第53話 大雑把な者達
「うおおおっ!豪腕アックスデストロイイイイ!!」
ズドオン!
鈍く光沢を放つ巨大な斧が石畳の地面に振り下ろされる。しかしそこには刃が捕らえるべき獲物の姿はない。
「いきなり危ないよお。」
「ちっ!」
アックが舌打ちと同時に顔を上げると、目の前には先ほどの一撃を後ろに飛んで躱した少女の姿があった。
台詞とは裏腹にその表情は余裕そのものである。
「だがあっ!」
ゴオッ!
一撃を空振り硬直したのも束の間、今度は斧が少女めがけて跳ね上がる。
斧の重量を毛ほども感じさせないその急加速は確実に相手の意表を突くはずの一撃であった。
「あらあ。」
しかし少女はサイドステップを踏みそれをも余裕を持ってすり抜ける。それは彼女の動体視力、そして反応速度が常人の域を大きく逸脱していることの証明であった。
(嘘だろ?俺だって初見だと避けられてもぎりぎりだぞ・・・)
必殺の奇襲を受けてなお全く焦った様子のない少女の表情を観察しているアックに冷たい汗が流れる。しかし彼にとって幸運だったのは少女の方にあまり攻撃の意志がないことだろう。
そしてうまいこと戦況が硬直しているのをいいことにフーウンジたちは遠巻きから少女の能力を分析していた。
「あいつ速すぎじゃね?」
「いや、魔法で強化してんじゃないの?もしくはアックの同類か。」
「あの身体能力で戦略級魔法を使って暴れてくるのはさすがに人の域を超えていると思うので多分魔法だとは思いますが・・・まあどちらにしろ正攻法での攻略は困難でしょう。」
「まあ戦う必要はないでしょ。」
クレアの意見を聞いて、戦っているアックを横目で眺めながらぬけぬけとそんなことを言うフレデリカ。しかしミライがそれに異を唱える。
「アックが頑張ってるのに見捨てられないぞ。包囲して4人で一斉に飛びかかろうよ。」
「でも包囲しても基礎パワーが違いすぎるとどうにもならないってユリカちゃんも言ってたよ。」
「逃げること自体は賛成です。ですがある程度は工夫しましょう。」
「「?」」
「ちょっとした嫌がらせですよ。」
「あら?なにかな?」
フレデリカたちが四方に散っていったのを見て少女が呟く。
(逃げたのかな?でもこっちの戦況が動いていないのに別々の方向に逃げるかなあ?魔物もまだいるし逃げるんだったら散る必要はないよね。むしろこっちを包囲して全方向から攻撃するのが狙いかあ・・・まあでも顔出したら反応できるし、範囲攻撃で味方ごと焼きそうな人たちにも見えないからそこまで脅威じゃないけど。)
今までと変わらず連続で振られる斧をヒラリヒラリと躱しながら高速で思考を巡らせる少女。
(最低限フレデリカちゃんだけは連れて行かないとだけど、こっちを攻撃したいなら近くにいるだろうし時間に余裕はありそう。後はこの人と一応話しておきたいけど・・・)
「ねえ・・」
「ちっ!なんで攻撃してこない?」
少女がアックに話しかけようとしたタイミングでアックもまた少女に向かって声を上げた。どうやら攻撃が全て徒労に終わることを悟り、会話による情報収集兼時間稼ぎに切り替えたようである。
(こいつの行動は理屈に合わないんだよな。フレデリカが狙いなら俺を倒しにかかるべきだ。時間稼ぎしてるようにしか見えないが長引いて負けるのはお前たちの方だろ。)
アックの疑問はもっともであった。魔物を街に放ちその混乱に乗じて何かをやろうとしているのであれば、時間が経つほど混乱が収まり相手が不利になる。しかしその相手はと言うといま彼の目の前で時間稼ぎとも取れる行動をしているのだ。
しかし、そんな彼の疑問は次に来る彼女の言葉で完膚なきまでに氷解することとなる。
「あ、気になるよねー。それはね、あなたが気になるからだよ。」
わざわざ時間を使ってまでアックとの戦闘に付き合っている。論理的に考えればその理由なんてアック自体に用があるからに決まっていた。少女の目的は1つだけではなかったのだ。
「気になる?」
「そう、あなたは祝福を受けている。私たちと同じ、軍神の加護を。」
「祝福?何のことだ?」
少女の言葉に首をかしげるアック。祝福も軍神も彼にとっては聞き覚えのないワードだ。しかし彼女はそんな彼の反応などお構いなしに話を続ける。
「不思議だよね。あなたは選ばれそうにないのにね。まあでもあの人は慈悲を掛ける相手を間違えるから、ちょっと人としておかしいんだよ。」
「何を言って・・・」
「ねえ?」
ほとんど独り言に近いようなことをひとしきりしゃべり終えた少女。そして彼女のターンは終わらず、返しのアックの質問を遮ってさらに言葉を続ける。
「この世界は好き?」
「え?」
先ほどまでの話と比べても輪を掛けて訳のわからない質問が飛びだし、固まるアック。しかし彼女はいつの間にか真剣な表情を作ってもう一度尋ねる。
「この世界は好き?生きていて希望はある?他人の幸福は喜ばしい?」
やはり訳のわからない質問である。アックでなくても先ほどの話から急にこんな質問をされれば誰だって固まるであろう。しかし、答える理由のないはずのそれにアックは思わず答えていた。
「いや・・・まあ、嫌いではないな。楽しいこともあるし・・・そんな悪い世界じゃないと思うぞ?」
「・・・そうなの。」
アックの答えを聞き、少女の表情が変化した。
「ッ!!」
瞬間、アックが身構える。目の前の少女の表情は既に人当たりの良さそうな笑顔に戻っている。しかし、彼女が一瞬だけ向けた絶対零度のその視線は、彼に不幸な未来を想起させていた。
「私たちは仲間にはなれないね。ディ・・・」
「黒牢!」
少女が何かをしようとしたその瞬間、黒光りする壁が彼女を閉じ込めた。
ユリカたちは闘技場から騎士団本部までの道を破竹の勢いで進んでいた。
「絶滅の三刀」
ズドドドッ!
