第4話 転職しようかなー。あ、でもお金がないや。
「んん、もう朝か。」
ユリカは安っぽい宿の一室で目を覚ました。昨日、組合での説明によりさらに気分が落ち込んだユリカはもう何をする気力も起きず、夕飯も食べずに適当な宿へ引っ込んでいた。
とはいえ人間一晩寝れば昨日あった嫌なことなどどうでも良くなってしまうものだ。そういうわけで気分を切り替えたユリカは早速これからのことに考えを巡らせる。
(とりあえず今日のご飯代と宿泊代は残ってる。じゃあ今日やるべきことは決まったようなものね。)
今日一日の目標を達成するためにその目標をつい声に出すユリカ。もしかしたらユリカが記憶を失う以前に、朝にその日の目標を決め声に出すという習慣があったのかもしれない。
「さて、ハンターやめよう。」
ユリカは宿を出て町の中央、つまり最も活気があり仕事の匂いがしそうな通りを歩いていた。
(やっぱり、従業員募集の看板みたいなものはないか。最悪ハンター協会以外の人材派遣業者でも良いんだけれど。)
ユリカがこう思うのにはもちろんちゃんとした理由がある。
第一にハンター協会が斡旋していた仕事は危険が多すぎた。大体の仕事が魔物と戦うことが前提なのだ。少なくとも昨日は全ての依頼がそうであり、念のため今朝も依頼を確認してきたユリカだったが結局ラインナップは大差なかった。
第二にそこまでしても給料が安すぎる。例えば供給が少なく利益率が高いはずのキツネを精神汚染も顧みず毎日一匹駆除し、報酬もしっかりともらえた場合月収は銅貨900枚程度。一日の生活費を宿泊費と食費だけだとすると銅貨20枚強と言ったところであり、その他生活雑貨を買うことを考えると毎日休みなく働きつづけたところで貯金などは出来ない。まさにその日食べるものにも困るといった有様であった。
(うう、生活保護でももう少しもらえるんじゃないかしら?おうち帰りたい。)
帰るべき家がどんなものであったかは覚えていないユリカであるがあまりの世知辛さにそんなことを考えてしまう。とはいえいつまでも現実逃避している訳にもいかない。
「はあ、せめて安全な仕事はないかしら?出来れば好待遇で。あるわけないか・・・」
そんな夢のようなことを口走りながら角を曲がったユリカの目にある看板の文字が飛び込んできた。
『人材派遣会社、マックスキャスト(転ハン応援します!!)』
「・・・一応入ってみようかしら。」
あまり期待せずに入ってみると中はユリカが思っていたよりもこぎれいな空間だった。
建物に入ると広い部屋にいくつか長椅子がおいてありその奥に窓口が並んでいる。雰囲気で言えば郵便局や市役所などに近いだろうか。てっきりハンター組合支部のように騒がしいのだろうと思っていたユリカにとっては嬉しい誤算だった。
(なんかハンター組合とかいう権力乱用の権化みたいな組織なんかよりよっぽどまともそうね。)
この世界に来てようやく期待できそうなものにであったユリカは早速受付に声をかける。
「すみません。仕事を紹介していただきたいのですが。」
「はい。どのようなお仕事をご希望ですか?」
受付の人は落ち着いた雰囲気の女性だった。冒険者ギルドで対応していたあの女性よりベテランであるように見える。
「ええと、安全な仕事でお願いします。」
「わかりました。では上流階級の方々の家庭教師や使用人などの職業はいかがでしょうか。好待遇で人気のお仕事となっております。もちろん安全は保障されていますよ。」
「え、そんな夢のような話が?」
思わずそんな言葉が口に出てしまったユリカに対して受付はクスリと笑いながら
「はい。募集要件をクリアした上で、雇用先で面接を受けていただく必要がありますが。今までの経歴や取得している資格などを教えていただければ募集要件を考慮した上でもう少しお仕事が絞り込めますが。」
(ん?資格?)
