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第24話 真に厄介なのはなんだかんだ言って年上の人間だったりする

 ユリカたちが案内されたのはおそらく20畳はあるであろう広い部屋であった。

 ただ広いというだけではなくあちらこちらに意匠の凝らされた調度品が置かれているその部屋からは、一目見ただけでもそこに住む人間の裕福さが伝わってくる。

 そしてそんな部屋の中でユリカたちと話している人間こそ、この町の領主でありシャチハタとミライの父である、トッケン侯爵であった。


「ほう、そこの少女が娘たちの言っていたドミネーターを仕留めた魔法使いか。一度会いたいと思っておったのだが本当に小さいな・・・」


「ユリカちゃんはすごいんだよ。生物を殺戮するのに特化した魔法が使えるんだ。」


「ふむ、にわかには信じがたいですがお嬢様方が嘘をつくとは思えませんな。」


 シャチハタの話に反応したのは大体いつも侯爵と共にいる博士である。


「博士も1度ユリカちゃんの魔法を見てみればいいぞ。きっとびっくりするぞ。」


 ユリカのことは侯爵には前もって伝えられていたようだ。案外フレンドリーに迎え入れられたユリカはと言うと真ん中の椅子で縮こまっていた。


(ほんとにここのお嬢様なのね。何で言ってくれなかったのかしら。いや、大貴族の娘を冒険に連れて行くなんて不可能よね?なんならそんなこと言ったら私が排除されかねないのでは?)


 様々な不安が頭をよぎるユリカであったがシャチハタとミライにとってはそんなことは気にならないらしい。

 ミライが早速本題へと切り込んだ。


「それで、今日は大切なお話があるんだぞ。」


「ふむ?お前たちの冒険話ならもう聞いたと思うが。」


「確かに今日の冒険は聞かせたぞ。でも・・・」

「私たちがするのはこれからの冒険の話だよ。私たちは3人で冒険したいんだ。」


「ん?ああ、その子も冒険部に入ったのか。良いのではないか?」


 ここまではトッケン侯爵にとっても想定の範囲内であった。逆に娘たちが友達を招き入れるなどその理由でしかあり得ないと考えていたほどである。

 しかし彼にとっての誤算はその冒険の内容であった。


「じゃあ、もう少ししたら私たち3人で学園に行くけど心配しないでね。お土産もちゃんと買ってくるから。」


「は?」


「安心するんだぞ、多分何年かしたら帰ってくるぞ。」


「待て待て待て待て、どういうことだ?なぜ学園に行くのだ?」


 信じられない娘たちの言葉に困惑する侯爵。

 しかし娘たちは表情を変えずに続ける。


「それはユリカちゃんが行きたがってるからだよ。この前は私たちが助けてもらったから今度は私たちが助ける番。」


「そうだぞ、私たちは冒険部だからな。」


「ちょ、ちょっと落ち着くのだお前たち。ゆ、ユリカとやら。お前が娘たちに頼んだのか?」


 焦った目でユリカを見つめる侯爵、ユリカも腹をくくって返事をする。


「はい、強制はしていませんが一緒に来て欲しいとは思っています。」


「「ゆ、ユリカちゃん・・・」」


 ユリカの言葉に対し心底嬉しそうに名前を呼ぶ2人。

 しかし当然ながら侯爵は納得していなかった。


「ま、まあお前たちの気持ちはわかった。だが旅には危険が付きものなのだ。お前たちにもしものことがあったらと考えると認めるわけにはいかん。大体まだ10歳なのだから旅に出てもやっていける訳がないだろう。」


「大丈夫、ユリカちゃんは14歳だから。」


「いや、そういうことではなくだな。」


 的外れなミライの返しに勢いをそがれる侯爵、そしてここがチャンスとばかりにシャチハタが切り込む。


「危険なんて怖くないよ。だってあのクラゲの頭目も倒したんだもん。」


「ぐ、ぐう、だが偶然と言うこともあり得る。そもそも本当に3人だけで倒したわけではないだろう?博士も3人では無理と言っていた、そうだったな。」


 最後の頼みの綱と言わんばかりに博士を見る侯爵、そしてここまで黙って話を聞いていた博士が口を開く。


「まあ、そうですな。少なくとも聞いた状況を信じるなら、単騎または少人数で倒せるのは黄金の夜明けの上位陣のような戦略級の魔法使いだけでしょうな。」


「じゃあ、私たちはそんくらい強いんだよ。これで安心だよね。」


「う、いや、相性というものもあるからな、勝負は時の運とも言うし・・・よしではこうしよう。ユリカがわしの出す課題を1人でクリアできたら旅に出ることを許可してやる。これでどうだ?」


