第25話 何事にも持つものと持たざるものは存在する ただ持たざるものが多いだけで
ユリカたちと一悶着合った次の日トッケン侯爵は自分の屋敷の応接室に数人のハンターたちを招いていた。
「よく来てくれたな、ハンター諸君。今回Aランクハンターの君たちを呼んだのは高ランクのものにしか頼めない依頼があったからだ。」
ハンターランク、それはハンターたちの実力をA、B、C、Dの4段階で評価したものである。元々は危険を避けるために設けられた仕組みだが年を経るにつれ依頼を受ける条件の緩和がなされていき今ではほとんどその意味を失ってしまった。
しかしながらハンターたちの実力を示していることは確かなので、ハンターを指名して依頼を出す依頼者がランクを確認したり、ハンター同士でチームを組むときの指標になったりなど今でも役目は残っている。
ちなみにBランクを超えたハンターは全体の10%ほどでエリートとして見られており、Bランク以上になることが大体のハンターの目標であった。
今回トッケン侯爵が読んだのはそんなエリートたちの中でも、上位に入るAランクハンターたちであった。
「俺たちを呼ぶってことは相当やばいやつが相手ってことか?」
侯爵の言葉に返事をしたのは赤髪で筋骨隆々の男であった。
「いや、違う。そこまで危険な依頼ではない。」
「ええと?じゃあなぜ俺たちを?」
不審がる赤髪の男であったが、その次の侯爵の説明を聞いて納得する。
「わしの娘たちを警護して欲しいのだ。」
そして昨日ユリカが想像していたとおりのことを話す侯爵。
一通りの説明が終わった後赤髪の男が口を開いた。
「事情はわかったが共同依頼の内容は何なんだ?あまり簡単だと失敗させられないかもしれない。」
「もちろん考えておる。博士、説明してくれ。」
「はい、依頼の内容は骸の木に付いている果実の採集です。」
「うお、確かにそれなら絶対に達成されないな。」
「ああ、そうだ。だから君たちの任務は適当なところで諦めさせるのと、もし魔物等が出たら娘たちを守ることだけだ。もちろん町で最強のレギオンである『炎の牙』の君たちに頼むのだ、報酬ははずませてもらうぞ。」
ハンターが困窮した生活を行っているというのは事実だがAランクハンターにもなるとむしろ一般人よりも裕福な暮らしを行っていた。その理由が今回のような指名依頼を受けられるからであり、ほとんどのハンターが上位のランクを目指す理由でもある。
実はユリカが考えているようにアーティファクトで一発逆転を狙っている人間はあまりおらず、大体のハンターはBランク以上あわよくばAランクになることを夢見て日々を過ごしていた。
フーウンジやフレデリカはどちらかというと珍しい部類でありそれも彼らが孤立していた理由の1つだったのかもしれない。
何がともあれそんなハンターたちが侯爵からの依頼を断るはずもなく、侯爵たちのもくろみは順調に進んでいくのであった。
そして侯爵たちが計画を進めているころ、ユリカたち3人は先日の給料を握りしめて町に買い物に出ていた。
「あ、あのお菓子おいしそう、買ってもいいか?」
お菓子を売っている露天をめざとく見つけたミライ。ユリカたちが歩いているのは町の中でも最も活気がある繁華街であった。
「そうね、自分で稼いだお金なのだから好きに使うと良いと思うわ。ただしいつお金が必要になるかはわからないから慎重に使うのよ。」
ミライの質問にお母さんのような返事を返すユリカ。すっかり友達兼保護者としての地位を確立しつつあった。
「うーん、そうだな。お金は大切だもんな。」
貴族の子らしからぬ慎重さを見せるミライ。普段から町の人のお使いなどを行っていたため、彼女たちの金銭感覚は一般人とほぼ同じであったようだ。
「そうね、お金はあって困ることはないわ。今日は必要なものを買いましょうか。」
そう言ってユリカたちがやって来たのは件の雑貨屋であった。
「相変わらずぐちゃぐちゃだね。」
「まあ、大体の場所はわかるしなんとかなるはずよ。」
そうして探すこと10分、ユリカたちは何とか目的のものを探し出した。
「リュックはあったよ。」
「タオルもあったぞ」
「ロープもあると良いって風雲児さんが言っていたわ。」
彼女たちが探していたのは旅具であった。
かつてユリカが買った物と似たようなものを買い込んだ2人はハンターになったことを実感したのかどことなく嬉しそうである。
「おお、戻ってきたか。それでは依頼を出すぞ。」
買い物を終えた3人は10時頃に侯爵の家に来ていた。
そして今回の依頼の内容を侯爵から聞かされる。
「骸の木に付いている果実を取ってきて欲しいのだ。」
「骸の木って何だ?」
「ああ、そいつは西の山の断崖絶壁に生えている恐ろしい見た目をした木だな。まあ、行けばわかるぜ。」
ミライの質問に答えたのは赤髪の男であった。
「なるほどなー。で、お前誰だ?」
「そう言えば自己紹介がまだだったな。俺は豪腕のアックだ。」
(自分で二つ名を言うのが流行っているのかしら?)
