第55話 インファイト
帝国三将、ヴォイド。無類の身体能力と高火力の砲撃を併せ持つ彼の戦闘スタイルはまさに万能であり、総合力の高さでは他の追随を許さない。まさに戦いのためにあつらえたかのような奇跡の能力である。
しかしそんな無敵とも思える彼に対しても有効打がないわけではなかった。そう、何か一つでも彼の能力を上回るものがあるとすれば。
「八紘一宇」
ドンッ!!
神速の踏み込みと共に戦いの火蓋は切って落とされた。
先手をとったのはアルメリア。常人には反応することすら困難な突進切りが襲いかかるも、相手はあいにくのヴォイドである。
彼は常軌を逸した反応速度でその一撃を回避する。
ゴオッ!
(危ねえなあ、加護も受けてねえのに速すぎだろ。だが所詮は一発芸、飛び道具と何ら変わらねえ。)
すれすれを剣が通り抜けていったのを確認し、その速さに感心するヴォイド。しかしそれと同時に彼の身体は既に反撃のために動いていた。
彼の狙いはもともと振り終わりの隙。剣士ならば確実に発生するそれを突くというのは実に堅実な作戦であった。
むしろユリカとの戦いでも見せた後の先の安定感こそが彼を無敵たらしめている一番の要因なのかもしれない。
しかし、アルメリアの究極魔法はその無敵を突き崩す。
「死・・っ!!」
反撃の手刀を繰り出そうとしていたヴォイドが次の瞬間全力で後退する。
理由は勘。今しがた生じた悪寒にしたがって彼は攻撃を中断していた。
ヒュン!
「うおおっ!!」
直後彼の鼻先を通り過ぎたのは風切り音さえも置き去りにする神速の一閃。
物理法則を鼻で笑うかのような剣筋を初見で回避した彼の反応はまさに驚嘆に値するものであったが、その代償は小さくはなかった。
「雷霆」
「ぐっ!」
ヴォイドは剣戟を避けるにあたって無理な姿勢をとらされていた。すなわち、振り終わりの隙を狙うどころか次の相手の追撃に対してまともな対応が出来ない状態に一瞬で追い込まれていたのだ。
対するアルメリアは切り札を避けられたにもかかわらず、一切逡巡することなく次の詠唱を終えていた。
自分の意識の追いつかないスピードでの高速戦闘の中にあって彼女の判断が揺らぐことはない。
魔法にその身の動きを託し、まるで自分の身体機能の一部のように扱う。人間、どころか動物そのものの動きからさえも逸脱したと言えるそのスタイルを彼女は完璧に制御していた。
ゴオッ!
またしてもアルメリアの体が異次元の加速を見せた。攻撃を空ぶってわずかに出来た間合いも一瞬のうちに消え去り、その剣をヴォイドの脳天めがけて振り下ろす。
「はああっ!」
「ガキがあっ!」
まさに回避不能。必殺のタイミングで放たれた一撃だったが、やはり帝国三将というべきかヴォイドは攻撃が自分に届く直前で自らの腕を剣の前に滑り込ませていた。
鉄の鎧すらも両断するアルメリアの剣を相手にしてガードはかなり無謀な判断だったかのようにも思えるが、腕が剣に触れた瞬間彼女の顔色が変わる。
ガッ!
「なにっ!」
腕の1本、どころか人間1人くらいであればたやすく両断するはずの刃は、上着の下に見える黒い籠手によってせき止められていた。
その結果を受けてアルメリアの顔に初めて動揺の色が浮かび、ヴォイドがようやく掴んだ好機を前にして叫ぶ。
「驚くのは早えなあっ!」
依然としてヴォイドの体勢は大きくのけぞっている。言わずもがな状況は不利だ。しかし彼はこの不利を打開できるものを隠し持っていた。
「花火は好きかあ?」
「ちいっ!」
彼の手に握られているものを確認すると、アルメリアが舌打ちをしながら後退する。
そしてヴォイドも後ろ側に寄り切った重心をフルに活用してその場を飛び退きつつ、手の中にあった球体を放った。
そして次の瞬間、2人は強烈な暴風に襲われた。
ドオン!!
