第46話 人を動かすのはいつだってロマン
創世の九宝、ナインジェネシス。世界が始まってから初めて作られたとされる9つのアーティファクト。それは世界の理を書き換えてしまうほどの効力を持つとされ、神の道具とも呼ばれる。
「今までに見つかったとされるのはたったの3つ、それも真偽不明ですからね。もしかしたら初めての発見者かもしれないんですよ。」
豪華な宿の一室にて熱弁を振るっていたのはベネトの町の魔法オタク、クレアである。
時計の針は午前10時を回っており、外では丁度記念パレードが終わった頃であるが彼女にとってはそんなことはどうでも良いようであった。まあそれは聞き手の2人にも言えることであったが。
「ええ?じゃああたしって歴史的な大発見したって事よね。」
「その通りですよ!魔法史の教科書が書き換わっちゃいますよ!」
「マジで洒落にならねえもんを見つけてたんだな俺たち・・・」
クレアの話を聞いてそんな言葉を漏らすフーウンジ。しかし同時にここで彼の頭に1つの疑問が浮かんできた。
「あれ?でもなんで3つしか見つかってないのに世界に9個あるってわかったんだ?」
「ああ、そう言えば変よね。」
フーウンジの言葉を聞いてフレデリカも不思議そうな顔を浮かべ、クレアの方を見る。しかし彼女から返ってきた答えは何とも微妙なものであった。
「ええとたしか制作者の記したとされる書物に書いてあったらしいですね。」
「へえー。そこに他のナインジェネシスのありかとか書いてなかったんかしら?」
「あったかもしれあせんが真相はわからないですね。そのことを発表したのが最初にナインジェネシスを発見した魔法学園なんですが、肝心の書物は公開されていませんし・・・」
「なんか当てになんない話だな。」
「まあ確かにあんなすごいアーティファクトが発見されたら物語の1つや2つくらい簡単に作れてしまうかもしれませんね。いやでも私はむしろロマン溢れるストーリーがあって欲しいと願ってすらしまいます!何であれ伝承って言うのは格好いいんですよ。」
結局のところこの話の結論はクレアの最後の一言に尽きるものであった。元来その出自すら謎に包まれている未解明物体アーティファクト。それらを一般的な認識にまで押し上げた立役者は世界各国にはびこるおとぎ話に他ならないだろう。
「かのジョン・ローズはアーティファクトを神へと至る門と例えたが、その伝承を信じた人々の努力が今日までの世界の発展を促したのだとすればあながちロマンと馬鹿に出来るものではないがな。」
「あれっ?なんでアルメリア様が?って、あ・・・」
突然聞こえたアルメリアの声に素っ頓狂な声を上げるクレアだったが、彼女の表情そして壁に掛けてある時計を見て何かを察したようである。
アルメリアのこめかみにはうっすらと青筋が浮かんでいた。
「なぜかと言われたら私が責任者だからだな。もう発表会は始まるというのに誘導もせずに長話とは。相変わらずだな、あなたは。」
「ぎゃああっ!」
話すことに夢中で発表会の時間をすっかり忘れていたクレアに待っていたのは拳骨だった。
こうしてクレアの悲鳴と共に成果発表会は幕を開けたのであった。
成果発表会、文字通りそれはそれはこの国に住むハンターの一年間の成果を大々的に知らしめる行事である。ハンターの成果というのはもちろんアーティファクトの発見であり、成果発表会に持ちこまれたアーティファクトは審査を経た後国に納められ、その報酬としてハンターは金品や爵位を受け取る。
「まあそうはいってもいつも表彰されてるのはおっきいレギオンばっかりだけどね。」
「まあ1人では探索にも限界があるしそうなるわよね。」
フレデリカたちが走って会場に向かってきている頃、ユリカは特設会場の端に腰かけてシャチハタとミライの話を聞いていた。2人の話を聞くにハンター成果発表会と銘打っていても実際はレギオン単位で表彰されることがほとんどのようである。
