第51話 魔法使い(近接特化型)
ミライが未来を予知し、シャチハタがそれを共有する。これはこと戦闘においては無類の効力を発揮する連携であるが、それが猛威を振るうのはあくまで未来を認識することで有効打を構築出来る状況だけである。
例えば太平洋戦争末期の日本が原子爆弾の投下を完璧に予測できたとしても、防空網が壊滅していては結局のところ黙ってみていることしか出来ないのだ。
今回の状況はこれに近い。いくら未来が見えていたとしても全方位からの猿たちの攻撃を避けるのは物理的に不可能である。
故に彼女たちの魔法でこの状況を脱することが出来る可能性は掛け値なしに0だった。
まあそれは彼女たちの魔法が今までのものであったならばの話だが。
「希望の標」
シャチハタとミライが手を繋ぎ叫ぶ。
そして次の瞬間猿たちの群れが彼女らのもとに殺到した。
「ふわあっ!」
「危なっ!」
猿の初撃が鼻先をかすめるも何とか体勢を崩しながらそれを避ける2人。とは言えその隙を見逃す相手ではない。
キイイッ!
叫び声を上げながら次々と猿たちがなだれ込む。
しかしここで奇妙なことが起こった。
先頭の猿が瓦礫に躓いて倒れ込んだのだ。そして続く猿が倒れ込んだものに躓き、振りかぶっていた腕があらぬ方向に逸れる。そしてその腕が運良く後続の顔面にが激突し・・・
「は?」
そのほんの一瞬の出来事にフレデリカは目を丸くしていた。いや、目を丸くしていたのは他の2人もだったが。
何せこの場にいた猿たちの全てが、シャチハタとミライに向けて突進し、そしてその全ての攻撃が何らかの理由で中断されたのだから。
(魔法陣の光に驚いて慌てて突進したから転んだ?確かにワンダーパンチャーズは連携が得意だから先頭の一匹のリズムが崩れればその影響は全体に広がる。そう考えるとつじつまは一応合っていると言えなくもないけど・・・)
「そんなわけあるかああ!」
あまりの出来事に脇腹の痛みを忘れて叫ぶフレデリカ。しかしそれと同時に彼女の体は動いていた。
そう、猿たちの動きが一瞬止まって背を向けているこの状況はまさに千載一遇の攻勢のチャンスであった。そしてフレデリカとフーウンジは相手の隙を突くことに掛けては一級品である。
「だけど隙ありいいい!」
フレデリカとフーウンジ、一糸乱れぬ動きで猿たちの無防備な背中を切りつける。猿たちが地面に倒れこんでいる時間はほんの数秒であったが、逆に言えばその短い時間はほぼ動かない相手に対し急所でも何でも狙い放題である。
ギイッ!
猿たちが断末魔をあげ、その数を減らしていく。何とか彼らが体勢を立て直したときには既にその数は5,6匹になっていた。
キイー!
そして形勢不利と判断したのか猿たちが鳴き声を上げながら逃げだす。かくして彼女たちはなんとか危機を脱したのであった。
「はあーーー。死んだかと思ったわ。」
「ほんとにな。ていうかお前殴られてなかった?」
安堵して地面に寝転ぶフレデリカに相づちを打ちながらもそんな質問を投げかけるフーウンジ。そしてそれを聞いて彼女がけろっとした様子で答える。
「ああー・・・痛ったいけど肋骨は無事そうねえ。でもしばらくは寝っ転がってたいわ。」
「でもここも安全ではないですし、騎士団本部までは移動しませんと・・・」
やる気のなさそうなフレデリカの言葉を聞いて困ったような顔でそう言うクレア。そう、未だ町には魔物が溢れていた。直接見たわけではない彼らでもそこらから聞こえてくる戦闘音によってそれを認識していた。
「それはそうだけど、あたし全力ダッシュとか出来そうにないのよね。あんたの未来予知で魔物避けてったり出来ない?フーウンジは頼りにならないわ。」
「仕方ねえだろ、いくら何でも風上じゃあ先に補足されるわ。いち早く逃げ出せただけでも十分だろ。」
フレデリカの文句にそんな言葉を返すフーウンジ。そして肝心のミライの反応はというと頼りないものであった。
「無理だぞ。1度に使える魔法は1つまでなんだぞ。常識だぞ。」
「あー、やっぱりなんか魔法使ってたのね。猿どもの様子なんか変だと思ったのよね。じゃあさっさと解除して予知の方使いなさいよ。魔力も騎士団本部までもてばいいし。」
「無理だぞ。」
「無理だよ。」
「何でよ!?」
