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第5話 幼いってのは武器なんだからちゃんと効果的に使わないと

 朝6時、ユリカは目が覚めた。


(よし、8時に寝たのは正解だった。)


 目が覚めるなりベッドを飛び出し、宿屋を出て組合へ向かう。途中パン屋で買ったパンをくわえながら組合に飛び込むとすでに建物の中は大勢のハンターたちによって賑わっていた。


もぐもぐ、ごっくん


 パンを口の中に押し込んだユリカは早速ハンターでひしめく依頼ボード前へと飛び込んでゆく。自分の小さめの体格を活かしてするすると最前列まで行き依頼を物色すると、昨日の様子からは考えられないような多彩な依頼がユリカの目に入ってきた。


(野草の採取、客引きの手伝い、商人の護衛任務、害獣の駆除依頼も新しいのが入ってる。)


 そんなラインナップの中ユリカの目を引いたのは


『クリスタルロータスの採取、報酬 1つあたり銀貨1枚』


(採取だけでこの報酬は良いわね、いや良すぎる。何らかの危険があるのかそれともただ希少で手に入りにくいだけかしら?)


 難易度が高い可能性は否めないがそんなことを言い出したらきりがない。思い切って依頼に手を伸ばす。

 しかし


「あっ・・・」


 ユリカがボードから依頼を引き剥がした瞬間、横から手伸びてきた手がそれをひったくる。


「悪いな嬢ちゃん。この世は弱肉強食の資本主義なんだ。恨むんならこの過酷溢れる社会を恨んでくれや。」


 依頼を奪い取ったあげく、悪びれもせず立ち去ろうとしているのは中年の男だった。無精ひげを生やし、安っぽい服を着て腰には短剣を携えたいかにも底辺ハンターといった様相だ。おそらくこの男も自分と同じように明日食べるものにも困るような生活を送っているのだろうと容易に予想できたユリカであったがさすがにこのまま譲るつもりはない。

 ユリカとて転職できなければ同じ運命をたどることは目に見えているのだ。



「ふえぇ、私のご飯・・・」


 地面にへたり込み泣きべそをかくユリカ。ユリカの身長は140センチ程度、こうやって泣いていると10歳くらいにしか見えない。男もさすがに自分よりも遙かに小さい女の子を泣かしたのは心苦しかったのか足を止めて近づいていく。


「ま、まあこの依頼は残念だったってことにして、こっちのマッツタケ採取とかはどうだ?これも銅貨10枚もらえるし悪くないと思うぞ?」


 そんなことを言いつつ適当な依頼の紙を差し出す男。


「うう、ありがとお。」


「おお、礼なんていらねえよ。」


 男はユリカの可愛らしい笑顔に完全に油断しきっていた。そして次の瞬間、


シュバアッ!!


 ユリカは中学陸上全国出場(真偽不明)の瞬発力を活かし男の手から依頼を奪い返す。


「なにい?」


 驚き固まる男を尻目に受付へとダッシュするユリカ、しかし男も中年になるまでこの業界で生き抜いてきた老獪、すぐさま意識を切り替えユリカを追う。


 ユリカが受付にたどり着いたのと男がユリカに追いついたのはほぼ同時であった。


「このっ狸が、すっかりだまされたぜ。さあ依頼を返してもらおうか。」


「なんですかあなたは。一体何のことをおっしゃっているのですか?」


「このガキ・・・しらばっくれやがって。さっき俺から依頼をひったくっただろうが。」


「記憶にありませんね。では。」


「ちょっとまてやああああ。」


 そんな様子で受付の前で2人が言い争っていると、


「じゃあ、共同受注すれば良いのでは?」


 見かねた受付がそんな提案をする。


(な、普通子供の味方をすると思ったけど想定外ね。当てが外れたけどまあ仕方ないか。)


