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第41話 自らが幸せであると客観的に証明しなさい(400字)

 澄み渡る青空の下、ユリカたち一行はケンジを先頭にして平坦な田舎道を歩いていた。王都を出てから約1時間、道を行くユリカたちの目に映るのどかな風景は一向に変化しようとしない。

 とは言えユリカたち一行は別段そのことを気にしている様子はないようだ。


「平和だなー。」


「平和ねー。」


「平和だねー。」


 温かい日差しに包まれて気分はピクニックのユリカたち。時間がないわけでもなく、お金にもある程度の余裕がある今の彼女たちに焦りはなく、皆が皆これから行く目的地への思いを馳せながらのんびりとその道を進んでいく。


 そうしていつまでも続くかに思われた田舎道であったが小高い丘を越えたときユリカたちの目の前の景色は一変した。


「「「おおっ!」」」


「お、見えたな。あれがアガトーム大渓谷だ。」


 ユリカたちの目線の先に広がっていたのは色とりどりの植物に彩られた広大な谷であった。

 中央を流れる巨大な河川が渓谷を2つに分断し、彼方には無数の岩峰が点在している。


 アガトーム大渓谷。

 かつてここで1人のハンターがアーティファクトを発見し、渓谷全体がダンジョンへと指定された経歴を持つ王国最大の面積を誇る巨大ダンジョンである。

 なお、アーティファクトは今でも発見され続けており、国内だけではなく国外からもハンターたちが訪れ続ける夢の溢れる地でもあった。


 もっともこのダンジョンの魅力はアーティファクトだけにとどまらない。


「ああっ!あそこなんかいるぞ。」


 ミライが指さす先には体長が5メートルはあろうかという巨大な鳥が歩いていた。ダチョウにも似ているが特筆すべきはその体を覆う羽毛の美しさであろう。引き込まれるような深い青色をした羽毛はミライの視線を釘付けにしている。


「おっ、あいつはキッキングバードだな。こんな外れの場所に出るなんて珍しい。ここにはダンジョンの外にはいない生き物がたくさんいるんだがあいつもそのうちの一匹だ。」


 ダンジョンと呼ばれるだけあり大渓谷には珍しい動植物が数多く存在していた。そこらに生えているカラフルな草1つとっても、外にはない漢方の原料であったりすることがざらにあるのだ。

 このダンジョンはその広さ故に人が立ち入っているのは全体の3割以下であるとさえ言われており、未知の資源の宝庫としても注目されているようであった。

 とは言え、その分様々な未知の危険も隣り合わせに存在しているわけだが。


(キッキングバードか。近寄らない方が良さそうね。)


 ケンジの言葉を聞いて地球にも存在した人を蹴り殺す鳥のことを思い出すユリカ。

 そしてすぐにユリカの予想を裏付けるかのような出来事が起こった。


「あ、あのちっちゃいのはなんだ?」


「ん?ワンダーパンチャーズを見たことがないのか?あれは結構いろんなところに出るだろ。肉食だから鳥を襲いに行くんだろうな。」


 質問に答えるケンジの目線の先には5匹ほどの猿の群れがいた。猿の体長は一メートル程度であり、遠目から見てもかなり発達した前腕を持っていることがわかる。


(なんかこの世界の動物の名前ってずいぶんストレートよね・・・)


 口には出さなくとも動物のネーミングに思うところのあるユリカ。そうして彼女が呆れていると唐突に猿の一匹が巨大な鳥に襲いかかった。

 しかし


「あっ。」


 次の瞬間の光景におもわず声をあげるユリカ。予想していた通り猿が鳥の蹴りを食らったのだが、その威力が彼女の想定を大きく超えていたのだ。


バチャッ!


 10メートル以上も宙を舞い、巨大な岩にたたきつけられてグチャリと潰れる猿。いくら体が大きいとは言えとんでもない威力である。

 人間どころか虎やライオンなどの猛獣ですらくらったらひとたまりもないだろう。


キィー!キィー!


 敵わないと見たのか鳴き声を上げて逃げていく猿たち。しかし鳥の方は既に猿に興味をなくしているようで追っていくといったことはなかった。

 何事もなかったかのように悠然とその場を闊歩しているその鳥の様子は、さっきのやりとりがこの渓谷では日常的に行われていることを感じさせている。


「ふわあっ!びっくりしたぞ。」


「蹴られたら死んじゃうね。気をつけないと。」


「まあそうだな。よしじゃあそろそろ俺たちも行くか。ワイバーンの巣はもう少し登ったところにあるからな。」


「うーん。もう少しこの辺りを見てたいけど、そんなに時間もないしな。」


 鳥と猿のやりとりも見終わったところで3人に声を掛けるケンジと名残惜しそうに返事をするミライ。

 渓谷は興味を引く珍しいもので溢れてはいるが、それらの観察にかまけて本来の目的を忘れては本末転倒である。もっともユリカたちは最悪依頼を達成できなくてもあまり困ることはないのだが、わざわざついてきてくれたケンジをないがしろにすることは出来なかった。


