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第30話 支配者は停滞を望む

「王都まだかあー。」


「後、1週間くらいよ。」


「えー、なんか歩くの飽きたぞー。」


「ずっと森の中歩いてるもんね。」


 ボルンを出て約1週間、ユリカたち一行は未だ代わり映えのしない山の中の街道を進んでいた。初めこそ宿場町や山の中の街道はシャチハタとミライにとって目新しく映っていたが、1週間も似たような景色を見続けていたらさすがに飽きてしまったようだ。


「そうね、毎日歩いていただけだものね。でも旅なんてこんなものよ。」


「ほんと歩いてるだけだぞ。」


 旅に出てから今のところ特に代わり映えのある出来事は起きていない。

 普通であれば何事もなく目的地へと進んでいると言うことなのでむしろ喜ばしいことではあるのだが、心躍る冒険を夢見て旅に出た少女にとっては少々辛いものがあった。


「まあでもこんな景色ともそろそろお別れよ。」


 文句を垂れるミライに嬉しい報告をするユリカ。そして彼女の言葉に導かれるように彼女たちにとっては聞き覚えのない音が聞こえてきた。


「何だあ?なんかザーって音がするぞ?」


「なんか変な匂いもしてきたね。」


 新しいものの気配を感じ取った少女たち、そしてそれはすぐそこまで来ていたようだ。

 彼女たちがそれから少し歩くと突然道が開けた。


「わふー、水だぞー」

「ふえっ、どこまで広がってるんだろ?」


「2人は海に来たのが初めてなのね。まあ、私も初めてみたいなものだけれど。」


 少女たちの目の前には水平線まで続く大海原が広がっていた。

 果てしなく広がる青い世界に初めて見た少女たちは圧倒されていた。


「これが海かー。湖とは全然違うぞ。」


「なんか。水が押したり引いたりしてるね。」


「そうね。海には波があるのよ。」


「わふー、入っても大丈夫かな?」


「でも何がいるかわかんないよ。」


「そうね、海にはいろいろな生き物がいるわ。でも何がいるかは誰にもわからないの。」


 地球の海には約1000万種類の生き物がいると言われているが人間に発見さえているものはせいぜいその中の10%程度である。科学が発達した21世紀の地球でさえ、海はまだ神秘の宝庫であった。

 ましてやこの世界では海はダンジョンにも劣らない人類未到達の秘境であることだろう。

 そして遙かな海に思いを馳せるのはどこの世界でも変わらないようである。


「でも私たちは冒険に来たんだぞ。ちょっと入ってくるぞ。」


「行くのなら膝より浅いところまでよ。海はいろいろなものを私たちにくれるけれど危ない場所でもあるのよ。」


「はーい。」

「私も入ってくるね。」


 ユリカの忠告を聞いてから海へと駆け出すシャチハタとミライ。そして彼女たちの後を追ってユリカも海へと近づいて行く。


「わっ、冷たいぞ。」

「水の中になんかいるよ。」


 海に入りはしゃぐシャチハタとミライ。そしてその様子を眺めながらユリカも遠い世界のことを思い浮かべていた。


(これが海か、綺麗ね。地球の海もこんなに美しかったのかしら?知識があってもわからないものね。でもまあこの感動を味わえたのだから記憶をなくすって言うのも悪いことばかりじゃあないわね。)


 初めて自分が記憶をなくしていることに感謝するユリカ。

 そしてそれと共に彼女には1つの疑問が浮かんできた。


(そう言えば私の記憶には人の名前がないのよね。知識が残っているのだったら普通友達や家族の名前は知識として残っているはずだけど、人の名前だけピンポイントで忘れているなんてそんなことあるのかしら?この世界に知り合いはいないから困ってはいないけれど何となく都合のいい話ね・・・)


 何となく不自然なものを感じるユリカ。

 しかし彼女のそんな疑問は大きな声によってかき消された。


「ユリカちゃんも入ろうよー。」

「冷たくて気持ちが良いぞー。」


 ユリカがなかなか入ってこないので声をかけたシャチハタとミライ。そしてユリカもここで考え事を中断する。


(まあ、どうでも良いか。気にしても何かあるというわけでもないし。)


