第50話 だいたい先には立たないもの 言ってしまえば後悔
帝国三将。
それは大陸中央に位置する巨大帝国に存在すると言われる3人の戦略級魔法使いのことである。しかしながらその実態は謎に包まれていた。
(今までに確認された帝国三将は2人。それらが揃って戦線を離脱したのがおよそ一ヶ月前、帝国から西回りのルートで王国を目指したとすると・・・時間的にはありえるな。)
「やはり帝国か・・・」
目の前の魔物を切り捨てながら、深刻そうな表情でそう呟いたのは王国騎士団のナンバー2、アルメリアであった。現在彼女はその職務に則り、町に突然現れた魔物の大群から市民たちを守っている。
(それにしてもこれだけの魔物を輸送するとは・・・数百単位の隊が突如として現れたというのは前に報告に上がっていたがこれだけ強力な魔物を良く集めたものだ。)
苦々しい表情をした彼女の視線の先には2体のテンペストドラゴンが闊歩していた。体長10メートルは優に超えているであろう4足歩行のその竜は魔法なしでは到底人間が相手できるようなものではない。
そして町にはそれと同格の魔物がまだまだいるようである。騎士団総出で対処にあたっているが彼らの傷も増えてきていた。
(王が闘技場で武闘大会を観戦していたのは幸いだった。あの建物は頑丈だし護衛もかなり配置してある。指令は、まあ頼りないが部下たちは優秀だ。しかしながらこちらに回せる戦力があるかは微妙だな。三将が来ていると考えると魔力は温存したいが・・・)
「仕方あるまい。」
戦況を読み解き、1つの決断をするアルメリア。そして周りで戦っている仲間へと向けて声を放つ。
「私はこれより単騎戦闘に移る。他のものは分隊を崩さず時間稼ぎに徹しろ。市民の避難が最優先だ。総指揮はフローケに一任する。」
「はい。アルメリア様、どうか無茶はしないでください。」
「ああ。」
タッ!
短い返事を残してドラゴンめがけて駆け出すアルメリア。
そしてその口からは長い詠唱が刻まれていく。
「六合を兼ねてもって都を開き、八紘をおおいて宇となす」
それはアルメリアの秘技、王国最強の魔法であった。
そしてこれを皮切りに戦況は大きく動いていくのであった。
そしてその頃、闘技場から脱出したミライたちはと言うと
「「わふー!」」
「何でこうなんだよおお!」
「フーウンジあんた逃げてないでおとりになんなさいよ!」
「いやだよ!20匹はいんだぞ。死ぬに決まってるだろ!」
「キキー!!」
建物を出て早々大量の猿たちに追いかけられていた。
「どうしてワンダーパンチャーズがこんなところに・・・」
「ああもう!なんで戦力全部おいて来ちゃったのよー!」
「ユリカは置いてくるしかなかっただろ・・・」
嘆くフレデリカに対して呆れたようにそう返すフーウンジ。彼の言うとおり彼らの中でユリカの戦力は突出している。仮に置いてきたのがユリカ1人であってもこの状況では逃げるしかないだろう。しかしながらそんなことを後悔している場合ではなかった。
「追いつかれちゃうよー!」
野生動物である猿たちの身体能力は高かった。追いかけっこで人間が敵うはずなど元からなかったのだ。そしてそれを理解したクレアが立ち止まる。
ザザッ!
