第47話 戦乱のプレリュード
「それで?あんたらって誰に賭けたの?」
「トップ3にアックだぞ。フーウンジが強いって言ってたから。」
「私はアック単勝。三連単はやめといたよ。」
「ああ、おそらく優勝はアックだろ。3年前優勝してたし。あとは黄金の夜明けのベルン、ムスタファも上位に来るはずだ。」
(アックさんそんなに強かったのね・・・)
「へー、やっぱりアックに賭けたの。あたしはアルメリアに一票だけど。」
「アルメリア様は今年は出ませんよ。」
巨大なコロシアムの観客席にてユリカたち一行は賑やかに優勝者予想談義に花を咲かせていた。
武闘大会の開催はもうすぐに迫っており、コロシアム内はある種の緊張感に包まれているようで独特の空気が漂っている。まあ、ユリカやフレデリカなどの金を賭けていない人間はそんな緊張感とは無縁のようではあるが。
「まあ、普通にそこらの強豪が優勝すんのはつまんないから大番狂わせでも起こってほしいものね。」
「おい、ばか!不吉なこと言うなよ。」
「大丈夫よ。神経質ねえ。」
金がかかって大分神経質になっているフーウンジに対して、適当に返すフレデリカ。しかしそんな彼女の言葉に対して返ってきたのはフーウンジのものとは打って変わってゆったりとした声であった。
「いや、そうとも限らない。言葉は魔力を帯びる。なればこそ一言で世界に干渉することは可能なのだよ。」
「「え?だれ?」」
「し、シトリーさん?何でここに?」
後ろの席に振り向いて声の主を確認し、1人だけ違う反応をするクレア。彼女の目線の先、丁度ユリカの真後ろの席には、長く伸びた緑髪が特徴的な少女が座っていた。
そしてユリカたちがきょとんとしていると緑髪の少女が何かを言う前に熱の入った口調でクレアが紹介を始める。
「皆さん知らないんですか?この方はシトリー・レグナイドさん。黄金の夜明けが誇る魔道具作りの天才です!弱冠16歳にして彼女が作った魔道具は王国軍に採用されるほどなんですよ。」
「ああ、まあ彼女の言うとおりだ。ボクはシトリー。黄金の夜明けカートン支部に籍を置くものだ。」
クレアの勢いに若干ペースを崩されながらも簡潔に自己紹介を済ませる少女。自己主張の強くない無難な自己紹介であったが、クレアの言葉に対して謙遜する様子は一切ない。
そしてそんな彼女に対してフレデリカがさほど興味なさそうに尋ねる。
「へー、で?黄金の夜明けの人があたしらに何のよう?」
「あ、もしかしてアーティファクトに関してですかね?」
「目的の一つという点においてはしかりだ。本命ではないがね。」
フレデリカの質問に答えるよりも早くクレアが放った問いに対して少しだけうなずきながらそう返事をするシトリー。そしてその答えはアーティファクトよりも優先すべき事があるような口ぶりであり、いつになく前のめりで会話をしているクレアが不思議そうな表情を浮かべる。
「あれ?じゃあ本命って言うのは?」
そのままの勢いで質問するクレアに対してシトリーは彼女の目の前の少女を指さしながら答えた。
「彼女だ。」
「へ?わたし?」
シトリーの言葉に間抜けな声で返事をしたのは、今まで静かに話を聞いていたユリカである。ちなみに同じく会話に参加していなかったフーウンジたちは賭けのことで頭がいっぱいでそもそも話を聞いてすらいないようであった。
「しかりだ。ボクは彼女に話を聞きにここまで来たと言ってもいい。」
「へー、なんだか知らないけどまあ良かったわねユリカ。」
「良かったとは・・・」
このタイミングで丁度開会式が始まり、そっちに意識をさかれて会話がおざなりになるフレデリカ。しかしシトリーにとってはそれは丁度良かったようであり、自分の隣の席をポンポンと叩きながらユリカに話しかける。
「では、フレデリカ君は観戦に集中したいようだし、君はボクの隣に来るといい。」
「あ、はい。」
「あ、私も混ぜて欲しいです。」
唯一クレアだけは大会よりも話に興味があったようで、ユリカについて後列に移動する。こうして2人が席に着くとシトリーが早速話し始めた。
「さて、でははじめに名前を教えてもらっても良いだろうか。話を聞くのに不便だからね。」
「ああ、そう言えば自己紹介してませんでしたね。ユリカです。」
