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第40話 世の中いろいろな人がいるものです

「朝だよ、ユリカちゃん、起きてー!」


「うう?あさあ?」


「組合に行くぞー!」


「うう、あと5分・・・」


 組合に近い安宿の一室でユリカはシャチハタとミライの2人に揺り起こされていた。昨日はあの後ケンジから近隣の情報を聞いたり、ギルド内の誰でも閲覧可能な資料集を読んだりと情報収集に徹した3人、全ては今日の初仕事を成功させるためである。ユリカの計画にぬかりはなかった。

 もっとも、朝早く起きられるかどうかというのは彼女の勘定には入っていなかったようだが。


「「起きろー!」」


「ふわあああっ!」


 息ぴったりの連携でユリカの布団をはぎ取るミライとシャチハタ。この2人、ユリカと違って朝から元気いっぱいである。


「はあっ!朝か!」


 布団を持って行かれたことでようやく完全に目が覚めたユリカ。数瞬遅れて彼女を見つめる2人の視線にも気がつきその顔を少し赤く染める。


「ご、ごめんなさい。朝はどうしても弱くて。」


「えへへ、大丈夫だよ。私たちが起こすから。」


「だから気にすることはないぞ。それよりもギルドに行くぞ。」


 ユリカがなかなか起きなかったのにもかかわらず、にこにこと笑ってむしろ楽しそうな様子のシャチハタとミライ。普段のユリカは年長者として隙のないように振る舞っていたため、ユリカの慌てた姿は珍しかったのだろう。そしてユリカも彼女たちの楽しそうな様子を見て、落ち着きを取り戻したようだ。


「え、ええそうね。行きましょうか。」


 心機一転し、古びたベッドから立ち上がるユリカ。これからも共に旅を続けるもの同士、こんなことでいちいち恥ずかしがっていてはしょうがなかった。


「じゃあ、はい、朝ご飯。」


 そう言ってユリカにパンを手渡すシャチハタ。朝は忙しくなることが予想されたので昨日のうちに買っておいたものである。

 受け取ったユリカがパンをくわえて、シャチハタとミライもパンをくわえる。先に起きていた2人はこんなギリギリでなくともいくらでも食べる時間はあったのだが、食事は3人そろってからと言うのが彼女たちのルールである。

 そんなわけで、結局3人仲良くそろってパンをくわえて宿屋を飛び出すことになったのであった。




「あ、みんな集まってるね。」


「やはりハンターの朝は早いわね。」


 時刻は6時であるにもかかわらず依頼の張り出してあるボードの前には既に大勢のハンターたちがいた。しかし、まだ誰も依頼の紙を手に取っている様子はない。

 いぶかしんだユリカたちが何とかボードの前に行くとその理由がわかった。


「まだ、更新されてないわね。」


「後10分くらいで更新されるぞ。」


「あ、ケンジさん。」


 せっかく急いで飛び出してきた意味があまりなかったことに気がついて少し残念そうなユリカの呟きに返ってきたのはケンジの声であった。

 そしてケンジがいることに気がついたシャチハタとミライも彼に声をかける。


「おはよー。ケンジさん。」


「ケンジさんも来てたんだな。」


「おう。昨日は休んだから今日は仕事をしないとな。それにしてもやっぱり建国祭前は人が多いな。」

 

 辺りを見回しながらユリカたちに返事を返すケンジ。ボードの前には既に50人ほどのハンターたちが待機している。


「みんな、お金がないんだね。」


「まあ、悲しいけどそういうことだ。建国祭の日はさすがに仕事したくないし。」


「そうなのですね。それじゃあ私たちは後ろに下がりましょうか。」


「ええ?なんで?前にいた方が良いと思うよ?」


 ユリカの提案に納得のいかない様子のシャチハタであったが、これにはもちろんちゃんとした理由があった。


「依頼の争奪戦に巻き込まれたら怪我しかねないからよ。それにここにいる人たちだけで依頼を取り尽くすことはありませんよね?ケンジさん。」


 この世界には日本よろしく綺麗に整列して順番を守ると言った文化はあまり根付いていない。そもそもここにいるハンターたちは皆金欠なので、ユリカたちに配慮してくれるような人間はいないのだ。そんな人混みの中に飛び込んでもみくちゃにされては小さなユリカたちはたまったものではなかった。


