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第36話 選択と結果

「今日は帰ってくるかな。」


 町外れの塔、その幻想の屋上にて今日もエリサは1人、帰るはずのない人たちを待っていた。

 もちろん待ち人が来ることはなく、時間だけがゆっくりと流れていく。

 彼女にとっていつもと代わり映えのしないそんな日常に変化をもたらしたのは聞き覚えのある声であった。


「エリサちゃん!」


「えっ、ミライ?それにその人たちは・・・」


 驚きを隠せない様子のエリサ。しかしそれも無理のないことであった。何せ彼女の目線の先に立っていたのはミライだけではなかったのだから。


「初めまして、ではないのかしら。この前もいたのだったら挨拶しそびれてしまったわね。私の名前はユリカ、この前はミライがお世話になったわ。ありがとう。」


「シャチハタだよ。ミライちゃんを助けてくれてありがとう。」


「この2人があたしの捜してた友達なんだ。今日はエリサちゃんに話があったから来たんだぞ。」


「え、話って?そもそもどうして私を見つけられた?」


 ミライたちの話を聞いても混乱が収まらない様子のエリサ。

 そんな彼女の疑問に答えたのはユリカであった。


「そうね。これは私の予想なのだけれど、あなたは誰にでも認識できるわけじゃない。あなたを見ることが出来るのは大切な人と離ればなれになってしまった人間だけなのではないかしら?」


「何でそう思った?」


 ユリカの言葉に質問を返すエリサ。


「・・・」


 沈黙するユリカ。しかし少し経ってから観念したかのようにその口を開いた。


「あなたの話を聞いたわ。大切な人たちを待っているのでしょう?」


「それで?」


「おそらくだけれどあなたはずっと昔から年をとっていないのではないかしら?」


「・・・そう。100年から先は数えてない。」


 少しの間を置いてから返事を返したエリサ。そして彼女はここでユリカの言わんとしていたことを先んじて口に出す。


「私は人ではない。悪魔に魂を売って魔法になった。神へと至る第一の門(ETERNITY)、それが今の私。」


「やっぱり、そうだったのか。」


 エリサの告白に表情を険しくさせるミライ。ユリカの予想通りだったとは言え、本人の口から出るまでは信じられなかったようである。そしてそんなミライを横目にユリカは話を続ける。


「魔法にはおしなべて目的があるわ。あなたの場合には捜し人と出会うことではないかしら?だから捜し人である可能性の人間、つまり大切な人と離ればなれになった人間には認識される必要があった。」


