第52話 この技はガードと回避を無効化し、ついでに後隙もない
戦闘における魔法の優位性、それは近接攻撃の届かない遠距離において最も発揮される。いくら魔法が人智を越えた現象を引き起こせるとは言っても、近距離では詠唱よりも殴る方が速いのだから当然だろう。
しかしそれは翻せば、もし仮に詠唱によるタイムロスがなかったとしたら、魔法は近距離戦闘においてもその反則的な威力を存分に振るうことが出来るとも言える。
「そう。そんな絵空事を実現してしまったのがアルメリア様の魔法、『八紘一宇』です!!今回は相手の攻撃を華麗に躱しながらの詠唱でしたが、自身を加速することもお手の物のこの魔法ならば詠唱を終えてから一気に相手に肉薄して一瞬で勝利を決めてしまえるのです。」
鼻息を荒くしてシャチハタたちにプレゼンを始めたのは生粋の魔法オタクであるクレアである。今、彼女たちの目の前ではまさに蹂躙と言うにふさわしい光景が展開されていた。
「はあっ!!」
ガギギギッ!!
一呼吸の間に10を超える剣戟が繰り出され、それらを受けた竜の体表はまるでヤスリを掛けられた木材のように削り取られていく。そして攻撃を受け続ける竜は暴力的な連打の前に一切の動きを封じられている。
「嘘だろ?反撃出来ないのか?」
「あれらは全部さっきブレスを逸らす際に顔を打ち上げた一撃と同じ威力ですからね。いくら固くても衝撃は伝わってきますから下手したら切り刻むより早く撲殺ですよ。」
フーウンジの疑問に答えたのは得意げな表情を浮かべたクレアである。
確かに途切れることのないパンチの連打を受けながら反撃に出られる人間はいない。そんなことをしようものならガードを解いた瞬間にもろに一撃をくらう羽目になるだろう。
それでも普通これだけの体格差があれば一撃程度くらっても強引に反撃出来るはずだが、それが許されないのはアルメリアの攻撃力が常軌を逸していることの証明であった。
アルメリアの魔法、それは言ってしまえばこの世で最も単純な魔法である。その効果は単に自分の触れている物体に加速度を与えるというもの。言ってしまえば触れているものを動かす魔法だ。
特筆すべきは1度の詠唱でいくつもの対象に時間差で加速度を与えられるというところか。これにより彼女は自身を加速して相手に近づき、剣を加速して相手を切りつけ、さらにそれが終わればもう一度自身を加速して相手の間合いの外まで離脱というような複雑な動きを1度の詠唱で実現することが出来る。これにより詠唱を安全圏で終えることが出来るため詠唱による実質的なタイムロスは0になるという訳だ。
もっとも調整を間違えれば魔法の運動エネルギーで自らの腕が吹っ飛んで行きかねない危険な魔法でもある。その上触れている間しか発動しないため天へと翔る一条の光とは違い投擲にも向かないといった扱いづらい魔法であった。
「しかしながら彼女はそれを訓練によって克服したんです。迅閃、雷霆といった12の型を創り出すことで思考時間のロスを軽減し、近接戦における瞬時の出力調節を可能にしたんですよ。まあ、生来の戦闘センスと訓練で身につけた強靱な肉体があってこそですけどね。」
目の前で行われている戦いを見ながら大興奮でそんな解説をするクレア。そしてそんな彼女の解説を聞いてシャチハタが納得したというふうに手を叩く。
「なるほどー。一気に加速してたから動きがかくかくして見えるんだ。」
「はい。例えば『雷霆』であれば自分の体を加速して突進し、その後剣を加速して相手を切り上げると言う一連の動きが、詠唱を完了した時点で確定するらしいですね。」
アルメリアの高速戦闘のからくりはここにあった。人間の意識では彼女のスピードには到底付いていくことは出来ない。それは彼女自身も同じであり、それを解決するためにあらかじめ動きを型として決めておくのだ。これならば意識がついていかなくても体を動かすタイミングと角度さえわかれば攻撃は成立するという訳だ。もっともそれでも平凡な人間には到底不可能な芸当ではあるが。
「で、八紘一宇ってのは何なのよ?」
「あ、それはアルメリア様の奥義、12番目の型です。型と言っても他のと違ってあらかじめ動きが決まっている訳じゃなくて、その場でこれからの動作を決定しているみたいです。」
それは言ってしまえば厳密には型ではなかった。敵や味方などの戦況を細かく判断し、その場で即席の魔法を組み上げているのだ。
それは多くの魔力を使用する代わりに相手からすれば一撃でももらえば即死するような攻撃が、詠唱の隙すらなく、しかも反応することすら出来ない速度で、おまけに莫大な手数でもって襲いかかってくるというまさに切り札と呼ぶにふさわしい魔法であった。
そしてそんな魔法の前ではいかに頑強なドラゴンといえども無力だったようである。
「はああっ!」
アルメリアの斬撃が動くことの出来ない竜を打ち、その剣筋は最早見物人たちからすれば光の尾にしか見えなかった。
ゴアァッ!
