第32話 大切なのは正確さ
「こっちにもいないわね・・・」
「市場から離れちゃったんかな?」
「そうなると厄介ね。約束したから町からは出ることはないと思うけれどちょっと町が広すぎるわ。」
ミライがせっせと塔登りに精を出していた頃、ユリカたちは市場の周りを捜し回っていた。
このような事態も想定して旅に出るときにはぐれたときは町から出ないという決まりを作っておいたユリカであったがベネトはあまりにも広い。市場付近にいないのであれば捜し出すのにどれだけの時間がかかるかはわかったものではなかった。
(迷子であれば警察に届け出るのが1番だろうけれどここにそんな組織あるのかしら?でも治安維持のために似たようなものはあるはずよね。)
「ちょっと思ったのだけれど、迷子を保護してくれるところとかってあるのかしら?」
2人で捜していても埒があかないと判断し、シャチハタに尋ねるユリカ。
そしてそれを聞いたシャチハタが思い出したように口を開く。
「そうだよ。大きい町だし騎士団があるはずだよ。」
「騎士団?」
「領主お抱えの暴力装置だよ。治安を守ったりしてるの。」
「へ、へえ・・・まあ取りあえずそこまで行きましょうか。」
時々10歳とは思えないような言葉遣いをするシャチハタ。ユリカも気がついてはいるが自分から触れることは避けているようである。
「騎士団ってどっちにあるのかな?」
「そこら辺の人に聞けば知っていると思うわ。」
ユリカはそう言うと近くを歩いている人に話しかける。
「すみません。少し良いですか?」
「はいっ、何でしょう?」
ユリカの言葉に振り向いて明るい返事を返したのは身長150センチ程度の茶髪の少女であった。腰には細い剣を下げておりハンターのようにも見える。
「この町の騎士団まで行きたいのですが、どこにあるのか知っていたら教えていただけませんか?」
「騎士団?騎士団に用があるのですか?」
ユリカの言葉を聞いて不思議そうな表情を浮かべる少女。
「ええ、まあ・・・」
(何かしら?もしかして騎士団がないとかってことはないわよね?)
少女の態度から少しばかり不安な気持ちになるユリカであったがその不安は杞憂であった。
ユリカの返事を聞いて少女が口を開く。
「そうですよね。場所がわからないのに制服がわかるなんてあり得ませんものね。私も騎士団の一員なんですよ。」
「ああ、それで・・・」
さっきの表情の意味を悟ったユリカ。騎士団員に対してあんな聞き方をしたらおかしく思われるのは当然であった。
「それにしても騎士団に用があると言うことは何か困ったことでもあるのですか?」
「実は・・・」
目の前の少女にこれまでの経緯を説明するユリカ。
説明を聞き終わったとき少女の表情は真剣なものになっていた。
「わかりました。お友達は絶対に見つけ出しますから安心してください。」
そう言った少女の目は熱意に溢れていた。どうやらこの少女はずいぶんと仕事熱心なようである。
そしてそんな彼女を見て今まで黙っていたシャチハタが口を開いた。
「じゃあ、騎士団に行ってみんなに手伝ってもらうの?」
「そうしたいのですが、実は今騎士団はあなたたちが巻き込まれたという市場での事件に人手を割いていて応援は期待できません。でも安心してください。私に考えがあります。」
市場で事件が起きてからすでに1時間以上が経過していた。
日没が近づいており時間に余裕はなかったが少女には考えがあるようだ。
「考えというのは?」
「ずばり、この近くでまだ捜していないところを捜せば良いのです。」
ユリカの質問に自信満々の表情で答える少女。
もっともそれを聞いたユリカの表情は芳しくなかったわけであるが。
「そう言っても捜していないところなんてまだまだありますよ。全部捜すとなると3人では難しいでしょう。地図でもあればある程度は絞り込めるのですが。」
冷めた目で少女を見ながらそう返すユリカ。しかしここで少女が嬉しい報告をする。
「そうですか。あ、でも地図ならありますよ。」
そう言って鞄から地図を取り出す少女。
彼女が取り出した地図には市場周辺の細かい路地が描かれていた。
「でも地図を見てもミライちゃんがどこへ行ったかはわからないよ?」
「大丈夫よ。予測は出来るわ。まず聞き込みの感じこっちの方には来てないわ。」