「じゃあ、まずは奥に見えるあの峰を目指すぞ。基本的に見晴らしは良いが魔物の襲撃には気をつけろよ。」


「うん。見張りは任せて欲しいぞ。」


「魔物はユリカちゃんが鏖殺するから安心して。」


「お、おう・・」


 シャチハタの台詞を聞いてちょっと言葉を詰まらせたケンジであったが、それ以外は特に問題もなく出発する4人。

 丘をくだりダンジョンへと足を踏み入れ、川沿いまで来るとそこは確かに別世界であった。


(砂浜みたいな地面ね。それに生えている植物はずいぶんカラフルだし、さっきまでの田舎道とは全く違う環境だわ。何だが現実じゃないみたい・・・)


 改めて周りに広がるファンタジーな光景を見て、そんなことを考えるユリカ。遠くから見ただけでは見えていなかった様々なものが彼女の好奇心を刺激している。


「あ、川になんかいるよ。」


「でっかい魚がいるぞ。」


 周りの植物に気をとられていたユリカに対して、シャチハタとミライは巨大な川の中が気になっていたようであった。

 ユリカもその川に目を向けてみると確かに大きな魚影がいくつも見える。

 さらに川縁に目を向けるとそれらを狙っているのか釣り人のグループが協力して大きな釣り竿を設置している。


「あの人たちもハンターなのかしら?」


「まあ似たようなもんだがあいつらは漁業組合の奴らだよ。」


 ユリカの呟きに説明を返すケンジ。どうやらこの世界でも漁労と狩猟は区別されているようであった。

 とは言えこの世界には漁業権は存在しないので、ハンターが漁業組合に所属することなく魚をとることも可能ではある。そのため漁業組合と言ってもハンター組合のような公の組織ではなく、むしろ漁業専門のレギオンとさえ言えるかもしれない。


「ちなみに鉱石を掘りに来ている鉱夫なんてのもいるぞ。まあ、魔物の危険があるから数自体は少ないんだが。」


「命を売ってお金を稼いでるんだね。」


「ま、まあそういうことにもなるのか?でもまあそれ言ったら・・・」


 シャチハタの鋭い一言に対して少し考え込むそぶりを見せるケンジ。そしてその言葉を聞いて考えさせられていた人間がもう1人いた。


(それを言ったら私たちハンターもよね。こんなところに来ている以上、やっぱり町で仕事をしている一般人に比べたら危ない生活を送っているのは事実。命の値段、か・・・)


「はあ・・・」


 周りの景色を眺めながらここまで考えて一息をつくユリカ。

 彼女の目の前の美しい大自然は全ての人類に平等に開かれている。それはこの世界の美点であろう。

 地球であればどんな場所であろうともそこは誰かのものになっていた。人が住める平地、山、川、海、果ては空や、仮想の電子空間まで。

 しかしそれは同時にどんな場所でも人間の手がある程度入っていることを示していた。少なくとも登山道を歩いていて未知の生命体に襲われることはないはずだ。


 目の前で楽しそうに笑っているシャチハタとミライを見ながらユリカはさらに考える。


(でも、少なくとも日本は身分の差による安全性の差異はなかった。まあ貧富の差はあったけれども。でもこの世界は違う。少なくともこの子たちはこんな危険な場所に来る必要はなかったのよね・・・)


「本当に一緒についてきてもらって良かったのかしら?」


 誰に向けてでもなく小声でそう呟くユリカ。もちろん彼女は2人が自分の意志でついてきたことを知っている。今の生活を楽しんでいることも知っている。

 しかしそれでも彼女は考えずにはいられなかったのだ。


(私はあの子たちの幸せを壊してしまったのではないかしら?)


 普通であれば自分で選択したことだからで済ますところではあったが、シャチハタとミライがまだ11歳なのだからさすがにそういうわけにはいかなかった。もちろん本来であれば14歳のユリカもまだ扶養されるべき年齢ではあるのだが、自分が1番年上なのだから責任は持たなければいけないというのが彼女の理屈であった。


 それにユリカの幸福に関する考え方も良くなかった。

 彼女は幸福度を物質的な豊かさで考えていた。要するにお金を持っている人間は持っていない人間よりも幸福だし、住む場所がある人間はない人間よりも幸福という至極当たり前の感覚なのだが彼女はこれがかなり極端であったと言える。

 例えばお金では買えないなんやかんやとか、心の充実がどうとかといった絶対的な価値を想定出来ないものは、主観が入るからという理由で幸福の判断基準から完全に排除していたのである。


