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第22話 価格を決めるものたち

「ええと、ジメジメカミカゼ合計で500匹ですか・・・現在依頼者側と報酬に関して協議を行っていますので、結果が出るまで報酬の受け取りを少々お待ちいただいております。ご迷惑をおかけしますがご理解のほどよろしくお願いします。」


 ハンター組合ボルン支部は過去最高の賑わいを見せていた。その理由はもちろんジメジメカミカゼの大量発生である。


「はあー、今までの100倍の規模ねえ、そりゃそれだけの報酬なんて用意してねえよなあ。ていうかよく持ちこたえたなキツネたち・・・」


「推定で100万匹だそうですね。討伐報酬が一匹あたり銅貨10枚でしたからコアを回収できたのが半分だけだとしても報酬総額は銅貨500万枚ですか。」


「とんでもないわねえ。それって金貨にすると何枚よ?」


 この世界では貨幣の偽造を避けるために銅貨、銀貨、金貨といった材料によって価値が変わる貨幣を採用していた。もちろん国や地域ごとに流通している通貨に多少の違いはあるが、ハンター組合が報酬に採用しているのは基本的にはどこの国でも使える共通貨幣と呼ばれるものであった。


 ちなみに銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨10枚で金貨1枚といった交換レートである。そのほかにも一応金貨100枚分の価値を持つ白金貨というものも存在するのだが、平民にとってはなじみの薄いものであったため、フレデリカの口からその言葉は出てこなかった。


「金貨にすると5000枚ですね。」


「おいおい、この町にあるでかい屋敷が買えるんじゃねえか?」


「まあ、少なくとも一生分の生活費にはなると思いますよ。」


「はあー、もうちょっと回収してくれば良かったわ、私たち全部合わせても500匹だし。」


「風雲児さんが袋を持っていたのが幸いしましたね。」



 ユリカたちが敵の首魁を倒した後、戦場は一変して宝の山になっていた。

 結局その場にいたハンターたちではコアを拾いきることが出来ず、その知らせを聞いた町中のハンターたちが総出でコアを拾い集めたのだが、それでも全てを拾いきることはできなかったほどである。


