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第37話 知らなくてもなんとかなること さりとて知っておくに越したことはないこと

 魔法とは何か?


 それに対するユリカの回答は、自らの認識した現象を現実へと反映させる技法、であった。

 しかしながら彼女自身この答えに納得していたわけではない。技法といっても具体的な手順や法則などについては全くもって目星がついていなかったためだ。


 確かにユリカは他人の魔法を1度見れば真似することが出来るが、それはあくまでものまねであって原理の根本を読み解いたわけではない。

 パソコンで調べ物をするとき検索バーに調べたいワードを打ち込めば検索結果が山のように表示されるのは現代社会では子供でも知っている常識ではあるが、それがどのようにして実現されているのかを知っている人間は少ないだろう。何せコンピューターが0と1だけしか表示できない板の集合体であるなんていう知識が必要となる場面に出会うことなど、その道の人間以外ほとんど無いからだ。

 ユリカの魔法に対する理解もそれと似たようなものであった。

 サービスを利用することは出来る。しかしながら提供された範囲以上のことは出来ない。


 故に彼女は魔法を模倣することが出来ても、魔法陣を完成させることが出来ても、魔法の威力を多少調整することが出来ても、どうしても出来ないことがあった。




「魔法には目的がある。」


 青い髪を風になびかせた少女は語る。


「目的を終えた魔法は消える。炎の魔法は炎を出したら、水魔法だったら水を。」


「ちょ、ちょっと待つんだぞ。何を言ってるのか・・・」


「時間がない。あなたたちと話していられるのも後少し。」


 戸惑うミライの言葉を遮って話を続けるエリサ。時間がないと告白したにも関わらず彼女の顔に焦燥の色はなかった。


「ミライに頼みがある。」


「ま、ちょっと、どういうことだ?エリサちゃんは・・・消えちゃうのか?」


 最早消え入りそうな声でエリサに尋ねるミライ。しかし今にも泣き出しそうな彼女とは打って変わってエリサは明るく答えた。


「うん。でもこれでいい。」


「良くないぞ。エリサちゃんが魔法だってんならなんとかなるぞ。・・・なあ?」


 ミライが最後の希望といった様子でユリカを見る。


「う・・いや、それは・・・」


「え・・・」


 言葉に詰まるユリカを見て、膝から崩れ落ちるミライ。しかしそんな彼女にエリサは優しく声を掛けた。


「これでいい。私は十分生きた。100年以上も。」


「でもお・・・」


「確かに少し前までの私には未練があった。でも最後にミライに会えてそれもなくなった。」


 泣き出しそうなミライをなだめるように言葉を紡ぐエリサ。そしてミライが顔を上げたのを見てその言葉を続ける。


「今の私は魔法。でも昔はそうじゃなかった。あなたたちと同じ人間。だから私には目的があった。」


「でも、捜してる人には会えてないんだし、お姉ちゃんだったらまだ生きてるかもしれないだろ?目的なんて1つも・・・」


「だからこそ、私は消えなくちゃいけない。でも全部説明するには時間が足りない。そして私自身、全部のことはわからない。」


 そう言って少し寂しそうな顔をするエリサ。彼女の美しい青髪が少しずつ白に染まってゆく。


「エリサちゃん、髪が・・・」


「白、そう・・・やっぱり兄たちはあのときにもう終わってたのか。」


 少し名残惜しそうに自分の髪をつまむエリサ。


「あなたたちにお願いがある。私が消えた後残ったものがあればそれを姉に届けて欲しい。」


「何でだ!自分で届けるほうがいいだろ。お姉ちゃんと再会しなくていいのか?」


「再会は出来る。」


「消えちゃったら出来るわけないぞ!それにあたしたちが届けなかったらどうするんだ。」


「届けてくれる。」


「何でっ!」


「あなたたちはここに来てくれた。」


「ッ!」


 激しく言葉をぶつけていたミライが固まる。エリサが自分を完璧に信頼している。そう確信してしまったのだ。こうなっては彼女が言い返せる言葉などはなくなってしまった。


「ズルいぞ、人任せだなんて。わがままだ。」


「私もあなたたちのわがままに傷ついた。おあいこ、手打ち。」


「・・・そっか、じゃあ、仕方ないな。」


 エリサの青かった髪は最早白ではない部分を捜すほうが難しくなっていた。


 白紙に戻す。


 まさにそのような言葉がふさわしくなるような光景である。

 しかし終わりが迫っていることが明らかでありながらエリサの表情は穏やかなものであった。


「誰かに託せるというのは気が楽。」


「託された方はたまったもんじゃないぞ。でも、友達の頼みだからな。」


 そう言っていたずらっぽく笑うミライ。

 そしてエリサの髪が白く染まりきる。


「ありがとう。・・・楽しかった。」


「うん・・・」


 彼女たちはずいぶんと長く話し込んでいたようだ。すでに東の空は白みはじめ、水平線から太陽が顔をのぞかせている。

 そしてその太陽の光と混ざり合うようにエリサの体がほどけてゆく。

 白い光の粒子となって、まるで日の出に祝福されているかのように。


「やっぱりここは良い町。いつだって海が綺麗。もしあなたたちの旅が終わったら、またこの町に来るといい。」


「うん・・・またな。」



 潮騒の町、ベネト。

 かつて伝説のレギオンが住んだこの地での冒険はこうして終わりを迎えたのであった。








「やーーーーーーーっとついたわねー!王都―!!」


「ちょっ・・・あんまり大声出すなよ。田舎者だと思われるだろうが。」


「はあ?別に少しくらい良いじゃない!ていうか何であんたもついて来てんのよ?」


「いや、魔道書どうせ売るなら王都の方が良いと思ってな。それに道中も俺がいなかったらやばかっただろ?」


「はあ?お互い様でしょ?それにワンダーパンチャーズの群れに遭遇するなんて運が悪いにもほどがあるわ!!」


 ボルンよりもさらに多くの建物が建ち並ぶ大通りの真ん中で2人組の旅人が騒いでいる。もちろん言うまでもなくフーウンジとフレデリカであるわけだが、どうやらこの2人は王都に来ても変わらないようである。


