第39話 ゆとりがなかったあの頃
この世界において魔法の威力を客観的に示すことは難しい。効果範囲、局所的な破壊力、物理的な破壊以外の損害など、魔法の効果が多岐にわたることもあり単純な威力としてひとくくりに評価することが出来ないためだ。
しかし1つの指標として、魔法規模というものが魔法学会によって規定されている。
これは一般的な魔法使いが何人集まればそれと同等の効果を与えられるかという指標である。
中火力魔法 1~10人
高火力魔法 10~50人
戦術級魔法 50~500人
準戦略級魔法 500~2000人
戦略級魔法 2000人~
というように魔法はその規模によって5段階に分けられている。
ちなみに例えば戦略級の魔法使いとは戦略級の魔法を使うことが出来る魔法使いのことを指しており、別に本人の戦闘力が高い必要はない。
とは言え基本的に魔法の規模は攻撃力に直結するので、特に戦争時などの大規模戦闘の時は戦闘力の指標と言ってもほとんど差し支えはない訳ではあるが。
「ちなみに普通の威力はこんなものだ。火炎弓」
ドゴンッ!
船上から放たれた炎の矢は10メートルほど先の岩に命中し、砕け散る。しかしながら岩には目立った損傷はないようであった。
「あれ?岩が壊れてないぞ?」
「壊せないんだよ!普通はっ!」
ミライの言葉に思わず大声を返したのはワイバーン戦にて騎士団の指揮を執っていた強面の男であった。
ワイバーン討伐後、騎士団員たち(特にクレア)から質問攻めにされたユリカは剣の魔法のことをすっかりしゃべらされていた。そうこうして何とか話を終えやっと解放されると思った彼女を待っていたのはクレアのオタクトークであったため、騎士団員たちとの楽しいおしゃべりは未だに続いているわけだが。
「魔法使いの戦術的運用のためにもある程度の格付けは必要ですからねー。それにしてもユリカさんの魔法は下手したら戦術級ですよ。国王直属の魔法部隊とかにも余裕では入れちゃいますね。良いなあー。」
「なるほど、ベネトの騎士団は不服という訳か。」
「あっ、い、今のは何というか・・・えへへー。」
強面の男の台詞を聞いて慌てて取り繕うとするクレアであったが言ってしまったからには後の祭りであった。
そうしてうろたえるクレアであったが、それを聞いていたユリカが助け船を出した。
「まあ、軍が良いかは置いておいて、私はしばらくはハンターを続けるつもりですよ。」
「やっぱりそうですかー。でもなんかもったいない気がしますね。」
「だがハンターも武力を活かせる場面は多いぞ。まあ戦闘専門の国軍よりかは少ないかもしれんが。」
「確かにガーディさんの言うとおりですけれど、いくら腕っ節が強くても仕事自体がなかったりするって聞きますよ。収入が安定しないって。」
強面の男の言うことに一部納得するもまだ腑に落ちていない様子のクレア。彼女もハンターという仕事に対してはあまり良い印象を持っていないようであった。
「とは言え世界中を旅できるのはハンターだけですし。」
「それは確かに良いですよねー。公務員じゃあ魔法学園なんて行けませんものね。」
「やっぱり学園は遠いよね。ここからだとどのくらいかかるのかな?」
「ルートにもよりますよね。お金がかかっても良いなら北西に進んで船に乗っちゃうのが1番楽で3ヶ月くらいですかね。陸路で行くとしたら半年以上はかかります。どちらにしても北西方向に進むべきです。」
シャチハタの疑問にスラスラと答えるクレア。まるで実際に行ったことがあるかのような話し方であるがここでユリカに疑問が浮かんだ。
「あの、北西以外のルートはなぜだめなのでしょうか?」
「ああー、それはですね。大陸中央の帝国と東部の小国連合の関係が半年くらい前から険悪になってましてね。言ってしまえば戦争なのですが。まあ、通らないのが無難です。あと東も北も山を越えるのがとにかく大変です。」
「戦争ですか・・・」
