第27話 生活水準の差が如実に表れるもの
全人民魔法、天へと翔る一条の光、たいそうな名前だがそれは物体をただ真っ直ぐに飛ばすだけの魔法である。
しかし特筆すべきはその特性にあった。最初に加えた力だけで対象を飛ばすのではなく、光の帯の中に複数の加速ポイントを設けて物体を加速させ続ける。いってしまえばロケットの多段噴射に近いだろう。
そしてこの魔法の最も異常な点は加速点の数に制限がないことだろう。もちろん魔法をコントロールしているのは術者の脳なのでその演算能力で制御しきれる数の加速点しか設置できないため実際には威力に制限はある。しかし逆を言えば術者の演算能力次第で無制限に出力が上がっていくというでたらめな魔法であった。
ちなみにキツネは大人数で魔法を構築することにより1人あたりの演算の負担を軽減することでユリカたちを打ち上げる出力を確保していた。
では仮に演算能力がキツネたちを遙かに上回る人間がこの魔法を使ったとしたらどうなるか。
「その道程を光が導く」
ユリカの詠唱と共に光の帯が浮かび上がる。
そしてキツネたちの時よりも遙かに多い加速点を設けたその帯に沿って、先ほど落ちてきた石柱の1つが一気に加速してゆく。
それはさながらレールの上を走る列車のようであった。もっともその破壊力は比べものにならないが。
そしてそれは圧倒的な加速度を持って一瞬で大地から解き放たれる。
ゴオッ!
解き放たれた石柱は重力などものともせずに突き進んでゆく。
そして莫大な運動エネルギーを携えたそれはこれまた高速で飛来する石像を真っ向から迎え撃った。
ドゴオオオン!!
激突の瞬間、掛け値なしに大地が震えた。
まき散らされた莫大な衝撃波は激突地点から100メートル以上はなれたユリカたちを後方に吹っ飛ばすほどである。
クラゲの大爆発も相当なものであったがことエネルギー量という点に関して言えば今回の激突とは比べものにならないだろう。
「痛あ・・・」
地面を転がった後何とか立ち上がったユリカたち一行。彼女たちの近くには衝撃で飛んできた石の破片が散らばっていた。
「痛ってて、何が起こったんだあ?」
炎の牙の面々は何が起こったのか理解できていない様子だがそれも無理はないだろう。
戸惑う彼らにユリカが説明をする。
「先ほどの石柱を飛ばして飛んできた石像と相殺させました。」
「はあ?あの馬鹿でかいのどうやって飛ばしたんだよ?ていうか出来るんなら最初からやれよ。」
「それに関してはすみません。たった今思いついたもので。」
「まあ、助かったんだし文句はねえけどな。それにしても何だよこれ・・・」
ユリカが飛ばした石柱によって森の木々は巨大な竜巻が通った後のようになぎ倒されていた。
石像がなぎ倒したぶんまで含めると破壊痕は数百メートルにわたっている。
そして当の石像は巻き上がる土煙に隠れて見えなくなっていた。
「はあ、それで倒せたんすかね?」
「アレと正面衝突して生き残る相手がいるとは思いませんが・・・」
確かにユリカの放った石柱が直撃したら核シェルターであろうと破壊されてしまうであろう。圧倒的な物量というのはそれだけで必殺の兵器となり得るのだ。
しかしここでユリカたちは戦略級の真の意味を思い知ることとなる。
「あれ?なんか動いてない?」
「え?いや嘘でしょう?」
ユリカたちが目にしたのは煙の中でゆっくりと立ち上がる石像の姿であった。
「ええ?あれを受けても壊れないの?」
石像はあちこち傷ついてダメージはあるが動くのには支障は出ていないようであった。
ユリカたちの回りに散らばっている破片はどうやら全て石柱のものであったようだ。
「おいおい、冗談じゃねえ、さっさと逃げるぞ。」
「町まで付いてきたらどうするの?」
「いやでも、効いてないわけじゃなさそうだ。」
フーリンの質問に対し石像の方を指さすアック。
確かに石像は立ち上がったはいいもののそのまま動いていない。
「効いたかはわかりませんがこちらを警戒しているのかもしれません。逃げるなら今でしょう。」
「まあ、それもそうね。」
ユリカの言葉に全員が賛同し撤退が決まったのであった。
そしてボロボロのユリカたちが侯爵の屋敷に戻ったのは日がすっかり沈んだ後であった。
「おおよくもどったな。さあ依頼はどうなったのだ?」
ユリカたちを出迎えて開口一番依頼のことを尋ねる伯爵。ユリカたちのボロボロな様子を見て失敗したことを確信したらしかった。
しかしそんな侯爵を待っていたのは残酷な現実であった。
「ほら、取ってきたよー。」
侯爵に木の実を差し出すシャチハタ。少女からもらった木の実をちゃんと落とさずに持っていたようだ。
「な。何いぃ?で、ではなく、う、うむよく頑張ったな。よし、夕食を用意したから食堂に行ってくると良い、ユリカもつれてな。」
何とかぎこちない返事を返して少女たちを食堂へと追いやる侯爵。シャチハタとミライもたくさん歩いて空腹だったのか喜んで食堂の方に駆け出していく。
「わふー、ご飯だあ。」
「おなか減ったね、ユリカちゃんも早くー」
「ええ、今行くわ。ご馳走になります。侯爵様。」
「う、うむ。ゆっくりと食べるのだぞ。」
「「はーい」」
「良し行ったな。さて炎の牙の諸君、話があるから応接室まで来てもらおうか。」
