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第29話 1番お金を持っている人?どっかの株主じゃない?

「これは・・・」


 木々の生い茂った山奥にて博士は1人声を漏らしていた。

 彼の目の前の大地には壮絶な戦闘の痕が残っている。

 強大な何かによってえぐり取られた地面に、なぎ倒された木々、さらには辺りに飛び散った石の破片など 戦いの激しさがひしひしと伝わってくるようである。


「破片がそこかしこに・・・む?」


 そんな荒れ果てた現場で博士は一際目を引く破片を見つける。

 彼がその破片を拾い上げてみるとそれはいやに滑らかな面を持っていた。


「ただの破片か?いやこれは何の破片だ?」


 慌てて辺りを見回す博士。そして彼は多くの破片が密集して落ちている場所を見つけた。


「おかしい。話によれば衝突によって飛び散った破片は広範囲に散らばったはず・・・こんなに密集しているなんてことは、まさか。」


 慌ててそこに駆け寄った博士は積み上げられている破片の山を見て確信する。


「これは、スタテューオブリストレイントの破片だ。しかし倒してはいないと言っていたはず。いやまて、お嬢様たちが立ち去った後に崩れ落ちたのか?これならば密集しているつじつまも合うが・・・」


 独り言を言いながらもう一度辺りを見回す博士。しかしながらいくら探してもこれ以上有益な情報は見つからなかった。


(コアがあれば確定だったのだが、しかしこの破壊痕だけを見れば戦略級の破壊力だ。とは言え半分以上はスタテューオブリストレイントの仕業か、判断が難しいところではあるな。ただ間違いなく準戦略級以上ではあるだろう。)


 博士がそんなことを考えていると木々の合間から何人か人がやって来た。


「組合の職員か。まあおおよそは調べられたし今はこちらの事情を知られないことが先決か・・・」


 遅れてやって来たのはアックの報告により現場を調査しに来たハンター組合の職員たちであった。

そして博士は彼らに見つからないうちに撤退を決めたのであった。 

 彼がユリカたちの脱走を聞いて慌てふためいたのはそれから5時間後のことである。





 そして博士が侯爵邸でひっくり返っている頃、当のユリカたちは楽しそうに街道を進んでいた。


「お、あっちの方に見えてるのが王都か?」


「あれは王都ではないわ。宿場町よ。」


 気の早いミライの質問にクスリと笑いながら答えるユリカ。

 ボルンから王都までの距離は日本に例えると大体東京から名古屋くらいである。交通手段が発達した日本においては新幹線で1時間半だが歩きとなると2週間ほどかかる。

 ちなみにこの世界にも馬車などの歩き以外の交通手段はあるがそれらを全力で活用してもまだ5日ほどかかる距離であった。文明の力というのは偉大なものである。


「王都は遠いもんね。」


「まあ、何でも良いぞ。それよりあそこまで競争したいぞ。」


「明日も歩くのだから、体力は取っておいた方が良いわ。」


「ええー、まだまだ元気だぞ。」


 ユリカたちが歩き始めてすでに7時間が経過していたが、彼女たちがまだ元気なのにはもちろん理由があった。

 まず初めに彼女たちは旅人には欠かせない道具のうち水やナイフなどユリカの魔法で代替出来るものは持ってきていなかった。つまり普通の旅人に比べて彼女たちの持ち物は圧倒的に軽いのである。

 さらにユリカは2人が疲れてしまわないように多めに休憩を取っていた。


 そうしたこともありユリカたちはあまり疲れることなく宿場町までたどり着いた訳である。


「わふー、ちっちゃい町だな。」

「しょぼくれてるね。」


 町に着くなりそんな感想を漏らすミライとシャチハタ。ずいぶんな物言いだが今まで大都会のボルンで過ごしていたのでそう思うのも無理もなかった。


(町の規模はヴェルナーと似たようなものかしら、ただ宿が多いわね。)


 その町は宿場町と言うだけあってとにかく宿が多かった。道の両脇に連続して宿が建ち並んでいるのは宿場町ならではの光景であろう。

 そしてその大きな道も夕暮れだというのにたくさんの旅人で賑わっていた。

 町の規模自体は小さいが大都市と王都を繋ぐ交通の要所ということで人々の数はヴェルナーとは比べものにならないようだ。


「じゃあ、取りあえず宿を探しましょうか。」


「ハンターなのに組合には寄らないの?」


「そうね、ここでは仕事を受けないわ。王都の方が依頼の種類はあるでしょうし、そっちの方が給料も良いわ。」


「行ったことないのに何でわかるんだあ?」


 ユリカの返事に首をかしげるミライ。都会と地方の賃金の差を知らないようであった。


(まだ10歳だしそうよね。でもこの子たちの勉強も責任もって教えないといけないわよね。)


 ユリカの脳裏に侯爵の顔が浮かぶ。今回の件で一番被害を受けたのは間違いなく彼であろう。

 そしてそんなことを考えて少しいたたまれない気持ちになったユリカはミライの言葉に返事をする。


「そうね、じゃあ宿を取ってご飯を食べた後に教えてあげるわ。」


 2人を立派に育てるという決心を新たにしたユリカであった。



「ここでいいかな?」


「まあ、良いと思うわ。あまり安い宿も考え物だし。」


 通りをしばらく歩いた後ユリカたちは一件の宿屋の前で立ち止まっていた。

 ユリカが以前まで泊まっていた安宿より1ランクほど上の宿である。

 以前とは違い所持金に多少の余裕が出来たことと、シャチハタとミライも一緒であるということから多少はまともな宿に泊まった方が良いというユリカの判断であった。


「こんばんは、おやずいぶんと小さいお客さんだね。」


ドアを開けると出迎えたのはのんびりとした雰囲気のおじいさんであった。


「こんばんは、夕食付きで1泊したいのですが。」


「毎度ありね。夕食はもう作って良いのかな。」


「おなかすいたから大丈夫だぞ。」


「わかったよ、じゃあ会計は3人で大銅貨5枚と銅貨4枚だよ。」


 3人まとめて会計を済ませるユリカ。ちなみに大銅貨は銅貨10枚分の価値がある貨幣である。そのほかにも小銀貨や大銀貨など同じ材質でも価値が違う貨幣はいくつかあるのだが、それぞれの国で作られているためどれも共通貨幣ではなかった。