「ぐうっ。」
「はっ。」
ヴォイドが取り出したのはこの世界では一般的に知られている魔道具の1つである。
爆球と呼ばれるそれは、球体を中心にして強烈な風と粉塵を発生させるという代物であり、ユリカと闘ったときに壁にたたきつけられたはずのヴォイドが生きているのはこれでスピードを緩和したからであった。
ちなみに本来の使い方は投擲武器であり、この世界では有名な飛び道具である。
しかしよく知られているだけあってその対応方法もアルメリアは熟知していた。
「ふっ!」
爆風に煽られた瞬間、彼女は体を丸め風の勢いに逆らわずに後転した。
この魔道具は手榴弾などとは違ってその殺傷力を爆風のみに頼っている。そのため正確に受け身をとる事が出来れば被害をほとんど無くすことが出来るのだ。
そしてそのまま彼女は勢いを利用して新体操選手のような洗練されたバク転で起き上がる。
「距離をとられたか。速攻は・・・なしか。」
起き上がって早々、次の詠唱を始めようとしたアルメリアであったが、視界を遮る粉塵を前にして思いとどまる。彼女の魔法にとって相手が見えないというのはかなり不都合だった。
(これでは魔法は使えんな。相手は遠距離砲とまだいくつか魔道具も持っている可能性もある・・・どう来る?)
相手の手札を考え、次の行動を予測するアルメリア。魔法の他にも魔道具を複数装備していると考えると彼女とて軽々には動けなかった。
そして相手もまたアルメリアとは別ベクトルで頭を悩ましていた。
(あいつを殺す理由はあまりない。だが迎えが来るまではこの広場からは動けねえ。あのクソガキなにやってんだ・・・)
今まで自分の周囲について浮かんでいた黒い点が間違いなく消え去っているのを確認し、心の中で悪態をつくヴォイド。
(あれがねえと位置確認が出来ねえだろうが・・・ワープはの同時発動には限りがあるって言ってたがこの状況で俺よりも優先すべきもんなんてあんのかよ?何が起こってやがる。いや、もしかして・・・)
ここでヴォイドは1つの可能性に行き当たる。黒点が消えたタイミングとも合致するがあまり信じたくはない仮説だ。
「死んだか?つーかエクリプスのせい?」
・・・
(・・・うん。まずいな。あいつが死んだって事はアーティファクトが回収できねえ。しかも今回を逃したらどこに隠されるかわかったもんじゃねえ。そうなったら正規軍連れてきてここを制圧するくらいしか回収する方法がねえな・・・そうなった時の負担くらいは減らしておくか。)
「ちっ、作戦変更だ。アルメリアだけでも殺す。」
最悪の可能性を想定したヴォイドの表情が真剣なものへと変わり、その視線が薄れかかった煙幕へと注がれる。
そしてその奥には逃げも隠れもしないと言わんばかりにうっすらとこちらを向いて立つ人影が映っていた。
(小細工はなしってか?じゃあこっちも最後だが・・・)
「虚空穿孔」
自身の魔力量を確認し、一瞬逡巡した後魔法を放つヴォイド。
それと同時に固まっていた状況が動き出す。
ゴオッ!
カラフルな閃光が煙幕を突き破り霧散させる。
目隠し越しの奇襲、これで決まってもおかしくはないような一撃であったが、それをすれすれで避け彼の元に少女が突進してくる。
「八紘一宇」
無双の魔法をその身に纏いアルメリアが疾走する。
八紘一宇を使用した状態での近接戦、言わずもがな彼女の必勝形である。
「やっぱりそう来るよなあ!」
しかしそれはヴォイドも織り込み済みであった。
「こうかあ?」
近接においては究極の威力を誇る八紘一宇を前にして、彼は敢えて前に出る。驚くべき事に先ほどのたった一度の攻防で彼はその技の性質を見抜いていた。
(人間の反応じゃ絶対に間に合わない速度での連続攻撃、そしていまいち二撃目の攻撃の位置が合っていなかった。つまりあいつは攻撃を制御できていない、その動きは詠唱した時点で決まってるってとこだろ。つまりあいつの初撃をはじき返して体勢を崩しちまえばその後の動きは履行不可能、魔法はキャンセルで俺の勝ちだ。)
「ふっ!」
「はああっ!」
神速の剣戟に籠手を合わせるヴォイド。先ほどの苦し紛れのガードとは違い、万全の体勢で迎え撃つ。いかに八紘一宇といえど、人智を越えた膂力を十全に発揮したヴォイドに打ち勝つことは出来ない。それも最初の打ち合いで相手のパワーを把握したヴォイドの計算内であった。
しかしここで彼は知ることになる。アルメリア・アガトームの真の恐ろしさはその魔法にあるわけではないことを。
ビタッ!
