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第49話 0.1秒を稼ぐ

「ユリカ、君・・・」


 戦闘のさなかであるにもかかわらずシトリーは敵から目を離してユリカの首へと手を伸ばしていた。

 とは言えその行為を攻めることが出来る人間などいないだろう。むしろ常識では考えられないほど高速で展開された戦闘において男の動きを視界の端でとは言え捉えていたのは彼女たった1人であった。


(まあ、見てただけだがな。さて後は消化試合だな。)


 そしてその様子をつまらなそうに眺めている大男。眺めると行っても彼が立ち止まったのはほんの1秒程度であったが、自身の生きる世界のスピードが常人のそれとは圧倒的に違う彼にとっては、1秒という時間は大きな間であった。


(あ、剣士がやっとこっちを向きやがった。陣形組んでたみたいだが結局雑魚だったな。残った奴らも殺していくか。)


 ようやくユリカの惨状に気がついたガーディを見て、取りあえず錯乱しているシトリーは無視してそちらへと歩き出す大男。

 未だにユリカの首は地面に接していない。端から見ていた人間の目には彼はユリカを殺して間髪入れずに他の人間にも襲いかかろうとしていると映ったことだろう。彼と他人の体感している時間には文字通り天と地ほどの差があったのだ。

 しかしその絶望的な状況を理解してなお、勝ちを諦めない者が1人いた。


(確かににまともな方法では彼に攻撃を当てることは出来ない。)


「その道程を・・・」


「ああ?」


 その瞬間、既に勝った気になっている男の耳を予期せぬ声が叩いた。声のした方向は先ほどまでシトリーが立っていた辺り、すぐ近くである。


(さっきの女か?)


 足を止め、振り向く男。そして彼が目にしたのは予想外の光景であった。


「光が・・・」


 そこには1人の少女が立っていた。先ほど確かに首をはねた黒髪の少女が。

 そこでようやく男の気の緩みが消える。あり得ない出来事に固まった体が一瞬にして臨戦態勢をとった。


(ガキの魔法は剣だけじゃなかったのか?あれは、荷物袋?幻術か!術士はあの女?それとも別か?いやそれは関係ねえ。)


 綺麗に一刀両断されたリュックを見ながら一瞬でそこまで思考を巡らせる大男。そしてこの場で男が取りえる選択肢は2つであった。


(魔法を打たれる前に使用者を殺すか、1度引いて体勢を立て直すかだが・・・殺すに決まってんだろ。幻術は既に解けた。陣形も崩れている。詠唱もギリギリ間に合わねえ!)


 ユリカが姿を現してからまだ誰も魔法を唱えていない。すなわちそれは今姿を現している彼女は正真正銘無防備であることを示していた。

 そう判断してからの男の行動はまさに電光石火であった。


ドンッ!!


 大地を砕く踏み込みと共に男の体が急加速する。それは彼が今までの戦いで見せたどの動きよりも速かった。正真正銘全力の踏み込みである。

 至近距離なのも相まって最早ユリカの目で追うことは完全に不可能であった。ユリカの詠唱は後一言、しかしその一言がこの男の前では限りなく遠い。


 とは言えそれもユリカに取っては織り込み済みである。幻術による死んだふり、意味のない陣形など、使えるものは全て使った。全てはこの男の時間を奪うため。情報量を増やし、行動選択における余裕を少しでも奪う。それはユリカが唯一彼に勝っている部分、手札の多さを最大限活かした作戦であった。


 

 ここで最後の攻防が幕を開ける。



「死ねっ!」

「導く」


 ユリカが最後の一言を紡ぎ、男が必殺の手刀を繰り出す。


 彼の速度は圧倒的であった。

 ユリカの詠唱が終わる、そのほんの一瞬前に必殺の手刀が彼女に襲いかかる。ここまでの策を弄してなお、ギリギリのところで先手をとったのは男であった。


 しかし、その男の一手はいつもよりもほんの少しだけ直線的で、ほんの少しだけ焦ったものであった。フェイントを入れる余裕もなくただ最短距離で相手を突く。一連の流れに迷いは一切ない、これ以上ないシンプルな一撃であった。


ガッ!


