第48話 単純な強さ
(防御は不可能、回避も困難、第2射がこっちに来たらおそらく死ぬわね。取りあえずあれの射程外に出たいけれども満員の会場から避難するのには時間がかかるか。)
極大の暴威を目の当たりにし、ユリカは即座に今後の行動を決定していた。
そしてユリカと同様他の人間たちもそれぞれの結論を出していたようである。
「よし、あんたらさっさと逃げるわよ。」
「同意だ。」
「そうですね。フレデリカさんの安全が第一です。」
さっさと撤退すべきと考えていたのはフレデリカとフーウンジ、クレアの3人であった。そしてそれにガーディが答える。
「わかった。俺は残ってあいつを制圧する。狙われたのは貴賓席だからな。騎士団がそろって逃げるわけにはいかん。」
「む、無茶ですよガーディさん!死んでしまいます!」
切羽詰まった声でガーディを引き留めようとするクレア。しかしここでシトリーがそれに異を唱えた。
「いや、そうとも限らない。味方は大勢いるからね。」
闘技場を見下ろしながらそう言うシトリー。彼女の目線の先には大勢の武闘大会参加者たちに取り囲まれる大男の姿があった。
もともと闘技大会に出るのはほとんどが血気盛んな者たちであり鎮圧に一役買えば国から報償が出てもおかしくないこの状況、多勢に無勢ということもあり相当数の参加者が大男に向き合っていた。
そしてそんな中シャチハタが驚きのカミングアウトをする。
「じゃあ、二手に分かれよう。私たちは貴賓席に座ってるお父さんたちが心配だから探しに行くよ。」
「はあ?貴賓席って。」
「この子たち実は貴族なのですよ・・・」
「ええっ!そんなの聞いてない。」
「ええい!もうわかった。時間がないから俺が指示を出す!俺とシトリー女史、そしてユリカの3人で加勢に入り、残りは騎士団本部まで撤退だ!」
話がもつれる前にさっさと指示を出すガーディ。このあたりはさすがの指揮能力であった。
彼の声で気を引き締められたようで全員が即座に動き出した。
「はいっ!皆さん行きますよ!」
「健闘を祈るわ。」
「先に行ってるぜ。」
「よし、そうと決まれば仕掛けるぞ。ユリカ君。」
「へえ?」
1人を除いて。
(あれ?普通私も逃げる側じゃないかしら?聞き間違い?え?今後のプランは?)
完全に自分も逃げる側だと考えていて、逃走後の立ち回りを考えていたユリカ。敵の狙いはとか、それに伴う増援に鉢合わせたらどうしようとか、そうならないためにはどうしたら良いかとか全てご破算であった。
しかし現実はそんな彼女を待ってはくれない。
「ごめんね、ユリカちゃん。でもお父さんユリカちゃんと違って戦えないし。」
「油断しちゃだめだぞユリカちゃん。」
(ああ、私が負けることは心配してないのね・・・そうよね。あの子たちの前だと私全戦全勝だし。でも私もたまには安全に逃げ出したい時もあるってことはわかって欲しかったわ・・・。)
「ええ、敵はまだいるかもしれないから気をつけるのよ。」
(まあ、あの子たちが狙われる理由はないからここから離れれば安全でしょうし、まあ私が戦っていればあの子たちに砲撃が来ることはないし、そもそも私が戦わないでもなんとかなりそうだしまあ悪くはない・・・わね?)
そう自分を無理矢理納得させるユリカ。こうして彼女の気の乗らない戦いは幕を開けたのであった。
ユリカたちが二手に分かれるのとほぼ同時に闘技場内の戦いの火蓋も切って落とされていた。人数差はざっと見て1対30と行ったところか。男は確かに強力な遠距離攻撃を持ってはいるが、それも近距離で多人数に囲まれたこの状況では使い物にならない。故に参加者たちも自分たちの勝利を確信していた。
しかしそれはあくまでも一般常識に照らし合わせた予想だが。
「オラアッ!死ね!ファイヤーバレットォ!」
「スピードアタックゥ!」
「お前の動きは既に見切った。暴れ狂う大海」
「ゴミしかいねえの?」
ドガアッ!!
