だというのに、どうやら十分に食事を取れていないようである。
その原因は彼女たちの暮らす村の領主にあった。
「なんで私達が育てたのにほとんど持って行かれるのかな?」
収穫が終わり、少し寂しくなった畑を眺めながら大人しそうな少女が呟く。そして姉がそれに返事をした。
「税って言うらしいわよ。死んでも領主様に納めなくちゃなんないんだって。」
「隣のおじちゃん死んじゃったね。」
「はあ、大人になったら領主になるしかないわね。」
「領主になったらいっぱいご飯食べられるのかな?」
「じゃないとなる意味ないでしょ。」
「「・・・」」
少女達が話す内容はいつもだいたい同じであった。彼女たちが無邪気に語る夢は、自らが飢えることがなくなる、そんな人によっては当たり前のことだったのだ。
そしてそんな話をし飽きた後も少女達のすることは決まっていた。
「・・・山に食べ物でも取りに行きましょうか。」
これがもっぱら最近の少女達の日課であった。家の手伝いがない日は何をするでもなく麦畑に寝転がり、結局空腹に耐えきれずに近くの山に食べ物を捜しに行くのだ。
そして今日も、彼女たちはいつもと同じように山に入った。
「あ、キノコだ。」
「あ、マッツタケじゃない。さっさと焼いて食べちゃうわよ。」
「うへへ、美味しそう。」
姉の言葉を聞いて嬉しそうに笑みを浮かべる妹。
普通、食べ物を見つけても安全とは言えない山の中で食事にするというのは、少し戻れば村なのだからあり得ない話であった。
しかし山に行くといっても毎回食べ物を見つけられる訳でない。しかも少女達は今日はいつにも増して空腹であった。
故に彼女たちは大人の教えだとか、山の危険だとかを一旦無視してその場でそれを食べることにしたのだ。
「とりあえず火をおこすわよ。」
「木の枝拾ってくるね。」
「あんまり遠くに行かないのよー。」
嬉しそうに駆けていく妹に声を掛け、姉は自分の仕事に取りかかる。
真っ直ぐな木の枝を拾うと、それを平べったい木の板にあてがいこすりつける。よくあるきりもみ式の火起こしであった。
シュッシュッ
しばらく木と木の擦れ合う静かな音が続き、やがて擦れ合う部分が赤く染まっていく。
「ふー、ふー。・・・ついたあ!」
しばらくして少女が歓声をあげた。
彼女のすぐ側では真っ赤に染まった火種が枯れ葉に燃え移り、それが光を放ち始めていた。
それは何度も見てきた光景ではあるが、今日の彼女はいつも以上の達成感に包まれていた。後は妹の帰りを待つばかりである。
しかしそれからしばらく経ち彼女の心には一つの疑問が浮かんできた。。
(あれ?マリーはまだかしら?マッツタケ1つ焼くのにどれだけ木の枝集める木なのよ?)
「マリー?そろそろ戻ってきなさーい。」
少女が妹の名を呼ぶも、返事は帰ってこなかった。しかしその代わりにとでも言わんばかりに後ろの茂みがガサガサと揺れる。
「あ、そこに・・・」
妹が帰ってきたと思って振り向いた少女の表情が凍り付く。
確かに茂みから姿を現したのは愛する妹ではあった。しかし、
「お、ねえ・・・」
「ひっ!」
その姿は赤く染まっていた。そしてその後ろには妹の首筋を咥える巨大な魔物の姿があったのだ。
「たす・・」
「うわあああああ!!」
次の瞬間、少女は村へ向かって駆け出していた。そこにあったのは圧倒的な恐怖、妹の声も彼女の耳にはもう届いていなかったのだ。
そして幸か不幸か、魔物が少女を追うことはなかった。
「あたしの妹、そんな馬鹿みたいな事で死んだのよね。」
「・・・」
「あの後は本当に苦しかったわ。親には子供だけで山には行くなって言われてたのにね。あんなこと言い出さなければって何度も思ったわ。」
「・・・」
「でもあるとき考えたのよね。別にあたし1人のせいじゃないって。だって領主がもう少し良いやつだったらあんなにひもじい思いもしないで済んだし、そもそも魔物が出なければ別になにもなかったはずだしね。そう考えたら途端に気持ちが楽になったの。」
「・・・」
「振り返ってみれば結局苦しんでたのはあたしだけ。それで妹が戻ってくるわけでもないし本当に意味なんてなかったのよ。だから私は自分のしたことを棚に上げて楽しく生きるって決めたの。むしろそれがあの子とした約束くらいに思ってるわ。」
これでフレデリカの少し長い昔話は終わりだった。
それは死者のせいで自分が不幸になることなどあってはならないという、生者のための論理であった。ただ何があっても死んでいった者は残された者の幸せを願うのだと決めつける、もしかすると独善的な考えだとも言えるのかもしれない。
しかしその考え方は確かに残された者にとっての救いであった。
そして今のフレデリカのあり方は、例えどんなことがあろうともユリカは幸せになっていいのだという免罪符に他ならなかった。
彼女の話を聞いていたユリカが静かに口を開いた。
「つまり、私を元気づけようとして連れてきてくれたのですね。」
「はあ?ち、違うわよ!あんたは悪くないって言ってんの。いい?どれだけ悲しくても自分が悪いなんてこれっぽっちも想うんじゃないわよ?ここだけは悪徳領主を見習いなさい!」
「・・・フレデリカさんのことが良くわかった気がします。」
「あー、もう!こんな話するんじゃなかったわー!やっぱりなしよなし。さっさとこの話は忘れなさい。」
フレデリカが顔を赤く染め、自然と大きくなった声でまくし立てる。
そんな元気な彼女の様子を見てユリカの表情もいつの間にか少し明るいものになっていた。
(引きずる意味はない、か・・・確かに、こんなことを考えていてもあの子達のためになるはずもない。こういう考え方は無責任だと思っていたけれど、責任をとるべき相手がまだいるというのがそもそもの私の願望か・・・)
「あれ?」
(視界がかすんでる?なんで?)
それはあるいは彼女が初めて実感した別離だったのかもしれない。
どうもカニカマです。
今回は初めての試みということで挿絵を掲載してみました。いかがだったでしょうか?
挿絵を描くのには時間がかかるため毎話掲載というわけにはいきませんがこれからもたまに挿絵を入れていければと思っています。
ちなみに今回の話が短めなのは別に挿絵を掲載したからということではなく、ユリカとフレデリカの心情を描写するに当たって色々苦労していたら、いつの間にか文が短くなっていたという次第です。
そのためいつも以上に読みにくい文になってしまったかとも思うのですが、正直「ユリカちゃんが泣いてたなあ」くらいの認識でも今後の展開を読むに当たっての不都合はないと思うので、気負わずに読んでいただければと思っています。
逆に「よくわからない、だけど気になる」という方は質問してくだされば、一応ある程度の補足をしようとは思っています。(描写を削りすぎたのではと作者は内心ビクビクしています。)
さて長くなりましたがこれで後書きはおしまいです。それではまた次の話で会いましょう。




