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第34話 待ち人

「今日も塔に登った方が良いかな?」


 朝になり宿屋から抜け出したミライとエリサは町外れの道を歩いていた。

 今日の天気は晴れ。塔の上からであればどこまでも見渡せると思ってしまうほどの雲1つない快晴であった。

 しかしながらその質問に対してエリサの口から出たのは意外な言葉であった。


「いや、あそこの広場に行こう。」


 そう言ってエリサが指さしたのは小さな広場であった。町外れということもあってか朝だというのに人通りは少ないようだ。


「いいけど、何でだ?」


「少し、話がしたい。」


 そう言って広場の長椅子に歩いて行くエリサ。ミライも少し遅れてその後についていく。

 彼女たちは広場の端の木陰にある二人がけの椅子に腰を下ろした。


「で、話って何だ?」


「私の捜している人について。」


「あ、そうか。あたしも捜すの手伝えるもんな。」


「いや、手伝いはいい。知ってもらいたいだけ。」


 そう前置きしてエリサは話し出す。


「兄とその友人を捜している。彼らは同じレギオンだった。」


「そうだったんだ。それでなんていうレギオンだったんだ?すごいレギオンだったのか?」


 エリサの話に興味津々といった様子で質問するミライ。エリサもミライの態度は嬉しいようで柔らかい笑みを浮かべて話を続ける。


「うん。世界で最高のレギオンだった。名前は白夜の担い手、永劫を求める秘術の探求者。」


「へー、聞いたことないけどランクは何なんだ。」


「ランク?」


「ランクだぞ。ほら黄金の夜明けだったらSSとか。炎の牙ってのはAだったな。」


 ランクという言葉に対して不思議そうな反応を見せるエリサ。ハンターたちが在籍するレギオンにもランクというものは設定されている。もっとも組合非公認の組織なのでそのランクも当然非公式のものではあるが、成功した依頼や人員などを加味して設定されるため信用度は高く依頼者にとっては重宝しているようであった。

 しかしエリサにとっては聞き覚えのない単語であったようだ。


「ランクはわからない。ただ、最も多くのダンジョンを制覇した。」


「すごいやつらだったんだなー。でも今はレギオンは解散しちゃったのか?」


「うん。」


「何でだ?そんなにすごいレギオンだったらずっと残ってそうだけどな。」


「それは・・・ある魔法使いのせい。メンバー5人の内無事だったのは私の姉だけ。」


「えっ、襲われたってことか?」


 驚いた顔で尋ね返すミライ。しかしエリサはゆっくりと首を振る。


「違う。」


「じゃあ何なんだ?」


「それを話すには少し前のことも話さないといけない。レギオンがなくなる少し前、彼らは1つのダンジョンを攻略してアーティファクトを持ち帰った。」


「アーティファクト?どんなのだ?」


 アーティファクトという言葉に飛びつくミライ。しかしエリサは落ち着いた様子で話を続ける。


「不老不死の霊薬。そこまでは良かった。」


「えっ・・・」


「町に魔物が現れた。大いなる獣、BEAST。レギオンのみんなは強かったけれど相手が悪かった。何とか追い払ったけれど姉以外は大怪我を負った。」


「え、でも捜してるってことは助かったんだろ?」


「・・・」


 ミライの質問に対し、少し考え込むそぶりをするエリサ。そして少しの沈黙の後、その口をゆっくりと開いた。


「普通であれば助かるはずのない大怪我だった。でもそこで旅人が現れて特殊な魔法を使っての治療を持ちかけた。」


「あれ?それだと魔法使いのせいじゃなくないか?悪いのはそのビーストって魔物だろ?」


 話の流れからしてミライの疑問は当然のものであった。しかしエリサにとってはその疑問は想定内だったようで、よどみなく言葉を続ける。


「それはそう。でも魔法使いの治療も良いものではなかった。魔法使いが使った魔法は生命力の不足を補うために4人の存在を統合するというもの。まともな人間が使う魔法じゃない、あれは神の所業だった。」


「ええと、4人が1人になっちゃうってことか?」


「そんな生やさしいものじゃない。4人を1人にした結果、混ざり合って自我が消えた。かろうじて残ったのは剣の魔法と命だけ。まあその時にはもう人間とは言えない真っ白な何かに変わってしまっていたけれど。」


