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第56話 認めたくないもの

「あ、フレデリカさん。」


「あ、ユリカじゃない。」


 ユリカとフレデリカがばったり出会ったのは虚空穿孔エクリプスの直撃を受けずにまだその形を保っている交差点であった。ユリカは騎士団本部についた後仲間達がたどり着いていないことを確認し、1人本部を飛び出して来たのだ。


「無事みたいで良かったです。それで今は1人なんですか?」


 少しほっとしたような顔でフレデリカにそう尋ねるユリカ。しかし対照的にフレデリカの表情は良いものではなかった。


「え、ああ、そうね。」


「?」


 ユリカの質問に少しばかりオロオロしながら答えるフレデリカ。彼女のいつもとは違うそんな様子にユリカは一抹の不安を覚えた。


「何かあったのですか?」


「いや・・・さっき、すごい攻撃があったじゃない?」


「はっ?」


 その時ユリカの心の中に一つの可能性が浮かび上がってきた。フレデリカが1人の理由、走って来た方角、そして彼女の態度、その全てに納得がいく最悪の仮設である。


「「・・・」」


 両者が思わず沈黙し、少しの間気まずい時間が流れる。明らかに相手が踏み込むのをためらっている。お互いがそんなことを嫌でも感じてしまう、そんな雰囲気だった。

 そんな中意を決して口を開いたのはユリカの方であった。


「あの・・・」


「な、何かしら?」


「巻き込まれたのですか?それに?」


「・・・この目で見たわけじゃないの。でも、2人のいた場所が吹き飛んでて、それで、探しても・・・」


「そうですか。」


 フレデリカの口から返ってきたのは、少女が危惧していた聞きたくもない現実であった。







「復讐はなにも生まないよ?俺もこれで手を引くから今回はおあいこってことにしない?」


 ユリカの目に宿る剣呑な光の正体、それは憎悪であった。しかしヴォイドはそれを理解してなお、飄々としていた。彼は人に恨まれずに生きていくことなど出来ないのかもしれない。そう錯覚してしまうほどにその視線に対して慣れた態度であった。

 しかしそんな彼にとっても次にユリカから返ってくる言葉は極めて意外なものであった。


「そう、じゃあさっさと帰って頂戴。」


「ああ?」


「あなたを排除したらやることがあるのよ。」


 ユリカにとっては単純な話である。もしかしたら無事かも知れない2人のことを考えるのであれば取りあえずこの危険人物さえ排除出来ればいいのだ。むしろ早く終わらせるためには相手には黙って逃げてくれた方がありがたいとさえ言える。

 もっとも彼女の感情がそれを期待しているかは別の話だが。


「あー、なるほどなあ。あれじゃ死体も残らねえからなあ。」


 そんなユリカの考えを何となく察したヴォイドがあたりをぐるりと見渡した。アックに黄金の夜明けの2人、それに何をしてくるかわからない少女、魔力も使い切った今の彼が相手をするには少々リスクが高い者達である。

 さらに彼の目はいつの間にか復活した宙に浮かぶ黒い点を捉えていた。


「ヴォイドさん、あんまり動かないでいてくれて助かったんだよ。あと帰って来るなり暴力とかはやめて欲しいかな。」


 聞き慣れた少女の声を確認したヴォイドはユリカに目線をやりおもむろに声を投げかける。


「潮時ってやつかあ?おいガキ。」


「?」


 その言葉は彼にとってはほんの気まぐれであった。自分と死闘を演じた少女、ほんのわずかな可能性のために憎悪の炎さえも押さえ込めんで見せたその意思の強さに、彼なりに思うことがあったのだろう。


「気が向いたら帝国に来やがれ。」


「・・・はあ?」


タンッ!


 ヴォイドの口から出た意味不明な言葉に一同が固まる中、彼が地面を蹴る軽快な音が響く。


「しまった、追えっ!」


 直後我に返ったアルメリアが叫ぶも、少し遅かったようだ。彼らが硬直していた一瞬の隙にヴォイドの姿は既に建物の陰へと消えていた。

 それを確認してユリカが諦めるように口を開く。


「無理ですね。あの機動力です。元々あの人はその気になればいつでも逃げ出せたのですよ。」


「くそ・・・敵主力は撤退した。これより掃討戦に移る。」


 ユリカの言を受け、アルメリアが悔しそうな表情でそう宣言する。帝国三将が撤退すれば、街に残るのは騎士団の攻撃を受けてボロボロになったわずかばかりの魔物のみである。ヴォイドの離脱と共に自動的に戦乱は終わっていたのだ。