「クレアです。ベネトから来た騎士団員です。」
「よし。ユリカ君にクレア君だね。ではさしあたりボクの魔法について話しておこう。」
「えっ?あのシトリーさんの魔法を教えてもらえるんですか?」
(やっぱりシトリーさんは有名人みたいね。まあ、知っているのはクレアさんだけだったけれど私も人捜しをしている以上こういう情報は積極的に集めていかないとだめね。王都に着いて早々依頼を受けに行ったのは失敗だったみたいね。)
クレアの食いつきようを見てそんなことを考えるユリカ。実際に彼女は黄金の夜明けの期待の新星としてここ2,3年の間に知名度が上がってきており、人捜しの情報集めをしっかりやっていれば知っていてもおかしくはなかった。人捜しに限らずとも最初はしっかり情報を集めることが肝要であると知っているユリカに取っては悔しいミスである。
そして彼女が少し気を落としている間にもシトリーの話は進んでいく。
「ボクの魔法は形而下のものであれば何であれ、それがおおよそどんな起源を持つのか、どのような歴史をたどってきたのかが認識できるというものだ。名を『温故知新』という。」
(え?それって・・・)
シトリーの魔法の説明を聞き、明らかに表情が変わるユリカ。過去を知る魔法、それはユリカの欠けた記憶を補えるかもしれない魔法であった。
しかしそんな事情などつゆほども知らないシトリーはどんどん話を進めていく。
「ボクは発表会でこの魔法を使って件のアーティファクトを観察したのだよ。それでユリカ君があのアーティファクトに手を加えたことを知ってね。是非会ってみたいと思ったのだよ。」
フレデリカたちの方をチラリと見ながらそう締めくくるシトリー。そしてその話を聞いて真っ先に口を開いたのはユリカの方をキラキラとした目で見つめているクレアだった。
「そ、そんな事出来たんですかユリカさん?それっていわばアーティファクトの改造ですよね?とんでもないことじゃないですか。」
「アーティファクトとはいわば人の手で再現することが叶っていない魔道具だ。そんなブラックボックスにユリカ君がどのようにして手を加えたのか是非ともご教授して欲しいのだよ。出来ればこの後ボクのラボでみっちりと一ヶ月くらい・・・」
「え、いや、ちょ・・・」
両側から2人のオタクにぐいぐいと迫られ狼狽するユリカ。しかし彼女にとってもこの話の流れは悪いものではなかった。
「わ、わかりました。話しますのでその代わりに一つお願いしたいことがあるのですが。」
「お願い?まあ確かに要求を叶えてもらって対価も支払わないのは筋違いというものだ。承知した。約束しよう。」
これ見よがしにと交渉を持ちかけるユリカとさっさと話を聞きたいため内容すら聞かずに安請け合いをするシトリー。そんな簡単に約束して大丈夫なのかと少しシトリーのことが心配になるユリカであったが、当の本人は全くもって気にしてないようで早速質問を開始する。
「でははじめに、ユリカ君はアーティファクトの使用権について改造していたようだが、具体的に行った操作を教えていただきたいな。」
いきなり核心に迫る質問をするシトリー。ユリカがフレデリカにも箱を使えるように改造していたことはわかっていたようである。とは言え彼女の魔法ではそれ以上の細かいことまではわからないようであったが。
「簡単に言うとアーティファクト内部にある魔法陣を書き換えました。アーティファクトと言っても結局は魔法を行使している訳ですから多少の改造は効きます。」
シトリーの質問にスラスラと答えるユリカ。彼女の認識ではアーティファクトも人間も魔法を行使するデバイスという点では大して変わらないものであった。アーティファクトの特殊効果をアーティファクトが魔法を行使したと捉えていたのである。しかし彼女にとっては当然でも他人にとっては信じがたい事だったようである。
ユリカが話をそのまま続けようとしていると驚いた表情のシトリーが慌てて口を開いた。
「ま、まて、待つんだユリカ君。アーティファクト内部に魔法陣とはどういうことだ?そんな話は聞いたことがないぞ。」
「え、ああ。私も目で直接確認したことはありませんが・・・そうですね。私の体質というか特技について話してからの方が良いかもしれません。」