「ええ、今行くわ。」


結局のところ考えても仕方のない話であったのには間違いなかった。




「いやーびしょ濡れになったぞ。」

「髪もベトベトだよ。」


 結局1時間ほど海で遊んだユリカたちは頭からつま先までびしょびしょになっていた。


「もう少し歩いたら町があるはずだからそこでお風呂に入りましょうか。」


 近くに町があることを把握していたユリカ。彼女が町から離れたところで2人を水遊びさせるわけはなかった。

 そして海沿いの道を歩くこと約30分、彼女たちは大きな町に着いていた。


「わあ、結構大きい町だね。」


「町の中に川が流れてるぞ。」


「ここはベネトという町らしいわね。町中に流れているのは川と言っても運河というものよ。」


 そこは国内でも有数の都市であり同時に水の都でもあった。

 町中を縦横無尽に運河が走り、それらの至る所に大小様々な船が浮かんでいる。


「町ん中を船で移動してんだな。」


「そうね、でも移動するのは人だけじゃないわよ。」


 ベネトは国内の流通の中心地であった。遠い地域から船で運ばれてきた物資はベネトで荷揚げされ、そして王都やその回りの大都市に運搬される。

 これには王都を含めた大都市のほとんどが内陸にありそれらへ物資を送る海運業者の玄関としてこの町が発展してきたという経緯があった。


「じゃあ、時間もあるし探検するぞ。」


「船にも乗ってみたいな。」


「そうね。広い町だし何日か観光しましょう。」


 ユリカを含め少女たちは皆新しい景色に胸を躍らせていた。

 そしてそんな彼女たちが最初に向かったのは町の中央を流れる一際大きな運河であった。


「船だあ。乗ってもいいよな?」


「ええ、でもこの船はどこ行きかしら?行き先を見てもよくわからないわね。」


 船着き場までやって来たユリカたちは比較的大きな船の前で足を止めていた。

 船の前には運行表が書いてあったがこの町に来たのが初めてであるユリカたちには見てもあまり意味のないものであった。

 そしてユリカたちが運行表を見てうなっていると、突然船の中から声がかかった。


「これは町中を一周してまた戻ってくる船だよ。運賃は1駅辺り銅貨2枚さ。」


「そうなんだ。せっかくだし一周してみようよ。気になったところがあったら降りれば良いし。」


「そうだな、最近歩いてばっかりだったしいいだろ?ユリカちゃん。」


「ええ、反対なんてしないわ。」


 満場一致で船に乗り込んだユリカたち。客は彼女たちだけだったようで船はすぐに出発した。


「わあ、結構速いぞ。でも流れと反対にどうやって進んでるんだ?」


「確かにそうよね。人が漕いでいる訳でもないし・・・」


 ユリカたちの乗る船はまるでエンジンでも搭載しているかのように流れに逆らってそれなりの速度で動いていた。しかし陸地は馬車しか走っていなかったところを考えると船にだけエンジンが付いているというのはおかしな話である。

 そしてそんなユリカたちの疑問に答えたのは先ほども話しかけてきた船の運転手であった。


「お嬢ちゃんたち、船に乗るのは初めてみたいだね。この船は魔法で動いているんだよ。正確には魔道具なんだがね。」


「魔道具?」


「ユリカちゃん知らないの?コアを使って作られてる誰でも魔法が使えるようになるやつだよ。」


「ああ、そういえば受付の人が魔法製品とか何とか言っていたわね。なるほどコアがないと船も動かないのね。こんなものの取引を国は管理しているのか・・・エグいわね。」


 現代日本に例えると半導体の取引を国が制限しているようなものだろうか。地球の大昔の権力者はありとあらゆる方法で労働者たちを支配してきたと言うが、技術の革新すらも制圧するこの世界の国家のやり方は別格であった。


(民間での開発を制限してたら技術が進まない気がするのだけれど、それでいいのか・・・)


 何となく江戸時代の鎖国を思い出したユリカ。社会の構造が崩れてくるのはいつだって文明が前に進んだときである。


「ボルンでも魔道具はたくさん作られてたぞ。ユリカは見てないのか?」


「え?そうだったの?」


「お嬢ちゃんたちボルンから来たのかい。ボルンと言えば魔道具の生産地で有名だったね。」


「ええ・・・」


 色々と忙しくて町の中をあまりよく見ていなかったユリカ。一生の不覚であった。

後悔とはつくづく先に立たないものである。

 そしてそんな話をしながら約2時間、ユリカたちは町の反対側まで来ていた。


「おお、なんかでかい建物があるぞ。」


「あれは大倉庫だね、海からの荷物とか反対に内陸側から持ってこられたものとかが一時的に補完されているのさ。この辺は町の中でも一番賑やかな場所だよ。」


 運転手の言うとおり辺りは運搬されてきた物資の取引をする人々で賑わっていた。取引されているのは食料品から衣料、果ては武器や骨董品まで幅広く、それを取引する人も様々な人種がいるのが見て取れる。ユリカにとっては実にエキゾチックな場所であった。