 その後、街に残っていた魔物は騎士団やハンターの働きによって速やかに掃討された。こうしてたった1日の長い戦いは終わりを迎えた。








「シャチハタ、もしくはミライという名前の私と同じくらいの女の子は来ていませんか?」


 戦いから1週間後のこと。

 被災した人々の救出作業もほとんど終わり街が多少の平穏を取り戻し始めた中、ユリカは騎士団本部に設置された臨時の救護所を訪れていた。


「シャチハタさんにミライさんですか・・・すみません。こちらには来ていないみたいですね。」


 彼女の言葉に返事をしたのは忙しそうに分厚い書類に目を通していた女性だ。

 忙しそうなのは彼女だけではない。ユリカたちが一言二言会話している間にも、入り口付近は早足で行ったり来たりする人々でごった返している。そんな光景を見て彼女の頭には野戦病院というワードが思い浮かんでいた。


「そうですか。お忙しいところありがとうございました。」


 ぺこりとお辞儀をしてお礼を言うとユリカは入り口近くのボードへと向かう。そこにはたくさんの紙が貼り付けてあった。


『シャチハタとミライへ。ユリカは無事です。街の北端にあるケニーの宿という場所を拠点にしているのでこれを読んだら来てね。』


「返事はないか・・・」


 以前に救護所を訪れた時に貼り付けた紙の近くに目的のものがないことを確認したユリカ。そして念のために大きなボードをもう一度見回し、見落としがない事を確認する。


(可能性は元々低かった。でもあとちょっとねばってみよう。)


 そう思いユリカはそそくさと建物を出る。今日のところはこれで撤退であった。



 そしてそれからさらに1週間後。


「金髪の女の子かあ、見てないなあ、すまんねえお嬢ちゃん。」


「いえ、ありがとうございます。」



 さらに1週間後。


「救護所も今日までですか。」


「臨時ですからね。もうほとんどけが人もいませんし。でもお友達を探すのであれば迷子の人捜しも騎士団の仕事の内なので頼ってくださいね。」


「そうですか。ありがとうございます。」

(後少しだけ・・・)



 そしてそれからさらに1週間後、戦いからおよそ一ヶ月が経過したある日のこと。

 ユリカはすっかり日課となった騎士団本部訪問を終え、大通りの端っこに座ってぼうっと時がながれるのを待っていた。


「はあ。」


 忙しそうに行き交う人々を眺めていたユリカの口から思わずため息がこぼれる。

 

 未だに爪痕が残っている場所もあるものの、復興はほぼほぼ終わり街には以前の平穏と日常が戻ってきていた。


(あの建物、修理が終わったのね。なんかいつの間にか来たときの王都に戻っているわね。変わっていないのは・・・)


 毎日復興していく王都の町並みを前に、自分だけが取り残されているような少し寂しい気持ちを感じるユリカ。連日こんな気持ちに襲われ、捜索は一向に進まないのだからため息が出るというのも無理のない話であった。


 そしてそんな彼女がぼんやりと道ゆく人を眺めているとその中に見知った顔が現れた。


「「あっ・・・」」


 お互い予想外の出会いだったらしく、両者の間抜けな声が綺麗にハモる。

 そして一拍おいて相手がぎこちない様子でユリカに話しかけてきた。


「ひ、久しぶり、ユリカ。」


「フレデリカさん。1週間ぶりですか。」


「ええ、そうね・・・」


「・・・」


 フレデリカとユリカの間に気まずい沈黙が流れる。2人は戦いの日に別れて以降今の今まで一度も顔を合わせていなかった。会う機会がなかったというのも理由の一つだが、それ以上にお互いが意識してお互いを避けていたからだ。


「ええと、それで・・・どうだったの?」


 気まずい沈黙を最初に破ったのはフレデリカであった。その質問は端から聞くと全くもって意味のわからないものではあったが、ユリカにとってその意味は明白であった。


「クレアさんは無事だったみたいですね。」


「そうなの・・・その、あのときは・・・」

「別に、」


 フレデリカにしては珍しくおどおどとした自信のない口調の言葉をユリカは遮る。理由はその先の言葉を彼女は聞きたくなかったからだ。


「フレデリカさんは悪くないですよ。私が間違ったのです。」


「ちょ、あんたは悪くないでしょ。あたしが言うのもおかしいけどあんたはもっとあたしに怒っても良いと思うんだけど。」


「責任転嫁は嫌いです。」


「あんたねえ・・・」


 ユリカの態度に対して呆れたような表情を見せるフレデリカ。ユリカが彼女に責任を追及しないのは彼女にとってはありがたい話ではあるのだが、さすがにそれで満足する彼女ではなかった。彼女は今のユリカの精神状態になんとなくの心当たりがあったのだ。


