第42話 絶対に当たる攻撃
「え?何言ってるんだユリカ?」
「急にどうしちゃったの?」
ユリカの発言を聞いて戸惑いを隠せない様子の2人。しかしユリカはそんな2人を見ても揺るぐことなく言葉を続ける。
「手紙、見たのでしょう?シャチハタもおかしいと思わなかったのよね?」
「・・・」
またしても沈黙がその場を支配する。しかしそれはすぐに破られることとなった。
「残念。知りさえしなければ幸せでしたのに。まことに、残念ですね。」
「うっ。」
ミライとシャチハタの姿をしていたものが発した2人とは似ても似つかない声を聞きユリカの背筋に悪寒がはしる。
場の空気が変容していた。まるで喉元に刃を突きつけられているかのような、そう錯覚してしまうほどに。
(最初に奇襲をかけるべきだったかしら?これは失敗したかもしれないわね・・・)
自身の本能が危険信号を告げる中、ユリカの脳裏にそんな考えがよぎる。そしてそれはどうやら正解であったようだ。
「「本来であれば出会うこともなかったでしょうに。お互いついていませんでしたね。私は幻想、無依の偽装者。」」
(お互い?)
ユリカが一瞬不思議に思ったその瞬間であった。
ゴバアッ!!
シャチハタとミライの姿が同時に崩れ去り、中からは黒い綱のようなものが這い出てくる。
「っ!これは。」
ユリカの目線の先でうごめいているそれは人間の腕であった。とは言え相手はもちろん人ではない。
(腕が何本も集まって体を構成しているのかしら?それにしても気持ちの悪い・・・)
例えるならそれはイソギンチャクに似ているだろうか。もっとも無数にうねっているのは触手ではなく人間の腕であるわけだが。
とにもかくにもそれは地べたを蠢く腕の群れであった。
「うおおっ!何だこいつ?」
その姿を見て声をあげたのは先ほどまで不思議そうに3人の会話を眺めていたケンジであった。
(ケンジさんは本物か。まずいわね。あの子たちは今二人きりということになる。最悪あっちにも偽物がいる可能性も・・・)
肉食の猿や猛獣ですら蹴り殺す鳥がいるような場所に戦闘能力のない2人だけでいるというのは自殺行為に近い。偽物がいなかったとしても予断を許さない状況である。
全てにおいて余裕のないこの状況でユリカの戦いは始まった。
「ケンジさん!」
「魂、頂戴しますね。」
火蓋を切ったのはお互いの声。
ユリカがケンジに向けて叫ぶのと相手が動くのは同時であった。
ゴオッ!
黒い腕が伸びてユリカへと迫る。スピード自体は大したものではないがその数は10を超えており、回避を許さない厄介な攻撃である。
(躱すのは無理ね。)
「絶滅の三刀っ!」
ザンッ!
ユリカの詠唱と共に必殺の魔剣が顕現する。音もなく現れたそれはユリカの眼前に迫る黒い腕を切り落とした。
しかし、腕を切り飛ばされたにもかかわらず相手にひるんだ様子はなかった。すぐさま第二陣が放たれ、またしても無数の腕がユリカに襲いかかる。
(効いていない?いや、痛覚がないだけかしら?攻撃に躊躇がないことを考えると腕は再生できるとも考えられるわね。幻術の魔法を使ってごまかしてる可能性もあるか。とにかく腕を切っても決定打になる可能性は低いわね。)
敵の攻撃からいくつかの推測を立てるユリカ。そしてそうこうしている間にも敵の攻撃は迫ってくる。
次に迫ってきたのは先ほどの倍ほどの腕であった。
しかも嫌らしいことに速度と角度にばらつきがあり一撃では全てを防ぐことは出来そうにない。かといって2発目の魔法が間に合うこともない、対魔法使いを熟知した絶妙な攻撃である。
「くっ!」
後ろへ飛び退き、1本目を避けるユリカ。そして間髪入れずに迫る2本目を剣の魔法で迎撃する。
(狙いは射程内の5本。)
「一刃にて其を断つ」
ザンッ!
飛び込むように回避しながら剣の魔法を放つユリカ。激しく動きながらにもかかわらず寸分違わず放たれたそれは、一撃で5本の腕を切断する。
そして
ドガガガガッ!!
角度をつけて上の方から迫っていた腕の群れは、寸前で回避されたことにより勢いそのままに地面に激突した。
(残り6本!)
しかし安心している暇はない。最初の腕よりほんの1,2秒遅れて突撃してきた腕がその軌道を修正し回避直後のユリカに殺到する。
(体勢的に回避は不可能。詠唱も間に合わないか。仕方ないわね。)
一瞬のうちに思考を済ませ、腕が到達する刹那の間に自身の腕を相手の腕と自身の体の間に滑り込ませるユリカ。
そして次の瞬間、彼女を強烈な衝撃が襲う。
ドッ!