「もしかして解除できないんですか?」
再三の出来ない宣言に思わず声が荒っぽくなるフレデリカに変わってここで今まで黙っていたクレアが口を開いた。そして彼女の言葉を聞いてシャチハタとミライの2人が首を縦に振る。
「やっぱりそうですか。エンチャント系の魔法ではたまにあることなんです。それで今発動しているのはどんな魔法なんですか?」
「皆が無事に猿たちから逃げられる魔法だぞ。」
「はあ?」
「要するに良くわからないと?」
「そうとも言うね。」
なんだか良くわからない魔法。それが彼女たちの出した結論であった。そしてその言葉を聞いてクレアが持論を述べる。
「もしかしたら特定の未来を引き寄せる魔法かもしれないですね。」
「はあ?そんな魔法あったら神にもなれるじゃない!」
クレアの言葉に素っ頓狂な声をあげるフレデリカであったがこの状況を説明するには1番手っ取り早い説ではあった。そしてそんな2人の会話に横からフーウンジが口をはさむ。
ここは未だ戦場であり、悠長に議論している時間はなかった。
「まあ、魔法のことは取りあえず頼れないって事で話を進めるぞ。これからどうするか決めねえといつまた襲われるかわからんぞ。」
「え、ああそうね。取りあえずどっかの建物に入らない?でかいやつだったら熊とかでも壊せないでしょ。」
「そうですね。魔法は気になりますがその事について話すのは後にしますか。それじゃあ次の角を回ればハンター組合の支部がありますからそこに立てこもりましょう。多分味方もいますし。」
「なんだ。それでいいじゃない。さっさと行きましょうよ。」
クレアの提案にすぐさまうなずくフレデリカ。そして猿たちとの戦闘で疲れ果てた他の3人も異論はなかった。
そうして5人が立ち上がり、曲がり角を曲がる。ようやく戦いから逃げられると思った彼女らの足取りは肉体の疲れとは相反して軽かった。
しかしながら不幸とは続くもの。次に彼らの目に飛び込んできたのは予想だにしない光景であった。
「・・・あれ?なんかドラゴンいない?」
「いるなあ。」
「いますねえ。」
どこか遠い目をしながら順番に呟く3人。
曲がり角を抜け、大通りに出た彼らの目に映ったのは漆黒の巨大な竜のシルエットである。6つの眼球と3対の翼を携えたその姿はまさしく怪物と呼ぶにふさわしい異形であった。
そしてそんな光景を前に現実逃避している3人とは対照的に、ミライはかなり取り乱した様子で口を開いた。
「ふええっ!ちょっとどうするんだぞ?」
「見つからないうちに逃げないと、って・・・・」
フレデリカの体をゆさゆさと揺すりながら早口で訴えかけるシャチハタ。しかし彼女たちは騒ぎすぎたようである。
シャチハタが台詞を言い終わった時、彼女らと竜の目が合った。いや、合ってしまった。
「「「「「あ・・・」」」」」
これ以上ないほどの綺麗なハモりを見せる5人。
そして次の瞬間、竜が戦闘態勢へと移行する。
ゴアアアァァァッ!!
竜が大地を揺るがすようなプレッシャーと共に咆哮を放つ。それは殺意の具現化と言っても差し支えないほどの凶悪な衝撃となってミライたちの全身を叩いた。
「「「「「ぎゃあああああっ!!」」」」」
そしてそんな竜の咆哮をくらい、それに勝るとも劣らない叫び声を上げながら走り出す5人。曲がり角を抜け、元来た道を全速力で引き返し、我を忘れた様に足を動かす。フレデリカも先ほどの言葉はどこへやら、額に汗を浮かべながら見事な全力疾走をみせていた。
しかしながら竜の足はそれ以上に速かった。
「追っかけてくるう!」
「か、家屋に避難を・・」
「更地にされるわあっ!」
「「ぴいいいい!!」」
大地を揺るがし凄まじい勢いで距離を詰めてくる竜に背を向け、ほとんど泣き言に近い言葉を叫びながら懸命に走る5人。しかしどう考えても逃げ切るのは不可能であり、それを理解したフレデリカが叫ぶ。
「と、取りあえず隠れるわよ!」
「やべっ!伏せろお!」
しかしその瞬間彼女の言葉をかき消すようにフーウンジも叫んだ。そしてそれに一拍遅れて巨大な火の玉が彼らの頭上を通過した。
ゴオッ!
「ひいっ!」
フーウンジの号令により間一髪直撃は免れた5人だったが安心するのも束の間、火球が前方の地面へと激突し爆発を引き起こす。
ドオォン!