「確かにこのまま言い争っていてもらちがあきませんね。私はそれでかまいませんよ。」


「ちっ、しゃあねえか。それでいいよ。」


 渋々と言った様子で納得する2人。受付はそれを確認すると


「それでは共同受注ということなので、報酬は1対1の山分けとなります。納品する際は必ず2人でお越しになってくださいね。」


 説明を受け組合を出る2人。


「・・・」


「まあ、こうなっちまったもんは仕方ねえ。まあ森は広いし手分けして探せばいいだろ。」


「そうですね。今考えるとあんなにみっともなく奪い合う必要はなかったですね。すみませんでした。」


「お、おう。ていうかおまえいくつなんだよ?見た目と雰囲気の歳が全然一致しねえんだが。」


「・・・そういえば一緒に仕事をするのに自己紹介がまだでしたね。私はユリカ、14歳です。」


「14?にしてはずいぶんと小せえな。俺はフーウンジだ。年齢は、まあ、おまえが想像してるとおりだよ。」


「わかりました。よろしくお願いします、風雲児さん。」


「ん、なんかちがくね?」


「?そうでしょうか。」


 そうして歩きながら対して重大でもない勘違いを抱えたまま会話を続けているとうっそうとした森が姿を現した。


「お、森か。じゃあ大体の担当を決めようぜ。俺は森の外側を調べていくからおまえは森の奥を探してくれ。」


「いえ、受付の人が言うには森の外周にはほとんどないっていう話じゃないですか。一口に森の奥と言っても探すところは多いのですから、2人で森の奥に行くというのは?」


「いやいや、外側にもあるときはあんだろ。俺はそういったのを取りこぼしたくないんだよ。」


「・・・森の奥には行きたくないのですね。」


「ちっ、当たり前だろ。何がいるかわかったもんじゃねえ。俺は元々外周付近をうろうろして偶然あったらラッキーくらいに考えてたんだよ。それをおまえがよお。」


「はあ、わかりましたよ。その代わり1個くらいは見つけてくださいよ。じゃあ5時に組合で集合ということで。」


「え、おまえ森の奥行くの?」


「そうですよ、お金がいるのです。あなたに半分とられるのは業腹ですがそれでも報酬は良いですし。」


「俺が言うのもなんだけどよ、普通こんなこと言われたら行きたくなくなるものだろ。」


「ええ、行きたくはないですが、あなたと違って私には余裕はないのですよ。」


「え?借金でもしてんの?」


「そうではないですが。後半年ハンターをするとなれば森に入るのも1回や2回ではすまないでしょうし。ではもう行きますね。」


「お、おう。でも危ないと思ったら帰って来いよ。」


(どの口が言うのよ・・・)


 心の中で悪態をつきながら森の奥に入っていくユリカ。多少のリスクを覚悟しないと極貧生活からは抜け出せないと悟った14歳の決意は固かった。




「やっぱり少し暗いわね。」


 そんなことをつぶやきながらユリカはうっそうとした森の中を歩いている。すでに森に入ってから1時間以上が経過しておりユリカの額には汗がにじんでいた。


(今のところやばそうなのには出会っていない、まあロータスも見つけられてないけど。ロータスって言うくらいだし池を探せば見つかるかしら。でも池なんてないし。)


 同じような景色にうんざりしてきたユリカだったが次の瞬間思いがけず景色が開けた。


「わっ、急に開けたわね、しかもあれって池?」


 薄暗い陰気な場所を脱出しさらに目的の池まで見つけて気分が上がるが、それでもまだロータスそのものを見つけたわけではない。

 とは言え、さすがに嬉しかったのか池に駆け寄りそれっぽいものを探す。


(ロータス、ハス、結晶・・・あれかしら?)


 ユリカの目線の先には透明なハスが咲き誇っていた。ガラス細工のようなそれはどこにでも有るような池の風景に溶け込むことはなく、やけに不自然な存在感を放っている。まるで全く違うところの景色をそのまま切り取って森に貼り付けでもしたかのような違和感。

 今、目標を目の前にしてユリカの足は止まっていた。


(どうしよう、怖い。)


 恐怖するというのは悪いことではない。それは人間が生き残るために進化の過程で手にした感覚だ。ここで本能に従い撤退するというのも何も間違った選択肢ではないと言えるだろう。客観的な推測だけが最適解を導くわけではないのだ。


(いや、違う。行くとか引き返すとかじゃない。考えるべきはそこではないはずよ。)


 自分に喝を入れ、思考を研ぎ澄ませるユリカ。


(そもそもハンターというのは自分の命を賭けてお金を稼ぐ職業。今こうしている瞬間も私は命を賭けている。命を賭けて何があるかもわからない森を進んできた。ならばここで引き返すというのはおかしな話ね。極論森を抜けるためにもっと恐ろしいものと対峙する可能性すらある。危険の大小なんて結局のところわからないのよ。だからこそ今必要なのは危険を避けたいという気持ちではなく、未来を変えるという絶対の意志。)


 もとより森の中はユリカにとって地雷原と変わらなかった。なにが潜んでいてもおかしくはない危険区域を大した危機意識もなく歩いていた。そのことに今の今まで思い至っていなかっただけなのだ。


「日本の山ですら毎年事故が起きているのに、今まで気がつかなかったなんて馬鹿ね私は。そもそもその状況を終わらせるためにこの依頼を受けたのに。」


 大きく深呼吸をし心を落ち着かせる。そして自分に言い聞かせるように言い放つ。


「なにも恐れることはないわ。だって人間は生きているというだけで死の隣にいるのだから。」


ザアッ


 言い放った瞬間水面が揺らいだ。


「それが汝の答えか。」


 ユリカの目線の先、声の主。

 白き異形がたたずんでいた。



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