「ちょ、何してんのよ?はやく・・・」
「行ってくださいっ!護衛として足止めします!」
フレデリカの言葉を遮り必死の表情で叫ぶクレア。
彼女はガーディやユリカたちを死地に置いてきたことに彼女は少なからず負い目を感じていた。そんな中、自分だけが与えられた任務を投げ出すなどという選択肢は彼女にはなかったのだ。
「さあっ!はやくっ!」
覚悟を決めさっさと行くように促すクレア。しかしそれは残りの人物にも覚悟を決めさせる要因になったようである。
「ああー、くそっ!」
「やってやるわよお!」
剣を抜き、迎撃態勢を整えるクレアの横に啖呵を切ったフレデリカとフーウンジが並ぶ。
「なっ!」
「あんた1人じゃ時間稼ぎにもなんないわよ!」
「ガキ共はどっかの民家にでも入れてもらえ!」
驚き目を丸くするクレアを余所に武器を構える2人。ユリカがいたときはその圧倒的な戦闘力を信じて薄情とも取れる行動をとってきた2人であったが、今回は話が違った。放っておけばクレアが殺されることは明らかなのだ。もちろん彼らはまだであって日が浅い友達未満程度の関係だが、それでも助けようというのだから2人は意外とお人好しである。
とは言えこれではクレアが残った意味もあまりなくなってしまった。
しかしクレアがその事を言おうとするには時間が足りなかったようである。
「キイイッ!」
ついに猿の群れが彼らに追いついてしまったのだ。先頭の何匹かが彼らに向けて飛びかかる。
しかしそれを待っていたかのようにフレデリカがにやりと笑った。
「馬鹿がっ!死ねえっ!我が手に握るは炯然たる帯ッ!」
直後、猿たちの視界に飛び込んできたのは強烈な光線であった。もちろん肉体にダメージを与えること自体は出来ないが、その光は相手の目を焼き一時的に視界を奪う。
そしてそれを見てフーウンジが即座に動く。
「オラアッ!」
ひるんで動きが止まっている猿たちに容赦なく短剣を突き立てるフーウンジ。腕が発達していると言っても体格自体はニホンザル程度のものであり急所に刃物を食らってはひとたまりもなかった。
フレデリカも作り出したクラウ・ソラスで追従し第一陣は無力化することに成功したようである。
そしてクレアは2人の鮮やかな連携について行けずその様子を固まって眺めていた。
(あれ?お二人ってもしかして強い?)
「あんなに逃げ腰なのに?」
「うっさいわね!あんたも戦いなさいよ。」
思っていたことがつい口に出てしまいフレデリカに怒鳴られるクレア。しかしそんな茶番をしている暇はなかった。
光に驚きはしたものの目潰しまでには至らなかった後続の猿たちが一斉に突っ込んでくる。
そしてこれは先ほどよりも遙かにまずい状況であった。範囲的に目潰しが出来るのは精々全体の三分の一といったところであり、残りはそのまま襲いかかってくるだろう。
(しかもさっさと倒さないと目潰しした奴もすぐ復帰してくるのよね・・・この距離じゃ逃げても後ろから殴られるし・・・あれ?私死んだ?)
彼女のクラウ・ソラスは自分の目を焼かないために光を放つ方向を一方向に絞っているため、肉薄された場合は目潰しを行うことはほとんど不可能になってしまう。それを正確に理解している彼女はこの状況がどれだけまずいかわかっていた。
(ああー、せめて夜だったらまとめていけたかもしれないのに・・・)
飛びかかってくる猿たちにクラウ・ソラスを向けながらそんなことを思うフレデリカ。何匹かの猿は視界を失ったようで見当違いの方向へ突進していくがやはり10匹程度の猿がフレデリカへと肉薄する。
「キキイッ!」
「はあっ!」
今までのお返しとばかりに猿から放たれた拳をクラウ・ソラスで受け止めるフレデリカ。
しかしその一撃は小柄な猿から放たれたとは思えないほどに重い。
「ぐっ・・・」
一気に押し込まれ体勢を崩すフレデリカ。そしてこれは混戦のさなかにおいて致命的であった。一匹の猿がフレデリカの隙を見逃さず拳を振り上げる。
ワンダーパンチャーズ、その名はこの魔物が複雑な連携を絡めたパンチの連打で攻撃してくることに由来している。熟練のハンターでも囲まれたら命はない、そう語られるほどなのだ。
しかしながら連携で言えば彼女らも劣ってはいなかった。
「せいっ!」
ザシッ!