「「わふうっ!」」
予想以上の爆風にさらされ、体の軽いシャチハタとミライが地面を転がり、残りの3人も強烈な追い風で自然と足が止まる。
そして足が止まったというのはこの状況において非常にまずかった。
「お前らっ、逃げろお!」
「「ふえ?」」
フーウンジの叫びにつられて少女たちが顔を上げると、そこには既に巨大な竜の頭が迫っていた。
「「ふええええええっ!!」」
立ち上がる暇すら与えられず、ただお互いをぎゅっと抱きしめ目をつぶる2人。
しかし神はそんな彼女たちを見捨ててはいなかった。
次の瞬間、近くの民家の屋根から1つの影が飛び降りた。
「うおおおおっ!豪腕アックスデストロイイィ!!」
聞き覚えのある声と共に身の丈ほどもある巨大な斧が振るわれ、それは無防備な竜の頭をめがけて迫っていく。
ガアアッ!!
しかしながら竜も黙ってその攻撃を受けることはなかった。6つの眼球を持つその竜は視野の広さを存分に活かし、首をひねることで頭上からの奇襲を回避したのだ。
ズドオオオン!!
目標を捉え損ねた巨大な刃は地面へと深々と突き刺さり、竜と少女たちの間を遮る。
そして巻き上げられた土煙の中から現れたのは彼女たちにとってなじみのある顔であった。
「「豪腕のアックう!?」」
「うおおおっ!豪腕アックスなぎ払いいぃ!!」
驚く彼女たちを余所にアックが竜に向けて斧を振る。
ガギィン!!
斧の一撃を竜が前足の巨大な爪で受け止め、金属同市がぶつかったかのような音が鳴り響いた。しかしアックはそんなことお構いなしに斧を力任せに振り抜く。
「うおおおおおおおっ!!」
「「はああああっ?」」
アックの行為に思わず素っ頓狂な声を上げる5人。だがそれも無理のないことではあった。
恐るべきはアックの膂力か、シャトルバスをも優に超える大きさの巨体が斧に押し負けて後退したのだ。
そして驚いていたとは言えその隙を見逃すフレデリカではなかった。
「クラウ・ソラスゥ!!」
詠唱と共に光の粒子が剣を創り出し、竜の顔面をまぶしい光線が撃ち抜く。そしてそれにあわせてアックが竜に飛びかかった。
「うおおおっ!豪腕アックスデストロイイイイ!!」
ドガアッ!!
即席の連係によって身の丈ほどもある斧がついに竜の巨大な頭にたたき込まれる。これは正真正銘文句なしのクリーンヒットであると言えた。
しかし
「嘘だろ?固ってえ。」
アックの斧は竜の頭に突き刺さる事なくはじき返された。反動で竜の頭も地面に叩き付けられはしたが、その頭から鮮血が吹き出ることはない。
そしてその様子を見て、クレアが呟く。
「異常な耐久力、6枚の翼、6つの目、まさかファーヴニル?」
クレアにはその竜について心当たりがあるようであったが、そんなことなどどうでもいいフーウンジが叫ぶ。
「取りあえず逃げるぞ。」
ダメージは少ないとは言え脳天に一撃食らったことは衝撃だったのか、都合がいいことに竜の方も追撃をやめて立ち止まっている。
「ちっ!1人じゃきついな。」
アックもその様子を見て撤退を決意したようであった。竜から目線を切ることなくじりじりと後退していき、竜の方も距離を詰めようとはしてこない。
「お、見逃してくれそうね。」
「お前が言うとなんか嫌な予感がするな。」
この状況に置けるフレデリカの楽観的な呟きに対して、なんちゃらフラグを感じ取ったフーウンジ。そして悲しいかな、その予感は的中することとなる。
「んん?魔法陣?」
ある程度距離をとったところでシャチハタが異変に気がついた。竜の胸のあたりに見たこともない魔法陣が薄っすらと浮かんでいるのだ。
そしてそれを聞いたクレアの顔が青ざめる。
「ブレスですっ!!」
「ちょおっ!」
「そんな、汚い!」
「ちいっ!」
竜の口元に火球が形成されていき、それを見たアックが全員をかばうように前に出て斧を構える。とは言え先ほどの一撃を考えればまさに焼け石に水と言ったものではあった。
しかしそんな彼のさらに先に1人の少女がいつの間にか歩み出ていた。竜の威圧にさらされてなお、その背中にはおびえは見えない。
そしてその少女は彼らをねぎらうかのような言葉を投げる。
「ご苦労だった。後は任せるといい。」
この状況においてなお、その言葉には一切の焦りはなかった。そしてその少女の後ろ姿を見たアックは安堵の息を漏らす。
「ふうー。まあ手伝いぐらいはするぜ。」
そんな彼らの短いやりとりの間にもみるみる大きくなっていく火球はもはや解き放たれる寸前であった。
しかし
「雷霆」
ドオォン!