「まあ、今日は違うけどな。」
「フレデリカが出るんだもんね。どのくらいのご褒美がもらえるんかな?」
「爵位がもらえてもおかしくはないと思うわ。」
「ふえっ!そんなにすごいものだったの?」
ユリカの強気な発言に目を丸くする2人。しかしその後、博士がフレデリカたちにしたものとだいたい同じ説明をユリカがする。もっともユリカは戦争の道具としてもより、人類の文明の発展に寄与する輸送道具としての面に重きを置いているようではあったが。この辺りは現代の戦争を知るユリカとそうではない博士との見解の間に乖離があるのは当然だろうか。
「なるほどー。ちょっと便利どころじゃないんだ。」
「ユリカちゃんも一緒に見つけたんだよな?フレデリカと一緒のレギオンってことにしといたらユリカちゃんもすごいご褒美もらえたんじゃ・・・良かったの?」
そう言ってユリカの顔をのぞき込むミライ。確かに彼女の説明を聞けばあのアーティファクトがおいそれと手放せるようなものではないということは誰にでもわかることである。しかしユリカは笑って答える。
「そうね。でも手放したおかげでもっと良いものが手に入ったわ。」
「「?」」
ユリカの言葉の意味がいまいち理解できていない様子のシャチハタとミライ。しかし続く言葉によって2人の不思議そうな表情は消え失せることとなった。
「あなたたちと一緒にする旅よ。」
「ふえっ?」
「ユリカちゃん・・・」
柔らかい微笑みと共に放たれたその言葉に頬を少し赤くするシャチハタとミライ。そして次の瞬間・・
「ユリカちゃん」
「好きー!」
「もふっ!」
いつにも増して激しいスキンシップを受けるユリカ。両端から2人の突撃を受け、その様子はさながら押しくらまんじゅうのようである。もっとも押しつけているのは背中ではなく、ふわふわのほっぺたであるわけだが。
「もうユリカちゃんってば女たらしだよ。罰としてずっと一緒だからね。」
「少なくともすごいアーティファクトを見つけて、魔法学園に行って、あと手紙を渡すまでは逃がさないぞ。」
「ふふ、逃げないわよ。」
会場の隅っこで実に幸せな表情をして人目も気にせずいちゃいちゃする3人。その様子は最早ここに来た意味など忘れてしまっているかのようであった。
そして3人がそのことを思い出したのはそれから程なくしてアナウンスが鳴り響いたときであった。
「皆様お待たせしました。これよりカートン大成果発表会を始めます。でははじめに審査委員長より・・・」
アナウンスを皮切りに成果発表会は滞りなく進行されていく。最初に個別では表彰されない程度の功績が前方の巨大掲示板に張り出された。
大方の観客の予想通りその掲示板には大手のレギオンが名を連ねており、ハンター個人の名前はなかった。
「山岳會、希望の風、あっ炎の牙もあるぞ。」
「まあーその辺りは安定してるよな。あーでも今回クリミナゼーションはいないのな。」
「あっ、ケンジさん。来てたんだ。」
ミライの言葉に対して後ろから突然言葉を返したのはケンジであった。
「まあ、近くにいるハンターで見に来ないやつはいないだろ。」
ケンジの言うとおり辺りに注意を向けてみると周囲からはハンター同士が会話していると思われる声が無数に聞こえてくる。会場に集っている人間の多くはハンターであるようであった。
「やっぱり気になるもんね。」
「まあ、表彰されている奴らはだいたいいつも同じだけどな。」
「ふっふっふ、今日は違うんだよねー。」
「え?お前ら何か知ってんの?」
シャチハタの思わせぶりな言葉に怪訝な表情を浮かべるケンジ。しかしそのケンジの質問に3人が答えるよりも早くメインイベントの時間がやって来た。