一斉に襲い来る魔法の嵐をかいくぐり一瞬にして前線の参加者たちをなぎ払う大男。
武闘大会の参加者と言うだけあって、1人1人が殺傷力のある魔法を放っていたわけだが的の大きいはずの大男にはかすりもしない。この場の全員の予想を遙かに上回る圧倒的な近接戦闘力であった。
1度に5人ほどの仲間が殺されたことで楽勝ムードだった参加者たちの顔に焦りの色が見え始める。
「うっ・・・」
「ああ?お前らもしかしてもうやる気ないの?まあどうせ死ぬのには変わりないけど最後まで頑張らないと死ぬとき後悔するよ?」
軽口を叩きながら浮き足立つ参加者たちにゆっくりと歩み寄る大男。しかし参加者たちの中にも焦りを見せない者はいた。
「馬鹿げたスピードだ。しかしそれだけだ・・・」
「ああ?」
「ほっほっほ、ベルンよ。それが取り柄なのだから馬鹿にするでないぞ。可哀想じゃろう?」
大男が振り向くとそこには眼帯をつけた少女とニヤニヤと笑う老人の2人組が立っていた。そしてその2人の姿を見るやいなや敗戦ムードだった参加者たちが活気づく。
「黄金の夜明けのムスタファとベルン!」
「おっしゃこの2人がいれば怖いものなしだぜ!」
その2人はフーウンジの口からも名が上がっていた実力者であった。しかし大男も余裕の態度を崩さない。
「ああ?で、そいつらが来たからなんだってんだ?」
「哀れだな。もう勝負はついている・・・」
ゴオッ!
「あ?」
無表情の少女が呟くと同時に地面から黒光りする壁が飛び出す。そしてそれは一瞬のうちにドームのようなものを形成し大男を覆い隠した。
「ほっほっほ、若い若い!口を動かす前にまず攻撃せんとなあ!」
「決まったあ!いつも開始の合図がなる前に魔法を唱えておくムスタファの外道奥義、黒牢!!」
強気な挑発は既に詠唱を終えている魔法による奇襲に感づかれないためのただのブラフ。しかしそれを行うに当たっての落ち着き様は、彼らが歴戦の強者であることを十分に示していた。
「この強度は鉄や岩の比ではないぞお!」
「あ、そう。」
一瞬にして窮地に追い込まれたかのように見えた大男だったが、牢の中からは聞こえてきたのは焦りとはほど遠い声色の返事であった。
しかしそれに対して少女が冷酷に告げる。
「まさかこれで終わりだと思ったか?残念ながら貴様が外に出ることはない・・・煉獄神滅雷光紅蓮弾」
少女のやたら仰仰しい詠唱と共に現れたのは巨大な炎であった。近づくことすらままならない圧倒的な熱量が一瞬のうちに黒牢を包み込んでいく。
「貴様はオレの獄炎で焼け死ぬ。リベンジは来世で受けるとしよう・・・」
「またまた決まったあ!ウザい決めぜりふと共に放たれる洒落にならない炎!」
「闘技大会で負けると肉体的にも精神的にも大ダメージだぜ!」
少女の放った炎が黒牢を包み込むのを見て歓喜の声を上げる参加者たち。最早野次馬とあまり変わらないようにも見えるが、その光景は彼らに勝敗が決したと思わせるのには十分であった。
しかし次の瞬間
ドガアッ!!
「「は?」」
轟音と共に何かが宙を舞った。真っ赤に熱された巨大な塊が・・・
「牢を、吹き飛ばした?」
「だめだなあ?基礎工事はちゃんとしねえとよお。」
「馬鹿な・・・10トンはくだらないぞ・・・」
ドオォン!!
一瞬だけ放心状態になった彼らを我に返らせたのは牢が地面と激突した衝撃音であった。結果として彼らが上の空だったのはほんの一瞬だけであったということになる。しかしその一瞬も大男にとっては大きすぎる隙であった。
「よそ見は良くねえなあ。」
「はっ!」
いつの間にかムスタファのすぐ近くまで迫っていた大男。魔法使いは詠唱無くしてその力を発揮できない。故に男の手刀がムスタファに迫る中、その攻撃を止めるための魔法は発動されることはあり得なかった。
もっともそれはあらかじめこの状況に備えていた人間がいなければと言う話だが。
ゴッ!
男の手刀を阻んだのは弾丸のごときスピードで飛来した一振りの剣であった。
「ちっ!」
ザッ!