「1回降りてみようよ。」


「そうね、じゃあ次の駅で降りましょう。」


「あいよ、倉庫前までだね。運賃は1人あたり銅貨20枚だよ。」


(結構するわね。地元民は乗らないでしょうね。)


 何となく客がいなかった理由を察するユリカであった。


 その後船を下りたユリカたちは早速倉庫付近の商店街へと足を踏み入れていた。


「わあ、あのお菓子美味しそう。」


「最近は甘いものもご無沙汰だったわね。食べたいのなら買ってくると良いわ。」


「わふー、じゃああたしも買ってくるぞ。」


 数ある店の中からクッキーのようなお菓子を売っている店を目ざとく見つけたシャチハタ。ミライも引き連れてお菓子屋へと突進していくその姿は飢えた獣のようである。屋敷にいたときは毎日お菓子を食べていたのでお菓子を食べられなかったのはよっぽど堪えていたようであった。


 そしてユリカはそんな2人のことを眺めながらこれからの予定を考えていた。


(まあ、この町には3日くらいいるとしてその後はどうしようか。もしかしたら船に乗って王都まで行けたりするのかしら?それだとしたら・・・)


 ユリカの考えがまとまりかけていたその時、


「うおおっ、喧嘩だあ!」

「おい、誰か警備隊呼んで来いよ。」


 ユリカの後方がいやに騒がしくなった。


「はあ、喧嘩って・・・」


 ユリカが後ろを振り向くと1人の男が3人の男に囲まれていた。

 囲んでいる方は3人ともがっしりとした体型の大男であったが囲まれている方はそれよりもさらに身長が高い。まるでプロのバスケットボール選手のようである。


(すごいわね、2メートルはありそうね。でも魔法を使えないと3対1は厳しいか。)


 野次馬に混ざって男たちを見るユリカ。シャチハタとミライの買い物が終わるまでの暇つぶしを見つけたようであった。

 ユリカが近づいてみると男たちの声が聞こえてくる。


「おいおいおい、肩がぶつかったぜ。これは慰謝料をもらわねえとなあ。」


「そうだそうだ、さっさと金払えよ。」


「今なら特別に金貨1枚で許してやるよ。」


(喧嘩を売ったのは3人組みたいね。まあ普通に考えたらそうよね。)


「あ゛あ゛?何屑の分際で俺に命令してんの?」


(なんかどっちもどっちね・・・)


 そろいもそろって柄の悪い男たち。いざとなったら仲裁に入ろうとしていたユリカであったがその気もなくなってしまった。

 そしてユリカがなんとも言えない気持ちになっているとシャチハタとミライが戻ってきた。


「わふー喧嘩だぞー。」

「どっちが勝つかなあ。」


「ちょ、あなたたち・・・」


「ユリカちゃんはどっちが勝つと思う?やっぱり気になってみてたんだよね?」


「う、まあそれはいいとして・・・」


 シャチハタに図星をつかれたユリカ。彼女とて気になって見ているのは確かであった。

 そしてここで突然ミライが魔法を発動させる。


見通す心眼(フューチャーアイ)


「え?何をやっているのよ?」


「結末をいち早く知るんだよ。」


「じゃあ、コネクトしようよ。」


「ちょっとあなたたち。」


 2人は喧嘩が気になって仕方がないようである。ユリカが止めようとしたのも少し遅く、シャチハタとミライが手を繋いだ。そして


「シンボルコネ・・・」

「ふわあっ!!」


 次の瞬間シャチハタの詠唱を遮ってミライが後ろにひっくり返った。

 未来視で何か驚くようなものを見たようである。


「え?どうした・・・」


バシャッ!


「ふえ?」


 ミライを案じ声を掛けようとしたユリカであったがそれを遮ったのは突然地面に落ちてきたものであった。

 振り向いたユリカがそれを見たとき、彼女はミライがひっくり返った理由を知ることになる。


「一体何が・・・・・・・・・あたま?」




 彼女の目線の先の地面は黒ずんだ赤に染まっていた。

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