「ていうか、これコアは値崩れするんじゃないの?」


「間違いなくするでしょうね。半額か、もしくはもっと・・・」


「はあ?命賭けたのに冗談じゃないわよ。」


「まあ、でかいやつのコアは値崩れしないだろうしまだましだろ。」



 憤るフレデリカとは対照的にフーウンジはそこまで残念そうではなかった。おそらく組合に来た時点でこの展開を想像できていたのだろう。


「そういえば、私はそろそろ2人のところに行きますので報酬の件はよろしくお願いします。」


「あ、あのちびっ子のところね、わかったわ。」


 ユリカも十分にちびっ子ではあったがフレデリカの中では明確な線引きがなされているようだ。

 ユリカが出て行った後フーウンジが思い出したかのようにフレデリカに話しかけた。


「そういえば、あいつらってハンター登録してなかったんだな。」


「まあ、やってることただのお手伝いだったしね。」


「あんだけの魔法が使えんのになあ。」


 フーウンジも魔法使いに少なくない憧れがあるようであった。

 そして2人が話しているとガチャリという音と共に組合のドアが開いた。


「あ、支部長じゃない。」


「ほんとだ、もう来たんか。」


「ええ、ハンターの皆さん、報酬に関する協議が終了したので結果をお知らせします。」


 入ってきたのはこの町のハンター組合の支部長であった。思ったよりも早い登場にハンターたちの多くは驚いているようである。


「まず、討伐報酬に関してですがこれは予定通りお支払いさせていただきます。」


「まあ、当然よね。」


「そしてコアの買い取りに関してですが数があまりにも多いため通常価格の5割で買い取りとさせていただきます。」


「はあー?」


 支部長の言葉を聞いて露骨に嫌な顔をするハンターたち、しかしそんなことをしても結果が覆ることはなかった。


「この辺でハンター組合以外に売れる場所ってあったかしら?」


「あるけど買い取りの値段は合わせてるらしいからなあ。行くだけ無駄だ。」


「くっそ汚い奴らね。これだから既得権益は許せないのよ。」


「なんかお前爵位が欲しいとか言ってなかったっけ?」


「私は奪われる側じゃなくて奪い取る側に回りたいのよ。私も買い取り価格を談合して決めたいわ。」


「談合かあ、なんか違う気はするがまあ競争はしてねえな。」


 結局のところどこの世界でも甘い思いをするのは体を張った労働者ではなく権力のあるものであった。


「・・・まあ、何がともあれ半額ならましな方だろ、いつもの100倍なんだから買い取り拒否くらいあってもおかしくなかったぞ。」


「そんなもんかしら?」


「まあ、世の中そんなもんだよ、って支部長まだなんか話してるな。」


 ほとんどのハンターは買い取りの結果が出たので聞くのを辞めていたがまだ支部長の話は終わっていなかったようだ。


「最後に、ドミネーターのコアを持っている方はお話がありますので後で応接室までお越しください。」


「へえ、何なのかしらね?」


「さあな、でも普通呼ばれるなんてことないよな・・・」


「なんか、買い取りの件といい怪しいわね。」


「まあな。でも行くしかないだろ。コア預かってるよな?」


「ユリカは待たないで良いの?」


「だっていつ戻ってくるかわからんだろ。最悪今日はもう来ないかもしれないし。」


「まあ、それもそうね。」


 何かきな臭いものを感じつつも支部長室へと進むフレデリカたちであった。





 一方そのころユリカは町の大通りを歩いていた。

 様々な建物が建ち並ぶ町並みを横目で見つつ、約束の場所へと歩いて行く。


「ええと、ここよね。あの子たちは・・・」


 ユリカが立ち止まったのは大きな建物の前であった。


「あっ、ユリカちゃーん。」


 ユリカが振り向くと後ろから走ってくる2人組の姿が見えた。


「遅れちゃってごめんねー、準備するのに時間がかかっちゃったんだ。」


「いいのよ、私も今来たところだし。」


「じゃあ、みんなそろったし早速入るぞー。」


「そう言えばここって何の建物なのかしら?」


「えー、知らなかったの?ここはお風呂屋さんだよ。すっごく広いの。」


 ユリカの目の前の建物は町一番の銭湯であった。

 どうやら少女2人は雨に打たれたので風邪を引かないようにお風呂に入るつもりのようだ。

 そしてそれはユリカも賛成であった。やはり日本人というのはどうしようもなく湯船が恋しくなるものらしい。


 意気揚々とドアを開けて建物の中に入る3人。

 そうすると受付の女性が3人に話しかけてきた。


「あら、仲良しちゃんたちが3人に増えてるね。ゆっくり入っていきな。」


「「はーい」」


「え?お代は?」


 女性の話を聞くなり奥へと駆け出すシャチハタとミライ。そして困惑しているユリカに受付の女性が話しかける。