 故にここでユリカの足が地面を思い切り踏みしめる。たとえ足が砕けてもいい。だから少しだけ、ほんの少しだけでも体を動かす。そんなユリカの心の叫びが聞こえてきそうな、まさに乾坤一擲の大博打であった。


ザシュッ!


 男の手刀がユリカの左目を掠める。

 反応できていた訳ではない。完全な山勘、奇跡の産物であった。体をひねるタイミングが少しでもずれていたら彼女は今頃この世にいないだろう。

 しかしこの奇跡をたぐり寄せたのは紛れもなくユリカの努力であった訳だが。


 そして命の危機を脱した次の瞬間に残るのは手刀を振り抜いた後の無防備な態勢の男。普段であれば大した隙ではない。時間にしてほんの0.1秒。

 しかしそれはユリカが渇望した値千金の0.1秒であった。


 刹那、光の帯が浮かび上がる。


「クソが・・・」


 男もなんとかステップを踏み光の帯上から離れようとする。しかしユリカの全力、全てを掛けた一撃はこの一瞬において男のスピードを上回った。


 そして次の瞬間、莫大なエネルギーが解き放たれる。


ドオォン!!


 男の全力の踏み込みとさえ比較にならないほどの速度で、彼の体は闘技場の壁へと突き刺さった。

 そしてそれと同時にガラガラと音を立てて闘技場の観客席が崩壊する。彼は奇しくも彼自身が破壊した壁の破片に飲まれ、残骸の山へと埋もれていったのであった。





「勝った・・・のか?」


 一瞬の静寂の後誰かがそう呟いた。ユリカと男の攻防は一瞬の出来事、何が起きたのかを理解しているのは当事者だけであっただろう。しかし、その後の光景さえ見れば勝者が誰なのかは誰の目にも明らかであったことだろう。何せ、恐怖の象徴であったあの巨体はもうこの場にはないのだから。

 そして自然と歓声が沸き起こる。


「うおおおっ!勝ったぞー!」

「た、助かったあ・・・」

「あの小さい子がやったのか?」


 死への恐怖から解放された参加者たちは皆一様に喜んでいた。そしてそれをなした小さな功労者はと言うと・・・


「ユリカあ!」


「わふっ!」


 涙で顔をぬらしたシトリーに飛びつかれていた。生命の危機から脱した事への安堵と死んだと思ったユリカが生きていた事への嬉しさから情緒が不安定になっているようで、シトリーはユリカをがっちりと抱きしめている。

 そしてそんな様子を見ながらガーディも彼女に声を掛けた。


「すまない。結果としてユリカ1人に頼ることになってしまったな。だが良くやってくれた。これは間違いなく勲章ものだ。それとシトリー女史、ユリカは目を怪我しているようだからそろそろ手当をしないと・・・」


「へ?あっ!ゆ、ユリカ君、目がっ!」


「あ、そうですね。痛っ!」


 先ほどまではアドレナリンのおかげで感じていなかったようだが、ユリカの目のあたりからは真っ赤な血がしたたり落ちていた。


「ど、どうしたものか?やはり急いで医者に・・・」


「まぶたを切っただけです。数日もしたら治りますよ。それよりも・・・」


 狼狽するシトリーを優しい口調でなだめ、ユリカがガーディの方を振り向く。まだ彼女には確かめなければいけないことがあったのだ。


「あの男はどうなっているでしょうか?」


「あれだけの速さで壁にたたきつけられたのだ。いくらあの男でも即死だとは思うが、まあ確認するに越したことはないな。」


「・・・そうですね。」


 ガーディの言葉を聞き、ふらふらと立ち上がるユリカ。勝負にはおそらく勝った。しかしまだ終わってはいない。どんな結果であろうともそれは彼女受がけ止めなければならないものである。