クレアから返ってきたものはユリカに取ってはあまり実感のわかない答えであった。彼女の戦争に対する認識は自分とは大して関係ない昔話程度のものなので無理もないだろう。しかしながらこちらの世界の戦争は対岸の火事では済まないようであった。
「さすがにそろそろ帝国が勝つだろうがな。そうなったらこちらにも攻めてくるかもしれないから我が国も西側諸国との同盟を進めているようだ。」
しれっと恐ろしいことを口走るガーディ。彼の話によると戦局は圧倒的に帝国優勢だという。
「最強の帝国三将がいますからね。戦略級が1つの国に3人もいるなんておかしな話ですよ。うちには1人もいないのに。」
ガーディの言葉に相づちを打つクレア。そして彼らの話を聞いてミライがどんどん不安そうな顔になっていく。
「そんなのが攻めてきたら大変だぞ。お父さんたち大丈夫かな?」
「はっはっは、そうは言っても同盟があれば攻めてはこれないだろう。我が国は黄金の夜明けとも仲が良いからな。いくら強くても1国ではどうにもならん。」
「まあ、帝国は一匹狼ですしね。」
「うーん。そうだといいけど・・・」
心配そうなミライとは対照的にガーディとクレアは楽観的であった。帝国は強いとはいえ国際社会の中では孤立しているため、同盟がある限りは負けることはないというのが騎士団の中での定説のようである。
「そんなに戦争のことばっかり考えてないでもっと楽しいことを考えましょうよ。ほら、王都が見えてきましたよ。」
戦争の話で全員が少し暗い雰囲気になりかけていたところ、明るい声で話題を変えたのはクレアであった。
船頭に乗り出した彼女が指さす先には小さく町並みが見えてきている。
「わふー、やっと着くのかあ。」
「久しぶりの王都だね。」
さっきまでの憂鬱はどこへやら、口々に騒ぎ出すシャチハタとミライ。目的の王都は目と鼻の先であった。
「やーーーーーっと着いたぞー!」
「王都だー!」
「あんまり騒ぐとお上りさんだと思われるわよ。」
船を降り、王都の石畳に足をつけたユリカたち一行。
王都アトモス。
白亜の宮殿がそびえ立つその地はボルンからおよそ2週間、ようやくたどり着いた最初の目的地であった。
「それじゃあ、ここからは別行動ですね。」
「そっか、クレアは仕事できたんだもんな。」
「はい。でも明後日には建国祭も始まりますしまた会えますよ。」
そう言ってその場を後にするクレアたち騎士団一行。ユリカたちも仕事が待っている彼らとは違い特に予定はないが、これから何するかを決めなくてはいけなかった。
「さて、これからどうしようかしら?」
クレアたちが人混みに紛れて見えなくなった後シャチハタとミライに話しかけるユリカ。
その問いに対し、2人は声をそろえて答える。
「「おなかすいたからご飯食べにいこー。」」
「ふふっ、そうね。私もおなかがすいたわ。」
王都に着いたのがちょうど昼頃ということもあって3人ともやりたいことは同じであったようだ。
やることが決まれば後は早い。3人で仲良く手を繋ぎハンター組合の看板を目指して歩き出したユリカたちであった。
「激辛地獄チキン、唐辛子マシマシでー。」
「え・・・」
「あたしはなんかこの普通のやつ。」
席について早々、とんでもないメニューを注文するシャチハタ。ユリカだけではなく注文を受けに来たウェイターも一瞬固まるほどである。
(激辛地獄チキン、期間限定メニューか・・・大銅貨3枚って・・・)
自分の金をどう使おうが自分の勝手ではあるので黙っているユリカであったが、その値段はいささか法外なものである。とは言え考えてみればおかしなことではなかった。
(唐辛子が高いのかしら?地球でも昔は香辛料が宝石扱いされていたって言うし・・・)
ユリカの予想通りこの世界では香辛料は貴重品であった。需要に対して供給量が圧倒的に少なくユリカたちが普段行くような店ではまずお目にかかれない代物である。
逆に貴族や王族などの特権階級の人間は比較的簡単に入手できるが、そんな環境で育ったシャチハタはいつの間にか辛いものが大の好物となっていた。ハンターとなっても好みは変わらないのだから残酷なものである。