「でもそれは地図がなくてもわかることでは?」
ユリカの話に首をかしげる少女。それを聞きユリカはうなずきながら話を続ける。
「はい、でも地図を見るところ北方面に流されたのだとしたらここを通らないというのは考えにくいです。私たちは東方面に流されて聞き込みをしながらここまで来たので移動速度もろもろを含めて考えるとあの子が通っていない道が割り出せます。」
「でも聞いた人が見落としたってこともあるんじゃないですか?」
「その可能性もありますが、聞き込みの密度やもともと地形的に流されやすい場所などを総合して考えれば情報が合っている確率自体を概算ですが算出できます。結局調べ物というのは信頼度の高い情報を選び出す作業ですから。」
確実な情報がないため合っている可能性の高い情報を選び取ろうとするユリカ。見落としの可能性は否定できるものではないがあくまでも見つける確率の最も高い場所を捜し、それ以外は一旦切り捨てる。合理性を求めてきっちりと数字に当てはめていくのは実に彼女らしいやり方であった。
「ええと、要するにいそうな場所がわかるってことですか?」
「よくわかんないけど任せたよユリカちゃん。」
ユリカの言うことを2人はあまり理解していないようであった。
(算数は早めに教えておいた方が良いわね。)
シャチハタの返事を聞いて今後の教育計画について少し考えたユリカであったがすぐに思考を元に戻す。
「結論ですが、9割方南西部のこの道を通っていますね。ここから大通りに沿って聞き込みをしてみましょう。」
地図の一部を指しながら端的に予測を伝えるユリカ。そして2人も彼女に異論はないようであった。
「結局見つからなかったなー。」
「暗くなったし今日はもう無理。」
「うう、困ったぞ。」
日が落ちあたりに仕事帰りの人々が増えてきた頃、ミライとエリサの2人はとぼとぼと町を歩いていた。
塔に登ってあたりを捜すという案は悪いものではなかったがいかんせん遮蔽物が多すぎたようだった。
結局合流は叶わず途方に暮れるミライ。旅に出てからはユリカに頼っていたため、1人では何をしたら良いのかがさっぱりわからないようであった。
「取りあえずは今夜のこと。人捜しはまた明日。」
「今夜かあ。そう言えばエリサちゃんもそろそろ帰らなくちゃだめだよな。」
「私のことはいい。」
「でも遅くなると家族が心配するだろ?」
「問題ない。それより今日泊まるところを探すべき。」
「そうか?」
エリサの返答に不可思議なものを感じるミライ。しかしエリサは彼女の疑問など気にしてもいないかのように続ける。
「近くに宿屋がある。値段も安い。」
「そっか。じゃあ仕方ないから今日はそこに泊まるか。エリサちゃんはどうするんだ?」
「私は・・・いい。また明日会おう。」
「そっか。一緒にお泊まりしたかったけど仕方ないかあ。そう言えばエリサちゃんってどこに住んでるんだ?明日はあたしが迎えに行くぞ。」
その質問はミライにとっては何の気なしにした大した意味もない質問であった。しかしそれを聞いたエリサの表情が途端に険しくなる。
「・・・いい。私が宿屋まで行くから。」
「そっか・・・」
エリサの返事を聞き少し寂しそうな顔をするミライ。
そしてその表情を見て慌ててエリサが口を開く。
「違う。ミライを信用してない訳じゃない。」
「いや、そういうことじゃないんだぞ。気にしないで良いぞ。」
「本当に違う。私には・・・」
「え?」
歯切れの悪いエリサの言葉に2人の間に少し微妙な空気が流れる。
そして一拍おいてエリサが観念したかのように話し始めた。
「帰る家がないの。だから教えられなかった。」
「ええっ?」
衝撃的な告白に驚いて声をあげるミライ。帰る家がない、簡潔な言葉の裏にはミライにも様々な事情が想像できた。貧困で文字通り家がない、家族との不仲、もしかしたら家族すら・・・
しかしそれらの想像を振り切ってミライは言った。
「じゃあ、今日は一緒に泊まろう。お金はあたしが出してあげるぞ。」
「えっ?でも・・・」
「でもじゃないぞ。とにかく今日は一緒に寝るんだぞ。」
そう言うと突然の提案に驚いているエリサの手を掴むミライ。
エリサは遠慮していたが結局宿屋まで連れて行ったのはさすがの行動力であったと言えるだろう。