「え、じゃあ、エリサちゃんの捜してる人はもう・・・」


 エリサの話を聞き、暗い顔をするミライ。しかし当のエリサの表情はそれほど暗いものではなかった。


「うん。でもいつか治って戻ってくるかもしれない。だから私は待っている。これがこの町を出て行けない理由。これで話は終わり。」


「そっか、話してくれてありがとな。後・・・」


「何?」


 珍しく歯切れの悪いミライに対して不思議そうな視線を向けるエリサ。


「いや、何でもないぞ。それよりもそろそろみんなを探しに行かないとな。」


「・・・うん。」


 言葉を濁して席を立つミライ。エリサもそれ以上の追求をする気はないようであった。

 彼女たちの人捜しはもう少し続くようである。





「金髪のショートヘアーでこのくらいの身長の子を見ませんでしたか。私と同じバッグを背負っているのですが。」


「いやー見てないねえ。」


 3手に別れた後、ユリカは地道に聞き込みを続けていた。

 2人と別れて3時間ほど経過しただろうか、未だに何の成果も得られていないというのはいくらユリカでも焦るものがあった。


「こんなに目撃情報がないってあり得るのかしら?こっちには来ていないってこと?」


 思わず独り言が口に出るユリカ。しかしここでようやく彼女にも運が向いてきたようだ。


「お嬢ちゃん、金髪で髪の短い子を捜しているのかい?それなら昨日あっちの町外れの方に歩いて行ったのを見たよ。」


「えっ、本当ですか?」


 話しかけてきたのは聞き込みをしていた隣の店の店長だった。すぐさまお礼を言い、そちらの道へと急ぐユリカ。

 今までは一切の目撃情報がなかったため捜索は進んでいなかったが、1度でも足取りがつかめれば後は早かった。次々と目撃証言を手に入れ意気揚々と進んでいく。


「そう言えば昨日は綺麗な金髪の子が1人で泊まっていったね。朝はあっちの方に歩いて行ったと思うよ。」


「そうですか。ありがとうございます。」


 着実にミライの元へと進んでいくユリカ。

 彼女の努力が報われるのはそれから2時間後のことであった。




「おーい。」


「ん?この声は・・・ユリカちゃーん。」


 突然の後ろからの声に振り返ったミライは喜びの表情を浮かべていた。

 ずっと探し続けていた人の登場に思わず駆け寄るミライ。そしてユリカも会いたかった気持ちは変わらなかったようだ。飛びついてきたミライを力一杯抱きしめる。


「会いたかったぞー。」


「ええ、私もよ。よく1人で頑張ったわね。」


「あっそうだ、1人じゃないぞ。ほら、ってあれ?」


「うん?」


 少し冷静になりエリサのことを思い出したミライ。

 しかし彼女が指さした先に人の影はなかった。


「あれ?さっきまでいたんだけど・・・」


「え?あなたは1人で歩いていたように見えたのだけれど?」


「え?」


 2人が感じていたそれはえもいわれぬ違和感であった。

 人通りの少ない通りで隣を歩いていた人間だけが目に入らなかったというのはどう考えてもあり得ない。仮に百歩譲ってその姿を見落としていたとしてもミライが目を離した10秒足らずでいなくなってしまったというのは不可思議な話である。


「ええと、取りあえずみんなと合流しましょうか。6時に集合する約束になっているから。」


「6時ならまだ時間があるぞ。それまで一緒にエリサちゃんのことを探して欲しいぞ。」


「その子はエリサちゃんというのね。わかったわ。さっきまでいたのだったら遠くには行っていないはずよ。近くを捜してみましょう。」


 約束の時間まではまだ大分時間があるので快くうなずくユリカ。しかしその胸中には一抹の疑念が渦巻いていた。


(この子は嘘を言うような子ではない。でも、さっきまでこの子の近くに間違いなく人はいなかったわ。この認識の齟齬は何なのかしら?)


「1ついいかしら?」


「何だ?」


「その子とはいつ仲良くなったのかしら?」


 その質問はユリカにとって何の気なしに出た、たわいのない質問であった。別に探りを入れたわけではない。ただほんの興味本位、わかったからどうということもない、彼女にとって名前を聞く程度の気軽さで出たものである。

 しかしそれは偶然にも彼女の疑念を決定づけるものであった。


「昨日だな。はぐれた後すぐに出会って、それからさっきまでずっと一緒にいたんだ。」


「え?ずっと?寝るときも?」


「うん。仲良くなったからな。」


 さも当然といった様子で答えるミライ。しかしユリカの胸中は穏やかではなかった。


(宿屋の主人は1人で泊まったと言っていたわね。見落とし?私も他の通行人も1人残らず見落としていたということ?)


「そ、そうなの・・・ところでどんな子だったの?」


「そうだなあ、髪が青くて、あとお姉ちゃんが白夜の担い手っていうレギオンにいたみたいだな。」


「・・・そう。」


 白夜の担い手、この町に存在した伝説のレギオン。彼女の口からその名が出たのは果たして偶然だったのだろうか。



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