第38話 相性が悪い?ゴリ押せっ!
『リリィへ』
「手がかりは手紙だけかあ。」
エリサとの別れから約1週間後、ミライは王都へと向かう船の甲板にいた。その手には一通の手紙が握られており、彼女の目線は数刻前からずっとそれに注がれている。
「これだけじゃあ、見つけられっこないぞ。中をのぞくのは気が引けるし・・・」
手紙とにらめっこしながら、そんな独り言を呟くミライ。彼女の手に握られているそれはエリサからの置き土産であった。
彼女から託された唯一の願い、ミライにとってはなんとしてでも届けなくてはいけないものではあるが、手がかりがあまりに少なかった。
「手紙を出すときは住所を書かないとだめだぞ。・・・って住所なんてわかるはずないかあ。」
焦りからか珍しく独り言が多いミライ。確かに名前だけしかわからない人間をこの広い世界から探し出すというのは至難の業であった。SNSの発達した現代社会であっても名前だけではどうにもならないだろう。
「まあ、ヒントは名前だけというわけでもないわ。」
「あ、ユリカちゃん。」
1人でうなっているミライに後ろから声を掛けたのはユリカである。彼女もエリサの一件に関しては少なからず責任を感じているようであった。
「ヒントは名前だけじゃないってどういうこと?」
「まずエリサのお姉さんは本当に生きているのだとしたら不老不死の霊薬を飲んだのだと考えられるわ。」
「まあ、エリサちゃんと別れてから100年以上も経ってるんだもんな。」
「ええ、そして不老不死の人間なんていたらおそらく話題にはなると思うわ。隠して過ごしていたとしても噂くらいにはなっているのではないかしら?」
(まあ、すみかを定期的に変えられていたりしたらどうにもならないけれど・・・)
最後の1行はあえて口に出さないユリカ。結局のところ見つけられるかどうかは運次第と言ったところであった。
「なるほどなー。でも噂なんて聞いたことないぞ。やっぱり近くまで行かないとだめなのかな?」
「そうね。でもこれから世界中を回るのだから都合は良いわ。」
「魔法学園まで行くんですもんね。こっからじゃあ世界の端っこと言っても過言じゃあないですよ。」
「大陸の端まで行ってから、さらに海を渡った先ですからね。・・・というかなぜ着いてきているのですか?」
ユリカとミライの会話にしれっと入ってきていたのはベネトの騎士団員であるはずのクレアであった。
「ああ、もうすぐ建国祭ですから周辺の騎士団は王都に応援を出すんですよ。なんせ王国中から人が集まる一大イベントですからね。」
「建国祭?」
聞き覚えのない単語に反応するユリカ。そんな彼女の様子を見て不思議そうに声を掛けたのはシャチハタであった。
「あれ?ユリカちゃん建国祭を知らないの?」
「ええ、まあ。」
「「「えー?」」」
ユリカの返答を聞いて、綺麗にハモるミライたち3人。建国祭のことを知らないというのはあまりに予想外であったようである。
そしてユリカもそんな3人の反応を見て少し恥ずかしそうである。
「そ、そんなに驚くことなのね。」
「驚くことですよ!というか知らずに王都に向かっていたとは何という偶然・・・」
「てっきり知ってるんだと思ってたけど、ちょうど良いぞ。今日はあたしがユリカちゃんに教えてあげる番だ。」
「そうだね。毎晩勉強を教えてもらってばっかりだもんね。」
ユリカたちは寝る前の勉強会をきっちり続けていた。もっともユリカはこの世界の常識には疎いので教えられるのは専ら理系知識に限定されるが。
(確かにこの世界の常識に関してはこの子たちの方が詳しいのよね。普段から色々聞いておくべきだったわ。一方的に教えるだけなんて少し傲慢だったわね。)
今までのことを思い出し少し反省するユリカ。そしてミライとシャチハタの方を向き直る。
「建国祭について教えてもらいたいわ。」
「もちろんだぞ。」
「もちろんだよ。」
ユリカの頼みににっこりと笑ってうなずく2人。その後ろではクレアが話したそうにうずうずしているが、さすがに自重するようである。
「建国祭って言うのはね、この国が作られた日にやるお祭りなんだ。国が作られて繁栄していることを祝う、おめでたい儀式なんだよ。」
「お祭りには国中から人が集まって、いろいろな行事をやるの。絶対に知っておきたいのは建国記念パレードとカートン大武闘大会、あとはハンターの成果発表会かな。多分フレデリカも出てくるよ。」
「なるほど、確かに盛り上がりそうなイベントばかりね。」
「特に武闘大会はすごいぞ。300人くらい参加するからな。お金も賭けられるし。」
「お金が絡むから番外戦術と暴動までがセットなんだよ。」
「・・・そうなのね」
この世界特有の治安の悪い話にもだんだん慣れてきたユリカ。人間の持つ適応力というのも案外侮れないものである。