「まあ、特に今日はな。それに美味しい依頼ってのはあんまりないし、普通の難易度の依頼だったら8時、9時辺りまでは残っているぞ。だからそもそも美味しい依頼がどれだかわかんないんだったら争奪戦に参加する理由はないな。」


「んーそれもそうか。」


 ケンジの的を射た説明に納得するミライ。考えてみればある程度まともな依頼を受けられるのが朝早くに来て争奪戦に勝ったハンターだけだとすると、ほとんどのハンターはやっていけるわけがないので当然と言えば当然であった。

 朝に大勢押しかけている彼らは依頼の中でも特に美味しい依頼、例えば報酬が割高であるような依頼を求めてやって来ているわけである。

 

 そうしてユリカたちが後ろの方に下がり人混みを抜けると、前方のハンターたちが騒がしくなり始めた。どうやら依頼が更新されたようであった。


「あ、これは俺が先に触ったぞ。」


「知るか!こっちのマッツタケでもやってろ。」


「今日はワイバーンもあるのか。」


「お前じゃ行っても死ぬだけだろ。」


 ボードの前から騒がしい声が聞こえてきて、組合全体が活気づいてゆく。王都の1日の始まりを告げるハンターたちの喧騒であった。




「ふいーやっとすいてきたね。」


「ケンジさんは依頼は取れたのかな?」


 依頼が張り出されてから10分ほどが経過しようやく組合内も静かになってきた頃、ユリカたちもボードの前へと来ていた。

 ボードの前には少数のハンターとそして最前列に並んでいたはずのケンジが立っている。どうやらユリカたちを待っていたようだ。


「まあ、大した依頼はなかったが一応な。それよりもお前らはどの依頼を受けるんだ?」


「んーそうだなー。」


 ボードに目を向け、依頼を探すユリカたち。50人ほどが依頼を取っていった後であったが、王都と言うだけあって依頼を出す人間の数も多いらしくそこにはまだまだたくさんの依頼が張り出されていた。

 その中でもユリカたちの目を引いたのはとある採集依頼であった。


「ワイバーンの卵の採集だって。」


「1個あたり金貨1枚?報酬はずいぶんいいけれど・・・。」


 ワイバーンの卵。一般にはほとんど流通することはないが、貴族や大商人など上流階級の間では親しまれている高級食材である。ただし例外的に建国祭の日は一般階級の人間も縁起物として食するので、需要が一時的に跳ね上がるようであった。


「まあ、建国祭直前限定の依頼だな。ワイバーンの卵は毎年不足してるから報酬は良いんだけどなあ・・・」


 乗り気なユリカたちに対してどこか歯切れの悪いケンジ。その様子を見てユリカが怪訝な表情を浮かべる。


「何か、あるのですか?」


「そうだな。やっぱりワイバーンに見つかりやすいんだよ。あいつら凶暴だから人間見つけると追いかけてくるし。」


 げんなりした表情でそんなことを語るケンジ。どうやら過去に苦い思い出があるようである。しかしそんな彼を見てもシャチハタとミライの気は変わらなかった。


「でも、他の依頼は駆除ばっかりだし、採取だけで良いのは楽だよね。」


「でもワイバーンの方が危ないぞ?」


 シャチハタとケンジ、両者の言い分はどちらももっともなものである。戦闘自体の危険度が増す代わりに戦闘を避けることが出来る可能性のある卵採集、戦闘自体の危険度は低くなる代わりに絶対に戦闘をしなくてはならない駆除。どんなに弱い魔物であってもユリカたちにとっては危険であることには変わらないので、どちらにしてもリスクを完全に排除するということは不可能である。

 とは言え今回の場合はどちらの割が良いかは明確であった。


「今日のところは卵を取りに行きましょうか。」



 少しの逡巡の後そう決断するユリカ。ワイバーンとの戦闘経験があり、なおかつ報酬が良い上、なんなら戦わなくて良い可能性すらあるのだから当然の結論であった。

 しかしながらそれを知らないケンジは心配そうな表情を浮かべる。


「うーん。まあお前らがそれでいいならいいんだけれど、本当に大丈夫か?」


「大丈夫だぞ。夕方には卵をお土産に帰ってくるぞ。」


「そうは言ってもなあ。うーん・・・しょうがないか。」

 