「特技?」
いきなりの話の転換に不思議そうな表情を浮かべるシトリー。しかしユリカをはさんで反対側の席に座っているクレアは思い当たる節があったようである。
「ああ、あれですね。」
手をぽんと叩いて声を上げるクレア。彼女が思い至ったユリカの特技とはもちろん魔法の模倣である。1度見た魔法の効果や発動の手順を知ることの出来るその特技はアーティファクトの解析にも大いに役立っていた。
ユリカが自身の常識離れした特技について説明を終え、それを聞いたシトリーの興奮が収まると彼女はアーティファクトに関する説明を再開した。
「それでアーティファクトが発現する魔法を解析したのですが、原理は普通の魔法と同じでした。アーティファクト自体が魔法陣と人間の役目を同時に果たしていると言ってもいいかもしれません。」
「なるほど。アーティファクトの効能は徹頭徹尾魔法であるということか。ではその理屈では魔道具にも未知の魔法陣が仕組まれているということになる。しかしそんなものは見たことがないな。」
「もしかしたら材料となる魔物のコアに魔法陣は存在しているのかもしれませんね。」
「むう。それも気になる仮説だ。そこに思い至った経緯も是非ともお聞かせ願いたいものだが、どのみち疑問がつきることはないか・・・」
ユリカの台詞に小難しそうな顔を浮かべながら、そんな言葉を口に出すシトリー。彼女の脳内は新しい発想のるつぼとなりながらも一筋の理性を保ったようである。実際彼女の疑問にいちいち付き合っていては日が暮れるどころか昇り始めかねないのでそれは英断であったと言えるであろう。
「そうですね。私自身もわからないことだらけですし・・・話を戻すと、それで魔法陣、もしくはそれに準ずる何かに干渉して、所有権の部分だけを書き換えたというわけです。それ以外の魔法の原理の根幹をなす部分は難解すぎて手が出ませんでしたが。」
「確定しているのは制御機構に触れたということか。確かにボクたちも魔法陣を制御機構として魔道具に組み込むが、アーティファクトに魔法陣があると気がつくことはなかった。ひとえにユリカ君の特技のなせる技というわけか・・・」
ある程度の説明が終わりじっとユリカのことを眺めながらそう呟くシトリー。そしていくらかぶつぶつ独り言を呟いた後考えがまとまったようでふとユリカに質問をする。
「なるほど。なんとなく見えてきたぞ。時にユリカ君、キミは書物や師に頼ることなくその魔法理論を構築してのけたのではないかね?」
「?ええ、まあ魔法に関する知識は完全に能力だよりですね。」
「やはりか。キミの話は魔法理論上の常識から幾分かかけ離れていたからね。」
「え、ユリカさん常識ないんですか?」
「クレアさん。その言い方は少し傷つきますよ・・・」
遠慮のないクレアの言いように少し疲れたような表情を見せるユリカ。しかしシトリーは対照的に明るい表情を浮かべながら2人に語りかける。
「いや、常識がないというのは褒め言葉さ。常識とは良くも悪くも人を縛り付ける鎖だ。確かに格率が大衆のものと一致する事を良しとする風習は人間世界の理と言えるだろう。しかしそれらを逸脱した者だけが世界に変革をもたらしてきたのだよ。良くも悪くもね。ボクとユリカ君はもしかしたら思ったより近しい存在なのかもしれない。」
そう言うとユリカにススっと寄っていくシトリー。同族を見つけるとつい距離が近くなってしまうのは少数派の性なのだろうか。とにもかくにも彼女が喜んでいることだけは今まで仏頂面を崩さなかった彼女の頬が緩んでいることからも明らかであるようだった。
そして明らかにユリカに対しての好感度が上がったシトリーがぴっとりとくっついたまま話を再開する。
「ふふ、これは是が非でもユリカ君の理論体系を知りたいものだ。手始めにそうだね・・・魔力に関してユリカ君の話を聞いてみたいな。」
話の枕に無難な話題を選んだといった様子のシトリー。しかしユリカはその彼女の言葉の中に聞き覚えのない単語を見つけていた。
「魔力?」
きょとんとした表情でその単語をオウム返しするユリカ。しかしその彼女の反応にシトリーどころかもクレアまでも加わって驚いた様子で尋ね返した。