「ほう、白銀の断頭台、か・・・」
突如として表れた三振りの剣を目にして眼帯をつけた少女が感嘆の声を上げる。
「やはりとんでもない殺傷能力じゃな。しかし先ほどの戦闘のこともあるが魔力は持つのかの?」
「魔力が日によって変動するとかがなければまだ持つはずです。」
ユリカは生まれてこの方魔力切れというものを起こしたことがなかった。魔力の存在自体に懐疑的な彼女ではあったが、今までの経験からして魔法の使用回数にはまだ余裕があるという判断であった。
そして頼もしい返事を聞いてガーディが頷く。
「よし。魔物の数が多いのは厄介だがユリカのおかげでかなり楽に倒せている。このまま本部まで突き進むぞ!」
ユリカたち一行は闘技場での激戦を終えるやいなや、そこを出て騎士団本部へと向かい始めた。もちろんその道中にはトライデントベアーだの、ワンダーパンチャーズだの彼女らにとっては顔なじみの魔物がたむろしていたわけだが、不幸中の幸いか彼女たちが苦戦するような厄介な相手には未だ出会っていない。
「しかしながらこれだけの魔物をこの町に入れるとは。しかもその動きに全く気がつけなかったというのは妙な話だ。」
この現状に対して疑問の声を上げたのはシトリーである。確かに普通に魔物たちを輸送するのであれば、この数を誰にも気がつかれずに町に入れるのは誰がどう考えても不可能であった。
しかし、その事実は逆に敵の能力を如実に照らし出していたとも言える。
「では魔法でしょうね。誰の目にもとまることなく輸送を行ったとすれば、ワープとか姿を消すとか・・・」
「そう言えばアルメリア様から騎士団戦略部も帝国三将の1人がそのような魔法を行使している可能性が高いと分析していたと聞いたな。」
「なるほど。大規模な魔法で失ってもいい軍勢を呼び出し、こちらの対応力を削る。実に戦略級らしいオーソドックスな力押しだ。しかし解せない。攻めるにしてもなぜ北東での戦線を抱えている今なのだ?」
シトリーの疑問はもっともなものであったがそれに対する答えは案外明確なものであった。
「それを押してまで完遂したい目的があるからでしょうね。もしくは戦線を1つ消滅させる気なのか・・・」
「確かにそうなるか。だがそうすると三将の内1人を葬ったのは大きいな。ひとまず王国滅亡の危機と言うことにはならなそうだ。後は街の住民を守り切って魔物を掃討すれば我々の勝ちだ。」
敵が帝国三将の武力に頼った作戦を展開し、その一角が崩れたというならばその作戦は失敗したも同義だろう。三将が2人来ていたならば戦力の二分の一、3人でも三分の一を失ったことになるのだからどうやってもその穴埋めは困難である。
「無敵と謳われる三将の敗北は勘定に入っていなかった、というわけか。」
「それはあまりにも考えなしじゃないですかね?」
ベルンの意見に思わずそんな言葉が出るユリカ。しかし他の3人は意外にも彼の意見を支持していた。
「あれだけの武力を持っていたのだ。正攻法による攻略は間違いなく不可能だろう。相手の気持ちもわかる。」
「まあ確かにあの人に勝てそうな人間には会ったことがありませんね。」
シトリーの言を聞いて少し納得するユリカ。この世界に来てからいろいろな人間に出会ってきた彼女だが、あの男に勝てるイメージが浮かぶ人間はいなかった。
この世界の戦争はユリカが思っているよりも個人の武力に依存していたのだ。
(チャンスがあるとすればあのときのクラゲくらいかしら・・・いや、やっぱり無理そうか。異形は勝てそうかもしれないけれどあの斬撃全部避けても何も不思議な感じはしないわね・・・というか私良く生き残ってるわね。)
今までの戦いを思い出して少し背筋に寒気が走るユリカ。なんで自分はこんなに危険な目に遭うのだろうと考えずにはいられない彼女であったが、そんな気などつゆほども知らないベルンがあまり嬉しくない提案をした。
「ならば敵の作戦はほぼほぼ崩れたと言っていい。騎士団に向かうのはガーディだけでオレたちは遊撃に回るべきだろう・・・」
「いや、闇雲に戦っても効果は薄い。本部に向かい戦略を練るべきだ。騎士団は高度な連携の上で動いているからな。」
「ふむ、賛成じゃ。じゃが・・・」
ガーディの言葉に相づちを打つと同時にムスタファの顔ににやりと笑みが浮かぶ。
「「だが?」」
ドオオン!!