 目を閉じて少しの間うなるケンジ。そして数秒後何かを決心したようにその目を見開く。


「よし、俺も卵を取りに行く。」


「「「ええっ?」」」


 ケンジの口から出た唐突な言葉に思わず声をあげるユリカたち3人。

 とは言えケンジが急に心変わりしたという訳ではなかった。


「さすがにお前らだけで行かせて戻ってこなかったりしたら罪悪感を感じるからな。」


「「ケンジさん・・・」」


 ケンジのお人好しな態度に思わず言葉を飲むシャチハタとミライ。話の流れからケンジ自身が行きたくないと思っていたことは明確だったのでなおさらである。

 しかしながらユリカだけはその心の中をもやもやとした感情に支配されていた。


(普通ここまでしてくれるかしら?悪い人には見えないけれど、今までのことを思い出すとどうしても・・・)


 あまりにもケンジにとって特のない話に少し疑心暗鬼になるユリカ。

 暴利をむさぼるハンター組合、犯罪レギオン、キツネ、あとちょこっとだけフーウンジ。この世界に来てからの苦労の数々で彼女の心はすっかりやさぐれてしまっていたようであった。






 王都の中心、白亜の宮殿。

 豪華な装飾が施されたその宮殿の一室にて1人の少女がたたずんでいた。白を基調とした上品な服に身を包み、腰には細身の剣を下げたその少女の鋭い目線の先にあるのは、その上品な部屋に置いておくにはいささか不似合いな無骨な鎧である。


「迅閃。」


キィン!


 少女が言葉を呟き、剣の柄に手を掛けたのとほぼ同時に部屋に小さな金属音が鳴り響く。

 そして


ガシャッ


 まるでたった今斬られたことに気がついたかのように、一拍おいて鎧の半分が床へと落ちた。


 光芒一閃。

 今の斬撃を表現するのであればまさしくその言葉がふさわしいだろう。

 既に彼女の鞘には剣が収まっており、その一連の動作は最早芸術と言っても差し支えないほどに洗練されていた。

 そしてそんな彼女の様子を見ていた人物がいた。


「いつ見てもすさまじいですね。鉄製の鎧を一刀両断、しかもその動作は目で追えないときた。最早剣の魔法使いを超えたんじゃないですか?」


「ああ、ガーディ卿か、久しぶりだな。会いたかったぞ。」


 いつの間にか部屋へと入ってきていたのはベネトの町の騎士団員ガーディであった。

 鋭かった目つきをいくらか柔和なものに変化させ彼に返事をする少女。その言葉には深い親しみが込められているようであった。


「お久しぶりです。アルメリア様。今は王国騎士団副司令とお呼びした方がよろしいですかね?」


 そう言うとうやうやしく頭を下げるガーディ。

 王国騎士団副司令アルメリア・アガトーム公爵、若くして公爵の家を引き継ぎ、その美しい見目や優れた教養、武勇においても王国内外から注目される才媛。それが彼の目の前に立つ少女であった。


「長い肩書きは好みではないな。いつも言っているが敬称も不要だ。アルメリアで良い。それとクレアも後ろに隠れてないで出てきたらどうだ?」


「あ、やっぱりばれちゃってましたか。お久しぶりです。」


「ガーディ卿が来ていると言うことはあなたも来ていると思ってな。勘だ。」


 アルメリアに促され扉の奥から出てきたのはこれまた騎士団員のクレアであった。当然平の騎士団員であるクレアとアルメリアの間には途方もない身分の差があり、普通であれば個人的に会話するような中になることはあり得ないのだが、彼女らには特別な事情があった。


「まあ、敬称はつけさせてもらいますよ。外で呼ぶときとか間違えそうですし。」


「そうは言ってもあなたは私の恩人だ。あなたがいなければ父が亡くなった2年前に私の家は取り潰されていただろう。」


「あれは、アルメリア様自身の能力ですよ。後はクレアの悪知恵が少し役に立ったぐらいで。」


「策謀と言って欲しいですよね。」


「悪知恵で十分だな。」


「もう、酷いですよ。」


 ガーディの物言いに少し不満そうな表情のクレア。そしてそんな2人のやりとりを見てアルメリアがクスリと笑う。


「2人とも相変わらずだな。2人といるとやはりどこか安心するな。」


「・・・」


 アルメリアの台詞は仮に赤の他人が聞いたらとしたら別に不自然なものではなかっただろう。しかし2人はその長い付き合い故、何かの違和感を感じ取ったようであった。彼らから今までのふざけた雰囲気がなくなり、ピタリと言い合いが止まる。