竜の方も何とか反撃しようともがいている様子ではあったが、度重なる剣戟によって最早その体力は限界に近いようであった。
そしてそれから程なくして、そこには数え切れないほどの切り傷をその身に刻んだ竜の死骸が転がることとなった。
「やっぱりこれファーヴニルですよね。」
戦闘が一段落し、竜の死骸を観察したクレアが同意を求めるようにアルメリアを振り返る。
「まあ、あなたがそう判断するならばそうだろうな。しかし2年前に王都付近を襲撃したものとは別個体だろう。」
「あいつはやばかったなあ。」
アルメリアの答えに懐かしむような口調で相づちを打つアック。2年前にも同種のドラゴンが王都を襲撃していたのだ。ちなみにその出来事は王国が始まって以来有数の災害として語られているのだが、シャチハタとミライの2人はその事を知らなかったようだ。
「2年前にもあんなのが襲ってきたの?」
「ん?ああ、そうだ。もっとでかかったけどな。結局逃げられちまったんだが。」
「そう言えば、あの日も丁度武闘大会の日でしたよね。アックさんとアルメリア様の決勝戦があってそれで・・・」
「あーその話はまた今度な。」
唐突にクレアの話を遮ろうとするアック。しかしそんな彼の思惑は空気を読まないフレデリカの一言によって打ち砕かれた。
「あ、そういや、アックあんたぼこぼこにされてたわね。」
「うっせーよ!あんなのどうしようもないだろ!」
「あの日からですよね。アルメリア様が斬撃の支配者って呼ばれるようになったの。」
嫌な思い出を掘り返されて頭を抱えるアックとアルメリアよいしょが止まらないクレア。それはともかく2年前の闘技大会は彼にとっては結構なトラウマのようであった。そしてそんな風に昔話が盛り上がりつつある中、アルメリアが話を切り出した。
「まあ、それらは後で話せ。今はやるべき事があるからな。さしあたり何か怪しい人物などは見かけた者はいないか?」
「あ、そう言えば帝国3将の1人が闘技場に来てたよね。」
「何?」
大して期待もせずに放った質問に対して返ってきたとんでもない情報に眉をひそめるアルメリア。そして説明を求めるようにクレアの方に顔を向ける。
「あ、そうです。色々あって忘れてましたよ。魔法から考えるとおそらく陸軍中将のヴォイドだと思いますね。」
「わす・・・まあ小言は後回しだ。闘技場には国王陛下がいらっしゃったはずだが?」
「はい、結界が作動したため攻撃はうけていないはずです。離脱までは確認できませんでしたが・・・」
「そうか・・・まあ近衛は優秀だ。今頃は王宮にたどり着いているだろう。指令がどう動いているかだが・・・いやあの方はいてもいなくてもか。そうなると・・・」
アルメリアが少しの間考え込むようなそぶりを見せる。クレアたちから得たものと事前の調査によって得た情報から彼女にはこの騒乱の全貌が見え始めていた。
「おそらく帝国三将のうち2人が来ているな。魔物は騎士団だけでも対処できるがこの2人を補足しない限り何が起きるかわかったものではない。アックは確か帝国の出身だったな?」
「ああ、でも今代の帝国三将の顔なんて見たことないぞ。」
「まあ、それもそうか・・・人捜しに使える魔法を持っている者はいないか?」
「あ、それだったらフーウンジがそれっぽいの出来るわよ。」
フレデリカの質問に対し、答えたのはフレデリカである。魔法であるかは定かではないが確かに敵性存在を感知出来るフーウンジの能力はこの場合はかなり有効である。
「そういや、ちょっと前から視線を感じるな。魔物っぽい敵意は感じないから多分人間だな。」
「視線?まあいい。それでどこだかわかるのか?」
フーウンジの言い回しになんとも言えない疑問を覚えたが他にあてもないのでそのまま話を続けるアルメリア。そしてフーウンジはけろっとした様子で答える。
「多分あの民家の影。」
「そんなピンポイントでわかるものか?」
「だいたいは」
「・・・よし、フーウンジは私に付いてこい。残りの者は騎士団本部へと向かい、アックはその後は魔物の殲滅を頼む。」
「へあっ?」
「はいっ!」
「頑張りなさいよフーウンジ。何かあったら葬式には出てやらんでもないわ。」
