第45話 やっぱり・・・兵器かなあ
「朝だよー。」
「おーきろー!」
「ふわあああっ!」
ユリカの1日は毎度のごとくシャチハタとミライの2人に布団をはぎ取られるところから始まった。
昨日散々歩いたにもかかわらず元気いっぱいの2人であるがそれもそのはずである。何せ今日は年に1度の国家を上げての祭りの日なのだから。
3人が朝食を摂り終え、通りに出ると既に町は昨日とは比べものにならないほどの活気に満ちあふれていた。
ガヤガヤ
通りは人々で埋め尽くされ、喧騒がユリカたちの耳を叩く。国中から王都に人が集まるというシャチハタの言葉は誇張でも何でもなかったようだ。
「すごいわね・・・」
今まで体験してきものとは比較にならないほどの人々の熱気に思わずそんな言葉が漏れるユリカ。 そうしてユリカが呆けていると2つの小さな手が彼女の手を握る。
「ぼけっとしてないで私たちも行こうよ。」
「お祭りは始まったばかりだぞ。」
はち切れんばかりの笑みを浮かべてユリカを引っ張る2人。そしてユリカもそんな2人の手を握り返す。
「そうね。行きましょうか。」
「「わふー!」」
手を繋いで人混みへと飛び込んでいく少女たち。
目指すは建国祭最初のイベント、建国記念パレードである。
一方その頃、白亜の宮殿にほど近い大きな宿の中ではその豪華な宿に泊まるにはいささか不釣り合いな格好をしたハンター2人組が眉間にしわを寄せて話し合っていた。
「申請してからもう3日よね。何で私たちこんな豪勢なところに軟禁されてるのかしら?」
「しらん。まあ飯もうまいし別にやることもないしよくね?」
「はあ?今日はもう建国祭なのよ?それにアーティファクト持って行ったら軟禁されるなんて話聞いたことないわよ。」
「まあ、アーティファクト見つけたってやつすら知り合いにはいないからなあ。」
朝っぱらから何かとうるさいこの2人組はもちろんフーウンジとフレデリカである。
ハンターの成果発表会に向けて、フレデリカがアーティファクトの発見という功績を王国魔法学会に申請してから3日間、彼女たちは富裕層御用達とでも言えるこの豪華な宿から出られないでいた。
「なんか警備もすごいし、なんか変な感じがするわ。」
午前午後で交替しながら中庭に常に立っている2人組の警備を横目で眺めながらそんなことを呟くフレデリカ。しかしフーウンジはそこまで気にしていないようであった。
「確かにあそこの他にも入り口と建物内にも何人かいたかんな。でも高級な宿なんてみんなこんなもんなんじゃねえか?」
何かを勘ぐっているフレデリカに対して気楽な様子のフーウンジ。そしてそんな2人の会話を遮ったのは不意に聞こえたノック音であった。
コンコン
「あ、やっとみたいね。どうぞー。」
ようやく解放されると思ってウッキウキで返事をするフレデリカ。そしてそんな彼女の言葉を受けて入ってきたのは中老の男性であった。
「失礼します。私は王国魔法学会特別顧問、グライ・マドロクと申します。」
「王国・・・何だって?」
「グライって、あのグランドアルケミストの?なんでこんな大物が・・・」
男性の名乗りに対してそれぞれ全く違った言葉を返す2人。そしてそんな2人の反応を聞いて彼が言葉を続ける。
「そんな風にも呼ばれていますな。フレデリカさんの方も博士と言えば聞いたことぐらいありませんかな?」
「あっ、ボルンの知恵袋って言われてた・・・」
博士という言葉を聞いてフレデリカにも思い当たる節はあったようである。彼はボルンの町の大貴族トッケン侯爵に使える博士、ボルンでは知らぬもののいない有名人であった。
「でもあんたってボルンの貴族様に使えてるのよね?何でここに?」
「建国祭のアーティファクト審査の時だけは私もかり出されるというわけですな。何分、私はアーティファクト研究が専門でしたし・・まあそれはさておいて。」
フレデリカの疑問に対し端的に答え話題を変える博士。彼がこの場にやって来たのは当然世間話をするためではなかった。
「まあ、わかっているとは思いますが今回私が来た目的は件のアーティファクトについてです。」
「やっぱりそうよね!それで、私は爵位はもらえるのかしら?」
博士の言葉を聞いてかぶせ気味に返事をするフレデリカ。しかし博士は落ち着いた様子で話を進める。
「まあそう結論を急がずに。ときにフレデリカさん、アーティファクト発見の功績でハンターが国から爵位を賜ることはどのくらいあると思いますかな?」
「えっ?2,3年に1人くらいじゃないの?」
博士の話の腰を折るかのような質問に不思議そうにしながらも答えるフレデリカ。そんな彼女の答えに博士は少し笑みを浮かべながらこう返す。
「くくく、違いますなあ。ここ100年で3回。それほどまでに珍しいことなのです。」
「ええっ?そんなに少ないの?」
「まあ確かにそんなにポンポン渡してたら世の中貴族まみれになっちゃうよな。」
フーウンジの言うとおり、そんなに簡単に貴族になれるわけなどなかった。
しかし博士がそんなことをわざわざ説明する意味は何か。フレデリカは思い至っていないようであったがそれは明確であった。
「で、それで何なのよ?私も爵位はもらえないってこと?」
「くくく、その逆ですな。」
「え?」
「まじかよ・・・」
博士の言葉に思わず息をのむフレデリカとフーウンジ。そしてフレデリカにとって最高の言葉が告げられる。
「審査の結果、フレデリカ、フーウンジの両名が発見したアーティファクトはランクAと認定されました。これによりフレデリカさんには子爵位、フーウンジさんには男爵位が授与されることが決定しました。」