「それではこれより第2級勲功以上の個別表彰を執り行います。はじめに第2級勲功、レギオン黄金の夜明けカートン支部。前へ。」
「はい。」
アナウンスを聞き、何人かの男女が中央の壇上へと登る。そして周りからはさも当然といったような声が聞こえてくる。
「やっぱり今年も黄金の夜明けの一強かあ。」
「世界最大だもんな。何で一レギオンの支部が大陸中にあんだよ。」
「あれでもさっきはじめにって言ってなかったか?」
「この後も表彰が控えてるって事?もしかしてさっき名前のなかったクリミナゼーションかな?」
黄金の夜明けの受賞のさなか、観客たちから小さなざわめきが起こる。それはこれから程なくして国中を揺るがす事となる発表の前触れであった。
「次に特級勲功・・・」
「はああ?」
「特級う?」
「何だとお?」
アナウンスの途中ながら会場中に大きなざわめきが広がって行く。今までは静かにしていたハンターたちも口々に何かを話し出しており、会場内は異様な雰囲気に包まれていく。しかしそんな会場の様子など気にもかけずにアナウンスは続けられる。
「フレデリカ、フーウンジ両名は前に。」
「レギオンじゃないのか?」
「ていうか誰だよ?」
「何が起きてるんだ?」
「えっ?フーウンジさん?」
名前の発表を聞き驚く観客たちの声に混じって1人毛色の違う驚き方をするユリカ。そしてそんな彼女の顔をちらっと見てから楽しそうに壇上へと上がっていく影が2つ。
「フレデリカ、フーウンジ両名によるランクAアーティファクト、テルミヌス発見の功績を讃えここに表彰します。あなたたちは・・・」
長ったらしい話の後、フレデリカたちが賞状を受け取り壇上を後にする。
しかし彼女たちが壇上を去った後も会場の熱気がとどまることはなかった。ハンターたちはフレデリカたちの正体やなんやかんやについて議論し、新聞屋は記事をいち早く刷ろうと我先へと会場を飛び出していく。
混沌の発表会はこうして幕を閉じたのであった。
「いやーそれでフーウンジも一緒に受賞する羽目になったのよ。」
「はあ、そんなことがあったのですね・・・」
「それにしてもまさかユリカさんとフレデリカさんがお知り合いだったなんてすごい偶然ですね。」
「世間は狭いな・・・」
フレデリカたちの授賞式から約1時間後、世紀の発表によって国中が沸き立っている中ユリカたち一行とフレデリカたち一行は巨大なコロシアムの観客席で落ち合っていた。
もちろんこれからここで行われるのは建国祭の目玉とも言われる大武闘大会である。
観客席の近くには売店が建ち並び、入り口近くには賭けに参加する観客に向けたカウンターが設置してある。金を賭ける賭博場という性質から雰囲気で言えば競馬場や競艇場などに近いだろうか。
そしてそんな空気を肌で感じながらユリカたちがしゃべっていると、先ほどまで席を離れていたシャチハタ、ミライ、フーウンジの3人が何やら白い紙を持って席へと戻ってきた。
「あれ?あんたら金賭けるの?」
「はっ?」
フレデリカの言葉に思わずそんな声が出るユリカ。フーウンジはともかくミライとシャチハタが賭けに参加するのはあまりにも予想外であった。
しかしそんなユリカを尻目にけろっとした顔でシャチハタとミライが答える。
「うん。この前は勝ったんだぞ。」
「ミライちゃんはちびちび勝ってたよね。私は去年三連単狙って大負けしちゃった。今年は反省を活かすよ。」
「ええ・・・」
さも当然といった様子の2人の言葉に唖然とするユリカ。
(まあ、10歳から働けるような国だものおかしくはないか・・・というか2人の賭け方って対極なのね。)
「取りあえず、失ってもそんなに痛くない金額だけを賭けるのよ。」
ユリカに出来たことはそんなありきたりな言葉をかけることだけであった。