「いらっしゃい。」
安っぽい木の扉を開けるとそこにいたのは初老の男であった。
「部屋を1つ借りたいぞ。あと夕ご飯。」
「あいよ、1人部屋で良いかい?」
「いや友達もいるから2人部屋だぞ。」
「そうか、友達も来るんだね。じゃあ大銅貨3枚だよ。」
その後会計を済ましたミライたちは夕食が出来るまで案内された2人部屋で過ごしていた。
部屋は値段相応と言った内装で古びたベッドが2つと木の椅子が1つ置いてあるだけであったが、一晩過ごすだけのミライたちには困るようなことでもなかった。
「わふー。おなかが減ったぞ。ご飯早くできないかなー。」
「ご飯だけど部屋で食べたい。」
「ん?まあ良いぞ。じゃあ部屋まで運んでもらうか。頼んでくるぞ。」
エリサの頼みを聞いて受付の男に配膳を依頼したミライ。幸いなことに追加料金等はなかったようである。
夕食が運ばれてきたのはそれからすぐのことだった。
「パンとスープと・・何だこれ?」
「イカ。海にいるやつ。」
海なしの都市に住んでいたミライはイカリングを見たことがなかったようだ。
流通手段が発達していないこの世界では新鮮な海産物を内陸まで運ぶのは至難の業である。そのためこういった料理が食べられるのは海沿いの町の特権であった。
「海にはこんなやつがいるのかー。」
「元の形はそうじゃない。」
「ま、何だって良いぞ。もぐもぐ。」
イカリングを美味しそうに頬張るミライ。どうやら2人は当たりの宿を引いたようであった。イカリング以外の食事も美味しそうに食べていく。しかしながら育ち盛りのミライにとってはその量は少なかったようであったが。
あっという間に食べ終えて少し残念そうな顔をするミライ。そしてそんな彼女の顔を見てエリサが言った。
「私のも食べていい。食欲がない。」
「え、でも・・・」
「嘘をついているわけじゃない。遠慮でもない。」
「良いのか?」
「元からそのつもりだった。ミライが真剣に食べてたから言い出せなかった。」
「わふー、ありがとう。でも明日は一緒に食べような。」
「・・・うん。」
少し間を開けてから返事をしたエリサであったが、ミライはそのことには気がつかなかったようだ。エリサの分の夕食もあっという間にたいらげてしまう。量が少ないとは言え、なかなかの食欲であった。
そして夕食を一通り食べ終わったミライは思い出したかのようにエリサに向き直った。
「忘れてたけど、聞きたいことがあったんだぞ。」
「何?」
「家がないってのはどういうことなんだ?」
かねてからの疑問を尋ねるミライ。しかし帰ってきたのは単純な答えだった。
「そのままの意味。家がない。」
「じゃあ、いつもはどこに泊まってるんだ?」
「外。」
「冬も外なのか?」
「うん。」
「そっか。ええと、あの、良ければだけど・・・一緒に・・・」
少し言いよどむミライ。しかし彼女の二の句をエリサが遮る。
「いい。この町でやることがある。」
「で、でも探している人もこの町にはいないかもしれないし、一緒に来て探すのも・・・」
「いいの。それよりも別の話をしよう。」
ミライの話は半ば強引に中断されてしまった。結局エリサが何を思っていたのかはわからずじまいのミライであった。
しかしエリサにとってはそれで良かったようである。
「ミライは優しい。」
「そうかあ?」
「友達と一緒に寝るなんて初めて。一緒に塔に登ったのも。」
控えめな笑顔を見せ、ミライにそっとすり寄るエリサ。
彼女には今まで友達はいなかったのかもしれない。何となくそう思ったミライもすり寄るエリサに答えるようにその体を密着させる。
「やっぱり一緒に行かないか?きっと楽しいぞ。」
「うん、きっと楽しい。でも出来ない。ごめん。」
「そっか。じゃあしょうがないな。」
エリサの意志を感じ取り、それ以上の誘いをやめるミライ。
彼女もまた大切な家族や町の人を置いて旅に出る決意をしたのだ。エリサにも譲れないものがあることは痛いほど理解していたようであった。
その後、とりとめもない話をいくつかした後に彼女たちは眠りについた。
せっかくの2人部屋なのにもかかわらず同じベッドで眠りについた彼女たち。2人とも求めていたのは似たようなものだったのかもしれない。