フレデリカに向けて殴りかかろうとしていた猿を間一髪のところで横薙ぎに切りつけるクレア。そしてそれで出来た彼女の隙を埋めるようにフーウンジが残りの猿たちに砂を投げつける。
「オラッ!」
「キイッ?」
砂が顔にぶつかった事で一瞬だけ猿の動きが止まり、その隙にクレアがフレデリカの手を引いて体勢を立て直す。3人はまさに薄氷を踏むようなギリギリの戦いを続けていた。現在彼我の戦力差はぎりぎり拮抗していると言って良かっただろう。
しかしその均衡が長く続くことはなかった。
「がっ!」
「フレデリカッ!」
数秒の攻防の後、最初に攻撃を受けたのはフレデリカであった。光線による目潰しを受けた猿の復帰が思いのほか早く数の利を活かした攻撃に対応しきれなくなったのだ。
猿の左拳が彼女の脇腹を捉えてしまった。
「痛ったあ・・・まずっ!」
痛みで一瞬現実を忘れそうになるフレデリカであったが、彼女の眼前に迫る巨大な拳が彼女を強制的に現実へ引き戻した。
ギリギリのところで体をよじり必殺の一撃を回避する。
しかしそこまでであった。
(あー死んだわね。)
彼女の目には既に何匹もの猿が自分へめがけて腕を振り上げている光景が映っていた。
最早回避は不可能。猿の発達した拳から放たれる一撃は十分に人を殺せる威力である。そしてフーウンジたちによるフォローも間に合わない。
彼女の脳はそれを驚くほど冷静に分析していた。最早体を一ミリたりとも動かす時間は残されていないのだが、それでも彼女には目の前の光景がゆっくりと時間を掛けて進行していっているかのように感じられていたのだ。まるでそれが彼女に残された最後の時間であるかのように。
(はあ、せめて貴族になってから死にたかったわね。これじゃあいつとの約束も・・・)
その時フレデリカの脳裏には幼い日々の思い出の光景、1人の少女の姿が浮かんでいた。
そしてその直後、破壊の拳が振り下ろされ・・・
「おらあー!」
「くらええー!」
なかった。
小さな2つの影が猿たちにドロップキックをかましたのだ。
「はあ?あんたらなんで・・・」
「あたしたちも戦うぞ。」
「後は任せてっ。」
すんでの所でフレデリカを助けたのは今の今まで近くに隠れて戦闘を見ていたシャチハタとミライである。
しかしながらフレデリカには彼女たちが来たところで戦局を覆せるとは思えなかった。そしてそれはクレアとフーウンジも同じである。
「ばっ・・・」
「なんで・・・」
「行くよ。ミライちゃん。」
「任せろ。シャチハタちゃん。」
思わず叫びそうになったクレアとフーウンジの言葉を遮り2人が言葉を交わす。その目は自信に溢れており2人が無策で飛び出して来たわけではないことがうかがえた。
そしてそれを裏付ける様に手を繋いだ2人が叫ぶように詠唱を開始する。
「未来をっ!」
「繋ぐよっ!」
「「希望の標」」
(あれ?あいつらの魔法ってあんなのだっけ?)
フレデリカが詠唱を聴いてそんな疑問を浮かべるも、そんなことはすぐにどうでも良くなった。結局のところその魔法が自分たちをこの危機的状況から助け出せるのかが重要なのだから。
詠唱が終わり猿たちの攻撃が2人に届こうとしたその時、2人が重ね合わせた魔法陣が光を放つ。
全員の希望を一身に受けたその魔法が導くのは、果たしてどんな未来だろうか。彼女たちの結末はその魔法に委ねられたのであった。
早いものでこの小説も50話目を迎えることとなりました。ここまで続けられたのも皆様のブックマークや評価などが励みになっているからです。本当にありがとうございます。
さて、この小説ですがまだまだ続く予定です。具体的に後何話続くかというのはまだわかりませんが(多分あと100話くらい?)お付き合いいただければ幸いです。
最後に最近投稿頻度が下がってきている件についてですが、なるべくなら毎週投稿に戻すべきであるとは考えているのですが時間の関係で出来ない時も多いです。そのため不定期更新はもうしばらく続く予定ですがご容赦いただければ幸いです。