「いやいや、あいつらはいつも群れだ。それよりも腹減ったし飯いかね?」


「はあ?あたしはアーティファクト申請しに行かなくちゃなんないんだけど?」


「いやいや、審査は1週間後だろ?発表と表彰、その他諸々のイベントは建国祭に合わせられるんだからよ。」


「あ、そうなのね。」


「お前知らずに来たの?」


「いちいち調べてらんないわよ。どうせ来るんだったら別にいつでもかまわないでしょ。」


「お前なあ・・・」


 大雑把なフレデリカに思わずため息をつくフーウンジ。とは言え2人の中は今も変わらず良好なようであった。

 そしてなんだかんだ言いながら2人が向かったのは、いつも使っている組合よりも少し高級ないくらか店構えの良い飲食店だった。




「へえ、なかなかこぎれいな店じゃない。」


「何様だよ・・・」


 店には行って料理を待っている間、小生意気なことを口にするフレデリカ。

 アーティファクトを手に入れてからというもの何かと調子に乗っているようであった。


「まあ、良いじゃない。」


「まあ、別に良いけどよ。それよりも少し相談があるんだが。」


「はあ?何よ。金なら貸さないわよ。」


 フーウンジからの突然の相談はフレデリカ調べでは9割9分9厘、金の絡むことであった。

 そして今回もご多分に漏れなかったようだ。


「いやいや、違えって。お前がアーティファクトを審査に出すときに、この魔法陣も一緒に出さないかって話だよ。」


「はあ?何でそんな面倒なことしなくちゃなんないのよ?」


「いやだって、ユリカも関係ありそうって言ってただろ?てことは一緒に出したらお互いの価値が上がるかもしれねえじゃん。実を言うとこの魔法陣ボルンの町の魔法陣屋に売ろうとしたんだが何の魔法陣だかわからないからって売れなかったんだよ。アーティファクトの審査って魔法学会がするんだろ?もしかしたら魔法陣の内容がわかるかもしれねえ。」


「まあ、確かに損することはなさそうね。いいわ。ただしアーティファクトの方の手柄は私のものよ。」


「はいはい。」


 金と名声、2人が欲しているものがうまいことずれているのもこの2人が付き合っていけている理由なのかもしれない。そしてちょうど2人の話が終わった頃、見計らったかのように料理が運ばれてきた。


「うわっ!美味しそう!」


 運ばれてきた料理に目を輝かせるフレデリカ。運ばれてきたのは日本のレストランではさして珍しいくもないパスタであったが、貧乏生活の長いフレデリカにとっては滅多に食べることの出来ないご馳走であった。


「お前って反応が本当に田舎者くさいよな。」


「もぐもぐ、もちゃもちゃ、ごっくん。何か言った?」


「いや何でも。」


 食べるのに夢中でフーウンジの話など全く聞いていなかったフレデリカ。当然周りの様子などに気を配ることもなかったわけであるが、フーウンジはおかしなことに気がついていた。


「なんか、周りの奴ら俺たちのこと見てね?」


「もぐもぐ、ごっくん。はあ?気のせい・・・でもないわね。」


 フーウンジに促され辺りを見回すフレデリカ。確かに彼の言うとおりフレデリカは周囲からの注意を引きつけているようであった。しかしながらフレデリカに思い当たる節はない。


「何でかしら?」


「お前の食う勢いがやべえからじゃねえか?」


「はあ?普通でしょこんくらい!」


「テーブルマナーだね。」


 2人が言い合っていると横から少女の声が割って入ってきた。


「「え?」」


 2人が振り向くとそこには大人しそうな目つきをした少女が立っている。年はフレデリカと同じくらいだろうか。

 その少女はフレデリカに近づくと彼女の手に触れて、言葉を続ける。


「カトラリーはね、外側から使うの。あと口が汚れたらこれで拭くと良いよ。」


 そう言ってテーブルに置いてあるナプキンでフレデリカの口を拭う少女。

 当のフレデリカは突然のことに目を丸くして固まっている。


「へえ?」


ふきふき


「うん、綺麗になったよ。」


「ちょっ、きゅ、急に何してくれてんのよ?あんた!?」


「お口を拭いたんだけど嫌だったかな?」


「ちょ、違う、そうじゃない。いや、間違ってはないけれど・・・」


 急に口を拭かれたことに狼狽するフレデリカであったが目の前の少女にはフレデリカのそんな気持ちは一切伝わっていないようであった。

 そうしてフレデリカたちが騒いでいると、突然後ろの席から声が上がる。


「おい、ガキ。あんまりさわぐんじゃねえ。」


「あ、ヴォイドさん、着いてたんだ。他のみんなは一緒じゃないの?」


 突然の声にも驚かずに返事をする少女。

 その男はどうやら少女の知り合いであるようであった。それにしても2メートルを優に超えているであろうその身長は可憐な少女とは少々不釣り合いなサイズ感である。


「・・・出るぞ。」


「はーい。じゃあまたね。お嬢さん。」


「え、ああ、うん。」


 突然現れ、嵐のように去って行った少女にあっけにとられるフレデリカ。


「何だったのかしら、あいつ?」


「まあ、王都はいろんなやつがいるっていうからなあ。」


 世の中にはいろいろな人間がいるのだと改めて実感する2人であった。

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