ユリカはなんだか嫌な予感を感じ取っていた。
「あの・・・職歴はハンターのみで資格などは持っていないのですが。」
「え?そ、そうでしたか。では何か特技とかはありますか?」
「ええと、数字には結構強いと思っています。後一応魔法で水と火を出せます。」
ユリカは自分の過去の記憶こそ無いものの、数学や化学、物理学といったことに対する知識は失っていなかった。勉強したという記憶はないにもかかわらずその結果得た知識は幸運にも残っていたのだ。
「ええ?算術が得意ということですか?資格はないのですよね。あと魔法が使えるのですか。算術に関してはどのくらい出来ますか?」
(どのくらいって・・・そういえばこの世界の科学ってどれくらい発達しているのかしら・・・)
「微積分程度の基本的な計算は出来ます。」
とりあえず無難な答えを返しておく。
「びせき?え、ええとそれでしたら。算術資格を取得されるのはいかがでしょうか?」
どうやらこの世界において微積分はあまりメジャーではないようだった。
「その資格がなければ先ほどの職業につくのは難しいということでしょうか?」
「まあ、単刀直入に言うとそうなってしまいますね。逆に言えば算術3級以上があれば募集要件を満たしていることが多いですよ。他にも資格はいろいろあるのですが学校に通わなければ取得できなかったりするものが多いので、すぐに取れる可能性があってこちらが紹介できるお仕事に活かせそうなのはやはり算術ですね。」
「そうですか。試験はどこで受けられるのでしょうか?」
「試験は半年に一回行われるのですが、次の試験は1週間後に町の西側にある商業組合の建物で行われる予定です。ただ5級から3級までの試験しか受けられないので1級か2級の試験を受ける場合は山をはさんで隣町のボルンまでいくしかありませんね。あと受験料は3級ですと銀貨3枚ですから気をつけてくださいね。」
(銀貨3枚、銅貨100枚で銀貨1枚よね、高すぎる。一週間で集まるかしら?)
ここにきてまたも予想外のハードルが立ち塞がる。しかし人生には越えなくてはならない試練があるのだ。そう、現代日本の受験や就活のように。たしかにハードルを落としてしまうことは簡単だ。しかしながらそのツケは必ずいつか回ってくるものであり、そしてそれがわかったときにはもう遅い。
だからこそ
(わたしは、就活には、妥協しない!!)
「そうですか。本日はありがとうございました。」
お礼を言いその場を後にする。
こうして少女は新たなる戦場に足を踏み入れた。
ギルドに戻ったユリカは早速依頼の張り出してあるボードと向き合っていた。
(やはり依頼はほとんど変わってない。とりあえずキツネね。)
とりあえず安パイをとるユリカ。しかしながら今この状況ではこの判断はそつがない模範解答であると言えるだろう。たしかにドラゴンやら熊やらの駆除依頼の報酬は高いがそのぶんリスクが高いだろう。この前キツネを討伐出来たのも偶然キツネが油断して1匹でのこのこ出てきたからだ。仮にそこにいたのが他の魔物であった場合、背後からの一撃で死んでいた可能性すらある。
(その点キツネは楽よね。攻撃の前に長ったらしい口上があるわけだし。しかも相手のタネは割れている。1匹でいるところを奇襲すれば簡単に倒せる。)
「この依頼を受けたいので手続きをお願いします。」
「わかりました。頑張ってくださいね。」
ぼろぼろのユリカが戻ってきたのは日が沈みかけたころであった。
「うう、何でこんな目に・・・」
「まあ大きな怪我などもないようですし、また頑張りましょう。違約金とかはありませんから。」
ユリカの計画は一見完璧に見えた。1匹でいるキツネのみを狙い群れで来た場合は逃げる。シンプルかつ効果的な対策であった。しかしキツネたちはもっと完璧な対策を用意していたのだ。
(何で最初から群れになってピンポイントで私のことを待ち構えていたのよ・・・同志が意志を継ぐってそういうこと?)
キツネたちの情報網は完璧であった。相手の索敵能力が自分より高い以上、ユリカが1匹でいるキツネを探し出して倒すなど不可能だ。
(受験どころか明日から食べていけるのさえわからないとは、キツネを侮りすぎたわね。それにしても世間のハンターはどうやって食べていってるのかしら?こんな依頼ばかり受けていたら命がいくつあっても足りなくないような・・・もしかしたらもう少し安全な仕事がある?)