舌打ちをしながら男が飛び退く。そしてその様子を遠くから見ていた1人の少女もまた苦虫をかみつぶしたような顔を浮かべていた。
「勘弁して欲しいわね・・・」
(一応手を狙ったとは言え最高速をあんなに余裕そうに避けるか。これは逃げた方が良いけれど、逃げ切れるわけないわね・・・)
魔法の主はもちろん今の今まで遠巻きに様子をうかがっていたユリカである。
一応人殺しにはなりたくないので手心と言えるか微妙な手心を加えたユリカ。しかしその結果ダメージも与えられず、勝ち目も見えない相手と敵対することになったのは大誤算であった。まあそもそも自分たちが手を出すまでもなく制圧が完了していると言う目算を彼女は大外ししていたわけだが。
そしてユリカが後悔の念に駆られている中、男がユリカの方を向き直る。後ろにはまだ大勢の敵が控えているというのに彼は最早そちらに興味のかけらもないと言った様子であった。
事実、背を向けている男に攻撃を仕掛けようとする者はいない。
とは言えユリカも彼らの援護は期待していなかった。事実相手のスピードを考えると連携などとっても大した意味はない。ならば不確定要素はむしろない方が助かるというのがユリカの考えである。
奇しくも両者の狙いは一騎打ちで一致していた。
(勝負は一瞬で決まる。アドリブでの対処は魔法の発動速度から見て不可能。未来視はないけれど攻防を読み切って先に致命傷を与えるしかないわね。)
彼女がこれからやろうとしていることは最早戦いではなかった。相手がいかなる行動をしようとも関係なく自分の動きに集中する。未来視無くして未来を完璧に予測するという荒技であった。しかしいくらなんでもこのままでは勝率が悪すぎた。
(ある程度行動を制限しないと話にならないわね。まあもともと勝負になっていないのだけれど・・・)
彼我の戦力差は圧倒的であった。向かい合った時点でユリカの負けはほぼ決まっていると言えるほどである。
しかし彼女にとって不幸中の幸いだったのは男がこちらを警戒して様子を見たことだろう。良くてたった数秒の間、しかし彼女に取っては対策を仕込む値千金の数秒であった。
「シトリーさん魔道具で右斜め前方に結界を、ガーディさんはその後ろで剣を構えていてください。」
(防御を右に寄せれば相手は左から攻めて来たくなるはず、いや誘いに乗ってくれないと死ぬけれど・・・)
ユリカの狙いはあくまでも相手の行動を制限して読みやすくすることである。たとえ分の悪い掛けであっても勝率を引き上げること自体はいくらでも可能なのだ。
「あれが突進してきたら俺の剣ではどうにもならんぞ。」
「かまいません。でも堂々としていてください。」
なんとも情けないことを言うガーディに対し一瞥もせず早口にそう答えるユリカ。そしてシトリーが魔道具を使うと同時にユリカの詠唱が始まる。
(待っていれば相手は必ず動く。ならば動くタイミングくらいはこちらで決めさせてもらうわ。)
「千撃千殺」
口火を切ったのは千の殺意、彼女と向き合った敵をことごとく滅ぼしてきた必殺の魔法。しかし今度の相手はそれを見ても臆することはなかった。単純なスピード、男は基本的な強さのみでユリカの凶悪魔法を真っ向から迎え撃つ。
「派手な魔法だなあ!!」
ドオォン!!
刹那、鳴り響くのは地を蹴る轟音。落雷のような音と共に男の体が一気に加速する。近くで見ていた人間にとっては男の挙動はほとんど瞬間移動の様なものであった。
ガガガガガッ!!
「フッ!」
疾風のような早さで闘技場を駆け抜ける男に千の剣が追いすがるが、それが男の体を捉えることはない。とは言えここまでは、男が弾幕を避けるように左から大きく迂回して走り込んでくることも含めてユリカの計画通りであった。
しかし
(っ!早すぎる・・・)
彼女にとって唯一の誤算だったのは男のスピードがあまりにも速すぎたことだろう。両者の距離はおよそ100メートルほど。しかしその距離を詰めるのに男が掛けた時間はほんの1秒にも満たなかった。
「その・・・」
「死ね。」
ユリカは元々最初の攻撃で仕留める気はなかった。本命は2発目、距離をつめさせた上で必殺の魔法を打ち込むのが彼女の真の狙いである。問題はそれが男にとっても織り込み済みであったことと、彼の瞬発力がユリカの予想を遙かに上回っていたことか。
ゴッ!
ユリカが言葉を告げる間もなく神速の蹴りが放たれる。ただでさえ人間の目にはかろうじて映る程度の常軌を逸した速度、死角から放たれるその一撃をユリカが回避できる道理はなかった。
故に唯一これから起こることの全貌を眺めていたのは隣にいたシトリーであった。
スパッ!
次の瞬間いっそすがすがしい音を立ててユリカの首が宙を舞う。
シトリーに出来たことと言えば、まるで刃物で切られたかのような綺麗な断面を見せ、鮮血をまき散らしながら飛んでいくそれをぼうっと眺めることくらいだろうか。
「ユ、リ・・・」
考えるよりも先にユリカの首へと腕を伸ばすシトリー。その行為に意味はない。故にその様子を一瞥した男は自らの勝利を確信していた。
((勝った!))