「ああ、あの子たちはよく手伝いをしてくれるからね。あんたもサービスってことで良いよ。」


「そうですか、ありがとうございます。」


「あら、礼儀正しい子だね。まあゆっくりしていきな。」



 予想外の幸運に恵まれたユリカ、やはり良いことをすれば相応に返ってくるものなのだろうか。


「ユリカちゃん、どこ行ってたの?」

「早く入ろうよー」


 ユリカが更衣室に着くとすでに2人は服を脱いで準備万端といった様子であった。

 せかされるままにユリカも服を脱ぎ、3人で浴場に入っていく。


 浴場には大きな湯船が3つほどあり、床は滑らかな石でできていた。

 洗い場にシャワーがないことを除けばその見た目は現代日本の銭湯とほとんど変わりないようである。


「わふー、一番乗りだあ。」

「あっ、一番はあたしだぞ。」


「ちょっと、流してから入らないとだめよ。」


 湯船に突っ込もうとするシャチハタとミライを引き留めるユリカ。その様子は3人がまるで本当の姉妹であるかのようであった。




「ふー、良いお湯だぞー。」

「そうだねえ。」

「そうねえ。」


 体を流し、お湯に浸かる3人。戦いの後ということもあり、特に記憶を失ってからまともに湯船に浸かっていないユリカに取ってそこはまさに天国であった。


「湯船ってこんなに気持ちよかったのねえ。」


「なんだあ、入ったことなかったのかあ?」


「記憶をなくしてからはないわねえ。」


 湯船の気持ちよさにあてられてついつい言葉が間延びする少女たち、しかしシャチハタとミライは重要なことは聞き逃さなかった。


「え、記憶ってどういうこと?」


「え?ああ、そういえば話してなかったわね。」


 話の流れで今までにあったことを教えるユリカ。そしてシャチハタとミライもユリカの過去について知ることになったのであった。


「まあ、そんなわけでダンジョンから出てきたのよ。」


「ふええ、記憶をなくしたり変な人に会ったり、ダンジョンに潜ったり大変だったんだ。」


「今思い返してみると、まだ1週間なのよね・・・」


(あれえ?1週間でこんな色々あったの?)


 よく考えないでもいろいろなことが起こりすぎた1週間であった。もっともユリカに取っては全く未知の世界であったので全ての出来事が新鮮に思えたというのもまた事実ではあるが。

 ユリカがこの1週間のことを思い出して呆然としているとシャチハタが重要なところをユリカに尋ねた。


「じゃあ、ユリカちゃんは魔法学園に行っちゃうの?いつ?」


「そうだぞ、魔法学園はすごい遠いって聞いたぞ。戻ってこれるのか?」


「まあ、そうね。お金のあてもできたし、少なくとも来週辺りにはここを発つと思うわ。帰ってくるのは・・・ちょっといつになるかわからないわ。」


「ええ?」


 ユリカの返事に悲しそうな表情を返すミライ、しかしユリカもこうなることはわかっていたので言葉を続ける。


「ごめんね、でも必ず帰ってくるから。」


「ううー」


 ユリカのその言葉を聞いてもミライは納得していないようだった。しかしここでシャチハタが口を開いた。


「ユリカちゃんが行っちゃうのは仕方がないよ。ユリカちゃんにもやりたいことがあるんだもん。」


「ありがとう。わかってくれたのね。」


「今度は私たちがユリカちゃんのやりたいことを手伝う番だよ。」


「そ、そうか・・・そういうことかあ!」


「ええありがとう・・・あなたたち何か変なことを考えていないかしら?」


 いきなり聞き分けの良くなったミライに不審なものを感じるユリカ。そして彼女の予感は現実となる。


「変なことじゃないよ、私たちもユリカちゃんについて行くよ」

「あたしたちはレギオン冒険部だもんな。考えてみたらついて行けば良いんだぞ。」


「え、いやでもあなたたちには家族も町の人もいるのでしょう?」


 こう言っておけば引き下がると計算してのユリカの台詞であったが、2人の思考は彼女の想像を軽く超えていた。


「いるぞ、でもみんなはあたしたちがいなくても大丈夫だぞ。だってみんな大人だもん。」


「え、ええ・・・」


「そして私たちも3人でいれば怖いものなしだよ。だってあのおっきいクラゲも倒したんだもん。」


「ちょ・・・」


「あたしたち無敵の冒険部」

「艱難辛苦を舐めようと」

「決して友達を見捨てたりしない」

「我らがゆくは四荒八極」

「己の道は己で決める」

「「そう、我らが心に刻むのはー?」」


チラッチラッ


「・・・か、柯会之命かかいのめい?」


「「やったー」」



どこまでも息がぴったりの少女たちであった。

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