ヴォイドが初撃を受け止めようと腕に渾身の力を込めた瞬間、剣がまるで何かに引っかかりでもしたかのように急制動する。
「なにっ!」
(読み違えたのか?いや、これは・・・)
(そう来ると思ったぞ。これで・・)
「終わりだあっ!!」
結論から言うとヴォイドの対応は何一つ間違ってはいなかった。ただ彼がその対処法にたどり着くこともアルメリアの手の内だったというだけである。八紘一宇が最強なのではない、未来視にも近しい精度で戦場を操るアルメリアが纏う八紘一宇が最強なのだ。
ヴォイドがその真相に気がついた瞬間、剣が彼の顔面めがけて跳ね上がる。
「ぐううっ!」
さすがはヴォイドと言うべきか、これほど虚を突かれてもギリギリのところで体を捻りかわすことに成功する。しかし体勢は完全に崩されていた。
そしてそんな彼に対し、そう避けることも予想通りと言わんばかりに軌道を変えた横薙ぎの一閃が追いすがる。一度目の攻防を踏まえたアルメリアがただの2連撃などという生ぬるいもので終わらせるはずがなかった。
(避けきれねえ!)
「チイイィッ!」
「はああっ!」
ザシュッ!
ヴォイドが高速の一閃を何とか回避しようと後退するも、そんなものが間に合うはずもない。彼の胸元に切り傷が走る。
そして確かなダメージを与えたことを証明するかのように空中に鮮血が舞うがアルメリアはそんなものには目もくれない。
「逃がさん!」
全力で後ずさるヴォイドよりも速く前へと踏み込むアルメリア。魔法の加速を受けた彼女の踏み込みの速さは最早生物のそれではなく、瞬発力に至ってはヴォイドを遙かに凌駕していた。
(踏み込みまで速え!何手先まで設定してやがる?しゃあねえ!)
しかしここまで追い込まれてついにヴォイドが決断した。
(運が悪ければ即死だが・・・)
「おらっ!」
袈裟懸けに振り下ろされた剣を横からはじくように腕を振るうヴォイド。さしもの彼であってもこれだけの速度の剣を完璧に捉えることは不可能なので、防げるかどうかは賭けである。
しかしこの判断が防戦一方だった彼の状況を好転させた。
ガキッ!
振り回した腕が剣とぶつかりその軌道を逸らさせる。完全に運が良かっただけだが、その結果ヴォイドを袈裟懸けに両断するはずだった一閃は彼の肩口を浅く切りつけるだけにとどまった。
そしてそれに伴いまさかこの状況から剣をはじかれるとは想像していなかったアルメリアの体勢が崩れる。
「大当たりってなあ!!」
「雷霆」
八紘一宇がキャンセルされたのを即座に判断し、次の詠唱を行うアルメリア。袈裟切りを空ぶったのにもかかわらず、彼女は驚異的とも言える体幹で次の瞬間には攻撃態勢を整えていた。
しかし、相手もただ者ではない。
アルメリアが体勢を整えるのとほぼ同時に彼もまた必殺の手刀を放っていた。
ゴガッ!
次の瞬間鈍い音が鳴り響く。
極限の死闘の中でわずかに機先を制したのはヴォイドであった。
アルメリアは魔法の発動を諦め刀の柄の部分で何とか、というよりも運良く必殺の手刀を防いだのだ。
しかし
「おらあっ!」
「くうっ」
雷霆がギリギリ間に合わないと判断し、即座に防御に切り替えた反応の早さは驚くべきものだが、それでも彼女に出来たのはあくまでも直接突き刺されるのを防いだだけである。その圧倒的なエネルギーまではどうしようもなかったのだ。
結果として彼女の体はまるで車にでもはねられたかのように宙を舞い、勢いそのままに路地に残っていた壁に叩き付けられる。
「うあっ」
背中から壁に叩き付けられたアルメリアが膝から崩れ落ちる。
彼女は別に肉体の強度が高いというわけではない。つまりはこれだけで致命傷であり、今の彼女は立っていることさえままならない、意識を保つだけでギリギリの状態であった。
「かはっ、はあ・・・」
「あー、やっぱりなあ。」
そんな放っておいてもそのうち力尽きそうな彼女の目の前へとヴォイドが歩を進める。
彼も血まみれではあったがその傷はどれも浅い。要するにここに勝敗は決したのであり、それを認めたアルメリアが口を開く。
「私の、負けか。」
「ずいぶんと潔いなあ。」
「存分に闘ったからな。楽しかったと言っておこう。」
「戦闘狂って怖いねえ。」
アルメリアの口ぶりにそんな言葉を漏らすヴォイド。そしてそんな彼のどこかのんびりとした様子に対しアルメリアが怪訝そうに尋ねる。
「なぜとどめを刺さない?」
「ん?さすよ?ただまあその前に、何でもしまえるアーティファクトってどこにある?」
「知らん。」
「あっそう。まあダメ元だしな。じゃあ・・・」
くい気味な返事を聞いたヴォイドの目に剣呑な光が宿る。
もはや彼女の命もここまでかのように思われたが、その瞬間アルメリアの顔に笑みが浮かんだ。
「ふっ、話しすぎたな。」
「うん?」
ヴォイドがアルメリアの言葉の意味に気がついた瞬間、上空から叫び声が降ってきた。
「うおおおっ!豪腕アックスデストロイイイッ!!」
「なにっ?」
ドオォン!!