ユリカが考えている間にも自己紹介は進んでゆく。
「俺はケイルっす。」
「おいらはガボンだ、よろしくな。」
「フーリンよ、よろしくね。」
「俺らはレギオン『炎の牙』だ。一応全員Aランクだぜ。」
自己紹介したハンターたちは全員が20代前半といったところであった。
この年齢でAランクになったということで相当な才能の持ち主であることがわかる。
しかし少女3人組はそんなことを気にすることはなかった。
「そうか、あたしはミライだ。」
「シャチハタですう。」
「ユリカです。本日はよろしくお願いします。」
ひるむことなく自己紹介を済ませる3人。
こうして冒険部結成にあたって最後の試練が始まったのであった。
その後早速町を出た7人は平原を歩いて目的の山へと向かっていた。
「へー、3人とも魔法使いなんだな。」
「そうだぞ。アックは魔法使いなんか?」
「いや、俺以外の3人は魔法使いだが俺は違うな。」
「あれ?Aランクですよね?」
冒険者のランクは大体が戦闘力に依存しており、その戦闘力は使える魔法に依存するというのがユリカの中の常識であったため、驚いて思わず尋ね返すユリカ。
彼女の疑問に答えたのは黒髪の女性、炎の牙の紅一点であるフーリンだった。
「まあ、確かにAランクハンターで魔法使いじゃないのなんてアックぐらいよね。でも戦闘になると強いのよ。」
確かにアックはユリカの背丈以上もある大きさの斧を携えており、いかにも戦闘職といった風体である。
「へー、でもうちのユリカちゃんも強いんだぞ。」
「そうだよ。関わった相手はサイコロステーキになるの。」
負けじと対抗しようとするミライとシャチハタ、すっかり炎の牙の面々と打ち解けたようであった。
そうこうして7人が歩くこと数時間、一行は山の麓に到着していた。
「あ、そろそろ山っすね。ここからは魔物が出やすいから注意っす。」
「じゃあ、ここからは俺が先頭で行くぜ。ガボンは後ろを頼む。」
アックの指示でユリカたち3人をはさむように隊列を組む炎の牙のハンターたち。Aランクともなると護衛依頼も難なくこなすようであった。
(なるほど、普通護衛ってこうよね。そう考えると私と風雲児さんの時は酷かったわね。商人の人がいい人で助かったということか。)
商人に人知れず感謝するユリカ。実際はユリカが礼儀正しく振る舞い、そして小さな少女であったために商人に優しく接されていたのだがユリカがそのことに気がつくことはなかった。
そして一行がうっそうとした山道を歩くこと3時間ようやく目的地が見えてきた。
「一刃にて其を断つ」
ザクッ
ユリカが魔法で目の前の邪魔な草を刈り取るとその木は目の前に姿を現した。
「ぴいっ、び、びっくりしたぞ。あいつが地獄の木だな。」
その木のおどろおどろしい姿を見て、思わず変な声をあげ、名前を間違えるミライ。
確かに地獄に生えていてもおかしくはなさそうな風貌である。
「鏖殺の木だよ、ミライちゃん。」
「骸の木よ、2人とも・・・」
2人に正しい名前を教えるユリカ、そしてそんな様子をみてフーリンがつぶやく。
「・・・あの子たちに依頼を諦めさせないといけないのよね。」
「まあ、それが依頼だしな、まあでもあいつら仲よさそうだな・・・」
炎の牙の面々も今回の依頼内容は精神的に辛いようであった。
しかし幸いだったのは彼らが直接何をするでもなく依頼は失敗に終わりそうだったことか。
「まあでも、そもそもアレは取れないだろ。」
そう言ったアックの目の前には切り立った絶壁がそびえていた。
そしてアックの目線は現在地からおよそ100メートルは上にあるおどろおどろしい形をした木にそそがれている。
「まあ空でも飛べないと無理っすよね。崖の中間辺りにあるから上から行っても意味ないし。」
アックの言葉を聞いて素直な感想をもらすケイル。
そしてそう思ったのはシャチハタも同じだったようだ。
「ずいぶん高いところにあるね、ユリカちゃん空飛べる?」
「キツネたちの魔法があるけれど途中で曲がれないから多分あの飛び出てる岩あたりにぶつかって死ぬわね。空を飛んでいくのはなしよ。」
シャチハタの質問に首を横に振るユリカ。
