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第28話 よく考えれば何でもないトリック 引っかかるのは多分焦ってるやつだけ

「ご馳走様でした。では私はそろそろおいとまします。」


 夕食を食べ終えてつやつやになったユリカは執事に礼を言い屋敷から出ようとしていた。

 しかし丁度その時、見計らったかのようなタイミングで侯爵が食堂に入ってきた。


「おお、丁度食べ終わったところか。わしから少し話があるから帰るのは待っててくれ。」


「話ですか。」


 ユリカにとってこの後侯爵がする話の内容は大体予想が付いていた。


(どうしても、2人が旅に出るのを阻止したいわけね。まあハンターのことを少しでも知っていたら止めるのが普通の親よね。それが大貴族なのだからなおさらか・・・)


「話って何だ?」


「もしかしてお父さんも一緒に旅に出たいの?」


「いやいや、そうではない。ただ今夜はユリカも我が家に泊まっていかないかという話だ。」


「ふえ?良いのお?」

「わふー、泊まってくよな?」


(なるほど。私を甘やかして旅に出る気をなくさせるって魂胆ね。まあ、せっかくだし今日は泊まって2人と作戦会議でもしようかしら。)


「ではお言葉に甘えて、お世話になります。」


 侯爵の策略がわかった上で誘いに乗るユリカ。

 侯爵はユリカの返事を聞き満足そうにうなずいている。


「よしでは部屋を用意しよう、西棟に使っていない部屋が・・・」


「大丈夫だよ、ユリカちゃんも私たちの部屋に泊めるから。」


「友達だもんな。良いだろユリカちゃん?」


「ええ、せっかくこう言ってもらっているので今日は2人の部屋に泊まることにします。」


「う、そ、そうか。あまり夜遅くまではしゃぐのではないぞ・・・」


 シャチハタとミライにその気はなかったのだがうまいことユリカの思い通りに事が運んでゆく。

 取りあえず初戦はユリカの勝利といったところであろう。




「ここが私たちの部屋だよ。」


「2人で一緒のベッドに寝ているのね。」


 侯爵と別れた後シャチハタとミライの部屋に案内されたユリカは、部屋の真ん中に置いてある自己主張の強いベッドを眺めてそんな言葉を漏らしていた。


「3人で寝ても大丈夫なくらい広いんだぞ。」


「そうね、まさかベッドまで一緒だったとは・・・」


 シャチハタとミライが一緒の部屋で過ごしているというのは普段の様子から何となく予想が付いていたユリカであったが、さすがに一緒のベッドで寝ていたというのは予想外であった。


「今日はユリカちゃんが真ん中だね、お客さんだもん。」


 そう言ってベッドに潜り込むシャチハタ。

 そしてユリカも言われるままにベッドに上がる。


「ふかふかね。」


 貴族のベッドもやはり安宿のベッドとは大違いであった。

 そしてミライが明かりを消す。


 ふっ、と辺りから光が消え夜の静けさが訪れる。

 そしてミライも遅れてベッドに潜り込む。ユリカはすっかり2人に挟み込まれていた。


「わふー、あたしたちもやっと旅に出れるね。」


「そうね、でもその前に言っておきたいことがあるわ。」


 嬉しそうにすり寄ってくるシャチハタとミライに真剣な表情で話し出すユリカ。もっとも暗闇でユリカの表情が2人に見えることはなかったが。


「旅に出るのだったら辛いことがたくさんあるわ。ご飯はここで出るものほどおいしいものではないし、毎食食べられるとも限らないわ。それにお風呂も毎日入れるというわけではないわ。それに具合が悪いときも疲れたときも家族に頼ることは出来ない。それに危険もたくさんあるの。それでも旅に出たいと本当に思うのかしら?」


 今日1日で貴族の生活を体験したユリカは真剣な面持ちで2人に尋ねる。2人が今までしてきたのはこの世界でもかなり上位の生活であった。そんな2人がこれからの辛い毎日を乗り越えていけるのかがユリカには心配だったのだ。