「がっ!」
何とかガードしたものの衝撃で後ろへ吹き飛ぶユリカ。しかし一瞬の時間を稼ぐことには成功した。
「絶滅の三刀おっ!!」
ズドッ!!
吹っ飛ばされながらも何とか詠唱を完了し追いすがる腕たちを両断する。
何とか攻撃をしのぎきったユリカであったが無傷というわけにはいかなかった。
「痛あ・・・」
痛む腕を押さえながら立ち上がるユリカ。威力自体は一般人のパンチ力と大差ないが小さなユリカに取っては腕に受けたとしても恐ろしい威力である。
しかも問題は防御面だけではなかった。
(追撃が来ないわね。距離が離れたから射程外と言うことかしら?でも近づかれたらまた攻撃されるし、なにより問題なのはこっちから攻撃できないことね。)
今までの攻防からそう戦局を判断するユリカ。そう、1番の問題はユリカ側から攻撃を仕掛けるのが困難であることであった。
ユリカが現在使用可能な攻撃用の魔法は4つ。キツネの火炎球、剣の魔法、光の帯の魔法、そして犯罪者からコピーした虐殺火炎弾である。
(大前提として腕にダメージを与えてもあまり意味はない。でも見たところ腕の集まりにしか見えないのよね。急所は幻術の魔法で隠しているということかしら。火炎系の魔法は弾速が遅いし、光の帯で飛ばせそうなのも小石だけ、剣の魔法はだいたいが射程外ね。よって唯一効果的なのが千撃千殺だけれど射線上にケンジさんがいるときたか・・・)
苦虫をかみつぶしたような顔で敵をにらむユリカ。今まで先頭にケンジ、最後方にユリカという隊列で歩いてきたため、彼女とケンジは敵を挟み込むような格好で立っていた。
普通の戦いであれば敵を挟み撃ちにすれば大幅な有利だが、今回の場合はユリカの最強魔法を無効化する要因となってしまっていたのだ。
しかしそれは同時にユリカの勝利条件を明確に示していた。
(要するに射線上からケンジさんが外れれば勝ちね。ならば!)
「ケンジさん何とかこっち側に回り込んでくださいっ!」
準備を整えた直後、そう叫び一気に走り出すユリカ。敵に向かって一直線に距離を詰める。
そしてユリカが距離を詰めた瞬間、黒い腕もそれに呼応するようにまた動き出した。
(よし、食いついた。)
「その紅弾は焦土を築く」
しかし今度は仕掛けたユリカが先手をとる。彼女の目には既にきらめく紅弾が映っていた。
ゴオッ!
音を立てて腕の群れに迫る紅弾。しかしその速度は大したことがない。
「鈍い攻撃ですね。」
余裕の様子で炎の玉をはじき落とす魔物。しかしユリカの狙いはこれからであった。
ボオッ!
敵の腕に着弾した瞬間、弾丸の中身が飛び散りそれらが激しく燃え上がった。そしてその中身は至近距離で赤弾をガードした敵にももちろん降り注いでいる。
「なっ?これはっ!」
ただの火球でないとようやく気がついた敵であったがそれは少し遅かったようだ。既に何本もの腕に飛び火をし、その体は炎に包まれつつある。
(放火魔の使っていた魔法、ただの火球じゃなくて焼夷弾だったのよね・・・)
焼夷弾。通常の弾丸や爆弾と異なり、目標に着火させて焼き払うことを前提に開発された兵器である。そのため焼夷弾の中には爆薬ではなく1度火がついたらそうそう消えない燃料が入っているのだがホウカ・マーの虐殺火炎弾は見事にその構造を再現していた。
(まあ、火力自体はたいしたことないからそのうち消されるけれど、あまり強いとケンジさんまで焼くし丁度良いわね。)
腕を滅茶苦茶に振り回して消化を試みる相手を見ながらそんなことを考えるユリカ。彼女の予想通りその火は既に半分以上が消えかかっていたが、その魔法は十分に役目を果たしたと言えるだろう。
そう、ケンジが無事に回り込むまでの時間を稼ぐという目的を。
「回り込んだぞー!」
魔物たちが炎を消すのに躍起になっている間にケンジが魔物の横を走り抜ける。
(よし、ケンジさんは無傷ね。私の方を2人がかりで攻撃していたのかしら?)
「こっちへ!」
そう叫びつつケンジの方に走り込むユリカ。そして敵が火を消し終わったのと同時にユリカとケンジの位置が逆転する。
「後ろにいてください!」
「お、おうっ!」
ユリカの指示を聞いて全速力で彼女の後ろに飛び込むケンジ。これでユリカの最強魔法を遮るものはなくなった。
全ての条件が整った次の瞬間、ユリカの目に殺意の嵐が映し出される。
形は剣、機能は切断、それはこの上なくシンプルな武力の象徴。
「千撃千殺(《サウザンド・エクスティンクション》」
ザアッ!