「「え?魔力を知らない?」」
「え、は、はい。」
(あれ?前にも似たようなことが・・・)
綺麗にハモった2人の反応に既視感を覚えながらも少し恥ずかしそうにそう返すユリカ。そしてその答えを聞いて2人がさらに驚いたような顔になる。
「まさか魔力を知らないとは・・・本当に完全な独学なのだね・・・まあ、簡単に説明すると魔力は体内で作り出される魔法を行使するためのエネルギーだ。例えば魔法で作られた物体の材料はおしなべて魔力なのだよ。」
(あれ?それは質量保存の法則的におかしいような・・・一応粒子加速器が体内にあれば説明は・・・つかないわね。)
シトリーの説明に対し思うところがあったユリカではあるが、彼女が何かを尋ねる前にクレアが補足の説明を始めた。
「特に戦闘時などは重要視されるものですね。魔力を使い切ってしまえば魔法使いもただの人と変わりませんから。」
(・・・まあ、いいか。どうあれ見かけ上は存在しているみたいだし。)
2人に疑問を投げかけてもさらに謎が増すだけだと悟ったユリカ。決して疑問を解決することを諦めたわけではなかったが、2人に長ったらしい物理学の講釈を垂れる気も別になかったようである。
そうして取りあえず話が一段落ついたところでユリカがふと前を見ると武闘大会の参加者たちが戦っているのが見えた。3人が話に熱中している間にとっくに大会は始まっていたようであった。
そしてユリカはその選手たちの中見覚えの有る顔を見つけていた。いや見つけてしまったと言ったほうが正しいかもしれない。
「あれは、殺人犯・・・」
思わず声に出てしまったユリカの目線の先には旅先で何かと縁のあるあの大男が立っていた。そして彼女の言葉を聞いてシトリーが驚いた様子で尋ねる。
「殺人犯?ずいぶんと物騒な響きだがどういうことだい?」
「え、あ、あの・・・ベネトの町で殺人事件があったのクレアさんは知っていますよね?」
「え?まあ知ってますけど・・・え?まさか?」
思わせぶりな言葉を聞いて一つの結論に至ったクレア。そしてユリカはそれを肯定する。
「はい。犯人です・・・」
「な・・・」
「そんな人間がなぜ武闘大会にでているのか・・・しかたあるまい。これを無許可で人に使うのはあまり褒められたものではないのだが・・・」
クレアとユリカが驚きのあまり固まっている中、2人の会話の内容からただ事ではないと判断したシトリーは何かを決心したようでそう呟いた。そして闘技場の真ん中でたたずんでいる男に向けて彼女の魔法が紡がれる。
「汝の軌跡を示せ温故知新」
シトリーの魔法が発動し、彼女の目に相手の過去が映り込んだ。そしてそれと同時に今までは驚きつつもほとんど表情を崩さなかった彼女の顔色が明確に変わる。
「馬鹿な・・・帝国三将だって?」
「は?」
シトリーの口から出たとんでもない単語に今まで以上に目を丸くし言葉を失うクレア。
しかしユリカは彼女の言葉に関して特段驚くことはなかった。正確に言えばユリカはシトリーの言葉を聞いていなかった訳だが。
「あの魔法・・・」
この瞬間ユリカの全神経は闘技場の中央に立つ大男に集中させられていた。
彼女には魔法が発動するそのほんの一瞬まえに行使者の認識が伝播してくる。言い換えれば何となくどんな魔法がこれから発動するのかを予感にも似た感覚で知ることが出来るのだ。
故にこの瞬間、彼女の目にはこの後に起こる惨劇がおぼろげながら映っていた。
そして、彼女のその認識に追いすがるように百様の暴威が吹き荒れる。
「虚空穿孔」
ゴオッ!
次の瞬間、会場内の人々の目に飛び込んできたのは虹色の光線であった。炎を放ち、水飛沫を上げ、大気を巻き上げ、鋼を纏う。極彩色で彩られたそれはその魔法の凶悪さとはあまりにもかけ離れた幻想的で美しい光景を演出していた。
その光線はほとんどの人々の認識を置き去りにし、轟音をとどろかせながら観客席を蹂躙する。
ドオォン!!
「な・・・」
衝撃から一瞬遅れて生き残った人々のほとんどはこの時初めて何が行われたのかを知ることとなった。
砕かれて風通しの良くなったコロシアムの壁、なぎ倒され地面に転がる人間、凄惨な破壊痕がその場には残っている。
人々の運命を大きく狂わす王都騒乱が幕を開けた。