「わふー、おいしそー。」
シャチハタが運ばれてきた真っ赤な物体に目を輝かせる。現代社会であれば食べるのに誓約書を書かせられそうなほどの見た目だが、彼女にとってはむしろ食欲を促進させるだけであったようだ。
「もぐもぐもぐもぐ・・・」
幸せそうに真っ赤なチキンを頬張るシャチハタ。
真っ赤な物体を水も飲まずに食べ続ける少女というインパクトのある絵面に、いつの間にか周囲の視線も集まってきている。
「あの子が食べてるやつ地獄チキンじゃね?」
「嘘だろ?昨日ゴツいハンターが一口食って倒れてたんだぞ・・・」
「毎年建国祭に合わせて出てくる誰も完食できないゴミメニューのはずなんだが・・・」
「味は痛いらしいよ。昔は拷問に使われてたとか。」
「ええ・・・」
周囲から聞こえてくるとんでもない話にさすがにシャチハタの体調が心配になってくるユリカ。辛いものを食べて食道が裂けたという話を知識として知っている彼女からしたら気が気ではなかっただろう。しかしそんな心配は杞憂だったようだ。
「ごちそおさまー。」
あっという間に激辛チキンを完食したシャチハタ。特に体調をおかしくすることはなかったがその額には大粒の汗をかいている。そして少ししっとりした彼女が最後の一切れを飲み込んだとき組合内は拍手で包まれていた。
「お嬢ちゃん、ちっちゃいのにすごいな。もしかしてハンターだったりする?」
ハンターたちの拍手も収まって来た頃、シャチハタに1人の男が話しかけてきた。
「そうだよ。私たち3人で冒険部なんだよ。」
「へえ、本当にハンターだったんだな。レギオンまで作ってるとはなあ。」
話しかけてきた中年のハンターに対してユリカとミライを紹介しながら返事をするシャチハタ。
そして中年のハンターの方はそんな彼女の返事に少し驚いた様子である。ハンターに年齢制限はないと言っても、どう見ても10歳やそこらの少女たちがハンターをやっているというのはやはり珍しいようであった。
「おじさんもハンターなんだよね?」
「おう。俺はBランクに近いCランクハンターのケンジだ。ちなみにワンダーパンチャーズと2対1で戦って勝ったこともある。」
「それってすごいのか?」
ケンジのなんとも言えない自己紹介に不思議そうな表情で質問したのは普通のメニューを食べ終わったミライであった。
話に混じろうと急いで食事を終えたようでその頬にはソースをつけている。
そしてケンジはその質問ににやりと笑って答えた。
「ふっふっふ、当然ながらすごいぞ。ワンダーパンチャーズは1体1体は弱いが2体いれば攻撃が複雑になるからな。並のCランクハンターではどうにもならないだろう。」
「ふおー!それはすごそうだぞ。」
(クラゲの時は一対千じゃ済まなかったけれども・・・まあ楽しそうだしいいか。)
ケンジの話を聞いて目を輝かせているミライたちに対して思うところがないわけではないユリカであったが、口を出すのはさすがに野暮であった。
(まああの子たちも戦闘の経験は1度きりだったからあの反応も当然と言えば当然なのかしら?思い返してみれば旅に出てから戦闘どころかハンターとしての仕事すら一度もやってないわね。)
ユリカはシャチハタとミライがハンターとしての仕事を一度も経験したことがなかったことに少し思うところがあったようだ。クラゲの騒動のおかげでまだ所持金には余裕があったが、慣れないことは余裕のある内にやっておくというのは社会を生き抜いていくためのセオリーである。
この世界に来た直後、色々と余裕がなかったために酷い目にあったユリカは同じ轍を踏む訳にはいかなかった。
(そもそもあのときも仕事を吟味する時間さえあればさすがにハンターを選ぶことはなかったはずよ、ね・・・あのときは気が動転していたからそれもわからないか。とにかくこれからは危ない橋は渡らないようにしないと命がいくつあっても足りないわ。)
ほんの1ヶ月足らずで既に3回ほど死にかけたユリカ。過去の教訓を活かすことを改めて心に誓ったのであった。