「ああ、もう!いいわ。付いてきなさい。」


「へ?」


「ほらほら行くわよ。」


 急に話の流れをぶった切ると、唐突にユリカの手を握りどこかへと歩き出すフレデリカ。

 彼女にされるがままにユリカが歩いてくと、たどり着いたのはハンター組合の建物であった。


「さあ、やるわよ。」


「え?何をですか?」


 ここに自分を連れてきたフレデリカの意図が未だにつかめないユリカ。しかしフレデリカはいけしゃあしゃあと答える。


「ここでやる事なんて一つでしょ。仕事よ仕事。どうせここ最近なんも働いてないんでしょ?」


「それはそうですが・・・なぜ急に?」


「金がないわ。貴族位云々の話が肝心のアーティファクトがなくなったり、帝国との戦争がどうたらのゴタゴタでうやむやになっちゃったから、仕事しないといけなくなったの。」


「ええ・・」


「どうせ暇なんだし手伝いなさいよ。」


 手伝うのが当然とばかりにグイグイ話を進めるフレデリカ。ずいぶんな言い草だが、ユリカも特に断る理由はなかったのも事実である。


「まあ、かまいませんが。どの仕事を受けるのですか?」


「そうねえ・・・」


 ユリカの返事を聞いたフレデリカはボードの方に視線を向け呟く。

 そうして全体に目を通した後、彼女は1枚の紙を手に取った。


「こいつね。」


「爆熱ハリネズミって、ずいぶんと危険そうな名前ですね。」


「大丈夫よ。あんたならなんも問題ないわ。」


 そう言うとフレデリカは紙を持ってカウンターへと向かう。


(フレデリカさんも慎重派ではあるしまあ大丈夫かしら。でも考えてみたらフレデリカさんと2人だけで仕事をするのって初めてなような・・・)


 そんなことを思いながらユリカは彼女の様子を後ろから眺める。彼女たちが知り合ってから二ヶ月弱といったところだろうか。


(実際に合っていたのは2週間くらいかしら?良くこんなに打ち解けられたものね。)


 ユリカは自分が他人とコミュニケーションをとるのが上手な人間だとは思っていない。

 そしてそれはおそらく事実であり、フーウンジもフレデリカも、シャチハタもミライもやって来たのはいつも相手の方からだった。

 言うならば、彼女は常に受け身だったというところか。


(友達になれたのは全部あの子達の優しさのおかげか。それに私と来たら・・・)


「はあ・・・」


「あ、ちょっと目を離した隙にまた暗い顔になってるわね。」


「えっ?」


 ユリカが2人の友人のことを思い出しながらため息をついていると、彼女の目の前にはいつの間にか手続きを済ませたフレデリカが立っていた。


「まあいいわ。じゃあとっととアガトームまで行くわよ。」


 そう言うとまたしてもユリカの手を引くフレデリカ。次の行き先はユリカに取とっては2度目となるアガトーム大渓谷であった。








「いやー、本当に良かったわあ。アーティファクトも回収できて、その上お前も無事だったなんてなあ。」


「そう思うなら殴らないでよう。」


 すがすがしい青空の下、2人組の男女がどこまでも広がる平原を歩いていた。

 男は黒い立方体を指でくるくると回し、少女は目に涙を浮かべている。


「そうだなあ。まあお前はよく働いたと思うよ?それでこれってどうやったら使えるんだっけ?」


「ひいい。許してえ。」


 立方体を顎で指しながら男がはいた言葉にさらに涙目になる少女。2人がそうこうして平原を進んでいると、カタコトという音と共に前方から何人かの人影を伴った馬車が現れた。