 苦し紛れの侯爵が出したのはなかなかの妙手であった。これならばユリカが失敗すれば娘たちは言い訳できない上、難易度は上げ放題という訳である。

 しかもユリカたちもこれは受けざるを得なかった。断れば相手に口実を与えてしまうからである。


「「いいぞ、その勝負のったあ!」」


「よしでは1時間後にまた来るからな、それまで好きにしていると良い。」


 こうしてユリカたちにとって最大の試練が始まったのであった。






「それで、どんなものが良いと思う?わしは博士との模擬戦を考えておるのだが・・・」


 ひとまず廊下に出た侯爵は博士に判断を仰いでいた。侯爵のアイデアは元黄金の夜明けの会員である博士の戦闘力を当てにしたものだが、博士の判断は違った。


「いえ、実際にあのクラゲを倒したのであればそれは大悪手となりかねませんな。」


「いや、だが本当に倒したのか?娘たちが嘘をつくとは思えんが見間違いの可能性もある。」


 やはり侯爵はユリカにそんな戦闘力があるとは信じられないようだ。

 しかし博士は侯爵にこう言い聞かせる。


「いえ、魔法使いの見た目で強さを図ることはできませんな。確かに見た目は幼い少女ですが強力な魔法を使える可能性もあります。魔法の威力によっては肉体の強度などほとんど関係ありませんから戦闘は避けるべきかと。」


「で、ではどうするべきなのだ?」


 博士の説明を聞き自信を失う侯爵、しかしここで博士が逆転の一手を思いつく。


「思いつきましたぞ、確かにどんな魔法が使えるかは見た目ではわかりませんが、見た目相応のものもあります。」


「なんだ?さっき言っていた肉体強度か?」


「それも魔法で強化できる人間もいますが、ただ知能、これだけは絶対に年相応なのです。なぜなら才能にほとんどを依存する魔法とは違い、これは知識を積み重ね思考を重ねることで育まれていくのですから。そもそもハンターをやっているような少女にまともな教育の機会などあるわけがない。」


 博士と言われているだけあってほぼ完璧な理論であった。


「なるほどな、では問題は何が良いだろうか?」


「間違いなく算術検定ですな、地理に関するものも良いですが所詮あちらは知識、知っていれば猿でも解けます。対して算術は知識をベースに応用力が問われる。念のため通常の3倍の量を用意して制限時間を半分にした算術検定1級相当の問題。これならば解かれることはないでしょう。」


「なるほど、完璧だ博士。少々念を入れすぎな気もするが・・・確か去年までの算術検定の没になった問題集があったはずだ。そこから家庭教師に難しそうなのを選ばせるとするか。いや完璧ではないか。」


「ふふふ、所詮相手は子供ですからな。ならばこちらは年の功を活かすのみ。」


「ククク、さすがは博士と言ったところよ。」


「ふふふ・・・」


「クククク・・・」


「「わっはっはっはあ」」


 すでに勝利を確信して廊下を行く2人であった。

 一方少女3人は部屋でお菓子をつまみながらソファの上でごろごろしていた。


「なんか笑い声が聞こえるぞー?」


「なんかあくどいことを考えついたんだよ。課題を難しくする気だよ。」


「うええ、ずるいぞ。課題はやっぱり戦闘なのか?」


「行かせる気があるんだったらそうでしょうけど、多分違うはずよ。相手は私の戦闘力を警戒しているからその課題は恐ろしくて出せないはずよ。多分教養が求められる問題が来るわ。」


 ほぼ正確に相手の思考を読んでいるユリカ。ハンターは学がないという一般常識をその身で味わったからであろうか。


「そういや、よくハンターは白痴だって言ってたね。」


「はくちって何だ?」


「頭が良くないってことよ。」


「じゃあ勉強すれば良いぞ、あたしの宿題を貸してあげるぞ。」


「ちょっと、宿題は自分でやらないと・・・」


「とってくるぞー。」


 ユリカの返事を待つことなく部屋を飛び出していくミライ。どこの世界でも子供は宿題をやらなければいけないようであった。

 そして少し経って紙束を抱えたミライが部屋に戻ってきた。


「よし、これだぞ。全部やっていいぞ。」


「だから宿題は自分でやらないとだめよ。」


 宿題を押しつけようとするミライに宿題を突き返すユリカ、しかしここでシャチハタが会話に入ってきた。


「異議あり、宿題なんてやらなくてもハンターにはなれるんだよ。だから私の宿題もお願い。」


 そう言ってどこからともなく紙束を取り出すシャチハタ。やはり姉妹同士、考えることは一緒のようだ。しかし教育の大切さを知っているユリカがそんなことを許すはずはなかった。