叫び声と共に降ってきた斧の一撃を飛び退いて躱すヴォイド。それと同時に彼の口からこんな言葉が漏れる。
「何で生きてんだあ?」
「こういうことじゃなあっ!黒牢」
次の瞬間ヴォイドの言葉に帰ってきたのはアックの声ではなく、地面から突き出した黒光りする壁であった。
そしてそれと同時に眼帯をつけた少女、ベルンがどこからともなく現れても詠唱を始める。
「貴様の砲撃を警戒していないとでも思ったか?このオレに二度同じ手は通用しない・・・爆熱炎龍槍」
詠唱の終わりと共に宙に浮かび上がったのは炎の槍。狙いはもちろん相手が脱出した瞬間であるが、その狙いはまたしてもはずれることとなる。
「そうなの?まあ俺にも同じ手は通用しないけど。」
少女の声に応えるようにヴォイドが壁の影から顔を出した。閉じ込められた経験を活かし詠唱を聴いた瞬間には既に回避を行っていたようだ。
「まあ、いくら虚空穿孔でもこんな壁は突破出来ねえからなあ。寿命が1時間伸びたって訳だ。」
「ぬかせ。あれだけの魔法、そろそろ魔力は空なんじゃないか?」
「しかも今回は3人が相手じゃぞ?」
壁をコンコンと叩きながら挑発するヴォイドに対し、そう尋ね返すアックとムスタファ。事実その指摘は的を射ていたが、当のヴォイドは余裕の表情を崩さない。
「いやいや、お前ら甘く見すぎだなあ。」
「なに?」
「蟻を踏み潰すのに魔法、いるかあ?」
ドンッ!
次の瞬間、ヴォイドは既に踏み出していた。焦ったわけではない、彼我の戦力差を十分に加味した上での速攻である。
(反応できんのはアックだけだろ?)
「まずはてめえからだ!」
ヴォイドが最初に狙いをつけたのは、詠唱が済んでいるベルンである。彼女さえ排除してしまえばムスタファの魔法は脅威ではないので、実質的にはアックとの一対一になるというのが彼のもくろみであった。
「えっ・・」
(やっぱ反応できてねえな。よくもまあこんなていたらくで俺の前に・・・あ?)
予想通り少女はヴォイドの動きに全く反応できていない。しかしここで彼は一抹の不安を覚えた。それは常人よりも遙かに高速な世界を生きている彼の思考速度だからこそたどり着いた疑念である。
(なんでこいつら仕掛ける側なのにこんなに俺に都合が良い位置に立ってんだ?)
「う、おおおっ!」
次の瞬間、全力で彼は飛び退いていた。誘い込まれている、彼の神がかり的とも言える戦闘勘がそう囁いたのだ。
そしてそれは一分の狂いもなく正解であった。
ドッ!
ヴォイドが飛び退いた大地にコンマ1秒遅れて極大の剣が突き刺さる。まるで虚空から現れたかのような不可思議な出現の仕方だったが、彼が気にしたのはそこではなくその剣のデザインであった。
「見覚えがあるなあ。クソガキが。」
「なんで避けられるのかしらね。」
振り向いた彼のその視線の先には冷たい目をした少女がたたずんでいた。
外見は闘技場で一戦交えた時と何ら変わっていない。しかしその身に纏う雰囲気だけが見事に変質していた。
(こんなに感情を出すタイプだったかあ?うん?ああ)
「そういうことね。」
ユリカから自分に向けられる感情をここで理解したヴォイド。それはこれまで彼が戦場で数え切れないほど向けられていたものであった。
「何か悪いことでもあった?」
「ええ、誰かに八つ当たりでもしたい気分だわ。」