ムスタファの思わせぶりな態度に他の面々が首をかしげた瞬間、突然近くで轟音が鳴り響いた。
「この戦闘音、ただ者ではないのお。」
「ああ、今までの雑魚ではないな。オレの獄炎でもってこれを制する必要があると思うが?」
巻き上がる土煙を眺めながら不敵な笑顔を浮かべる黄金の夜明けの2人。戦いたくてうずうずしているのは誰の目から見ても明らかであった。
しかしこれはある意味で都合が良かったとも言える。
「では、そちらは2人に任せよう。異論は?」
「ないな。」
「ないです。」
別に戦いたいわけではないシトリーと一刻も早くシャチハタとミライと合流したいユリカにとってはこれ以上ない提案であった。
「ではご武運を。」
「敵は帝国だ。無理はしてくれるな。」
「なるべく火事を起こすようなことは避けてくれ。」
「ほっほっほ、心配は無用じゃ。」
「黄金の力を見せてやろう。」
短く言葉を交わしユリカたちは2人と別れる。そしてこの選択が彼女たちの運命を決定づけることとなった。
「敵じゃな?アック!」
黒光りする壁を前にして叫んだのはムスタファである。アックと向かい合っているということは敵であろうという安易な考えで魔法を使った彼であったが、その読みはドンピシャリ正解であった。
「っ!ムスタファ!三将だ!」
「爆熱炎龍槍」
アックの答えを受けて漆黒の檻の目の前で炎の槍が形成される。闘技場での失敗を踏まえて檻から脱出した相手の隙を見逃さずに打ち込むかまえである。
しかしそのもくろみは外れることとなった。
予想していた抵抗が一切なかったのだ。
「出られないのか?」
閉じ込めて約1分ほど待ったのにも関わらず、檻の中からはうんともすんとも聞こえてこない。まるで一切の抵抗を諦めて運命を受け入れているかのようである。
そしてその様子を見てムスタファがアックに尋ねる。
「やつと戦ったのか?」
「ん?ああ。」
「魔法は何じゃった?」
「身体能力を強化するやつだと思うけどな。攻撃してこなかったから詳しくはわからないが。」
「身体能力?あの男も似たような・・・まさか!」
闘技場での戦い、そして先ほどのユリカの予想から1つの結論にたどり着くムスタファ。
そしておもむろに自らの魔法を解除する。
ズッ
黒い壁が地面に吸い込まれるように消えていく。そしてその中心を見つめていたアックとベルンが驚愕の声を上げた。
「「えっ?」」
彼らの目線の先、牢があった場所に少女の姿は影も形もなかった。
「ワープ・・・」
「なんか知ってんのか?」
ムスタファの呟きを聞いて問いを投げるアック。
「闘技場で帝国三将と戦ったのじゃ。そやつは異常な身体能力に加えてかなりの破壊力を持つ魔法を使っていた。先ほどの女も三将ならば・・・」
「馬鹿げた身体能力に加えてワープを持っていてもおかしくはない訳か。なんだその化け物・・・」
「いやまて、身体能力は魔法によるものだろう。と言うことは3人めの帝国三将がそれを行っているのではないか?」
「確かにそう考えるのが自然じゃな。」
納得のいく答えを見つけて、すっきりとした表情を見せる2人。しかしアックだけはなんだか腑に落ちない様子であった。
(じゃああの女が言ってた祝福ってのがそれなのか?同僚の魔法をそんな風に言うか?)
いまいちすっきりしない様子のアック。少女の支離滅裂な話がどうしても印象に残って仕方がないのだ。
しかし彼らが今すべきことは別にあった。
炎の槍を霧散させながらベルンが言う。
「まあとにかくだ。あの女を追うべきだろう。」
「ワープ持ちをかの?」
「あ、そうだ!フレデリカが狙われてる!」
「ほお、アックは行き先を知っているようじゃな。」
アックの言葉を聞きにやりと笑うムスタファ。
しかし彼の返事が返ってくることはなかった。
「虚空穿孔」
瞬間、市街地を閃光が駆け抜けた。人々の意識を置き去りにし、カラフルな光線は街を蹂躙する。
極彩色の惨劇と共に最終章の幕が上がった。