 2人組が一団に近づくと馬車から1人の男が降りてきて挨拶をする。


「中将、お帰りなさいませ。届いた荷物は問題なく管理しております。」


「だってよお。わざわざ俺たちが歩く羽目になったんだからこれでなんとかなると良いなあ。」


「ひいっ、な、ならなくても乱暴はだめだからね?」


「後ろ向きに考えとくわ。」


 そんなやりとりを交わした後、おびえる少女を尻目に男が馬車に乗り込む。そしてそれを待って残りの2人も馬車へと乗り込み一団は出発した。


「それで理事長からの連絡は来てんのかあ?」


 馬車が発進していくらもたたないうちに男がそんなことを尋ねる。しかし彼に返ってきたのは部下からの返事ではなく、意外な人物の声だった。


「いえ、それがまだで・・・」

「いやいや、連絡くらい直接するさ。」


「っ!」

「ふわあっ!」


 先ほど馬車に乗り込んだのは3人。しかし聞こえてきたのはその誰のものとも似ても似つかない声であった。3人が慌てて声のした方に顔を向けると、そこにはいつからいたのか白髪の少女が座席へと腰を下ろしていた。


「いつからいやがった?」


 我が物顔で座席に座る白髪の少女に対し、鋭い視線を向けながら尋ねる男。身長2メートルを優に超える大男のその視線は大の大人であっても萎縮してしまうほどの威圧感を放っているが、当の少女はおどけたような態度で返答する。


「ふむ、いつからいたか・・そうだね。先ほどから、とでも言っておこうかな。」


「ちっ、で何をご所望だあ?」


 少女のはぐらかすような答えに舌打ちしながらも話を進める男。そしてそんな彼の対応に少女は満足したような表情で答える。


「いやなに、僕が所望することなんて1つさ。君たちが引き起こす大義なき戦争をどうか容赦のないものにしてくれたまえ。」


「ああ?大義しかねえだろ。」


「ふむ、君のこだわりはやはりそこか。悪かったねえ。ほら、僕としては戦争が救いのないものであればそれで満足だからさ、できるだけくだらない理由で戦争が起こって欲しいんだよねえ。まあそれでも君にアーティファクトの情報を流したのは間違ってないと思っているけどさ。」


「お前、人として終わってんなあ。」


「下手人がよく言うよ。って言って欲しいのかな?」


「俺には大義があるからなあ。何をしても良いんだよ。」


「クスクス、君もよくよく人でなしだね。じゃあ・・・」


 愉快そうに笑っていた少女がそう言って立ち上がる。カタコトと揺れる馬車の中で彼女だけがその揺れの影響を受けていないようであった。


「僕は行くとするよ。良い答えは聞けたし、それにこれ以上近づくと提督に気取られるからねえ。」


 そう言うと返事を待つことなく少女の姿がフッとかき消える。そして次の瞬間にはまるで今までのやりとりが幻であったかのように少女がいた痕跡もすっかりと消えていた。

 今車内に残っているのははじめに乗り込んだ3人だけである。


カタコト


 少女が去ってからしばらくの間は車内を沈黙が支配し、彼らの耳に聞こえて来るのは馬車が道を行く規則的な音のみとなった。

 そして馬車が進むことおよそ1時間、外から聞こえてきた元気な声によって車内の沈黙はようやく破られることとなる。


「おかえりー、ヴォイド、フィル。あれ?なんか嫌なやつの気配がするな。」


「ああ?お前に嫌なやつなんていたのかあ?提督。」


 どうもカニカマドラゴンです。

 気がついたら小説を投稿し始めて1年が経っていました。三日坊主の私がよくこんなに続いているなと我ながら感心したものですが、よく考えてみたら普通に投稿頻度が下がってきていますね。これはいけない。

 とは言え今のところ小説を書いていて楽しいという気持ちはまだまだあるので、これからもエタる事なく続けていければと思っております。


 さて今回珍しく後書きを書いたのは1周年の御報告ともう一つ、私の小説を見にきていただいている皆さんにお願いがあったからです。

 何分、私は物語を創作するというのが初めての経験なので、自分の表現したいことが皆さんに伝わっているのかということが全くもってわかりません。

 そのため、「ここら辺なにを言いたいのかわからない」、「設定が多すぎてちんぷんかんぷん」、「話の展開が遅い」などの苦情や「ここはこうしたほうが良いんじゃないか」などのアドバイスがあったら是非とも感想やレビューに書き込んでください。

 もちろん、「こんなところが面白かった」というようなポジティブなコメントも大歓迎です。(というかそれが来たら感涙でむせび泣きます。)


 さて長くなりましたが後書きはこれでおしまいです。これからもユリカちゃんの冒険に乞うご期待ください。

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