「やっ・・・たわあ!」
「子爵う!?ていうか俺も男爵って・・・」
飛び跳ねて全身で喜びをあらわにするフレデリカと対照的に予想外すぎて素っ頓狂な声を上げるフーウンジ。
そして不思議そうな表情を浮かべるフーウンジに対して博士が補足の説明を行う。
「発見したアーティファクトは4段階評価中の最高評価のAですからな。それもただのAではありません。なんとナインジェネシスの可能性すら出てきているのですぞ。」
「へえーナインジェネシスがなんだかは知らないけれどまあ良いわ。」
最早貴族になれることが確定したため些細なことはどうでも良いフレデリカ。もっとも博士にとってそれは、とても些細なこととは言えないようであったが。
「なんと、ナインジェネシスすら知らないとは・・・まあいいでしょう。そしてここからが最も重要な話なのですが。」
フレデリカの言葉に驚いたような表情を返す博士であったが、それでもナインジェネシスに関しては一旦棚上げすることに決めたようである。
彼は1度辺りをぐるりと見渡すと先ほどよりも真剣な表情で話し始める。
「お二人が発見したアーティファクトは国家間のパワーバランスを崩してしまうほどの代物だったのです。」
「はあっ?いくら何でも大げさでしょ?」
「国家間って、そんなにか?」
博士の放ったやたらと仰々しい言葉にいぶかしみの目を向ける2人。そしてそんな2人の反応を受けて彼も詳しく説明を始める。
「いえ、大げさではありませんな。そしてそのアーティファクトを起動できるのは今のところフレデリカさんだけなのです。要するに今のフレデリカさんは国家間のパワーバランスを担う存在、その重要度は大臣相当です。まあ、今から説明しますので・・・」
そう言うと1つ咳払いをして語り始める博士。
国家間のパワーバランスを崩すとまで評されるそのアーティファクト。その特異性は圧倒的な輸送力にあった。
「あのアーティファクトの容量は底なしです。例えばあのアーティファクトを戦争時の兵站輸送に活用した場合、輸送兵は必要なくなりますな。そもそも兵士をあのアーティファクトに格納すれば、数千人単位の軍を敵国首都に突如として出現させることすら可能。学会でもこれは輸送道具ではなく戦術兵器と位置づけています。」
「うへえ、確かにそう聞くとやばいわね。」
実際の用途を聞いて納得するフレデリカ。そのアーティファクトは誰の目から見ても明らかな圧倒的なオーバーテクノロジーであった。
そして彼女が納得したのを確認して博士が本題に入る。
「そういうわけでフレデリカさんには暫定的に護衛をつけます。もしさらわれるようなことがあれば事ですからな。まあ、情報統制を敷いているので問題はないと思いますが。」
「護衛?」
「ええ、そろそろ来る頃ですな。」
博士がそう言うとまるで見計らっていたかのようなタイミングでドアがノックされた。
コンコン
「ついたようですな。どうぞ。」
「失礼する。」
博士に促されて部屋へと上がって来たのは三人組の男女であった。入ってくるなり銀髪の美少女が自己紹介を始める。
「アルメリア・アガトームだ。一応騎士団副司令を務めている。こちらはガーディ卿とクレアだ。」
「あ、アルメリアってこれまたとんだ大物が来たな・・・」
「あっ、2年前の武闘大会で大暴れした人ね。」
「まあ、そういうこともあったな・・・取りあえずそれは良いとして本題に入るとしよう。」
フレデリカのいささか物騒な言い回しに思うところがあったような様子のアルメリアだが、一先ずは置いておくことにしたようである。彼女の目的はフレデリカたちにこれからの行動を説明する事であった。
博士が部屋を訪れてからおよそ1時間、フレデリカたちにとって驚きの連続であった説明会も大詰めである。
「まず、2人は発表会に出席してもらうのでそれまでここにいてもらいたい。」
「へえー。まだ待機なのね。」
「申し訳ありませんがそうなりますね。その後もお二人は貴族になられますから色々とやっていただくことがあるのですが・・・」
「私は直接護衛には付いていられないが基本的にガーディ卿、クレアの両名がフレデリカ嬢の任命式まで護衛に付くこととなる。とは言えおそらく何もないとは思うが。」
アルメリアからの説明はこれだけの簡単なものであった。後のことはクレアとガーディから改めて説明されるようである。2人が解放されるのは当分先になるようであった。
「まあ、全ては発表会が始まってからってことね。」
説明を聞き終わりそうしめるフレデリカ。こうして彼女たちの忙しい1日が幕を開けたのであった。
そして彼らの話が終わった丁度その頃、町の中心と貫く大通りでは、建国記念の絢爛豪華なパレードが催されていた。その最前列ではユリカたちがパレードに向かって手を振っている。
「わあーやっぱり綺麗だぞ。」
「最高権力者だもんね。」
そこでシャチハタとミライ2人はその視線をパレードに釘付けにして楽しそうにはしゃいでいる。
しかし
「あの男は・・・」
ユリカだけはその目線をパレードではなく、道ばたの1人の大男に向けていた。
2メートルを優に超える巨体、全ての光を飲み込みそうな漆黒の髪そして見る者を威圧する深紅の瞳。それは海辺の町ベネト、そこでユリカが目にした惨劇の主であった。
(なんか嫌な予感がするわね・・・)
1人警戒を強めるユリカ。
いや、1人ではなかったか。
「あのガキは・・・」