「あの・・」
一筋の望みにかけて受付に話しかける。
「ん、なんですか?」
「いえ、一般的な冒険者の方は毎日今あそこに張ってあるような依頼をこなしているのですか?」
「え?まさかそんなことはないですよ。この時間になっても残っている依頼なんて誰も受けたがらない地雷のような依頼ですから、よっぽどお金に困ってでもいない限り受けないんじゃないですかね。依頼は朝に更新されますしね。・・・あれもしかして知らなかったんですか?」
新人が知っているわけないだろと叫びたくなるのをすんでの所で我慢するユリカ。
そこそこ知識がありませてるとは言え中学すらまだ卒業していない14歳の頭には、社会人の朝は早いという常識は登録されていなかったようだ。
(落ち着きなさい私。そもそもこんなことになったのはとりあえずお金が欲しいからとたいした確認もせずに仕事を受けた私の責任。)
「はい、無知なもので。今更ですが他のハンターをやっていく上での常識というものをご教授していただけませんでしょうか?」
「そうですよね、新人さんですものね。私も気が回らなくてごめんなさい。わかりました。知っている限りのことをお伝えしますね。まずハンター界隈にはレギオンという協会非公認の互助組織がいくつもあってハンターはどこかのレギオンに加入していることが多いですね。」
(なるほど、怪我したときとかのリスクを低くするためには当然ね。)
「それと関連するのですがハンターには1つの依頼を複数人で受ける共同受注というものが認められています。」
(そもそも大勢で依頼を受けることもできると。取り分は少なくなるけれど、リスクヘッジという観点から見ると悪くないわね。)
「それとこれは知っていると思うのですが、ハンターの業務は依頼をこなすだけというわけではありません。」
「え?そうなんですか?」
「え、これも知らなかったんですか?」
驚いたユリカに対しさらに驚く受付
「あれ?普通そっちを夢見て入ってくる人が多いと思うんですがね。ハンターのもう一つの業務というのは未開の地を探索しそこで新たな発見をすることです。ハンターというのはもともと探検家のような職業の人のことを指す言葉だったんですよ。」
受付が言うにはハンター組合というものは世紀の探検家であり資産家のジョン・ローズという男が作り上げた探検家たちの互助組織が起源となっているらしい。はじめはあまり大きくなかったその組織だが、人口が増え技術が発展するにつれて未開地に対する関心が増えたことで探検家という職業が必要とされる場面が増えていった。そうして少しずつ規模を拡大させていき、しまいには大航海時代のヨーロッパのように新天地での利権を奪い合い始めた各国が参入し、ハンター組合はこれまでのノウハウや探検家たちのコミュニティを活かしそれらを取り仕切る巨大組織となったのだ。
長い歴史を経て組織は形態を変えていき、今でこそ何でも屋のような仕事をしているハンターたちだが、そんな中において探検家として名を上げたハンターも雀の涙ほどではあるがいるらしい。
「へえ、夢のある職業でもあるのですね。」
全くそんなことは思っていないが適当に相づちをうつユリカ。
「そうなんですよ。行く先々で人々と交流し、旅を続けて未開の地を踏破するっていうのが本来のハンター像なんでしょうけど、今は交流して依頼をこなすだけって人が多いですよね。」
(まあたしかに、未開地を旅するよりは依頼をこなしていた方が生活は安定するでしょうね。夢はないけど。)
「それとこれは眉唾な話なんですが、ローズはとあるものを発見したことでハンター組合を作ろうと考えたなんて噂があるんです。」
「はあ、それは一体?」
なんだか話がずれているような気がしながらもとりあえず返事をしておくユリカ。
「俗に言うアーティファクトというやつです。真偽のほどはわかりませんが彼の発見したアーティファクトには人が神になるための方法が隠されていたとか。実際アーティファクトは今までにいくつも見つかっていてどれも今の技術では再現不可能なものらしいです。もちろん見つけた人は億万長者ですよ。」
「はあ・・・」
目を輝かせて上機嫌に語る受付に対して冷ややかな視線を向けるユリカ。
(大体神って何なのよ?全知全能にでもなりたいのかしら?それとも不老不死とか?アーティファクトを見つけるって言っても宝くじみたいな話だし。)
この世の人間が宝くじを買う人間と買わない人間の2種類に分けられるとしたら、ユリカは断然後者であった。よってこの話はユリカにとってはどうでもいい話であると言えた。
受付が次の一言を言うまでは。
「そういえば最近も1つ見つかったらしいですよね。なんでも、計算の答えを一瞬で教えてくれる板らしいですよ。うちにも一枚ほしいなあ。」
それは思いがけず手に入れた日本への手がかりだった。
「えっ?本当ですか?具体的にはどんな風に?あとどこで見つかって、どのくらい前のものなんでしょう?」
「ぐ、具体的と言われても詳しいことまでは・・」
尋常じゃない食いつきを見せるユリカに若干引き気味の受付だがユリカはそんなことにかまっていられない。
「それでは以前に見つかったアーティファクトにはどんなものがありましたか?」
「え、ええと水の温度が保たれる入れ物とか、光を放つ筒とか、いろいろですよ。」
(やはり、現代日本では普通の道具ね。じゃあこの世界には過去に地球と同じような文明があったということかしら?いやそんな長い年月を経て正常に機能するのはおかしいか。このあたりはまあいいや。)
「あ、あの、アーティファクトに興味があるんでしたら大きな町の図書館に行けば情報が集まると思いますよ。」
「そうですか、今度行ってみます。」
「あ、でも入館料はすごく高いですからいくときは気をつけてくださいね。」
「・・・」
また金か、そんな感想ももはや出なくなってきたユリカ。とりあえず聞くべきことは聞いたのでその日は明日に備えて早めに宿屋に戻る。
(とりあえず明日は寝坊しないようにしないと。朝起きるのは8時じゃ遅いわよね?)
ユリカは朝に弱かった。