 アルメリアも2人の雰囲気が変わったのを感じ取って、しまったというような表情をするが後の祭りであった。


「なんか悩み事でもあるんですか?」


「いや・・・」


 クレアのストレートな質問に歯切れの悪い返事をするアルメリア。しかしその顔は明らかに何かを隠している表情である。


「帝国がらみですか?」


「・・・やはりあなたには敵わないな。実は数日前密偵から情報が届いたのだ。」


 ガーディの言葉に観念したかのように口を開くアルメリア。彼女の表情はさっきまでとは打って変わって真剣なものになっている。


「北東での帝国対小国連合の戦線が停滞しているらしい。戦況は拮抗しているようだ。」


「え?」


「そんな馬鹿な。」


 アルメリアの言葉に思わず言葉を漏らす2人。しかし彼女が真に伝えたかった情報はこれからであった。


「帝国三将がそろって戦線を離脱したためにそうなったようだ。離脱の理由は今のところ不明だ。」


「えっそんなことあるんですかね?何ででしょう、攻めきれない訳はないし・・・」


 アルメリアの話を聞いて少し考え込む様子を見せるクレア。彼女とて王国を守護する騎士団として今起こっている戦争に対する情報は多少なりと持っているが、それ故に今回の話は信じがたいようであった。


「帝国内に戦略級の魔物が出てその対応をするために戦線を離脱したというのが騎士団戦略部と貴族院の結論だ。」


「その言い方だと、アルメリア様は納得していないみたいですね。」


 アルメリアの言い回しから彼女の心境を見抜くガーディ。彼らの付き合いは相当長いようである。

 そしてアルメリアもガーディにそう言われることは予想していたようで、よどみなく言葉を続ける。


「ああ、第一に戦略級の魔物が出たという報告は届いていない。そして各国との同盟交渉が始まったこのタイミングというのもどうにもきな臭くてな。」


「まあ、確かに帝国からしたら同盟が締結されたら厳しくなりますからね。じゃあ何らかの妨害工作をするために戦線を離脱したということですかね?」


 クレアの意見は話の流れからすると妥当なものではあったが神妙な顔をしたガーディがそれに異を唱えた。


「いや、それはないな。戦略級魔法がもっとも効果を発揮するのは正面切っての火力戦だ。戦略級魔法の特異性はその物量にあるからな。目立つし工作には向いていない。」


 分隊の戦術指揮を担当しているだけあってガーディの考察は理にかなったものであった。

 戦略級魔法はあくまでも規模が大きい魔法のことを指している。故にお互いの火力がぶつかり合う大規模戦闘ではその威力を存分に発揮するが、隠密行動やゲリラ戦に置いてはそうはいかない。例えば物陰からナイフで一突きされれば戦略級の魔法使いであろうと簡単に死んでしまうだろう。そういったリスクを考えるとやはり少人数でわざわざ工作をしにやってくるとは考えにくかった。


「でもそう考えるとやっぱり三将はこっちには来ないような気がしますよねー。」


「やはり、定石を考えるとそうなるか・・・」


 理屈ではわかっていてもどうにも不安を拭えない様子のアルメリア。しかし論理的に考えて出た結論であることは事実である。


「やはり私の杞憂だったのかもしれないな。建国祭前だというのにこんな話をして悪かったな。」


 少しだけ表情を柔らかくしそう結論づけるアルメリア。

 もっとも彼女は、その結論にはガーディたちが来る前から一応たどり着いていたようではあったが。


「いえいえ聞き出したのは私たちです。それに虫の知らせとはよく言いますし、一応警戒しておいて損はないですよ。」


「三将が来ないとしても妨害工作は十分にあり得ます。要人警護等は徹底しておいたほうが良さそうですね。」


 少し申し訳なさそうにしているアルメリアに対して、フォローを入れる2人。こうした気遣いが出来るのもアルメリアが彼らに心を許している要因の1つであった。


「いつもすまないな。では明日に備えるか。」


「「はい。」」


 一抹の不安は残ってはいるが建国祭を見据えて気持ちを切り替える3人。

 激動の瞬間はすぐそこまで迫っていた。

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