刹那、巨大な火球が撃ち出された。
・・・天に向かって。
「へえ?」
それはまさしく神速の一撃であった。
竜と少女の間にあったはずの間合いがまるで魔法のように消え失せたのだ。
見ていた人間たちの目には少女の動きがあたかもコマ送りであるかのように映っていた。竜の眼前まで迫るのに一コマ、そして次の瞬間には剣を切り上げる動作が終了している。現実世界においてどこか不自然な動作である。
そしてその様子を見ていたフーウンジが呟いた。
「なんか変じゃねえか?あの動き?」
「ええ、なんか速いって言うか時間が飛んだみたいな・・・」
フーウンジの言葉に相づちを打つフレデリカも動きの違和感には気がついているようであった。そしてそんな彼らの反応を見てクレアが鼻息を荒くして解説を始める。
「そう、そうなんです。あれこそが王国の至宝。アルメリア・アガトーム様です!そして彼女が扱うあの魔法こそ戦略級魔法にも引けをとらない王国の切り札なんです!見るのなんていつ以来でしょう。」
「まあそれは置いておいて取りあえず物陰に入るぞ、流れ弾が当たったらかなわん。」
興奮するクレアをなだめながら避難を促すフーウンジ。なんやかんやで適切な指示が出せる男である。
そして戦闘の方はと言うとアルメリアが竜を圧倒していた。
物理的に不可解な挙動を持って一方的にドラゴンを切りつけている。
そしてここでアックも彼女に追いついた。
「待たせたな。」
「ふっ、手助けなど無用・・・と言いたいところだがこの木偶は少々固い。時間が惜しい故手伝え。」
アックの言葉に満足そうな笑みを浮かべながらそう言うアルメリア。会話をしている間も竜の攻撃を紙一重でかいくぐり続けており、その態度からは余裕が見て取れる。
ゴアァッ!
そしていくら攻撃しても一向に当たらないことに業を煮やしたのか、竜がその巨体を持ってアルメリアに覆い被さるように襲いかかった。爪や尾とでは比べものにならない範囲の攻撃ではあったが彼女の涼しげな表情は崩れない。
「ふむ。」
予備動作を見切ってバックステップを踏み、攻撃の範囲から離脱するアルメリア。
ズドオン!
アルメリアを押しつぶそうとした竜の巨体は成果を上げることなく地面に叩き付けられた。結果として竜は2人を目の前にして莫大な隙をさらす事になった訳だがアルメリアは動かない。
「うおおおっ!豪腕・・・」
「待て。」
そしてその隙を見逃さんと飛びかかろうとするアックを制止する。
「うおっ!」
アルメリアの言葉を受け、攻撃を中止し踏みとどまるアック。直後、そんな彼の鼻先を魔法陣から放たれた火球が掠めた。ワイバーンなどの竜が行うブレス攻撃、その正体は魔法である。そのため口が開いていなくても火球が飛んでくることはあり得ない話ではないのだ。
(しかし、明らかにこちらにわざと隙を見せたな。竜は理由はわからないが基本的に自らの口の前に火球を創り出す。その事を人間が認識していると理解した上ではめようとした訳か。)
「畜生の分際でずいぶんと頭が回る。」
相手の知能をある程度推測しそんな事を呟くアルメリア。そしてアックはと言うとさっきの一撃で大分肝を冷やしたようである。
「マジかよ。こいつ結構やばいぞ。」
「魔法陣を見逃すな。そのぐらい簡単だろう?」
アックの呟きに、かぶせるようにしてアドバイスを送るアルメリア。彼女もアックの戦闘技術に関しては信頼しているようであった。
そして竜が次のアクションを起こす前に彼女が素早く指示を出す。
「そろそろ決めるぞ。詠唱が完了したらその直後の敵の攻撃を一撃だけ私の代わりに防げ。有利時間が欲しい。」
「ああ、そのくらいならお安い御用だ。」
要求に対して短い返事をするアック。そしてそれとほぼ同時に体勢を立て直した竜も2人に向かって襲いかかる。
しかし2人とも歴戦の強者、その攻撃を完璧にいなす。アックは爪の一撃を受け止めたたき落とし、アルメリアも無駄のない動きで攻撃の悉くをすり抜ける。
そして彼女の詠唱が始まる。
「六合を兼ねてもって都を開き」
「「・・・きれい。」」
それはまるで劇であった。伝説の邪竜を討伐する美しい女騎士の物語。シャチハタとミライが思わず声を漏らしてしまうほど、それほどまでに彼女の戦いは優雅で、ゆっくりと奏でられる詠唱の歌声は澄んでいた。
「八紘をおおいて宇となす」
詠唱が終わり彼女の剣に刻まれた魔法陣が光を放つ。竜との戦いは佳境へと入っていた。