「だめよ、確かにハンターにはなれるかもしれないけれど、それ以外にはなれなくなってしまうわ。逆に勉強していてもハンターになれないわけではないわ。今はわからないかもしれないけれど勉強はいつかあなたたち自身を助けるのよ。」


「ゆ。ユリカちゃんだって勉強してないでしょ?」

「そうだぞー、ずるいぞー。」


「このくらいならもう出来るからよ。というか出来ないとハンターとしても生きていけないわ。さあ、わからないことがあったら教えてあげるから今のうちに終わらせておきましょう。そもそも旅に出てからも私が勉強を教えることになるから結局はやることになるわよ。」


「「うう、わかったよお。」」


 結局、侯爵たちが来るまでユリカたちの勉強会は続いたのであった。

 そして1時間後、意気揚々と扉をくぐった侯爵たちが目にしたのは熱心に宿題をする娘たちの姿であった。


「何いっ?博士の策が読まれたのか?」


「いや、だとしても1時間では足りますまい。仮に何とか解けるようになったとしても私の策は隙を生じぬ二段構えです。」


「なるほど、結局人間に解ききれる量ではないからな。」


 少々焦ったが博士の言葉を聞いてすぐに冷静さを取り戻した侯爵。それもそのはずである。時間内に解ききるとしたら単純計算で普通の試験の6倍の速さで解かなくてはならない上、元の問題は最難関の国家試験なのだ。

 この普通の少女であれば解けるはずなどなかった。そう、普通の少女であれば・・・


「ぐはあっ!?」

「馬鹿なあっ!私の二段構えに隙はなかったはず・・・」

「「勝ったあ!」」


 制限時間内に余裕で問題を解ききったユリカ。

 膨大な量の問題であったが所詮は大昔の数学、彼女の敵ではなかったのだ。

 しかしながら、数十枚の紙にびっしりと書かれた問題を時間内に解ききったのはユリカの計算力のたまものである。


「じゃあ、約束通り明日出発するね。」


未だ現実を信じられていない侯爵に死の宣告を行うシャチハタ。


「ぐ、ぐうう、だが、いや・・・」


 窮地に立たされる侯爵。

 しかしここで今の今まで何の役にも立っていなかった博士が口を開いた。


「そうですな。約束は守らないといけますまい。」


「ええっ?博士?何を言って・・・」


「さすが博士、話がわかるぞ。」


 困惑する領主と嬉しそうにうなずくミライ。しかし博士の話には続きがあった。


「しかしながらハンターというのはいつでも同じ人同士で依頼を受けるとは限りませんからな。ここは旅立つ前に他人とチームを組む練習をしておいたほうが良いのでは?」


(なるほどっ!うまいっ!)


 瞬時に博士の意図を読み取る侯爵。極限まで追い込まれて脳が活性化したようだ。


「そうだな、確かに勉強は出来るようだが町の外は危険が多いからな。お前たちを信用していないわけではないが親としては立派に依頼をこなすところを見て安心したい。どうだ腕試しというのも兼ねて他のハンターたちと依頼を受けてみないか?」


「な、何でだ?私たちはずっと仲良しだぞ。」


「しかし大人数で受ける依頼もあるからな。そういうとき練習しておかないと困るはずだ。」


「そ、それはそうかも・・・」


(やられたわね・・・これで依頼を失敗したらやはり旅に出すのは心配で認められないと言える訳ね。他のハンターというのは私たちの護衛でしょうね。失敗して怪我されたらたまったものではないでしょうし。しかしうまいわね。これじゃあ口が出せない・・・)



(くくく、やはりユリカは気がついたか・・・しかし)

(そう、こちらは依頼をこなしているところを見て安心したいと言っているだけ)

(つまり、これは旅に出るのを拒否しているわけではない)

(故にユリカからは断れない、表向きは断る理由がないのだから)

(くくく、問題を綺麗に解かれたときは焦ったが、所詮は子供)

(この魑魅魍魎はびこる貴族社会で生き抜いてきた我らの敵ではない)

((これが老獪と言うもんだ!))


 なんやかんやで息がぴったりの侯爵と博士、付き合いは相当に長いようであった。

 そしてそんな心理戦が繰り広げられているとは知らずにシャチハタとミライが返事を返す。


「そこまで言うならあたしたちの力を見せてあげるぞ。」


「全てを清算してこの地を去るよ。」

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