 崩れた壁に近寄り、男が着弾したあたりの瓦礫をどけていく。他の参加者たちも集まり不測の事態に備えながらの作業ではあったが、結末はあっけないものであった。


「うっ・・・」

「これは・・・」


 彼女たちが見つけたのは、大男が来ていた上着、そしてぐちゃぐちゃになった肉塊であった。


(それはそうよね。あれを受けて生きている訳はない。人を、殺したのよね・・・)


 ユリカはそれを見ても冷静であった。いや、冷静であるように努めていた。


(そうよ。あの人は殺されても仕方がない人間だった。そもそもこの場の人は私が戦わなければ生き残れなかったはず。それだけでも戦う意味は十分にあった。これは事実よ。合理的に考えて手加減なんて出来るわけはなかった。そう、私の行動は論理的には何も間違っていないわ・・・)


「はあ、はあ・・・」


 考えとは裏腹にユリカの心臓の鼓動は跳ね上がり、呼吸が荒くなっていく。正当性はあったのかもしれない。しかし人殺しという事実はそんな理屈などたやすくねじ伏せてしまった。


「ゆ、ユリカ君。もう見なくていい。ユリカ君は間違っていない。」


 ユリカの様子の変化に気がつき、彼女の背中をさすりながらこの場の離脱を促すシトリー。そしてガーディもそれをすぐに察して声を掛ける。


「俺は騎士団本部まで行って救助隊を呼んでくる。シトリー女史はユリカについていてくれ。」


「・・・承知した。」


「よし。行ってくる。」


 シトリーの少し間をおいた返事を聞き、走り出そうとするガーディ。しかしそこでユリカが声を上げた。


「待ってください。私も行きます。」


「いらん。むしろ移動速度が落ちる。」


 ユリカの提案を一蹴して再び背を向けるガーディ。しかしその足をユリカのする鋭い一言が縫い止めた。


「闘技場内に応援が未だに来ていない。外にも敵がいてそちらの対応に精一杯なのでしょう。見苦しい姿をお見せしてしまいましたが私はもう戦えますのでご心配なく。」


冷静な様子でそんな言葉を放つユリカ。しかしそれが無理に作ったものであることは誰の目にも明らかであった。しかし彼女には無理をしなければならない理由がある。


「そんなわけ・・・」

「それに、」


 ガーディの言葉を遮りユリカがさらに言葉を続ける。


「親友が心配です。」


 真っ直ぐな瞳でガーディを見つめそう言いきるユリカ。こうなってしまっては彼に断ることは出来なかった。そして会話が一段落したタイミングを見計らって彼女たちに2人の人間が話しかけてきた。


「ほっほっほ、話はすんだようじゃな。わしらもやられっぱなしと言うのは癪じゃ。同行させてもらうぞい。」


「オレもそろそろ封印を外すとしよう・・・」


 ユリカたちが目を向けるとそこに立っていたのはあまり良いところのなかった黄金の夜明けの2人組であった。他の人間は既に戦意を喪失しているようだがこの2人は別のようだ。


「戦力的には申し分ないじゃろう?」


「今こちらは後手に回っている。フリーになった戦力で敵を奇襲するのは理にかなっていると思うが?」


「く、わかった。だが状況確認が最優先だ。むやみな戦闘は避けるぞ。」


「「了解。」」


 コロシアムの激戦を終えた彼らはこうして次の戦場へと身を移すのであった。


 そしてユリカたちが出ていく様子を闘技場の端に隠れてうかがっている者がいた。その少年は周りに人がいないにもかかわらず小声で何かをしゃべっている。



「ち、中将が敗れました。相手は大通り方面に向かう模様です。」


「だ、大丈夫って・・・確かに提督以外に中将が負けるところは想像できませんでしたが現に・・・」


「これから僕はどう動けば・・・フレデリカ?その人を探せば良いのですか?あ、ちょっ、まだ話が・・・」


 ユリカたちの後を追うようにその少年も慌てた様子で闘技場を抜け出す。動乱はまだ始まったばかりである。

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