彼女の目には大きく反り出てネズミ返しのようになった岩盤が映っていた。どうやら骸の木は崖の岩がくぼんでいる隙間に丁度生えているらしかった。さながら天然の要塞に守られているかのようである。
そもそもこの魔法の存在する世界でも人は自由には空を飛べない事情があった。確かに空を飛ぶ上での最大の課題であるエネルギーの確保は魔法によって叶うため、障害物のない広い場所を大雑把に飛ぶのなら可能な者もいるだろう。しかしながら今回のようなある程度の正確さが求められる場合では話が違った。
例えばキツネの魔法で崖の一点を目指して飛び出した場合、到達するまでの数秒間の浮遊の間に目測との誤差を修正するためにもう一度魔法を発動し、さらに着地の時にもう一度魔法を使って減速しなければならない。詠唱速度的にも反応速度的にもまともな人間には不可能な芸当であろう。
結局のところノータイムで空中で急制動できるレベルの都合の良い魔法が存在しない限りは木のところまで飛んで上るのは不可能であった。
そしてそんな事情のあるユリカの答えを聞いてシャチハタがある考えを思いついた。
「じゃあ、この崖を崩しちゃおうよ、直接は届かないけれど少しずつ削っていけばいつかは落ちてくるよ。」
「え?」
とんでもない発言をするシャチハタの言葉にいち早く反応したのは炎の牙の面々である。
「いやまて、それは無理だろ。」
「そうよ、そんなことしたら崩れてきた岩盤の下敷きになるだけよ。それに木の実も潰れてしまうわ。」
「は?出来るの?」
無理の意味がそれぞれ違ったアックとユリカ。そしてユリカの崩せるのは当然といった態度に炎の牙の面々が焦り始める。
しかしそんな4人の疑問は時間を惜しんだユリカによって適当にあしらわれてしまった。
「まあ、今回はやりませんよ、そんなことをしなくても足場を作って地道に上っていけば良いだけですから。」
そう言うとユリカはおもむろに崖に近づいていき魔法を詠唱する。
「果ての千刀」
ガガガガガガガガガガッ!
「うおおっ!」
突如として千の刃が崖に殺到し、瞬く間に剣の階段が作り上げられる。
射程不足で全体の半分程度しか階段は作られていなかったが、そんな光景を目の当たりにした炎の牙の面々たちは驚きのあまり言葉を失っていた。
「「「「え・・・」」」」
しかし少女3人組はそんなことは気にもとめずに話を進めていく。
「なるほどなー、階段を作っちゃえば良いのか。さすがユリカちゃんだぞ。」
「ただし、もう一度同じ魔法を撃ったら剣は消えるから上るのは私だけよ。」
「ええー、私たちも行くよ。ユリカちゃんだけ危ない思いをさせるわけにはいかないよ。」
「そうだぞ、死ぬときは一緒だぞ。」
ユリカの意見に猛烈に反対するシャチハタとミライ。しかし3人で剣の階段を登り切るにはもう一度同じ魔法を撃って剣を乗り換えるタイミングがかなりシビアになる上、使えるスペースも狭くなるので事故の危険性も増すためユリカとしては受け入れられなかった。
しかし受け入れられないのはシャチハタとミライも同じである。
「大丈夫だよ、私の魔法を使えばむしろ3人のほうが安全だよ。」
「そうだぞー。」
「で、でもあの魔法は何度も使わない方が良いと思うわ。」
「ユリカちゃんが死んじゃったら使うこともなくなっちゃうんだぞ。」
「それに、友達を1人で危ない目に遭わせるのはもう友達じゃないよ。」
「うっ、でも・・・わかったわ。一緒に行きましょう」
「「やったあー」」
結局押し切られて同行を許したユリカ。
確かにシンボルコネクトフェイズ2を発動させていれば、未来視と思考共有によって落ちて死ぬことはあり得なかった。
そしてユリカたちがそんな仲の良い言い争いをしている間、炎の牙の面々たちはユリカの魔法を眺めてその戦闘力について議論していた。
「いや、おかしいだろ?あんなの撃てたら戦争が終わるぞ。」
「まあ、戦争はわからないけれど、大抵の魔物は敵じゃないっすね・・・」
「侯爵様はこのことを知っているのかしら?」
「知ってそうではないよな。護衛の必要あんのか?」
「「「・・・」」」
フレデリカの時のようにユリカの魔法にドン引きする彼らであった。