「・・・はい。」
そして炎の牙にとっても辛い現実が待ち受けているのであった。
「何い?スタテューオブリストレイントが出ただと?そんな偶然あるかっ!」
応接室で旅の一部始終を聞かされた侯爵は思わず叫んでいた。
「いや、確かに信じられないような話だけどほんとなんだよ。俺たちもこれから組合に報告に行かなくちゃなんねえ。」
「いや、だがなあ。博士どう思う?」
当然のように隣にいる博士に尋ねる侯爵。彼は博士に全幅の信頼を寄せているのだ。
「嘘は言っていないでしょうな。戦略級の魔物が出た場合は現地調査も入りますし、嘘だった場合は罪に問われかねませんからな。」
博士の判断は冷静であった。そしてその博士の判断を聞いて侯爵も少し気分を落ち着かせる。
「まあ、博士が言うからにはそうなのであろうな。しかし、それほどの魔法を使ったというのならユリカも戦略級なのではないか?そんなことありえるのか?」
「こればかりは調査の結果待ちでしょうな。戦闘跡から大体の戦闘は予測できますからな。しかしジメジメドミネーターの件もありますしな・・・」
ちなみにジメジメドミネーターを倒したのがユリカたちという情報はほとんど広まっていなかった。当日は雨で視界が悪く遠くから見ていたハンターも誰が戦っていたのかまではわからなかったのだ。そして数少ない目撃者であるフレデリカとフーウンジは交友関係がないためは彼らから話が広がることもなく、またコアを持って行ったのはフーウンジであったために、ドミネーターを倒した人物はその場をすぐに去って行きそのコアだけをフーウンジが小ずるく拾ってきたというのがハンターたちの間に広がっているシナリオであった。
「もし戦略級であったなら大変なことだぞ。」
「そうですな。なんとしてでも味方につけないといけなくなりますからな。国王様とも相談する必要が出てくるでしょうな。」
「まあ、幸いにもやつは娘たちと仲が良い。よし炎の牙の諸君、君たちは依頼を成功したということにする。しかしユリカのことは他言無用だ。組合に報告するときはスタテューオブリストレイントが出たと言うことだけ報告するように、ユリカのことは極秘とする。」
「え?良いのか?」
「もちろんだとも、そもそも警護は無事に果たしてくれたのだ。このくらいは許容しようではないか。」
もちろんこれはただの口止め料である。戦略級の魔法使いというのは国家間の関係を変化させかねないほどの存在であるのだ。そして色をつけて報酬を支払いさっさと炎の牙を追い出した侯爵は博士と今後の相談をする。
「では、博士。わしが何とか娘たちを引き留めている間に現地調査を行うのだ。組合の奴らにはまだユリカのことは伏せておいてな。わしの護衛としての任は一度解く。」
「わかりました、2日後には結果を出して見せましょう。」
そして侯爵たちが様々なことを企んでいたとき、ユリカたち3人は大きな食堂で仲良く夕食を取っていた。
「わあ・・・」
運ばれてくる料理を見て思わず声を漏らすユリカ。今まで安宿での生活を送っていたユリカの食事は基本パンとスープ、そして少しの添え物といったところであった。量も多くはなくやたら淡泊な味のメニューばかりでユリカも最近元気がなくなってきていたわけだが、ここで出てくる料理は違った。
「魚に、肉に、デザートまで・・・」
まさに特権階級と言った料理の数々を見たユリカの目はこの世界に来てから一番輝いていた。
「ユリカちゃんすごい嬉しそうだな。」
「ご飯が好きなんだね。」
目を輝かせるユリカを見てにこにこ笑うシャチハタとミライ。普段は落ち着いた雰囲気のユリカが見た目相応の表情をしていることが物珍しいようである。
普段のユリカであったら慌てて取り繕うところであろうが今の彼女にその余裕はなかった。
「じゃあ料理もそろったし食べるぞ。」
「「「いただきまーす。」」」
いただきますをしっかりと言って食べ始める3人。
ユリカが最初に手を伸ばしたのはビーフシチューのような料理であった。
スプーンですくって口に入れると口の中に濃厚なうまみが広がる。組合で出てくる安っぽい適当な味付けの料理とは比べることさえおこがましい出来であった。
「ふわあ・・・」
料理を味わいながら緩みきった表情を見せるユリカ。ここだけを見るとシャチハタとミライと同年代にしか見えない。
そしてその後も次々と料理に手を伸ばしていくユリカ。今までの反動もあってかとんでもない食べっぷりである。
「そんなに急がなくてもご飯は逃げないよ、ユリカちゃん。」
「もぐもぐ、それも、もぐもぐ、そうね、もぐもぐもぐ。」
「ユリカちゃんリスみたいだぞ。」
「もぐもぐ、ごっくん。・・・少しはしゃぎすぎたわ。」
ミライにリスに例えられたこととおなかが結構膨れてきたことでようやく理性を取り戻したユリカ。
もっとも急いで取り繕ったのにあまり意味がなかったが。
「ユリカちゃんもおなかが減ってたんだね。私のもわけてあげるよ。」
「い、いえ、大丈夫よ。自分の分は自分で食べると良いわ。」
「でもユリカちゃんまだ食べたそうだぞ。」
「うっ・・・もらうわ。ありがとう。」
結局誘惑に抗しきれず2人の分を少しわけてもらったユリカ。
食事が終わったとき、ユリカはいつになく満ち足りた顔をしていたという。