「正解。これは私が魔法使いに出した条件。」


 ユリカの推理を聞き、こくりとうなずくエリサ。しかし彼女にはまだ疑問が残っていた。


「でも、私を見つけられた理由にはなってない。」


「そうね。それはこの子があなたを見つけられたからね。私たちがあなたを見ることが出来るのは魔法で認識を共有しているからよ。」


 そう言ってミライを見るユリカ。

 しかしエリサの顔から疑問の色は消えていなかった。


「ありえない。あなたは友達と再会できた。だからあのとき私が見えなくなった。なのに、なんで?」


 あり得ないと言った表情でミライを見つめるエリサ。彼女からしてみれば1度彼女を見失ったミライが大切な人と離ればなれになっているというのはあり得ないことであった。

 エリサは簡単なことに気がついていなかったのだ。


「そうだな。ユリカちゃんとシャチハタちゃんとは再会できたぞ。でもあたしにはまだ友達がいるんだ。」


「そう。じゃあまたここから捜す?」


「いや、もう見つけたぞ。」


「え?」


 驚いた顔でミライを見つめるエリサ。ようやく彼女もミライの真意に気がついたようであった。


「あたしはエリサちゃんを捜してたんだ。大切な友達のエリサちゃんを。」


「友達・・・私と友達になってくれるの?」


「もう友達だぞ。一緒にお泊まりしたしな。」


「そう、だったんだ。・・・ありがとう。」


 ミライを見つめ満面の笑みを浮かべるエリサ。それはミライが今まで見たことのなかった彼女の幸福そうな表情であった。

 しかしミライには話さなければいけないことがある。それが例え目の前の少女の幸福を壊してしまうものだったとしても。




 その後、ミライたちは塔の上で話し続けた。

 冒険部のこと、白夜の担い手のこと、魔法のこと、ベネトのこと。彼女たちは気が済むまで語り合った。

 そうして日が暮れた頃であった。


「もう暗くなってきたな。」


「そうね。楽しい時間というのはあっという間にすぎてしまうものね。」


「私たちもうすっかり友達だね。」


「うん。楽しかった。」


「それでな。エリサちゃんに言っとかないといけないことがあったぞ。」


「何?」


 ミライの突然の話題転換に少し不思議そうな表情を見せるエリサ。塔の上は今までの楽しい雰囲気とは打って変わって静まりかえっている。


「えっとな、だから、ええと・・・」


「ミライ、どうした?」


 いざ話すときになって決心が揺らぐミライ。やはり話す必要はないのではないか?話すことが本当にエリサのためになるのか?そういった考えが脳裏をよぎる。


「大丈夫?ミライ。」


 歯切れの悪いミライを心配して声をかけるエリサだが彼女も何かを感じ取っているようだ。今までのおしゃべりとは違う、ミライがここに来た本当の目的を。


「エリサちゃんの、あの、大切な人についての話なんだぞ。」


「白夜の担い手のみんな?」


「そうだぞ。えっとだな。エリサちゃんの捜している人たちは、その・・・」


 ここに来てまたも言いよどむミライ。しかしエリサにとってはそのミライの態度だけで彼女の言いたいことを理解するのには十分であった。

 彼女の体が小さく震える。


「え、嘘・・・あり得ない。そもそもなんでミライが知っている?」


「えっと、それは・・・」


「私が戦ったからよ。」


 返事の出来ないミライに変わって口を開いたのはユリカであった。


「は?」


「ゆ、ユリカちゃん・・・」


「初めからこのことは私が言うつもりだったわ。今から1週間程前、ヴェルナー近くの森で白い異形と戦ったの。ごめんなさい。あなたの捜している人を手に掛けたのは私よ。」


 そう言って深々と頭を下げるユリカ。彼女には異形を倒したことに対する後悔はない。やらなければやられる。彼女にとっては単なる正当防衛であった。しかしエリサに対する申し訳なさはあった。


「嘘・・・だいたいあなたがあの人たちに勝てる訳がない。剣の魔法がある限り・・・」


「我が一撃は砕かれし現実、開闢の一刀」


ザキッ!


「っ!それは・・・」


 剣の魔法で足下に落ちていた石ころを切断するユリカ。詠唱、そして発動した魔法はエリサに真実を伝えるのには十分すぎる材料であった。


「剣の魔法はお兄ちゃんの・・・本当に・・・」


「あ、あの、ユリカちゃんも悪気があった訳じゃないんだ。本当に、あの、しょうがなくて・・・」


「もう、いない・・・」


 ミライの言葉も最早エリサの耳には入っていないようであった。その場に崩れ落ち地面を見つめるエリサ。

 そんな彼女の様子を見てミライも掛ける言葉を失ってしまったようだ。彼女がうなだれる様を呆然と眺めている。

 しかしここに来て今まで黙っていたシャチハタが声をあげた。


「ミライちゃん!ミライちゃんは何しに来たの?」


「え?」


「ミライちゃんはエリサちゃんのためを思って来たんだよ!自分が正しいと信じることをするために来たんだよ!」


「あっ・・・」


 もし何も教えなければ少なくともエリサが彼女たちの前で悲しむことはなかったはずだ。何もミライが責任を感じる必要はなかったのだ。

 しかし彼女は選んだ。自らを苦しめるその道を。

 それはなぜか。


「エリサちゃん!」


「え?」


 ミライの力強い声に思わず顔を上げたエリサ。そして彼女の涙に濡れた顔を見つめてミライが言葉を投げかける。


「ごめんなさい。言ったらエリサちゃんが悲しむのはわかってたんだ。でもエリサちゃんがいつまでもたった1人で待ち続けるのはだめだ。あたしはエリサちゃんに幸せになって欲しいんだ。」


「っ!勝手なことを・・・」


 ミライの訴えを聞いてそんな言葉を漏らすエリサ。確かにミライの言葉は自分勝手なものだった。エリサの悲しみを無くしてやれるわけでもない。ただ強制的に真実と向き合わせた、それだけである。

 ただし、それ故に彼女はその言葉には嘘偽りがないことを感じ取っていた。ミライは心の底からエリサの幸せを願っているということを。


「自分勝手、余計なお世話。」


「ご、ごめん。でも・・・」


「でも、私のことを思ってくれている。みんながいなくなって誰にも相手をされなくなった私を。」


 そう言うとエリサは立ち上がりミライを見つめる。そしてミライのことを見つめたまま言葉を続ける。


「あなたと過ごした時間は楽しかった。まるでみんながいた時みたいだった。確かにあなたは私に幸せを届けてくれた。」


「許して、くれるのか?」


「許すも何も怒った覚えはない。いつかこんな日が来るのはわかってはいたから。本当はもっと早く認めるべきだった。私はありもしない希望にすがっていた。」


 少しすっきりしたかのような表情でミライを見つめるエリサ。彼女を苦しめていたのは希望という名の病であった。決して報われることはない、しかしすがり続けるしかなかった希望。

 待ち続けること百と余年、彼女は永遠に続くその止まった時間からようやく抜け出したのであった。


「それでな、えっと、あたしはこれからもエリサちゃんと一緒にいたいんだ。エリサちゃんと楽しいことがしたいんだぞ。」


「それはつまり・・・」


「あたしたちと一緒に旅をしよう。エリサちゃんもきっと幸せにしてみせるぞ。」


 エリサの言葉を聞いて、ついに自分が来た本当の目的を明かすミライ。様々なことを考えたが結局のところ彼女に出来るのはこれだけだったのだ。失った者の変わりは務まらないだろう。しかし幸せを届けることは出来るはずだと、彼女は信じていた。

 そしてそのことはエリサも知っていた。

 ミライたちとゆけば楽しいこと、幸せなことをたくさん経験できるということを。


「ありがとう。私もあなたたちと行けばきっと幸せになれると思う。ミライだけじゃない。シャチハタもユリカもいい人。信じられる。」


「じゃあ・・・」


 エリサの言葉に目を輝かせるミライ。しかし返ってきた答えは彼女にとって予想外のものであった。


「でも、行けない。」


「え・・・な、なんで?」


「私が役目を終えた魔法だから。」




 エリサの言葉に最も衝撃を受けていたのは誰だろうか。

 それはきっとミライでもシャチハタでもなくユリカであったことだろう。


「あ、そうか。馬鹿だ、私・・・」



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