一瞬の逡巡の後指示を出したアルメリアに対して、1人だけ素っ頓狂な返事をしたのは自らの能力が不運を招いたフーウンジであった。一応護衛対象なのにも関わらず本当に酷い話である。
しかしながらこの状況で断れる訳もなく、彼がこの場から逃げ出せるのは当分先になるのであった。
そしてフーウンジが示した民家の陰では1人の少年が立っていた。たまに陰から顔を出して彼らの様子をうかがいつつ、どこかと連絡を取り合っているようである。
「フレデリカという人物を発見しました。それと一緒にいるのは騎士団の副司令ですね。いかがいたしますか?」
そして少年の近くの空間にはぽっかりと黒い穴のようなものが開いており、その中からは少女の声が聞こえてきていた。
「そうだねえ。アルメリアちゃんは可愛いし戦いたくないよね。」
「ええ・・・あ、なんかアルメリアともう1人男が別れてこっちに向かってきますね。潜伏がばれたかもしれません。どうしますか?」
穴から聞こえてくるあまりに的外れな台詞にやるせない表情を見せる少年。しかしその目はしっかりと監視すべき場所を見据えている。
「そうなの?それはちょうどいいね。」
「ええ、ちょうど・・・はい?・・・まさか。」
「そのままアルメリアちゃんおびき寄せながら遠くまで逃げてよ。フレデリカさんがどっちにいるかだけ教えて。」
「ちょ、僕の魔法は戦闘では使い物にならないの知ってるでしょう?死ねと言うんですか?」
「大丈夫大丈夫、しー君の顔はショタコンに良く刺さるんだから。無害アピールれっつごお!」
「それあんただけだよ!うちの中将は人の命をなんだと・・・」
上官のあまりの適当さに思わず言葉遣いが崩れる少年。しかしそんな彼の願いむなしく、穴の向こうから聞こえてくる言葉は変わらず無慈悲なものであった。
「大丈夫だよ。ヴォイドさんが来るまで粘ってくれたらいいから。あ、でもその前に捕虜にはならないでね。そうなったらヴォイドさん奪還は諦めると思うから。」
「・・・」
宣告を聞いて死んだ目になる少年。彼は自らの上官の性格をよく知っていた。奪還は諦める、それは単に放置して逃げるのではなく虚空穿孔を打ち込んで情報漏洩のリスクもろとも捕虜を抹消すると言う意味である。
(いやいや、確かに魔法で洗脳でもされてたら危険ですけどそれでも問答無用で殺されるなんて事は・・・あるよなあ、うちの上官怖いもん。命令に逆らうのは無理だし・・・)
「はあ。」
少年が決心するとほぼ同時に宙に浮かんでいた黒い穴が消える。そしてそれと入れ替わるように2人組が姿を現した。
「少年、そこで何をしている?」
「えっと、ドラゴンから隠れてて・・・」
一応、自らの上司に言われたとおりの対応を試みる少年。しかし彼は次のアルメリアの言葉によってやはり彼女が適当を言っていたと思い知ることとなった。
「ふむ・・・話す気はなしか。」
(あ、だめだこりゃ。)
少年が自らの死確信していた丁度その頃、シャチハタたちは騎士団本部へと後少しといったところまで来ていた。
しかし
「こんにちは、フレデリカさん。」
「はあ?あんた誰よ?」
「おい馬鹿!律儀に返事してんじゃねえよ。」
突然現れたいかにも怪しい女に対してうかつに返事をしてしまったフレデリカ。慌ててフーウンジが叫んだが時既に遅かったようである。
「あ、あなたがフレデリカさんだね。あれ?もしかしてあのとき食堂で会った人?あ、そうだよ。とっても食べ方が子供っぽい・・・フレデリカちゃんって呼んでいい?」
「ああー!!あんときの変人!」
フレデリカの目の前に立っているのは王都に来て1番に入った店の中で出会った、大人しそうなたれ目が印象的な美少女であった。
道ばたですれ違ったら誰もが思わず振り返るほどの容姿ではあるが、それを隣で見ているクレアの表情は険しかった。
「帝国三将、なのですか?」
彼女の口から出た言葉はフレデリカたちが行ったあまりに緊張感のないやりとりからはおおよそ結びつきそうにないものであった。
しかし、そんな彼女の予想は不幸にも的中してしまうこととなる。
「んっ?えっ、えっとね・・・違うよ?」
((図星だあ・・・))
その少女は嘘が下手だった。