現れたのは千の剣。それらが明確な殺意を持って腕の群れに殺到する。
「こ、このおおおおぉぉ!!」
とっさに腕を前に突き出し防御を試みる相手だったが、それらの努力は一瞬にして水泡に帰した。
剣の群れが圧倒的な威力で持ってその場の敵を蹂躙する。腕による防御など最早何の意味もなしていなかった。
剣の雨が降り止んだとき地面に残っていたのは、おびただしい数の剣と怪しく輝く2つのコアであった。
(はあ、何とか勝てたわね。後はあの子たちとどうやって合流するかだけれど、急がないとまずいわね。)
ひとまず二匹の魔物に勝利したユリカ。しかし彼女はすぐさま次の問題の解決に取りかかっていた。
そもそも1番の問題はユリカが魔物に遭遇したことではなく、むしろ戦闘のできない2人とはぐれてしまったことである。しかも厄介なことに自分の現在地までわからないと来ているのだからユリカが焦るのも当然であった。
(町の外ではぐれた場合はのろしを上げるように言っておいたけれどもこのもやでは例え上がっていたとしても見えない。こういうときはあの子たちの行動パターンを読むしかないわね。とにかく急がないと・・・)
辺りを見回しながらそんなことを考えるユリカ。どれだけ素早く合流できるかでシャチハタとミライの生存率が変わるのは自明なのだから彼女が急いでいるのも当然である。
そう、今回ユリカはミライたちとはぐれたことが確定した時点で表情に出さずともかなり焦っていた。本来であれば戦っている暇すら惜しいほどなのだ。故に勝ちを確信した瞬間には既に彼女の思考の大半はどうやってはぐれた2人と合流するかにシフトしていた。
今、彼女の判断力は普段よりもほんの少しだけ鈍っていたと言えるだろう。
故に彼女は気がついていなかった。
「ケンジさん。これからのこと・・・」
ヒタ・・・
ケンジにこれからの方針を伝えようと振り返ろうとしたユリカの足に何かが当たる。
「え?」
足に感じる冷たい感触から足下に視線を落とすユリカ。そこで彼女の目に映ったのは自らの足首を掴む黒い腕の姿であった。
「はっ?」
(なんで?倒し切れていなかった?いや、コアは2個、ということは新手?いや・・・)
「ぜつめ・・・」
「ついて、いませんでしたね。」
完全に油断していたところに特大のインパクトを与える奇襲。それはユリカの判断力をほんの一瞬奪い去ることに成功していた。
そしてその一瞬こそ敵が求めていた最大の好機であった。
ドガガッ!
「かっ・・・」
ユリカが詠唱するよりも早く黒い腕が彼女の首を押さえつける。
「魔法使いは詠唱がないとただの人ですよね。」
「か、あ・・・」
無数の腕に首を絞められ苦しそうにもがくユリカ。しかし少女の腕力で出来る抵抗などたかがしれていた。いくら必死に腕に力を込めてもそれは相手の腕に軽くひっかき傷を作る程度に終わる。
腕力勝負になった時点で彼女の敗北は決まっていたのだ。
そして彼女が苦しんでいる間も魔物はのんきに話を続けている。
「私も本当はこんな人里近くには来ないのですが。全てはあの女のせいですね。同胞も死ぬし本当についていない。」
「何しに来たんでしょうかね、あの女。魔物を集めてなんかしてるみたいですが。私もさっさと帰りたいんですよ。」
「それにしても、まさかあれほどの魔法を持っているとは。私も魔法使いでしたら100人くらい殺しましたがあれほどのものは初めて見ましたよ。あなたが死んでしまうのは人類にとっての損失でしょうね。」
「本当にくらわずにすんで良かったですよ。全くじゃんけんに勝ってこれほど特をしたのは初めてですね。」
「そう言えばそろそろ死ぬ頃ですかね?あ、もしかしてもう死んでいますか?」
散々しゃべったあげくそんな言葉を吐く魔物。しかし長い間首を締め上げられ続けたユリカに最早抵抗する力が残っていないのは明らかであった。
先ほどまで必死に力を込めていた腕ももはや力なく垂れ下がっている。
「死んでそうですね。うん、これは死んでいる。間違いない。」
念のためにユリカの顔をのぞき込んでそう判断する魔物。彼女の口からはだらしなくよだれが垂れ、その目には最早生気は宿っていない。
それはその魔物が今までに何百回と見てきた末期の人間の姿であった。
「まあ、子供にしては頑張った方だと思いますよ。本当に、ついていない、ですね。」