 しかし彼女の心配は杞憂だったようだ。


「大丈夫だぞ、辛いことがあってもユリカちゃんはあたしたちを見捨てたりしないだろ?」


「それに私たちもそういうことは何となくだけどわかってるんだ。いつも町の人たちのお手伝いをして私たちとは違う生活をしてるってことも知ってたから。」


「そうなのね。ありがとう。」


「お礼なんて良いんだぞ。あたしたちはユリカちゃんと一緒にいたいだけなんだぞ。」


「そうだよ。これからもずっと一緒だよ。」


 そう言ってユリカにぴったりと引っ付くシャチハタとミライ。

 ユリカは2人の吐息を感じって少しくすぐったそうである。


「そうね、ずっと一緒にいましょう。」


 ぴったりとくっついている2人に優しく返事を返すユリカ。

 ユリカはこの世界来てから初めて心から信頼できる仲間を見つけたのであった。


「じゃあ明日には出発だな。」


「ええ、でも多分普通に行こうとしても何とか言って引き留められるわ。」


「じゃあ、いつもみたいに家を抜け出しちゃおう。手紙でも置いておけば良いよ。」


 そして屋敷を抜け出す算段を立てるユリカたちであった。





 次の日の朝早く、いつもよりも早く起きてユリカたちの様子を見に行こうとしていた侯爵は自分の部屋の前に置いてある一通の手紙を見つけた。


「なに?まさか・・・」


 慌てて手紙を拾い上げる侯爵、そして彼の予想は現実のものとなる。それは愛する娘たちからの旅に出たという報告であった。


「馬鹿な、屋敷の出入り口は昨日の夜から常に見晴らせていたはず。ぐうっ、誰かが見逃したと言うことかっ!」


 どんなに警戒を強めてもヒューマンエラーは起こりえるものである。侯爵も思考を切り替えて使用人たちを呼ぶ。


「誰でも良いから早く来るのだ。娘たちが家を出て行った。町中を探し回ってなんとしてでも連れて帰るのだ。」


 侯爵の号令により屋敷の執事、メイド、出入り口を見張っていた警備員のほとんどまでもが町に駆け出していく。


「ぐう、博士がいないのが苦しいな。頼むから何とか見つけ出すのだぞ・・・」





「みんな行ったみたいね。さあ私たちも出るわよ。」


 ユリカたちは使用人たちが慌てふためいて出て行く姿を植木の影から眺めていた。


「さすがユリカちゃんだよ。お父さんの部屋の前に手紙を置いてお父さんがそれを見つけるまで待つなんて。」


「そうだな、おかげで見張りもみんなあたしたちを探しに行っちゃったぞ。」


 侯爵家に仕える使用人は多い。どんなに朝早く脱出しようとしても見つかるのがわかっていたユリカはまず見張りの人数を減らすことを考えたのだ。


(まあ、部屋の前に見張りがいたらどうしようもなかったけれど、そこまでしたら娘に怪しまれると思うわよね。)


 侯爵家の警備の隙を的確に突いたユリカ。屋敷の出入り口さえ抑えておけば良いと考えていた侯爵の完敗であった。


「でも、町中も危険がいっぱいになっちゃったぞ。」


「大丈夫よ、作戦はあるわ。相手はおそらく町の外側に繋がっている大通りを重点的に探すはずよ。私たちはそこを避けていったん西のヴェルナー方面に出てから王都方面を目指すわ。街道まで行ったらさすがに屋敷にいる手勢だけでは探しきれないはずよ。」


「わかったぞ。」


「じゃあ、あっちの狭い道を通るんだね。」


 大通りを避けて入り組んだ路地を行くことにしたユリカたち。王都はボルンの真北に位置しているため遠回りにはなるが町を出てしまえばどうにでもなると考えたのだ。


 そしてユリカたちは辺りを警戒しつつ入り組んだ路地を進んでゆく。ここでシャチハタとミライが普段から町をうろちょろしていたことが功を奏した。


「右に行くと大通りに繋がってるんだけど、左の道に入れば誰も通らない暗い道があるんだ。」


「そこの塀の壊れてるところをくぐると人通りの多い道を通らずに済むよ。」


 すいすいと進んでゆくユリカたち。彼女たちはその自身の小ささも活かして侯爵には考えつかないようなルートを築き上げていく。


 そしてユリカたちは狭い道を抜けてついに町の外れまでやって来た。

 ここまで侯爵たちの手勢に出会うことはなく完全にユリカたちの作戦勝ちであった。


「もうそろそろ、町の外だね。誰かいるかな?」


 狭い道から慎重に辺りをうかがうシャチハタ。

 そして彼女の目線の先には見知った人物が立っていた。


「フーウンジがいるよ。」


「依頼を受けて来たのかしら?まあ、今生の別れになるかもしれないし挨拶ぐらいはしておいても罰は当たらないかもしれないわね。」


 フーウンジの姿を見て路地から出ていくユリカたち。そしてフーウンジも彼女たちに気がついたようだ。


「あれ、ユリカにシャチハタにミライじゃねえか。お前らもなんか依頼をこなしに行くんか?」


「違うぞ。これから旅に出るんだ。」


「王都の方に行くの。」


「ああそうか。結局ユリカもハンター続けるんだな。」


「ええ、まあそういうことになりますね。結局試験も受けられそうにないですし。」


 3人と共に行かなかった場合は試験をこの町で受けて資格を取ってから行く先々の町で何とか仕事を見つけ、お金を貯めながら何年もかけて魔法学園まで行こうと考えていたユリカであったが今は事情が違っている。

 シャチハタとミライに勉強を教えながらハンターとして生計を立てていくというのが今のユリカの考えであった。


「まあ、心配しなくてもお前らの戦闘力じゃそう死ぬことはねえよ。ていうかこの世界がそんな魔境なんだったら今頃人間なんて絶滅してるよ。」


 フーウンジの言うことが真理であった。なんやかんや行ってもハンターの多くは生き残っているのだ。確かに給料は安かったり普通の仕事に比べると危険は多かったりするが世界中を旅して回れるというのはハンターだけの特権であった。


「そうですね、私は少し常識が不足していたようです。風雲児さんもこれから頑張ってください。」


 段々と日本人的な常識が消え去っていくユリカ。すでにこの世界はユリカにとって訳のわからないものではなくなっていた。


「危険な依頼を受けろって言ってるわけじゃねえがな。まあ、お前にはわかってるだろうが。」


「そうですね。今までお世話になりました。お元気で。」


「おう、達者でな。」


 フーウンジに別れを告げ町を出るユリカたち。

 こうして彼女たちの新しい生活は始まったのであった。

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