 こうした面倒な事情は大昔に国家間の取引の際に金銀銅の三種類の金属が通貨として用いられていたことに起因するのだが、この世界に生きる大多数の人間にとってはどうでもいい話であった。



 その後、夕食をとったユリカたちは部屋に引っ込んで勉強会を始めていた。


「じゃあ、今日はなぜ都会の方が給料が良いのかについて話すわね。」


「そうだ。気になってたんだ。」

「すっかり忘れてたよ。」


 ユリカの言葉を聞いて町に着いたときの話を思い出したシャチハタとミライ。


「まず初めに都会には人が多いわ。ということは仕事も多いということよね。」


「それはそうだけど、給料には関係ないぞ。」


 ユリカの説明に早速異を唱えるミライ。

 そしてユリカもミライの考えを否定することなく言葉を続ける。


「そうね、これだけだったら確かにあなたの言う通りよ。でも仕事が多いということは同じ仕事をする人も多いということよ。つまりライバルが多い訳ね。」


「ライバルが多いとなんかあるのか?」


 ユリカの話を聞いてよくわからなそうな顔をするミライ。しかしここでシャチハタが口を開いた。


「もしかして、弱い方は淘汰されちゃうんじゃないの?」


「そうよ。よくわかったわね。じゃあ弱い方は淘汰されないためにどうすれば良いかしら?」


「あ、わかったぞ。強くなれば良いんだぞ。」


「あ、ミライちゃんそれ私が言おうと思ってたんだよ。」


「ふふ、2人とも頭が良いわね。」


 競い始めたシャチハタとミライを見て満足そうなユリカ。やはり自分の授業に興味を持ってもらっているのは嬉しいようだ。


「それじゃあ、ここからはもう少し難しくなるわよ。強くなるためにはどうしたら良いかしら?」


「ええー?修行するとか?」


「でもどんな修行をするの?」


「「うーん」」


 ここに来て考えに詰まるシャチハタとミライ。そしてそんな2人を見てユリカが出したのは簡単なヒントであった。


「そうね、修行よりももっと簡単な方法があるわ。例えばあなたたちはクラゲの大群を倒したいときに何をしたのかしら?」


「あ、わかったよ。誰かに助けてもらえば良いんだね。」


「そっか、これなら修行する必要ないぞ。」


「そうよ、でも実際はただで助けてくれる人だけじゃないわよね。ハンターだってお金をもらって誰かの頼みを聞いているのよ。じゃああなたたちは同じ仕事があったら給料が高い方に行く?それとも安い方に行く?」


「高い方だぞ。」

「高い方だよ。」


「ふふ、そうよね。じゃあ弱い方は強い方に負けないためにどうすれば良いのかしら?」


「そっか、高い金を払えば良いんだよ。」

「そうだな、それで強い人がいっぱい来れば逆転出来るぞ。」


「よく出来たわね。じゃあ、弱い方が強くなって逆転したら元々強かった方はどうするべきかしら?」


「わふー、また給料を上げれば良いんだぞ。」


「それでまた逆転したら違う方が給料を上げるんだね。」


 すっきりとした顔でユリカを見るシャチハタとミライ。そしてユリカもそんな2人の様子を見て満足そうに続ける。


「ふふ、2人ともわかったみたいね。じゃあ逆にライバルがいないとどうなるかしら?」


 ユリカの質問を聞き、シャチハタとミライの2人はにんまりと笑う。


「決まってるぞ、給料が上がらないんだ。」

「低賃金で労働者を馬車馬みたいに働かせられるよ。」


「ま、まあそういうことよ。結局仕事が集まるところは競争を勝ち抜くために成長していかないといけなくなるのよ。これは雇われる側も同じで強くないと給料の悪いところにしかいけなくなってしまうわ。」


「そうだよね、使えない人を雇っててもしょうがないもんね。」


「そう、だから雇われる人もどんどん成長していくの。そうすれば仕事をもっと効率良く出来るようになって雇っている側にもたくさんお金が入ってくる。そうすればもっと大勢の人を雇えるようになるでしょう?これらがずっと続くから都会は給料が良いのよ。」


「わふーすごいぞ、ずっと良くなってくぞ。」

「都会ってすごいねー。」


 納得した表情でうなずくシャチハタとミライを見てやりきった気持ちになるユリカ。彼女も人に教えた経験は今まで皆無だったので教えている間は内心不安だったらしい。


「じゃあ、今日はこの辺りにして寝ましょうか。」


「あ、でもちょっと待って。」


「ん?」


 時間も遅くなってきたため授業を切り上げようとするユリカに思いがけずシャチハタが待ったをかける。


「何で私んちは誰かと競ってないのにお金持ちなの?」


「・・・そうね、それはあなたたちのお父さんがそういった人たちをまとめる仕事をしているからよ。お金や立場がある人たちはそういった仕事をすることが多いの。例えば会社を作りたい人にお金を貸したりとか・・・まあ、長くなるからまた今度教えてあげるわ。」



 人の世の階級についてどう話すべきか悩んだあげく、明日以降の自分に丸投げするユリカ。

 世の中得てして何かを創り出す人間よりもそれらの人間を支配する者の方が権力を持っているものである。

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