そして建国祭についての説明はこれで一段落ついたようであった。
「まあ、大雑把にはこんな感じだぞ。」
「後は行ってみてのお楽しみだね。」
「なるほど、だいたいわかったわ。ありがとう。」
「「えへへー。」」
ユリカのお礼を聞いて2人そろって嬉しそうに笑うシャチハタとミライ。何とも微笑ましい光景であったがそれはあまり長くは続かなかった。
「んん?なんか飛んでないか?」
ユリカたちが3人で和んでいると甲板に立っていた1人の男が声を上げた。
「えっ?」
その声につられて甲板にいた人間が次々に空を見上げ、ユリカたちも当然つられて目線を上に上げる。
「なんかいますね。鳥でしょうか?それにしては大きいようにも見えますが・・・」
空を舞う影を見つけても大して驚いた様子はないクレアであったが、多少の違和感を感じているようである。そしてその違和感の正体は数秒後にはっきりすることとなる。
「あれ?近づいてきてないか?」
「近づいてきてるね・・・それに結構大きいよ。」
段々と大きくなっていくその影を見つめてようやく嫌な予感を感じ取るミライたち。そしてその直後、甲板に立っていた客の1人が叫ぶ。
「おい、まずいぞ、あいつワイバーンだ!」
叫んだのはクレアと同じ騎士団服に身を包んだ男であった。クレアと同じように王都への応援に着ている途中であったようである。
そしてその男が叫ぶと少し遅れて船内からも同じ服を着た人間が飛び出してくる。
「ワイバーンだとお!?」
「甲板に残っている人たちは船内に避難を!」
慌てた様子で客たちに指示を出す騎士団員たち。そしてユリカたちと共にいたクレアも当然彼らの元に駆け寄りながら、ユリカたちに叫ぶ。
「ユリカさんたちも早く避難してくださいっ。ワイバーンは騎士団でなんとかします。」
「えっ、大丈夫なの?」
突然の事態に甲板の上は大混乱であった。しかしながら脅威は待ってくれなかった。
ワイバーンの口元が赤く輝く。
「第1射来ますっ!」
「弾幕形成っ!撃ち落とせえぇ!」
騎士団の中でも一際強面の男が叫ぶ。そしてその直後に団員が一斉に魔法陣を取り出す。
「火炎弓」
「水穿」
「土砲弾」
ドドォッ!!
赤、青、茶色、実にカラフルな弾丸が空に向かって放たれる。弾幕形成の指示が出されてから迅速に放たれたそれらの弾丸は同時に、そして一直線にワイバーンへと向かう。
出遅れたにもかかわらず、ワイバーンの攻撃よりも騎士団側の攻撃が早かったのは普段の訓練の賜だろうか。
しかしながら相手もただの雑魚ではない。
「ゴアアッ!」
騎士団の攻撃に一瞬遅れてワイバーンが火球を撃ち放つ。
キツネたちの魔法ほどの大きさはないが重力の恩恵を受けて加速し続けるそれを受ければ人間などひとたまりもないだろう。
そして
ドオオオォォォン!!
上空でワイバーンの火球と騎士団の魔法が激突し、大爆発が巻き起こる。
爆発の位置的にお互いに損害を与えることは叶わなかったようだ。
しかしながらこの状況、不利なのは騎士団側である。
(弾幕を作って空中で相殺したのね。でも上をとられているし機動力も負けてるからにはいつかはやられるか。なんか戦艦大和みたいね・・・)
空を見上げてそんな分析をするユリカ。どう頑張っても戦艦では航空機には勝てないのだ。
まあもっとも、兵器自体の性能がかけ離れていれば話は変わってくるが。
「まあ、火力差が千倍もあったらさすがによね。」
ユリカがそう呟くとほぼ同時にワイバーンの口元が再び輝く。
「第2射来ますっ!」
「ぐっ、早すぎる。」
団員たちの顔が引きつる。反撃をするどころか攻撃の回転数ですらワイバーンに上をいかれているようであった。
そして彼らが攻撃態勢を整えるよりも早くワイバーンの口から火球が放たれる。
「た、退避ィ!」
「千撃千殺」
団員が迎撃を諦めて叫ぶのと、ユリカが詠唱を行うのは同時であった。
次の瞬間、千の刃が天へと翔る。
ザアッ!
それはさながら剣の激流であった。圧倒的な殺意を放つ剣たちはワイバーンの火球など一瞬でかき消し、そのままの勢いで相手に食らいつく。
「ゴアアアァァァッ!!」
一切の抵抗を許されず切り刻まれていくワイバーン。そして団員たちはというと突然の出来事に目を丸くして空を見上げている。
「へ?」
ボトッ
フリーズしている団員たちを現実に引き戻したのは空から落ちてきた球体であった。
「あ、コア・・・」
「ゆ、ユリカさん、今の魔法は一体・・・」
おっかなびっくりといった様子でユリカに尋ねるクレア。そしてその言葉を聞いて他の騎士団員たちの注目もユリカに集まっていく。
「いえ、まあ、剣を飛ばす魔法です・・・」
「え、ええ・・・」
どう説明したら良いのかわからないユリカとそもそも何が起こったのかよくわからないクレアたちであった。