 そしてこの論でいけば彼女がシャチハタとミライにしたことは最悪なことである。何せ豊かで安全な生活を奪ったのだから。


(客観的に見たら間違いなく不幸にしたのよね・・・)


「はあ。」


 散々考えたあげくその結論が出てきてさらに落ち込むユリカ。完全に自爆であるがここまで真剣に考えるのは彼女の責任感によるものなのでどうしようもなかった。自身のものの考え方と性格が見事に負のスパイラルを作り上げていたのである。

 そうしてこのまま延々と考えが悪い方に傾いて行くかに思われたとき、不意に前から声が上がった。



「お、あの岩山の出っ張り、巣がありそうだな。」


 ユリカの思索を止めた声の主は先頭を歩いていたケンジであった。ユリカが考え込んでいた間に4人はずいぶんと進んでいたようである。

 いつの間にか周囲の景観もカラフルな植物で覆われたファンタジーチックなものから、うっすらと霞がかった岩肌の目立つ山道へと変化していた。


(ずいぶんと考え込んでしまったみたいね。それにしてもこんなに風景が変わるものかしら?)


 周りの景色の変わりようを少し不思議に思い歩いてきた道を振り返るユリカ。振り返った先にもゴツゴツとした山道が延々と続いている。霞のせいで遠くまで見通すことは出来ないが、かなり進んだということだけは間違っていないようである。


「じゃあ、あそこに卵があるんだな。ワイバーンはいるかな?」


「いたらユリカの魔法でやっつけちゃえば良いんだよ。」


「うん?まあ、そうね。」

(あれ?今何か・・・)


「それにしてもここまで結構かかっちまったな。」


「あんまり遅れたら今日中に帰れなくなっちゃうね。」


「その時はここに泊まれば良いぞ。帰るのは明日になっちゃうけれど見れなかったところもたくさんあるし。」


「うん?」


 ミライの台詞を聞いて今度は明確に首をかしげるユリカ。その理由はもちろん建国祭である。


(あれ?建国祭よりもダンジョンを見ていたいのかしら?楽しみにしていたと思っていたのだけれど。)


「ここに泊まると建国祭に出られなくなってしまうわね。」


 不思議に思ったユリカが前を歩くミライに話しかける。このとき彼女を包んでいたのはえもいわれぬ違和感であった。


「あ、そう言えばそうだったぞ。」


「ミライは忘れん坊だね。」


 ユリカの言葉に頭をかきながら間抜けな返事をするミライ。そしてそんなミライの言葉を聞いてシャチハタが面白そうに笑う。仲睦まじい姉妹のやりとりであるがユリカはそんな2人の様子を見てもいつものように表情を緩ませることはなかった。


「あっ・・・」


 ユリカが急に立ち止まって小さく声をあげる。どうやら違和感の理由に気がついたようだ。何かがいつもと違う。その何かにようやく思い至ったのである。


 そしてユリカは前を歩く2人を見つめて確証を求めるべく口を開く。


「そういえば、ベネトでミライが受け取った手紙、結局何が書いてあったの?」


 それは何の気なしに出た質問であった。ただ手紙の内容が気になるだけという、日常的な会話の一幕。

 もっともそれはエリサとの出会いについて知らない人間が見たらという枕詞がつくが。

 振り返ったミライがさも当たり前のように口を開く。


「え?ただの近況報告だったよ。」


「そう・・・」


 この瞬間、ユリカの疑念は確信へと変化した。


(やっぱり・・・これからどうしたものかしら?逃げるのも良いけれど・・・まあ、仕方ないわね。)


 一瞬のうちに考えをまとめるユリカ。自分の置かれた状況が異常であるとわかった上で彼女は慌てることはない。理由は慌てることに意味がないから。人間関係においてはめんどくさい彼女の思考回 路もこういった場面では非常に役立つものである。

 そして方針を固めたユリカが立ち止まり、前を行く3人に声を掛けた。


「3人に1つ聞きたいことがあるのだけれど。」


「ん?なに?」


 ユリカの言葉を聞いてもう一度振り返るミライたち。その顔には多少怪訝な表情を浮かべているが、ユリカにとっては最早表情の変化などは重要ではなかった。


「大したことではないのだけれど。」


 そこまで言って一呼吸置くユリカ。呼吸を整え、乱れた心を落ち着かせる。

 決心していてもやはり本能というものは存在するのだ。とは言え本能を論理でねじ伏せるのがユリカという人間ではあったが。


・・・


 少しの間、場を沈黙が支配する。

 賑やかな鳥の歌も川のせせらぎも最早この場にはない。辺りに響くのは岩の隙間を通り抜ける不気味な風の音だけであった。


そしてそんな沈黙を破り、ついに彼女は賽を投げた。




「あなたたち、誰?」

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